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今回は俺が因縁の化け物を退治するところを君たちに少しだけお見せしようと思う。それが終わったら旅に出るからしばらくお別れだねって話もする予定。まだ文字数余裕あるの?じゃあこうなったらとんでもなくスケベな

 

 言葉でも書いてやろうと思ったけど文字数制限にまんまと引っかかったわけだ。実は計算だけどね。どう?笑えた?というわけで今回はタイトル通りのことをしていこうと思う。


 久しぶりに帰ってきた実家の土地はガキだった頃の感覚と比べても全く同じで、相変わらず広いままだった。この土地は何百年も前にご祖先様が第7魔王を討伐したときに、国から半ば押し付けられるような形で報酬として授けられたらしい。


 魔法史上最後の魔王でもある第7魔王はアレキサンダー家が長年の間、調査機関を一切立ち入らせなかったせいもあってか最も解明されていない魔王として有名である。一説では宇宙人説もあるとかないとか。


 そんな第7魔王との決戦の地でもあったこの地は授けられた当初、まったくもって酷い有り様でご先祖様たちは少しずつ少しずつ時間をかけて死の土地だったこの場所を浄化させていったのだ……と、母と祖父から嫌になるほど聞かされて育った。


 そこから時は流れて現在、魔王を討伐したご先祖様から数えて俺とユリエルの世代で7代目となった。セプティムっつってね。随分と粋なミドルネームを付けてもらったものだ。両親と祖父母が悩みに悩んでつけた俺たちのミドルネーム、その期待に俺はともかく弟はしっかりと応えた。


 超難関であり超変態称号でもある『大魔導士』は世界で13人しかいない。この称号の獲得のための試験はありとあらゆる知識と技術が要求され、合格者の平均年齢は100歳を超えるともいわれている。ユリエルはわずか18歳でこの難関を突破し、大魔導士の称号を獲得した。


 一般的な認知度でいえば、かつて世界一の賞金稼ぎとして名を馳せた俺の方が圧倒的に上だが、学術界では弟の方が有名だったりする。


 高校卒業と同時に俺は賞金稼ぎになった。当時の俺はとにかく貧乏が嫌で手っ取り早く大金が欲しかった。ところがこの商売は思ってたよりも全然儲からなかった。経費として出ていく金は多いし、累計獲得賞金が増えるほど税金もかかって……まぁ、昔話はこのぐらいにしておこう。


 さてさて、今回は少しばかり真面目に事にあたらねばならない。それほどの手練れを相手にする。その相手というのは他でもない、湖の底に棲むあの化けダコだ。ヤツには少年期に何度も苦汁を味わわされた。今になってヤツに挑む理由は色々ある。


 我が最愛の弟ユリエルが魔界の邪神を封じた魔法。その簡易版を試したいというのが理由のひとつなのだが……ユリエルといえば驚かされたね。古代竜の所に呪いを解きに行ったと思ったら婚約して帰ってきたからね。


 この結果はさすがに俺と先生の予想の斜め上をいった。素晴らしいぞ、ユリエル。婚約者のメアリーは実際に会ってみると想像以上にサイコパスで、天真爛漫で、奔放で、愛嬌もあって非の打ちどころがたくさんある素敵な魔女だった。


 真面目な話さ、母さんの前だと絶対に笑わないユリエルが彼女が何か頓珍漢なことをするたびに笑ってたんだよ。それを見て俺はさ、あぁ……この子こそが弟にぴったりな相手なんだな、って思った。なんかちょっと前まで俺のファン『だった』っていうもんだから、カチンときて「サインあげようか?」っていったら断られたよ。サイン断られたの初めてだよ。いやぁ、笑ったね。


 そんな事もあって……彼女のおかげでアレキサンダー家もますます明るくなるってもんだし、跡継ぎ問題のプレッシャーなんかを母にかけられるだろうけど、たぶんあの子なら大丈夫だろう。やたら母と仲良かったし。あの立ち回りはまるで母の手下のようだったね。これで俺も安心して旅に出られる。


 さて、そろそろ湖の方に潜ろうかな。そう心に思った俺は今、ヤツの棲む湖のちょうど中間ぐらいのほとりで素っ裸で腕組みをして突っ立ってるわけだけど、只今の気温は……寒い。気温なんか知るかっての。冬の水辺なんか寒いに決まってるだろ。


 さっきから足元でサラマンダー君が献身的にレオナルドのアレキサンダー部分をはじめ体の前面を暖めてくれてるけど、背中側は破壊的な寒さだ。そして時刻は……暗いし、夜だね。いや、ごめん。なんかメアリーと絡むとこんな感じになっちゃうの。あの子と四六時中一緒にいてそうならない俺の弟ってやっぱ……。



『しくじりました……兄さん……』


 突然のフラッシュバック。ここ最近は何の音沙汰もなかったというのに……まったく忌々しい記憶だ。時の牢獄から出てきたばかりのユリエルに俺は何も言ってやることができなかった。「大丈夫だ。お前は何もしくじってなんかいない」あの時、俺は何でそういってやれなかったんだ?


