古代竜の秘湯 後編
皆さんお元気でしたか?給仕係のメアリーでございます。前書きのテンションなんかもすっかり忘れてしまうほどに間は空いてしまいましたが、今回はなんと!!やりました!!やってやりましたよ!!一世一代の大勝負な物語を!!お見逃しなく!!
仕事は綺麗に片付けた。今年はもう働かない。呼び出しにも応答しない。それはいつものことか。あとは家帰って風呂入って、24時間くらい眠るとしよう。
なぁにが国際魔法医療センターだ。私がいなければ何もできない無能の集まりじゃないか。国際魔法無能集団に名前変えたら? なんだか知らないけど、この天才に治療の仕事ばっかり回しやがって。それよりも研究をさせろよ。研究センターだろうが。何のために私があんなこっつまんない連中に協力してやってると思ってるんだ?
すべては最愛の弟のためだ。危険な組織に騙され徐々に身体が魚人になる呪いをかけられた女児や、アフリカの未解明の軟体魔法生物に寄生する虫によって脳を支配された来春に結婚を控えた男なんかを治療するためでは断じてないのだ。どいつもこいつも完治した途端、涙まで流して喜びやがって……まぁ、こっつまんなくはないか。ちょっと言いすぎたな。
仕事の合間にこちらが知りたい情報は抜かせてもらったし、別にいいか。それにしても心配になるぐらいに内部の警備はガバガバだった。そこらへんはまったく張り合いが無かった。万が一、悪事がバレても、きっと許してくれるだろうという目算もあるにはある。それはお偉いさんの娘が私のファンらしいということだ。やっててよかったストリートウィザード。
話は戻るが、大体何で次から次へと私と直接関係のない研究者の仕事を回すわけ? 『技術的に難しくて治療が困難』だとか、『これ以上為す術がない』だとか言い訳ばっかして『あとはお願いします』だってさ。一番胸糞悪かったのは『派閥の関係で表立って治療が出来ない』とか言ってきやがったこと……あ、これはガチのあんまり言っちゃいけないやつだった。
人の命をなんだと思ってるんだろうね、権威の方々は。はぁー……。あの連中と比べるまでもないけど、やっぱ俺の弟って有能だわ。誰よりも優しい弟は誰よりも甘えん坊だったけど、初等部の高学年になるぐらいにはそういうこと言わなくなってたもん。
その頃からかな、弟が私を『お兄ちゃん』じゃなくて『兄さん』と呼ぶようになったのは。今からでもそこは直していいんじゃないかな。えー、呼称の改善の方、待っております。それはそれとして、男なら『はい』と『わかりました』しかないよな、ユリエル? 所内の無能どもは学校教育以前にお父さんお母さんにそういう事、習わなかったのかな? まったくダメだね。どうやら奴らは俺たち兄弟とは違う生き物……なーんて、ね♪ 冗談冗談。冗談ですよ。すべて冗談。
皆さん、こんにちは。レオナルドです。君たちに少しのユーモアを提供している間に、私は久しぶりの住まいへとたどり着いたよ。といっても実家じゃないよ? 一年中吹雪が吹き荒れるこの某大陸に俺の……あのー、そろそろ一人称『俺』で統一していいかな? いちいちカッコつけんの面倒になってきたし。
とにかく、この極寒の地に俺の家はある。理由は一つだけ。いかに優れたウィザードでも闇討ちとか寝込みを集団にでも襲われたりしたら、ちょっと困っちゃうから。要するに安眠がしたいのよ。レオナルド・S・アレキサンダーは安眠がしたい。この魔法界で俺は名前も顔も売れてる。どれくらいかというと、うーん……かなり有名。某有名ハンバーガー屋さんとかに行けないくらいに有名。そんな所へ行こうものなら、あっという間に人だかりができちゃうからね。だから昼飯時なんかは、いつも部下にパシらせて買ってきてもらってます。好きなメニューについては伏せさせてもらおう。食べ物の話題は揉めやすいからね。ただ、これだけは言わせてほしい。最近バーガーにトマトをトッピングするのが好きです。部下のチャールズ君、いつもパシってごめんね。この場を借りて日頃の感謝を申し上げます。恋人のアリスちゃんもあのー、お年玉の方、楽しみにしててください。以上、業務連絡でした。
えーっと、それで話を戻すと、父も母もそれなりに有名人でお金もあります。弟は大魔導士でかわいいです。で、あのー……弟はユリエルって名前なんだけど、この子が生まれた日の事は今でも覚えてるね。あの頃のアレキサンダー家って、ぶっちゃけあんまり金が無くてさ、まぁそれは父親の仕事と浪費家のおじいちゃんのせいでもあったんだけど、まぁそういう背景もあって母さんはユリエルを病院じゃなくて家で産んだんだよね。
