第1章 1
「あぁ、クソ! 宝くじ全部外れた!」
そう言いつつノートパソコンを思い切り閉じる。……壊れてないよな? 大丈夫だよな? 画面ついたな? よかった。
「しかし、バイトで少しずつ貯めたお金で、ネットで宝くじを買ってみたけど、これほどまでに当たらないことってあるのか? 100口だぞ? 300円ならおまけ程度に当たるが、それ以上が1口も当たらないとか運無さすぎだろ。当たっても即課金に使う予定だったけど」
ふとスマホにLI○Eの通知音が鳴る。フフフ、きっとあいつらも全く当たらなかったことを嘆いてるんだろう。そう思いながらLI○Eを見る。
『よっしゃ! 3万円分あたった!』
『いいなー こっち1万円1枚と千円が数枚しか当たってねぇわ』
『あたってるだけマシだろww』
『ウオオオオ! 組み違いだ!』
『は? 10万じゃん裏山』
は? はこっちのセリフなんだけど。何? 十万円? 一万円? こっち千円すら当たってないけど?
『は? 俺300しか当たらなかったが。お前ら吸い取っただろ』
『草』
『草』
『運ごちでーすwww』
『うぜえええwww』
……別にいっか。高校生活の終わりまでに何か思い出に残ることでやったことだしな。一人でも当たりが出てよかった。うん。それに運が悪いのは今に始まったことじゃない。あれは確か小学生の頃だったかなぁ。遠足のビンゴ大会でリーチになったんだ。リーチには。でもそれからは、穴が増えていくだけでビンゴにはならなかった。穴は増えるんだよ。リーチも増えるんだよ。でもビンゴにはならないんだよ。びっくりだろ。どうやったらそうなるんだよ。
他にも、歩いてる時に転けて手をついたら丁度犬の糞があったり、ガラガラ抽選機で自分はハズレだったのに次に引いた人が1等賞を当てたり、不運エピソードは山ほどある。むしろ幸運エピソードがあるかどうかさえも怪しい。まぁ命に関わるような出来事は今のところ起こってないからある意味運がいいのかもしれないが。
「……なんか腹減ってきたなぁ。外寒いけどコンビニ行ってくるかぁ」
今は、高校生活最後の冬休み。外は絶賛雪が降ってるし、何なら軽く吹雪いてる。
「あのコンビニにイートインスペース無かったよな。……家で出来るもの買うか。コンビニのおでん好きなんだけどなぁ。服は……オシャレしなくてもいっか。別に人に見られても問題ないし、デートに行くわけでも無いし」
まぁ彼女なんてできたこと一度もないけどね。
そんな悲しい思いをしつつ外に出て近くのコンビニへ向かう。顔が痛い……マフラーかネックウォーマーしてきたらよかった。早めに移動しよう。コンビニの中は暖かいだろうし。しかし、運が悪く信号に捕まる。あー寒い。極寒地獄とはこのことを言うんじゃないか? そう思っていると――
「ふざけんじゃねぇぞ、クソが!」
何があったのか隣にいたサラリーマン風の男が急にキレた。それと同時に傘を振り回し、運悪く、その傘が俺の足に当たる。あまりもの痛さに足元がおぼつかない。しかも路面凍結してるせいか、なおのこと足元が安定しない。しかし、そんな自分に更なる追い討ちが入った。運が悪く、後ろから歩きスマホをしていたであろう人が軽く押してきた。故意では無かったんだろう。だが、軽くとはいえ後ろから押されたことで自然と前へ進んでしまった。信号は赤、痛みと路面凍結で足元がおぼつかず、自然と前へ進む。そこへさらに横からクラクションが鳴らされる。軽自動車だった。まだ距離もあるし、きっと止まれる。そう思っていたが、自分はなんと不運なことだろう。軽自動車は、恐らくまだ冬用タイヤをつけてなかったんだろう。急ブレーキをかけるもスリップしてしまっていた。そして勢いのそのまま自分と衝突。そのまま意識を失った。
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覇王歴202年。前大戦の終戦から丁度50年が経った日。まだ名前のなかった平原にはとてつもなく巨大な門とそれを囲うかのような、それまた巨大な街があった。街の名前はユトピア。又の名を「門の街」と呼ばれているその街では、朝から盛大な祭が行われていた。元々は大戦で亡くなった人々を追悼するために行われていた儀式で、本来であれば死者への祈りや感謝を伝えるために慎ましく行われていたのだが、時が経つごとに祭りは追悼から感謝、そして祝いの祭りへ変化し、さらに今回は50周年記念ということで、街のあらゆる場所でパーティや宴が行われていた。
そんな人々が賑わっている街の一角、ユトピアの居住区にある教会に一組の男女とシスターがいた。お腹に子を身籠っているのだろう、もうすぐ生まれると言わんばかりに大きくなったお腹を撫でる女性と、その夫がシスターに話していた。
「そろそろだと思うんですが、どうなんでしょうか……。妻も最近、お腹に軽い痛みがあると言っているのですが、自分はそういったことがわからなくて……」
「安心してください。ここなら大丈夫です。今は祭で外は賑わっていますが、出産の際は外の音が聞こえないよう場所を変えますので」
アリシア教と呼ばれる女神アリシアを信仰しているこの教会には、妊婦が出産するための分娩の部屋がある。ここだけに限らず、同じ宗教の教会、施設全てにその分娩室はあり、初代聖女が子をなしたことから作られたとされている。そのおかげか、アリシア教の教会、施設で出産した者は必ず健やかな子を産み、なおかつ決して死産することがないとされ、妊娠した者は必ず訪れる場所となっている。
「で、ですが――」
「大丈夫よ。そんなに心配しなくても。というより、貴方の丁寧な口調に慣れないから普通に喋ったら?」
「ちょ、それはねぇだろ。それは。俺はお前も子供も心配で――」
「はいはい、そこまで。シスターの前でしょ。まったく、貴方は親になるんだから、どしっと構えて……っ!?」
「どうした!?」
「だ、大丈夫よ。いつもより痛みが強いだけで特になんとも――」
「少々、早まったかもしれませんね。奥さまを支えてください。移動しますよ」
そう言ってシスターは準備のため先に部屋へ行った。夫は妻を支えながら慎重に分娩室へ移動する。痛みがよほど強くなってきたのか、妻は苦しみだした。しかし、妻のために歩みを止めず一歩、また一歩とゆっくりと進む。すると、準備を終えたのかシスターが戻ってきた。
「準備は終わりました。私も支えますので、ゆっくりと行きましょう」
「ですが、早くしないと!」
「焦りは禁物です。母体やお腹の子供に何かあってはいけません」
シスターの手助けもあり、夫と妻は無事、分娩室に着いた。分娩室にはどこから現れたのか複数のシスターが準備をしていた。夫は、それに少し驚きつつも妻を横に寝かせる。すると妻は、より強く苦しみ始めた。それを見たシスターらは、テキパキと動き始める。夫は何もできず、ただ妻の手を握りしめていた。それから何時間たっただろうか。少なくとも半日は経過していただろう。分娩室の中では安堵するシスターらと涙を流す夫と妻、そして産声をあげる赤ん坊がいた。