『すみません……あとは……頼みます……』


 ユリエルがそう言い終えた直後だった。強靭な精神力で変異を肉体の半分に押しとどめていたユリエルだったがついに限界を迎えた。蛇のウロコを思わせるような紫色の皮膚に全身を覆われ、眼の色は赤黒く染まり、背中からは悪魔の翼が生えた。


 完全に変貌してしまったユリエルのその姿は、神々しさと禍々しさの両方を兼ね備えたおぞましい邪神そのものだった。「頼みます」だと?俺にお前を殺せというのか?そんなこと……。



「おい、クソバカ」


 暗黒の記憶から俺を現実に引き戻したのは体長190センチメートルのクソデカ妖精のソフィーだった。顔と体は抜群に良いが性格に難がある。おおよそ10年ぶりに帰郷した嬉しさを豊かな炎で表しているサラマンダー君の炎越しにソフィーは突然現れた。俺は湖に背を向けるようにして現れたソフィーの手首を掴んでそばへ引き寄せた。


「イタッ。引っ張らないでよ!!」

「うるせぇ」


 こんな調子で俺たちはいつでも仲良しだ。


「なんでパーティーに姿を見せなかったんだ?」


 主催であるこの俺が盛り上げに盛り上げたクリスマスパーティーにこの巨大妖精は姿を見せなかった。まぁ来たら来たでこんなやつがいたら目立ってしょうがなかったことだろう。しかも口が悪いからパーティーの空気も悪くしていたことだろう。つまり、来なくて正解だったと思う。


「べつにいいじゃん。人ごみ嫌いだし」

「あっそ。消えたり出たり……便利だな」


 そういえば俺も子供の頃、覚えたての透明化とか転移とかの魔法を無意味に使ったものだ。懐かしい。


「ねぇ、子供の頃のことってどれぐらい覚えてる?」

「あぁ?」


 脈絡のないクソみたいな質問をソフィーは雑に投げた。それを知ってどうしたいんだ、コイツは。


「いいから答えて」


 なんとなく、ここへ来てからコイツの機嫌が悪い気がする。この手の質問にはいつもだったら嘘を交えて適当に答えるが、今回は真面目に答えた方がよさそうだった。


「どれくらいといわれてもな……最も古い記憶は母親にドラゴンの巣に突き落とされた記憶だな。完全に自我が芽生えた瞬間だった。それが確か2歳になるか、そのちょっと前ぐらいだったかな」


 いつ思い出してみてもあれは意味不明だ。『私の子供だったら這い上がってくるのです』とかいって……空を飛ばない、牙に猛毒を持つドラゴンがうじゃうじゃいる谷底に落とされたんだよ。ネグレクトとかいうレベルじゃない。殺人事件だ。


 それで俺はどうしたかというと、どうもしなかった。だって2歳だったんだもん。何もできやしねぇよ。母はきっと男児という存在への接し方がわからなかったんだと思う。自分は一人娘で大事に大事に育てられて……なんというかな、育児ノイローゼ的なものに軽くなりつつあったというか、初孫を育てるというプレッシャーが当時の母をおかしくさせたのかもしれない。まぁ、もともとおかしい人だけど。


 何もできない2歳の俺は当然ながらすぐにドラゴンに取っ捕まった。こうなるとただの餌だよね。ドラゴンがまさに俺を喰らおうとバカっと大口を開けたところでおじいちゃんが助けに来てくれたんだったな。


 凄かったな、あの雷魔法は。一発落としただけでそこら中に反射しまくって……でも、なぜか俺たちには当たらなくて……あんまりこういう話はしたくないね。我が家がいかに世間の常識から逸脱した考えを持っているかがバレちゃうから。


「それって何年前?」

「あの時俺が2歳だったとして……おおよそ27年前、とかになるのか」


 あれからもうそんなに経つのか……恐ろしい。やっぱこの話やめたいな。なんか悲しくなってきたよ。


「ふーん……じゃあ、それ以降のことはけっこう覚えてるんだ?」

「断片的にだけどな。イベントごとというか、インパクトのあることならほとんど覚えてる」

「……はぁ」


 人がせっかく真面目に質問に答えたというのに、ソフィーはため息をついてすぐに姿を消した。


「この……」


 すでに虚無となった空間に悪態をつこうと思ったがやめた。そんなことより、これからの事に集中せねばならない。いよいよこれから俺は……。


「ぎゃぁぁぁあああ!!!!」

「ナニナニナニナニ!!??」


 今度はすぐ後ろの方で絶叫が聞こえた。ビビった俺は脊髄で反応した。





 絶叫の正体は人間の女が出したものだった。この女とは顔見知りぐらいの関係でパーティーに招待した覚えはないし、両親も絶対に呼ぶことはないだろう。ということは、この女を呼んだのは……ユリエル坊やかい? お兄ちゃん怒らないから正直に言ってほしいな。


「どうだ、少しは落ち着いたか?」


 時刻は深夜。今頃パーティーの来賓たちは城や集落の近くの湖畔に俺が即席で建てたコテージの中でぐっすりと眠っていることだろう。それなのにこのお嬢さんときたら、それを妨げるような大声をあげちゃって……まったく、一般常識ってものがないのかねぇ。まぁ、ここからコテージまでめちゃくちゃ距離あるから絶対聞こえないけど。


「落ち着くものか!!とにかく……何か、履いてくれ」


 この物言いが気に食わん。ふざけてるのか? ここはアレキサンダー家の領地だぞ? なんでお前なんぞに指図されなきゃならないんだ?