当時俺は3歳で、おじいちゃんもおばあちゃんもバリバリに生きてて……あ、そうだ。みんな知らないでしょ? アレキサンダー家って母の血筋なんだよ。魔法界って古い家は魔女の血筋を継ぐのって珍しくないんだよ。んで、父なんだけど、この人、出自がわからないんだよね。実家がどこにあるかとか、そういう基本的なことが一切わからない。親子なのに変でしょ? まぁでもそれがうちのスタイルだから。少なくとも俺とユリエルはまったく知らない状態。でも、母は父の出自のことをよく知っているらしいんだよね。一回か二回くらい母が父の両親についてなんか言ってたのを聞いたことがある。父と母の馴れ初めについて今さら聞くに聞けないというか、特に聞きたくもないというか。
まぁそういうわけで、俺たちのおじいちゃんおばあちゃんといったら母方の、ということになるんだけど、あの頃はきったねぇ洋館に祖父母と合わせて家族6人で住んでてさ……君たちにわかりやすく説明すると、某レジデントイビルの家族いるじゃん?あんな感じで暮らしてた。それと執事のセバスチャン。あいつはヤバイ。今でも当たり前のように我が家に仕えてるんだろうけど、あの頃って給料なんてまともに払えてなかったんじゃねぇかな。それでもキビキビ働いてたからね。あいつも立派な異常者だよ。
それで洋館の方はどうなってたかというと、屋根裏がネズミだのイタチだの、ちっちゃい獣たちの棲み処になっててさぁ……んでユリエルは動物好きだから、そういう獣の類と一緒に寝たがったりしてさぁ……きったねぇ小動物をおばあちゃんが縫ってくれたローブの内ポケットに入れたりしてたんだよ。おかげでベッドがもう……大変だったね。だから最初にユリエルにはお掃除魔法を徹底的に教え込んだ。あ、また話が脱線しちゃった。
で、ユリエルが生まれた日の話なんだけど、すごいことが起きたのよ。アレキサンダー家ってちょっと特殊で、家系のトップの人が……今でいうと母の事で、当時だとおじいちゃんがそれにあたるんだけど、そのトップの人だけが使える魔法があるんだよ。
その魔法というのは自分の周囲の天気を変える魔法。この魔法ってちょっとヤバいんだよね。というのも、この魔法は使い手の気分次第で天気がコロコロ変わっちゃうという、大変迷惑な魔法でございまして。使い手が黒い感情の時は暗雲が渦巻き、怒ったら嵐が巻き起こって、嬉しくても悲しくても泣いたら雨が降る、という感じの天候操作魔法。……わかってるって。皆がいいたいことは。操作出来てないじゃん、っていうことでしょ? でもしょうがないんだよ。マジで難しいんだから。天候系の魔法は。魔法ってね生まれ持った相性みたいなのがあるんだよ。だから母さんが上手く天気を操作できなくても仕方ないの。あの人は薬学と植物学の人だから。だからアレキサンダーの家督を継いだ者は、気軽にお出かけが出来なくなってしまうという悲しい宿命を背負うことになっております。まわりの人に迷惑かけちゃうし、天候操作魔法って確か軽犯罪じゃなかったかな。いや、違うかも。魔法界の法律はコロコロ変わるから、その辺のことは詳しくはわからん。
んで、おじいちゃんなんだけど……昔の魔法使いはすごいよ? 祖父は一族の歴史の中でも唯一といっていいくらい、この呪文を完璧に制御出来てた人だった。だから当時の実家の周辺の気候は大変に安定していた……。
ユリエルが生まれたその日も周囲は穏やかな秋晴れに包まれていた。外の天気とは打って変わって家の中はとにかく慌ただしかった。祖母は普段聞いたことがないほどの大きな声で陣痛に苦しむ母を叱咤激励しながらセバスチャンにあれやこれやと指示を出していた。
不安と焦燥に駆られたような父と祖父の姿を見て、俺は幼心に大変なことが起きていると思っていた。ユリエルが生まれる直前のことだった。突然雷が鳴った。全員が窓の外に目を向けるほどの大きな雷だった。
直後ユリエルは母の胎内から出てきたようで、祖母に抱えられながら産声を上げた。ユリエルは落雷と共にこの世に生を受けた。そしてその産声に応えるかのように、雨が降り始めた。しばらくユリエルは泣き続けていて、へその緒の処理や羊水の吸引などのケアを終えてもまだ泣いていた。
気が付けば外は大雨だった。集落に住む人のほぼすべての人たちがそれぞれの家の軒先から顔を出して心配そうに我が家を見上げていたのをよく覚えている。
「じいちゃん、泣いてるの?」
「いや、これは私じゃないぞ……」
こんな感じのやり取りを父と祖父がしていたと思う。柔らかそうなタオルに包まれたユリエルは泣き止み、寝息を立て始めていた。すると雨はすぐさま止み、空は穏やかな元の秋晴れに戻ったのだ。
「なんだと……この子は……」
いち早くそのことに気が付いたのは祖父だった。一時的ではあったが、ユリエルは生まれて間もなく天候操作魔法の支配権を祖父から奪っていたのだ。世の中の有能と呼ばれるほとんどの魔法使いがその技術を欲するであろう魔法自体に干渉する魔法。果てしなく高く険しい壁を乗り越えた先に、生まれながらにしてユリエルはすでにいたのだ。