「相変わらずだねぇ、イザベラ裁判長」


 服を着ながらではあるが紹介しよう。このクソ生意気で小賢しい女。これをイザベラという。最後の最後でユリエルにようやく無罪判決を下した無能集団の中でもちょっとだけマシではあるが、無能は無能である。弟が無能に裁かれなくてはならない謂れなどそもそもないので家族は皆こいつが大嫌いだ……弟以外は。


「ダニエラだ。それに今はもう裁判長ではない」


 ……ゴメン、普通に名前間違えてた。これはダニエラだ。いや、名前とか興味ねぇのよ。はいはい、ダニエラね、オッケー。ダニエラダメエライザベラ。


「……知ってるよ。あの後仲間内でさんざんイジメられて辞めさせられたんだろう?」


 名前は間違えたがそっちの事情は合っているはずだ。無罪判決を出したにもかかわらず、司法も政府も最後まで弟の自由に難色を示した。新進気鋭の女裁判長が導いた最終判決が気に入らなかったのだ。


 ここから先の話はユリエル本人も知らないことだが、自分たちで勝手に決めたルールすら守れない一部の愚か者どもは釈放後のユリエルを常に監視していた。めんどいので詳細は端折るが、俺とストラデウスはこの愚か者どもに軽く追い込みをかけた。


 その結果、邪神化したユリエルを制圧したことのある俺かストラデウスの支配の及ぶところでならばユリエルの自由を認める、とかいうわけのわからない条件を提示してきた。当然そんなものは聞けないが、ストラデウスはそれでいいといってその条件をのんでしまった。


 大賢者としての立場もある先生は派手に司法や政府と対立できない。いわゆる大人の事情ってやつだったのだろう。ま、俺はオッケーって言ってないから、その条件を守れない時が来たらどうなるかねぇ。アレキサンダー家はいつでも戦争の準備はできているから、そこんとこよろしく。


「……」


 イザ、いや、ダニエラは口を真一文字に結んで顔をこわばらせた。図星をつかれての怒りか、はたまた屈辱を思い出しての事か、あるいは両方か。


「……過去にあなたが壊滅させた死霊術師たちの巨大組織を覚えているか?」

「えーっと……何だっけ? 丸輪太郎だっけ?」

「なんだそれは!? ウロボロスだろう!! あなたは自分の功績も覚えてないのか!?」


 このリアクション……楽しくなる予感がする。ちょっとこいつをおちょくって遊ぶとしよう。


「うん、覚えてない。賞金稼ぎは遊ぶ金欲しさにやってたしな。それにほら、俺狂人だし?」

「な……」


 ダニエラは困った表情のまま固まって絶句した。なんともいえない背徳感がわきあがる。これだ。人を困らせるため、そのために俺は生まれてきたんだ。


「そ、その件については……あとで必ず何とかする」

「お断りだ。それにそっちにはそんな手立てはもうないだろう?」


 狂人。これに認定されたものは日常生活において重いハンディキャップを背負うことになる。例えば健康保険が無効である点。これは地味にヤバイ。風邪ひいて病院に行ったらインプラントの治療費と同じぐらい請求されちゃう。でも俺には関係ない。そんなの自分で治せるから。


「う……」


 ダニエラはまたしても言葉を失っていた。なんなんだ、こいつ。口喧嘩が弱すぎる。予感は大外れだ。ソフィーぐらい憎たらしく言い返してきてくれないと面白くない。


「……私が罷免される直前、ウロボロスの残党が捕まった」

「ふーん」


 すでにダニエラに興味を失った俺は化けダコにどう挑むか、もう一度計画し直すことにした。


「……一転し、容疑を認めた。それから……」


 アッチの方法でやろうかな。素っ裸で潜るよりも体の自由がきくし。俺はサラマンダー君の心地いい炎から離れてゆっくりと湖面に近づいた。邪魔くさいことにダニエラはこっつまんない話をつづけながら後をついてきた。


「……殺害されたのは別組織の残党で……」


 湖の幅は最大で約20キロメートル。水深は深い所で100メートルちょっと。……全部やるとめんどくさいから半分だけにしよう。ついでに結界も張って……それよりもアレが嫌だよなぁ。一瞬で済むけど、絶対痛いだろうなぁ。アレは回復魔法が効かないだろうし……一応、再生の丸薬は持ってきたけど……。


「……の組織は逢魔連合の元となった組織のひとつで……」


 あとはどんな特性があるかだな。調べながら舐めプもしなきゃならないから、少し劣勢になるかもな。クソ、こんなことならガキの頃もう少し真面目にヤツに挑んでおけばよかった。


「……はじまりの木の樹液が手に入ればこの世界は終わりだ。刑を言い渡されたヤツはそういって法廷を後にした」

「……はじまりの木ぃ?」


 最近聞いた覚えのある言葉に思わず反応してしまった。ダニエラはやたらでかい黒目をぎらつかせていた。


「そうだ、はじまりの木だ。有名なおとぎ話の。その場の誰もが本気にしなかったが、調べれば調べるほど辻褄が合っていったんだ。だから……」

「やめとけ」


 視線を湖面を戻しながら俺は忠告した。


「……やはり、何か知っているんだな?」


 ダニエラは湖と俺の間に鬱陶しく体を割り込ませた。


「うるせぇ。それ以上は関わるな。死ぬぞ」


 俺はダニエラが着ている上等そうな黒いローブの肩を雑に掴んで体の位置を入れ替えた。ついでに軽く突き飛ばすようにして少しだけ湖から距離を空けさせた。


「そんなこといわずに頼む。何か知っていることがあったら……」

「くどいな。忘れろ、ダニエラ元裁判長。ご両親だってまだ健在なんだろう?」

「両親は警備局の局員だった。だから……今は私は一人だ。一人っ子で兄弟もいない」


 俺はもう一度ダニエラの目を見た。穢れを知らない白目の中に主張の激しそうな大きな黒目。勧善懲悪を信じて疑わない真っすぐな瞳。言うだけ無駄な、融通の利かない目だ。だとしたら俺に出来ることは……。


「……治療魔法は使えるか?」

「ああ、軽いものならば骨折も火傷も治せる。簡単なものならば解毒もできるし……」

「だったらテオとかいう色黒のハゲオヤジと……なんといったか、なんとも発音しにくい名前のアジア人の女の二人組がヒーラーを探している。そっちと合流するといい。お前の目的と近いはずだ。弟の招待客として村の近くのコテージのどれかにいる。明日の朝一番にでもあたってみるんだな」

「……どうしてもダメか? 私とその……一緒に」


 地の底から低く唸るような音が響いた。


「これは……何の音だ?」


 音に気付いたダニエラが反応する。音はさらに大きくなり、湖の水が対岸まで細く割れた。


「湖が割れた……?」


 何が起きているかわかっていない語彙力の低い実況者の次のリアクションを待たず、水が割れた所を起点に集落側の半分はそのままに、森側のもう半分の水かさはみるみる減っていった。数十秒ほどで森側半分の水底が現れ、やがて完全に水位を失った。


「お嬢さん、狂人の俺様の隣に立ちたいならこれぐらいは寝ながらでも出来ないと務まらんのだよ」


 少しできるくらいの魔法使い風情が「俺と一緒に」などとのたまうのは笑止千万。少なくともこの魔法が俺が使ったものだと察知できない魔法使いなど話にもならない。もっともそれができるのは、大賢者ストラデウスや大魔導士ユリエルクラスの実力と経験が必要になるが。『湖の水、半分だけ抜いちゃいました』の魔法はここに成功した。


「魔法陣も詠唱も無しでこんな大魔法を……。あなたは一体……これから何をするつもりなんだ?」

「長旅の……準備の準備、かな」


 自分でも漠然とした言葉だとは思ったが、他に答えようもない。俺は露出させた湖底に向かってダイブした。





 決まったな。降下しながら俺は先ほどの湖畔でのダニやんとのやりとりを思い出していた。ダニやんことダニエラ。黒髪で黒目でそこそこ乳もでかい……まぁ、美人の部類なんじゃない。俺は好きじゃないけど。気に入らないよね、ああいう……なんつーのかな、自分のいいたい事だけいって他のやつの話を聞こうともしないような身勝手な人間は。


 え?俺が言うなって?それについては何も言えないし、謝るつもりもないよ。さてさて……でも、ちょっとカッコつけすぎたかね。まだ結果を出してないからね。さぁしばくぞ。待ってろよ、タコ野郎。地面となった水底が近づく。飛び込んだ勢いそのままに華麗に着地を……。


「ぬわっ!?」


 ズルリ、と足元が滑る。水抜きが甘かった。地面は煮込みすぎたワカメのような感触だった。


「ふぬぉっ!!」


 転ばないように足に力を入れて踏ん張り、最悪の着地事故はなんとか回避した。


「ふぅ……いやぁ、不覚不覚」


 歩きやすくするため、地面全体に乾燥呪文をかける。たちどころに着地の障害となった黒い水草がやや青みがかり、周囲の岩や砂利も含んでいた水気を完全に失った。


「はい、完璧……」


 呪文の出来を呟きながら、目的地点へと目を走らせた。数キロ先で目を黄色く光らせている巨大なタコがいる。かなり離れてはいるが、その大きさからここからでもタコだということが丸わかりだ。ふん、化け物め。日本にはタコヤキという美味いものがあるらしい。ぶっ殺してそれにして食ってやる。こっちはな、日本食はうどんしか食べたことないんだぞ。あの頃の俺は忙しすぎて寿司とかラーメンとか食えなかったんだぞ。いや、うどんも美味かったけど。いやいや、そもそもぶっ殺しちゃダメなんだった。あくまで目的はあの化けダコの魔力を奪うことだ。俺はその場で気合いを入れ直し目的地へと急いだ。


 近くで見るタコ野郎は記憶の中よりもおぞましい姿をしていた。目は顔のサイドよりもやや正面についている。その下に鼻の穴のようなものが歪な逆三角形型でひとつ。さらにその下に短い6本の触手が髭のように生えていた。口は見えなかった。おそらくあの髭のような触手の下に隠されているのであろう。


 その顔つきはまるで人間の頭蓋骨を思わせるようなものだった。体色は黄色く光った両目以外は黒に近い青色で、顔の上のだだっ広い額に核か脳のようなものがうっすらと透けて見える。


 顔だけで牡牛二頭分はありそうな巨体からは、ガキの頃感じなかった殺意をビンッビンに感じた。コイツ、こんな凶悪なヤツだったっけ? 足は長いものを2本高く掲げるようにしていて、どうやらすでに臨戦態勢のようだ。それ以外に地を這っている歩行用みたいな短い足が8本あって、全部で10本の足が……え、10本?