……その後は言わずがもな。みんなで『天才が生まれた』っつって大騒ぎになって、後はもうパーティーよ。集落の人たちも巻き込んで、ばあちゃんが「うるさい!! いい加減にしなさい!!」ってブチギレるまで、ずーっとパーティーしてた気がする。いやぁー……だから色んな人に愛されてるんだよね、あの子は。……で、何の話からこうなったんだっけ? あ、そうそう。この家族構成で不埒な輩に命を狙われないわけがないよね? って話だったかな。
この人っ子一人寄せ付けない不毛の地こそが我が安住の地。防寒呪文は完璧だし、雰囲気要員として実家から勝手に連れてきたサラマンダーも暖炉にいることだし……むしろ、こいつがいる事によって暑いぐらいだしね。
もうローブ脱いで酒飲んじゃおうかな。うーん、どうにも話題が安定しないね。ゴメンね。疲れてんだよ俺。あ、そうだ。あともう一人、同居人というか、目に見えない何かがこの家にはいます。俺が何いってるか、わかるかな? わからなくても紹介しないとね。この子の名前はソフィー。
俺が今いる居間に……ふふっ。今いる居間だって。あ、こういうの嫌い? オヤジギャグみたいになっちゃったね。まだ飲んでないんだけどね。で、居間にあるこの魔導ボード。大きさは横長のA3よりちょっと大きいぐらい。これで文字のやり取りを彼女とするんだけど……彼女っていったけど女だとは限らないよ? でも名前と性格と普段やり取りしている文章の感じで女かな、ということで俺は納得している。で、このボードで彼女とは一応コミュニケーションはとれる。こちらから発信した場合に限り言葉も通じる。どういうことかというと……。
「ソフィー、お風呂沸かしてー」
これで15分もすればお風呂が沸きます。どうです? 便利でしょう? 姿形は見えない。だけど確かにここに存在している。それがソフィー。彼女との出会いはなんと説明したらいいか……とにかく、俺がこの家を建ててからずっといる。
最初は狐狸妖怪の類かなとも思ったけど、どうやらそうではないらしい。一緒に暮らしてても実害がないどころか、協力的というか献身的というか友好的だった。だからおそらく、元々はこの地に棲んでいた精霊かなにかだと思う。
目に見えない精霊って実は結構多くて。例えば実家にはシルフっていう精霊がいるんだけど、この精霊は一族の中でもユリエルにしか見えない。なんでだろうね? 心が汚れちまってるから俺には見えないのかな。魔法で無理やり見えるようにすることもできるけど、この天才でもその魔法は一人でやるとちょっと疲れるからやらない。思ったのと違う姿とかだったら嫌だしね。
『ストラデウスを名乗る人が訪ねてきたよ』
魔導ボードに文字が浮かび上がった。人っ子一人寄せ付けなくても大賢者は寄せ付けちゃう安住の地。まぁいいんだけどね。
「通せ通せ。先生だったら偽物でも通せ、バカが。寒い外なんかで待たせたら死んじゃうでしょ? お爺ちゃんなんだから」
この家の場所は限られた者しか知らないが、万が一私の命を狙う偽物だったりした場合は返り討ちよ。ソフィーは天才の余裕をわかってない。
『バカって先に言った方がバカ!!』
先ほどの文字はすぐさま消え去り、今度は私への悪態の文字が羅列される。ふん、程度の低いヤツめ。バカはすぐバカっていうからな。あれ? 俺もさっきバカっていったな。あーもうバカな話はやめようやめようバカらしい。
「あ、あとホットココアを用意してくれるか? 一撃で虫歯になるくらい甘く、マグマのように熱いココアを。俺のはいらないから」
先生は甘党だ。体の大部分が砂糖で出来てるんじゃないかな? 前にイタリアかどっかに二人で行った時、ゲロ甘のコーヒーをゴクゴク飲んだ後にカップの下に溜まってる砂糖をスプーンですくって食ってたし、日本に行った時も和菓子をバクバク食ってた。あんこが好き。ただ最中は皮の部分が口の中でくっつくから苦手らしい。和菓子だと羊羹が好きみたいだったね。あと日本の菓子パンの類もすごい感動してたわ。なんだっけ? あのー……蒸しケーキみたいなやつ。あれがとにかく好きでパシらされたんだよ、俺。でも確かにあれは美味かった。一撃で成人男性が腹いっぱいになるのもグッド。だけど俺はカレーパンの方が好きです。ちなみに俺は基本的には何でも食べられる。ただ、チョコレートを食べるとなぜか頭が痛くなる。だからココアもいらない。何だろうね、あの眉間がムッとする感じは。それ以外で食べ物で特に好き嫌いはない。すごいでしょ? 褒めてもいいよ? 俺、もう来年30だよ。
「やぁレオ、しばらくだね」
玄関まで迎えに行かずとも大賢者ストラデウスはお出ましになられた。
「いやぁ、本当に。よくこんな僻地までおいでになられて」