「なんてことだ……お前、タコじゃなくてイカだったのか」


 突然伸びてきたのは高く掲げられていた長い触手のうちの1本だった。目の前に迫ったその触手は大木の幹のように太かった。当たれば大怪我では済まないだろう。だがこんな雑な攻撃は当たる気がしない。俺は触手を紙一重でかわし、かわした先でもう1本の触手が追撃をしてきたがこれもかわした。


「慌てんなって。まずは色々……」


 鼻の下の触手がめくり上がり、恐らく口と思われる器官を露出させた。円形の口は縦に割れていて、それが歯のようなものが左右に一本ずつあるからだと理解したころには墨が飛んできていた。


「早漏か、テメェ!!」


 吐き出された墨は人間を十分に飲み込むことが出来るほどの大きさのものだった。その墨はスクリュー回転で加速しながら楕円型の球のような形状で迫ってきた。まぁ、当たらんけどね。こんな子供だましの水鉄砲。


 よけた墨が地面に着弾したのと同時にもう一発同じ攻撃をお見舞いされる。吐き出された墨はさきほどよりも気持ち濃いめのものだった。大きさはさっきと同じぐらいのものだ。色が気持ち濃いめなぐらいで性能も先ほどの墨とまったく変わらない。当然これもよける。


「ずいぶんと素早いねぇ」


 パチンと乾いた轟音がした。イカが地面を引っ叩いたのだ。無数の砂利と砕かれた岩が俺に猛スピードで向かってきた。視界の奥でイカが次の攻撃の動作に入ったのを見逃さない。砂利と石つぶては風の魔法ですべて丸め込み無力化させる。その間、力を溜めたイカは先ほどよりも粘度の高い墨を今度は放射状に吐き出した。


「ハハハハハ、今度は確実に当てたいか」


 イカの健闘虚しく、俺は転移魔法で放射状に広がった墨の包囲網から上空へと抜け出した。防御に徹している今はどんな攻撃も当たる気がしない。イカと目が合う。イカが目を少しだけ細めているような気がした。俺はゆっくりと地上に降り立った。


「どうだ、墨は出し切ったか? 他に攻撃はないのか?」


 戦闘中でも私語は慎まない。よくマジカルお喋りオシャレ野郎といわれます。言葉が通じないとわかっていても、優しい俺はいつものように相手に攻撃を促した。


「……なんだ、その手は?」


 イカ野郎は長い触手を俺の方に伸ばしクイクイと動かした。それは人間のする手招きの他に違いなかった。


「ほーん……」


 言葉が通じる。その上で俺を挑発している。それはこのイカが高レベルの魔法生命体であることを意味していた。


「ま、イーカ。今まで使いどころのなかった賞金稼ぎ時代の戦利品をちょっとだけ試させてもらおう」


 空間を撫で青龍刀を出現させる。何の変哲もない、ただの青龍刀だ。こういう魔力のない普通の武器は死ぬほど持っているのだが今まで使いどころがなかった。非魔法界が生み出した技術力を存分に振るわさせてもらうことにする。ロシア産の鉄砲なんかも持ってるけど、あれは貰ってから一切手入れをしてないから使うと俺が危ないし、使うならこういう原始的な武器に限る。


「オラァ!!」


 魔法を使うときよりも三割増しに気合を入れ、触手に斬りかかる。結果は残念だった。触手が斬れるどころか青龍刀の方が折れてしまった。


「まぁ、斬れるとは思ってなかったけど……ちょっとキミ、硬すぎない?」


 手に残った痺れを気にする暇もなく、横の方から薙ぎ払うように触手が伸びてきた。いちいち避けるのもだるいが、当たると痛いからしょうがないので避ける。避けた先で2本目の触手が止まったハエを叩きつけるかのように重々しく上から振り落とされた。だるいがこれも避ける。


「じゃあ次」


 青龍刀はゴミだった。いや、あの硬さからいって青龍刀がどうとかいうよりもおそらくコイツには物理攻撃自体が通じないのではないだろうか。なんかそんな気がする。ということは他の武器は試すだけ無駄だ。仕方ないが魔法を使うしかない。魔法を使うと勝ちが確定するから楽しくないが他に致し方ない。


「食らえ」


 動作無し。完璧に隙のない握り拳ほどの太さの光線を胸元から発射した。希少な光の魔法をここまで使いこなすのは現代では俺ぐらいだろう。これでヤツの体にぽっかり穴があくだろうから、後は指先でもあれをしてから穴に突っ込んでおしま……。


「ぃいっ!?」


 対応が間に合ったのは異変に気付いたからか、それとも虫の知らせか。


「あっぶねぇ……」


 一瞬の出来事だった。イカ野郎は俺の出した光線を魔法で反射させた。光の速さの魔法がそのまま自分に返ってきたのだがそこは俺様、反射された光線をさらに反射魔法で上空へと反らせたことにより事なきを得たのだ。危うく首から上がこの世からグッバイするところだった。1秒にも満たなかったが、今のは間違いなく俺史上一番のピンチだった。あービックリした。


「魔法使えるんだったら先に言えや」


 自分でも理不尽なことをいっていることはわかっていた。中枢神経が徐々に俺を昂らせるのがわかった。


「オッケー。次、行くぞ」


 今年最大の笑みがこぼれた。物理も魔法もダメだった。次は両方をとる。再び空間を撫で、大鎌を出現させる。この大鎌は魔力を持った魔法武器だ。刃の部分は2歳の俺を喰らおうとしたドラゴンの牙を加工したもので、じいちゃんの友達の怪しいドワーフによって寸分の隙も無く磨き上げられている。その斬れ味はメアリー・クラインの直感よりも鋭く、硬度としてはティナ・エーデル・アレキサンダーの財布の紐よりも硬いといわれている。要するによく斬れる魔法武器ってこと。


「来な」


 左手で大鎌を担ぎ右手で手招きをする。手招きとほとんど同時に触手が伸びてきた。まずは1本目。伸びてきた触手を軽く避け、大鎌の柄を両手で握り直しぶった斬る。重量感を感じさせる音を立て、斬りつけた触手は地面へと落ちた。


「ハッハー!! もう1本来るよなぁ!?」


 1本目の触手とは逆の方向から伸びてきた2本目の触手。それは避けずに鎌の刃で迎え撃った。躊躇のない全力のアッパースイングでこの戦いにおける鬱憤を晴らす。斬り離された触手はくるくると宙を舞い、ずっしりとした音を立てて地面に叩きつけられた。


「あぁ……随分短くなっちゃって。かわいそうに」


 イカちゃんには精一杯の哀れみの言葉をかけてやった。ご自慢の長い2本の触手は胴体と切り離されてなお、地面でのたうち回っていた。


「さてさて……」


 これで気分はスカッとしたが、これだけでは目的は達成できない。ヤツの体に手を突っ込めるぐらいの大きさの穴を空けねばならないのだ。


「ピィーー!!」


 イカちゃんが高音で鳴いた。空気の振動を肌で感じるほどの大きな鳴き声。地面でのたうち回っていた2本の触手が黒い煙をあげて消え去る。


「……はぁ」


 ある種の予感だった。俺はすぐ近い未来に向かってため息をついた。


「ピィーー!!」


 イカちゃんが2度目の咆哮をあげる。すると短くなっていた2本の触手がみるみる伸びていき、あっという間に元の長く太い触手に戻った。


「……お約束ってやつか」


 イカはたちどころに2本の触手を再生させた。まぁイカといったら再生能力だよな。まったく面倒な……。


「いいよ、何度だってやってやる。だが結果は同じだ。諦めてその力をよこせ」


 大鎌の柄を握り直し、荒ぶる2本の触手を迎え撃つ準備を整える。


「なっ……」


 先ほどと同じように1本目の触手の攻撃を避け、斬り落とそうと大鎌の刃と触手が合わさったその時だった。大鎌の刃がバキリと音を立てて折れたのだ。


「……」


 人生初の絶句。思考が一瞬停止した。何か他の手を考えなくてはならなかった。しかし、2本目の触手による攻撃はそれを待ってはくれなかった。しまった。あまりにも舐めすぎていた。こんな大振りの攻撃、当たるわけがない。そうタカをくくり防御魔法をおろそかにしていた。大木のような太い触手が鞭のようにしなり近づいてくる。今からこれを生身で受けなければならない。当たり所が悪ければ最悪の場合……。そう考えながら俺は歯を食いしばった。


「危ない!!」


 何者かが俺を突き飛ばした。俺を突き飛ばしたその何者かは触手の攻撃を魔法の防御壁で受け止めていた。しかしすぐさまイカは防御壁ごとその人物を触手で巻き取ると、高く抱え上げ宙づりのような状態にさせた。


「なんと!? こんな力技があるのか!?」


 自らの危機だというのに感心するような声をあげる。間違いない。こんな変わり者、この地球上に一人しかいない。俺を救ったのは最愛の弟、ユリエルだった。


「ユリエル、お前……」


 こんな夜中にこんなところに一人で来たら危ないでしょ!! という言葉が続かなかった。ちょっと……感動しちゃって。ユリエルが俺を助けてくれたんだと思うと、胸がいっぱいになって今にも泣きそうになった。


 なんとか感情のコントロールをしている間にもユリエル対イカの対決は続いていた。イカは抱え上げたユリエルをゆっくりと自らの口元へ運んだ。髭のような触手をめくりあげ、円形の口を露わにすると嘴のような歯を左右に開いた。墨による攻撃かと思われたが、どうやらそうではなかった。


「何っ!? 私ごと魔力を喰らう気か!? しかし……兄さん、今がチャンスですよ!!」


 バカ野郎!! なにがチャンスですよ、だ!! お前を犠牲にしてまで攻撃なんかできるか!!


 今さら頭が冴えわたった。我が家にある古い文献によるとご先祖様は第7魔王を討伐した際、光の剣というものを使ったらしい。


 俺は折れた大鎌の刃の部分を魔力の刃で代用させた。おそらく文献の光の剣とやらもこういう感じで使ったんじゃないだろうか。


 そしてあの再生した触手。最初に斬った時よりも明らかに硬くなってやがった。鎌の切れ味を学習して硬化させたんだろう。一度斬られた触手は斬った武器よりも硬くなる。いたちごっこを防ぐにはドレインがいいだろう。


 刃が当たった瞬間、ヤツの触手に込められた魔力か生命力かはわからんがそれがどんなエネルギーだろうとすべて吸い尽くしてからぶった斬る。これで万事解決だ。安心しろユリエル。今、お兄ちゃんが助けるからな。


「オラァ!! テメェの相手はこっちだろうがぁ!!」


 ユリエルを掴んで離さない触手に雄叫びをあげながら猛然と斬りかかる。風を切る音だけが聞こえた。ドレインと光の大鎌の併用は斬れすぎて手ごたえがないほどだった。今日からこれがレオナルド名物のドレイン斬りとなるだろう。


「な、なんだと!?」


 触手から逃れたユリエルが焦りの声をあげた。飛行魔法はユリエルの得意魔法のひとつのはずだ。しかしユリエルはそのままイカの口へと落下していった。イカの吸引力がユリエルの魔力を上回ったのだ。


 通常だったらそんなことは起こりえない。呪いの影響でユリエルの魔力は著しく低下していたのだ。このままではユリエルはイカの餌食となってしまう。俺のやるべきことは一つだった。すぐさまユリエルの元へ転移して今度は俺が弟を突き飛ばした。