俺は先生をすぐに椅子に座らせようとした。俺にとってこの人は恩師であり、弟の無実を証明してくれた恩人でもあり、魔法使いとしての最終目標というか、尊敬の対象でもある。
「おぉ、サラマンダーだ。薪をあげてもいいかな?」
先生は椅子には座らず、暖炉で燃え盛るサラマンダーに興味を示した。
「もちろん」
すぐに了承した。泣く子も黙るストラデウス。魔法界で彼を知らぬ者はいない権威中の権威。だが、このお爺ちゃんは割と無邪気だ。薪を食べたサラマンダーが軽く火を噴く様を見て、先生は少年のように喜んだ。ちなみに先生はこの家にやって来ると毎回これをやる。
「贅沢な暖炉だ……」
先生が呟くと、熱々のココアが宙に浮かぶお盆に乗せられて多少乱暴に運ばれてきた。
「おぉ、ソフィーか。ふーむ……どうやら、またレオに辛く当たられたね?」
これには白々しく笑うしかなかった。さすが大賢者。推理力もある。用意されたココアを先生はすぐに口元へ運んだ。
「うん!! 君のココアは世界一美味しい!!」
大げさに先生は褒めた。これが案外効果てきめんで、このおかげで翌朝脱いだ服がとっ散らかってたり用意されてる朝食が全部冷たいものだったりすることがなくなる。ありがとう、先生。
「先生はソフィーの姿が見えるのですか?」
前々から疑問に思っていたことを聞いてみた。割とどうでもいいことだが、先生ならばソフィーの正体を知っているのかもしれない。
「……ぃゃ」
声ちいせぇ。そうか。大賢者にも見えんか。じゃあ、もう誰にも見えないよ。いや、待てよ……。
「どうですか先生。そろそろソフィーの姿を見たくありませんか?」
「……そう来ると思ってな。実はもう、準備はバッチリだ」
そう、我々はイタズラ大好きウィザーズ。あの面倒な魔法も先生と二人ならば楽にできる。
「ソフィー、お前との付き合いはもう10年ぐらいになるかな。もっと早くこうしてやればよかったな……」
私と先生は同時に立ち上がり、態勢を整えた。すでに先生の力によってソフィーはこの部屋に閉じ込められていた。あとは簡単。魔法をこの部屋全体に……いや、この家全体にかけてやる。
「今までめんどくさがってて……ゴメンなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
こみ上げたのは吐き気。軽い眩暈と頭痛も同時に私を襲った。骨を折られるのは初めてのことではないとはいえ、何度体験しても慣れないものだ。相手が変身したのはウェアウルフの亜種の姿だろうか。フーミェは一般的な黒々とした人狼ではなく、どこか神々しさを感じさせる白銀の毛に覆われたウェアウルフへと姿を変えた。変身が完了するやいなや認知できない速度で私とすれ違い、私は彼女に腕をへし折られていた。
「先生!!」
メアリーのよく通る声が遠方から聞こえた。テオのおかげで決闘の二次被害は完璧に防げているようだ。しかしながら少々刺激の強い場面を目の当たりにしてしまった彼女を安心させるために、まずはこの折れた腕を治療せねば……。
「そんなに心配しなさんな、お嬢ちゃん」
「え?」
「あいつの得意魔法を知ってるか?」
「えっと、たしか……治癒と解呪ですよね?」
幼少期の頃、兄であるレオ様とご実家の領地の陸海空に棲まう正体もわからない化け物の数々を捕獲しようとしては返り討ちにあっているうちに、治癒と解呪の魔法は寝ててもできるようになったとか、そんな話を先生がしていたことを私は思い出しました。
「よくわかってるじゃねぇか。ほら、見てみな」
先生は顔色一つ変えず、とんでもない方向に捻じれたご自分の右腕を左手でスッと優しく撫でつけました。すると、どうでしょう。バッキバキのバキにされた右腕はあっという間に元通りになったのです。
「あれは割とアイツの中では常套手段だ。苦戦しそうな相手とはそもそも戦わないが、それでも強敵との戦いが避けられない場合、ああやってわざと相手の攻撃を受ける」
「えぇ? なんでですか?」
「これでユリエルにフーミェの魔体術はもう通じん。勝負ありだ」
「えぇ? なんでですか?」
理解の追い付かない私はリプレイマシンと化してしまいました。
「……見た方が早い」
このテオとかいうハゲはダメなハゲですね。わからなかったら聞けとか自分で言っておいて、全然解説をしてくれません。仕方ないので実況に戻るとします。先生の回復魔法を待っていたのでしょうか、フーミェさんは先生の腕が治るとほぼ同時にたぶん攻撃の再開をしました。
あのー……ゴメンなさい。速すぎて何も見えません。相も変わらず先生は防戦一方といった感じで短いお手てをご自分の顔の前あたりで構えているだけです。変わったことといえばフーミェさんの見た目と繰り出される攻撃のスピードでしょうか。