「兄さん!?」


 大丈夫だ、ユリエル。右半身が引っ張られるような感覚した。ブチリという嫌な音がした後、すぐにそれは来た。経験したことのない痛みが右腕に走る。まるで熱した毒入りの油に腕をつけたかのような激しい痛みだった。すぐに解毒と止血と鎮痛の魔法を合成したものを患部にかける。


「貴様!!」


 周囲が一瞬だけ赤く光った。怒号とともにユリエルが天から呼び寄せた必殺の一撃。その赤い雷はイカの脳天に直撃した。ユリエルは対象に魔法が当たったことを確認すると、意識を失い落下していった。


 一方イカはそれに当たったが最期、対象を燃やし尽くすまで消えることのない禁断の炎に全身を包まれた。普段は決して怒りを見せることのない弟の最大最強の魔法、炎の雷をくらって生きている生物は……ってあれ? ユリエル、お前…そのイカ、殺しちゃダメだってば!!


「ユリエル!!」


 なんとか地面に激突する前に弟をキャッチできた。思ったよりも重くはないんだな……。そんなことを考えながら、俺は炎に包まれたイカを睨みつけた。俺の右腕の肘から先すべてを喰らったイカの魔力が邪悪に膨れ上がっているのがわかった。戦闘はまだ終わっていない。





「……あいつは!?」


 ほどなくしてユリエルは目を覚ました。その第一声は現在の状況を把握するためだけのものだった。


「今、変身中だ」


 ユリエルの炎の雷はつかの間の休戦状態を生み出してくれた。対象を燃やし尽くすまで消えないはずの火が消えさった時、イカは先ほどまでとは違う姿で復活するだろう。なぜそれがわかるのかって?それは……もし俺にヤツぐらいの再生能力があったら消えない炎から逃れるためにそうするからだ。どうやらあのイカは俺の魔力をうまく取り込んだようだ。俺の腕を直接喰らったことによるものだろう。


「この魔力……やはり」

「お前もそう思うか」


 イカを包む炎がほんの少しだけ小さくなった。それを見ながら昂った精神を落ち着かせる。なぜ戦闘に慣れているはずの我らアレキサンダー兄弟があんなにも感情を揺さぶられたのか。それがすべての答えだった。


「まぁ、神格クラスで間違いなさそうだな」


 答えはそれしかなかった。それは休戦状態の今だからわかることだった。突然起きたあのフラッシュバック。あの時からすでに戦いは始まっていたのだ。ユリエルが登場したときのあの感動、そして決して見せることのない怒りをみせたユリエル。


 俺たちは知らないうちに感情を増幅させられていた。俺たちほどの実力をもってしても、戦闘においての基本中の基本でもある平常心を保つという行為そのものが出来なかったのだ。


 神格クラスと呼ばれるカテゴリーに属している存在と相対する人間は、個人差はあれど何かしら精神に異常をきたす。いわゆる精神攻撃というやつを為す術もなく受けなければならないからだ。神格クラスの存在が放つその攻撃だけはどんな魔法や魔導具をもってしても絶対に防げない。それがこの世の理だ。


「兄さん、なぜ……」

「バカタレ。兄さんには他にナイスな討伐方法があるんだよ」


 弟のいいたいことなどすぐにわかる。「なぜ」の先は「攻撃を優先しなかったのですか?」だ。なぜってそんなの決まってんだろ。お前の方が大事だからだよ。


「それは……出過ぎたことをして申し訳ありませんでした。腕の再生をします。こっちへ」


 ユリエルが手を差し伸べてきた。優しい。ちなみに失った肉体を再生させる魔法というものは、現在この世に存在しない。それはユリエルが封じた邪神の魔力があって初めて成り立つ奇跡の治療魔法……そう、ユリエルは世界で唯一、失った肉体を再生させることができるゴッドハンドの持ち主なのだ。条件は限られているけどね。自分の血縁に近いものにしか使えない、とかね。禁呪扱いされて逮捕される可能性もあるからストラデウスと俺は使うなよ、って言ってたりするけどそれは割愛する。


「あ、これは大丈夫。この状態じゃないと意味がないからな」

「……まさか」


 優秀なる我が弟は俺の目論見をすぐに察知した。この子はね、もう本当に物知りなんだよ。中等部の途中から学校行かなくなっちゃったくらいに物知りなんだよ。中学生の時点でユリエルは学校の勉強が終わっちゃったの。そうなると学校に行く意味がなくなっちゃったの。当時の学校の教師ですら弟の足元にも及ばなくなってしまって……まぁ、全部俺のせいなんだけどさ。勉強の他に学校で学ぶこともあるだろうっていう人もいるだろうけど、それは大間違い。ユリエルはそれすら終わってたから。精神年齢がそこらのクソガキと全然違ったんだから。あの頃のユリエルは公認不登校児みたいになってたね。家で毎日のように「世のため人のために生きなさい」って母の洗脳を毎日聞かされてたみたいで可哀そうだったよ。高等部は3日ぐらいは行ったのかな? この頃になると、俺は家を出ちゃってたから詳細はわからない。


 経歴だけを追うと、高等部のとある先生に飛び級制度を紹介されて試験に合格して大学院にいったということがわかる。で、その2年後には大魔導士となった。俺が思うに弟が大魔導士となったのは多分……周りの大人たちに邪険に扱われたからではないだろうか。