他に変わったことといえば音ですかね。バチンバチンとうるさかったあの爆裂音はしなくなって、砂利も飛んでこなくなりました。
「あのー……見ていても全然わからないんですけど?」
私は半ばキレながらテオさんにもう一度解説を促しました。
「ユリエルは防御いや、正確には保護魔法か。それを全身に施した。今さっき、腕を折らせて無理やり自分の体に覚え込ませたフーミェの魔力がギリギリ通らないぐらいの薄くて柔軟なものをな。ああすれば、いちいち相手の魔力に干渉しなくても保護魔法が自動的に攻撃を受け流してくれる」
「保護魔法……不可視の魔法……」
先生の保護魔法はまったく目に見えません。以前先生に習った言葉が自然と口から出ました。
「へぇ、よく知ってるな。案外お嬢ちゃんも知識があるんだな」
「当然ですよ。それとは別に音がしなくなりましたけど?」
「あぁ。さっきみたいに魔力の爆発をさせていないからな。おそらくフーミェの動きが速すぎてそうしたくても出来んのだろう」
「じゃあ先生は防戦一方じゃないですか。どこが勝負ありなんですか?」
そろそろ先生の攻撃を見たいところです。さっきから先生は防御防御の一辺倒。このままで何とかできるとは、私にはとても思えませんでした。
「いや、ユリエルはもうすでに……あいつのことだからまたなんか、変わったことしようとしてんじゃねぇかな。それが何なのかまでは俺にもわからん。黙って見てみようぜ」
獣人と化したフーミェさんに殴りつけられるばかりの先生でしたが、ここで動きが!!
「あの野郎……それが出来るんなら最初からやれよ」
肉と肉がぶつかり合う音がしました。ワンちゃん……いえ、モフモフでよく見ないとわかりませんが、フーミェさんは目を真ん丸とさせた驚愕の表情で先生を見つめ、その動きを止めました。
「同撃だ。野郎、あの速さの攻撃に相手とまったく同じ質の魔力を込めた攻撃を合わせやがった。驚いたフーミェの動きが止まったな。何かするならここだ。目を逸らすな」
息をつく暇もなく、モヤモヤとした霧のようなものでできた球体がフーミェさんの全身を包み込みました。この魔法には見覚えが……いえ、受け覚えがありました。でもあれって……。私がすべてを思い出す前に球体状の霧はすぐに消え去りました。先ほどまで暴れまわっていた白い毛むくじゃらはいなくなり、変身する前の状態のフーミェさんがうつ伏せで地面に倒れ込んでいました。
「ミスト……霧でフーミェの魔力を吸い取ったのか?あれは……人間の使う魔法じゃねぇな。精霊かなんかの魔法だ。はん、どこまでも手間のかかることしやがって」
「あれは水の精霊、ウンディーネの魔法ですよ」
「……ほう」
そう、あの魔法は他でもありません。私が先生のご実家近くの湖で、ウンディーネのミラさんにかけられたお洗濯魔法……じゃないんですかね? 魔力を吸い取ったって言いませんでした? 怖。え? 応用魔法ってことですかね。というわけでこの戦い、先生が勝ちました。本当にまるで霧のような、といいますか。なんというか……地味な戦いでしたね。いや、いいんですよ。私は。皆さんはどうなんですか? こういう……玄人好みの、派手さに欠けるというか、そういう戦いは見ていて楽しかったですか? やっぱこう、うーん……こうなったら、やっぱ先生には古代竜とも戦ってもらいたいですねー。というわけで実況は私、メアリー・クラインがお送りしました。皆さん、また会う時までごきげんよう。
なかなか学びのある決闘であった。変身前の姿でいられた方が苦戦したかもしれない。初動を完全に間違えてしまった。相手が細身の女性ということもあってか、相手を甘く見ていた。いざ蓋を開けてみれば、そこには精度の高い魔体術を繰り出す恐ろしい達人がいた。相手が変身してくれたおかげで私は戦局を立て直し、打ち負かすことが出来たのだ。パワーアップが必ずしも戦いを有利な状況に運ぶ要素にはならないということだ。同じ変身術を心得ている者として肝に銘じておくとしよう。
「先生!!」
見慣れた笑顔のメアリーが声を張り上げてこちらへ走ってきた。私ははっきりと自分が安堵したことを自覚した。
「お疲れ様でした!! さすがですね、先生」
「いや……結構ギリギリだったよ」
「そうだったんですか? スっと勝てたような印象を受けましたけど」
「騙されんなよ、嬢ちゃん。コイツは相手を気遣ってそういってるだけだ」
テオが嫌味を言いながらゆっくりと遅れてやってきた。
「気遣うといっても、肝心のお相手は意識を失ってらっしゃあ゛ぁ゛ぁ゛!!??」
メアリーは彼女特有の悲鳴をあげると、すぐさま私の体の後ろへと隠れた。早朝にベランダでテオを発見したときや、この領域の案内人に遭遇した時とまったく一緒だ。華奢な見た目から繰り出されたとは思えないとてつもない音量の咆哮で相手を威嚇し、自身を私の体で隠し安全を確保する。素晴らしい自己防衛能力だ。彼女はきっと長生きすることであろう。さて、今度は彼女は何に怯えたのだろうか。とはいっても答えは単純明快なものである。