 自分たちよりも優秀な15、6歳の少年が入ってきた時の大人の集団というものは、ある意味子供よりも残酷なことをする。弟は自分を鼓舞したり、まわりを納得させる何かが欲しかったんじゃないだろうか。考えたくはないが、弟が学術界を早々に去った理由もそこのところが関係しているのではないだろうか。


「……それよりも、ちょっとバランスが悪くて立ちづらいな」


 最近になって責任を感じる。俺がこの子に授けた知識と技術は、果たしてこの子の人生に幸せをもたらしたのだろうか。ユリエルは一人で戦い続け、幸せを勝ち取った。メアリーとかいう他とは少しだけ違う、奇妙奇天烈な幸せを。


『我々の目的は達成された。ここから先はもう、我々は手を出さずに見守るべき段階に入ったとは思わないか?』


 あの疲れ切った晩のストラデウスの言葉を思い出す。邪神に喰い散らかされた弟の魂は古代竜の秘湯が蘇らせてくれる。外形や視力の呪いについては弟が自らの矛盾を許した時に解かれる、という答えもすでに我々は辿り着いている。


 ユリエルは頑固だ。きっと、一生自分を許せずに過ごすことだろう。だとしたら、俺に出来ることは何だろうか。先生のいうとおり、もう俺はユリエルを見守ることしかできないのか?


「あっ、そうだ」


 光の剣の魔法を応用させ、失った肘から先を出現させた。一本一本指を動かし、しっくりくるように重さの調節をした。


「光の腕……ってか?」

「さすがです、兄さん」


 否、俺がすべきことはまだある。それは弟が幸せだと思える時間を1秒でも長く継続させること。


「そろそろ、火が消えそうだ」


 そのためには、あのイカの力を何が何でも奪い取る。そうしなくては何も始まらない。


「さて第2ラウンドだ。ユリエル、お前は手を出すな」

「……はい」


 炎が消え去るとそこには青黒いイカ型の巨体はすでになく、白い人型が立っていた。人間の頭蓋骨のような顔のデザインはそのままに、全体的にかなり小型化されていた。ぱっと見の身長は2メートル超。筋骨隆々の肉体から察するに体重も100キロはゆうに超えていることだろう。イカ型だった時に比べれば小さくなっているものの、人型としては巨体だ。白い腰布を一枚だけ身に着け、あとにあるのは分厚い筋肉の鎧のみ。


「肉弾戦がお望みなのかな? まぁ、どう足掻いたって俺には勝てんぞ」


 一応、煽る。これも礼儀のひとつだ。強そうなやつは煽っとかないと失礼に当たるからね。皆も自分よりも強そうなやつと殴り合うときはまず相手を煽るように。


「ゴフゥゥゥゥ」


 俺の口撃はスルーされた。元イカちゃんは両腕を広げ、大きく息をついた。すると全身が淡い光に包まれ、ゆっくりと宙に浮かび上がった。


「これまた随分と……神々しいねぇ」


 元イカちゃんは天高く舞い上がり、さらに頭上に10メートルほどの楕円形のゲートを出現させた。


「あれは……」


 ユリエルが憎々しそうに呟く。元イカちゃんは音もなくゲートへと入っていった。


「帰ったな……」

「ですね……」


 気まずい沈黙が少しだけ続いた。上空には元イカちゃんが出現させたゲートが残ったままだった。巨大な暗い穴が俺を挑発している。


「……じゃあ、行ってくるわ」

「お供します」

「ん~……ダメ」

「しかし……」

「命令だ。お前はここでしっかり見張りをしなさい。えーと、アレだよ、なんだ……ほら、万が一に備えて。あのゲートに何も知らない純白の乙女とかが入らないようにするんだ」


 こんな深夜帯にそんなミラクルが起こるわけがないのはわかりきったことだった。


「……はい」


 ユリエルはどこか不満げな表情で返事をした。それは少年だった頃の日々を思い出すような顔つきだった。


「……じゃ、頼んだぞ?」

「はい」


 俺はユリエルを地上に残しゲートへと突入した。すまんな、ユリエル。炎の雷1発で気絶しちゃう今のお前に戦闘なんてさせられないんだよ……。





 ゲートの先は魔界ではなかった。イカに似つかわしい深海でもなく、そこにはお花畑が地平線の彼方まで広がっていた。


「嘘だろ。ここがキミが生まれた世界かい?」


 この恐ろしく綺麗な世界で、元イカちゃんは微動だにせず俺を待ち構えていた。


「あら、蝶々さんまで……」


 白い蝶々が優雅に飛んでいた。余談ではあるが俺は虫は嫌いじゃないが蝶々だけは苦手だ。それは母の使い魔のひとつに青い蝶々というのがあるからだ。あの青い蝶々に俺は青春時代の個人情報をすべてすっぱ抜かれた。まったく本当に……あれだけは嫌だった。


「あのさぁ、キミさぁ、もしかして第7魔王だったりする?」


 タコはニヤリと嗤った。やっぱりそうか。人語を理解する高い知能、そして完全物理耐性に超再生能力持ち、おまけに魔法も効きやしない。ただの神格クラスにしては強すぎると思ったんだ。


「今も昔も俺は何者にも負ける気がしねぇ。お前に出来るか? 俺をその気にさせることが」


 刹那の如くデカい拳が眉間に迫った。その拳を魔法の腕で払いのける。間違いなく俺の敵史上最速の拳。再び精神が高揚する。


「上々」


 第2ラウンドが今度こそ始まった。

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