「貴様……手を抜いたのか?」
魔力消失によって意識を失っていたフーミェが立ち上がったからであった。一般的な魔法使いであれば相応の応急処置をしなければ命の危険が伴う短時間での魔力の大量消失。しかし、この者は一般的な魔法使いではない。相当な鍛錬のなされた魔法使いだ。すぐに立ち上がってくるのは当然のことだろう。とはいっても決闘を続けるほどの魔力は残っていない。私とテオは経験でそれがわかっていたのだが、メアリーはそうではなかった。
「いや、それは違う。あなたに対して今出来ることのすべてはさせてもらったつもりだ」
「……私の魔体術と……全く同じ技と……私の魔力を模倣して攻撃をしたな?」
「一瞬だけでいい。あなたを驚かせたかった。そちらの動きを止めたかった。本当はカウンターを狙っていたのだが……動きが速すぎてあれが精一杯だった」
「……最後のあの霧は何だったんだ? 水の魔法か?」
決闘が終わったばかりなのに立て続けの質問攻め。おそらく彼女は決闘という行為そのものに誇りを持っているのだろう。ならば私は誠意をもって答えるのみだ。
「あれは……」
「精霊魔法ですよね? 水の精霊の」
私の代わりに答えたのはメアリーだった。そういえば彼女はウンディーネに会ったことがある。ならば知っていても不思議ではない。メアリーが私を心配する声をあげたときに、ほとんど直感的にあの魔法を使うことを決めた。
「精霊? そうか、古代魔法の類も使えるのか」
私は頷いた。精霊魔法は遥か昔の時代の魔法だ。現代の魔法界ではそういったものよりも、個人の魔力が重視されている。四元素、五大、五行思想、等々各国によってさまざまな考え方が根底にはあるが、人間同士の争いや諍いにおいていかに不利を失くすかという点を魔法界は突き詰めた。
我々の世界には第五魔王理論というものがある。今日の魔法界はほとんどがこの第五魔王理論で成り立っているといっても差し支えないぐらいの革新的な理論だ。この理論はすべてを説明すると半年はかかってしまうので、端的にいわせてもらうと属性相性を追い求めるよりも魔力そのものを大きくした方が強いという理論だ。現在の魔法界ではこれが通説である。
私個人としても人間だけが生活するならばそれは正しいとは思う。しかしながら完全にその通りとは思っていない。強大な魔法というのはそれだけ魔力消費も激しい。しかし精霊たちが使う魔法の中にはその限りでないものがある。先ほど使った霧の魔法なんかはそれにあたる。近くで温泉が湧いているのか湿度の高いこの場所で使用するのにも適していた。
全ての精霊ではないにしろ、生まれたときから私には様々な精霊の姿が見えた。その精霊たちは皆、人類には到底なしえない特異な魔法をそれぞれが扱っていた。彼らと親睦を深めた少年時代、私はこの世で最も強力な魔法とは何か、という魔法界にとっても永遠のテーマでもある事柄について思いを馳せた。もちろん答えは未だに出ていない。その答えに近づくべく、私は現代魔法だけでなく古代魔法についても精霊たちから学ぶようにしたのだ。
「よう、そろそろ古代竜様に会わせてやってくれねぇか?」
フーミェの質問攻めに痺れを切らしたのはテオだった。この男の気は長くない。
「なんだテオ、いたのか」
フーミェがテオの苛立ちをすかした。
「最初からいただろうが!!」
テオとフーミェは最近知り合ったにしては仲睦まじい様子で軽口をたたき合った。珍しい場面を目の当たりにした私は少々面食らった。
「……エブリオシタス様は中におられる。ここからは私が案内しよう」
そういってフーミェは我々を本殿へと誘った。
建物の中もこれもまた独特な雰囲気で、天井がすごく高くて、床は綺麗なライムグリーン色のタタミってやつですか? そいつがビシーッと敷き詰められていました。
靴を脱いでお部屋に上がるという文化は初めてですけど、悪くないですね。独特な快感があります。そして何よりも気になったのが、この中に誰かひとり、とても足の臭い人がいるということでした。私と先生ではないと思います。自分の足の匂いは知っていますし、お仕事の関係で先生の臭い部分を私は知り尽くしているので、先生も犯人から外れます。
なんですか? そりゃあ、嗅いでいますよ。洗う前の先生の洗濯物を。それも毎日。だって先生は疲れを全然表に出さないタイプの人なんですから、仕方がないじゃないですか。ちなみに先生は臭くはないです。一言でいうと……先生は先生の匂いがします。疲れていると靴下とかシャツの脇の部分とかパンツについた先生の匂いが濃ゆくなります。
そういう時はハーブティーとかガラナチョコなんかをお出してリフレッシュしてもらってます。もちろん先生には内緒ですよ? これがプロの技っていうやつです。先生に気付かれないように縁の下から支えているわけです。
ということは犯人は残ったテオさんか、フーミェさんということになりますね。テオさんは臭いとして、私が気になるのはフーミェさんですね。フーミェさんはとっても美人さんです。もしこの臭みが、この美人の足元から発せられているとしたら……。そうです。皆さんと同じように、私も興奮を覚えてしまうわけです。
しかしながら「ちょっと足の匂いを嗅がせてもらえませんか?」なんて言えるわけがありません。そういう雰囲気の人じゃないですから。そして万が一。万が一の可能性ですが、フーミェさんに嗅がせてもらえたとして、そのおみ足がバッドなスメルだったとします。興奮の扉が開きかけますよね? けれども、ある人物の存在がそれを阻みます。そう、テオさんです。犯人は一人だとは限らないですからね。一体どこの誰が単独犯だと決めつけたのですか? そんなへっぽこ探偵はクビですよ? この臭みは混じりあってる可能性もあるわけですよ。
「……人の子らよ、よく参られましたね」
事件は迷宮入りのままですが、私たちはついに古代竜と対面することが出来ました。お部屋の一番奥に我々がいるタタミの床よりも少し高くなった所がありました。そこに古代竜は鎮座していました。
全身真っ白な体毛に覆われた、細長い胴体に短い手足、そして愛らしい顔。なるほど。こりゃあ確かに、ドラゴンじゃありません。イタチです。超巨大イタチ。いや、もしかしたらフェレットかも。
「道中でのことは、すべて見させてもらいました。ここは私の領域ですから、悪く思わないでください」
どうしよう。かわいいです。こんなかわいいのと戦ってほしくない。私は先生の顔を見上げました。先生はいつも以上に真剣な面持ちでしたが、どうやら敵意というかそういった気持ちは持ち合わせていないご様子……あれ? もしかして古代竜と先生がバトルすると思っていたの、私だけですか?
「コイツがユリエルです。フーミェには話しておいたのですが、事情はご存知ということでよろしいですか?」
聞きなれないし、言いなれていない感じでテオさんが堅苦しく切り出しました。
「この姿で会うのは初めてですね、テオ。フーミェの相手をあなたの友人がしてくれたようで感謝します」
「いや、こちらこそ。不可抗力とはいえ無礼を働いたことを今一度お詫びします」
古代竜に向かってテオさんが頭を下げました。『無礼』とは何のことでしょうか。それに『この姿』とは一体何のことなんでしょうか。スピンオフでも読まないとわからない感じですか? じゃあ読みません。スピンオフ商法アンチですから、私。
「さて……あなたがユリエルですね」
「……はい」
先生と古代竜は見つめ合ったまま、しばらくの間お互い動きませんでした。
「……かなり危ういみたいですね。ギリギリ間に合った、という所でしょうか。本来ならば歩くことすらままならないほどの激痛があるはずですが……なるほど。苦痛に耐えきれず、閉ざしてしまったわけですね?」
古代竜はフーっとため息のようなものをつきました。それはそのまま風になって先生の体だけを煽りました。風に吹かれた先生は、いつの日か私が見た爽やかな青年に一瞬だけ姿を変え、また元の先生の姿に戻りました。
「わかりました。それこそが人の本能ということですね……」
わけがわかりません。神様ってこんな感じなんですか? 何をいって何をしているのか、私にはさっぱりわかりません。
「さて……あなたの寿命についてですが、これにはかなりの根気が必要となります。しかし、その前に聞かせてもらえますか? 私の未熟な守り人には読めなかった、生に対するあなたの意識を」
「最初は……」
古代竜に促された先生は重い口を開き始めました。
「最初は……死んでいった者たちにひたすら申し訳ない……そう思って生きていました。それぞれが無念を抱え死んでいったのに……自分は……生きのびてしまった。あまつさえ……身内にまで厄介をかけて……そこでもまた生きのびて……」
全員が私に注目する中、私は畳を見つめながら真情を吐露した。これが古代竜の力なのかは定かではなかったが、そうせずにはいられなかった。
「家族と恩師のおかげで無実を勝ち取り、自由を手に入れたのに……肝心の私には生きる気力が残っていなかった。……こっそりと、誰にも知られずに……残された時間を静かに過ごすつもりだった……」
その場の誰も何も言わなかった。ひとつ息をついた。勝手に口が回り始めた。
「しかしそれも叶わず、恩師に勧められ今の仕事に就いた。あと何年生きられるかわからない人間がする仕事じゃない。そういって何度も断った。しかし、恩師は何度も私を誘った。しまいには頭を下げられた。だから、仕方なく引き受けたんだ。今さら普通の人間の生活に適応できないと思ったが……それは思ったとおりだった。数えきれない屍の上に今がある。そんなことを何も知らずに過ごす連中から聞く言葉は苦痛以外の何物でもなかった。子供たちはバカで私の言葉をまるで理解しない。大人たちはもっとバカで自分の都合しか考えない。私たちが勝ち取った平和とは何のためにあるのか、気が狂いそうな日々が続いた」
メアリーが私の手をそっと握った。古代竜が少しだけ呻き声のようなものをあげた気がした。悲痛な表情を浮かべるメアリーが私を見つめた。
「私は……生きることに疲れ果て、自分が死すべき場所を求めた」
メアリーは私の手を思い切り握りしめてきた。痛みを感じたが口はまだ回り続けた。
「そ……」
「そんなことまだいってるんですか!? 先生には『ユリエル、スープも飲みなさい』って食事の時に食べる順番まで口出ししてくる子離れできない愛しいお母様がいるじゃないですか!!」
続きを話そうとする私をメアリーが遮った。
「い……」
「まだお会いしたことはありませんけど、手紙に『お兄ちゃん』とか『お小遣い』とか、成人男性に使わないようなワードを連発しまくってる、先生のことをまだ男児だと思ってる節のあるお父様だっているじゃないですか!!」
今のは私の母の真似か? と私が言う前にメアリーはさらに被せてきた。
「それにあのポンコツなお兄様だって!! 毎回毎回微妙にスベってる変な手紙ばかり送ってきますけど、それでもとても先生を愛しているということが伝わってきます。羨ましいですよ!! 私は自分のお兄ちゃんと頭の出来が違いすぎたから、成長するうちにどんどん疎遠になって、私に残ってるのは小さい時のお兄ちゃんの思い出だけなんですから!! 子供たちにしたって!! 今だって先生の帰りを首を長くして待っていることでしょうよ!! 私だって、先生に生きていてほしいです!! 死んでほしくないです!! 一緒に生きていたい!! 心の底からそう思ってますけど!!」
メアリーは肩で息をするほどに興奮していた。ひとまず荒れ狂う彼女の感情が落ち着きを取り戻すまで待つことにした。
「もう喋ってもいいかな?」
他のものは何も目に入れず、私はメアリーのまっすぐな瞳を見つめた。
「……バカだったのは私の方だった。彼女と……メアリー、君と時間を過ごすうちに少しずつそう思うようになったんだ。他の者の言葉を理解せず自分の都合しか考えていないのは私の方だった。それは君が教えてくれたんだ」
「たまらないですよ、先生……」
メアリーは素早く私の背中に手を回して抱きしめてきた。
「あのー……少しよろしいですか?」
古代竜エブリオシタスが心底理解できないといった様子でたずねてきた。
「あなた、何で動けるんですか?」
その言葉は私ではなくメアリーに向けてだった。
「……へ?」
メアリーはきょとんとした様子で何も答えられないでいた。
「あー……ごめんなさい。説明をしていませんでしたね。先ほど私はユリエルに自白を促す魔法をかけたのです。聞いたことを何でもペラペラと話す効果はもう少し続きます。それとは別に他の者たちにはそれを邪魔をさせないように静聴させる魔法をかけました。メアリー、あなたも例外ではないはずです」
「いや、そういわれても……動けるものは動けるとしか……」
「えーっと……ユリエル、あなたの恩師というのはもしかしてストラデウスのことですか?」
「あー、はい」
「なるほど……大体わかりました。それならば結構です。続けてください」
「……先生、好きです。結婚してください」
「えぇっっ!!??」
そんな続きだったっけ!?
「本気ですよ、私。もうダメなんです。寝ても覚めても先生のことばかり考えてしまって……。辛くて辛くてたまりません。私のこと好きなら、うんって言ってください。言ってくれないと、この手を離しません」
「う、うーん……」
ちょっと待ってくれ。そういう妄想や想像をしたことがないとは言わないがしかし……。
「イエスですね? 神様の前で嘘つきませんよね? 先生、大好きです。私の愛を受け止めてください」
「う゛っ……わかった。わかったから手を離してくれ」
呪いで弱り切っている身体に完全にサバ折りが決まっていた。おかげで私は再確認できた。私は生きながらえたいのだ。バカな子供たちやバカな友人たちとともに、そして何よりもメアリーとともに。
「それと引き出しに隠してる例の女子中学生の手紙……あれ、全部燃やしてください」
バレてる。なぜだ。
「それは……」
いくらなんでもそれは相手があってのことだ。私の一存でそんなことは……。
「ぐっ……」
メアリーの手にさらなる力が宿り、締め付けが強まった。
「わかった。それについては、何か他の形でごっ……」
背骨がはっきりと軋んだ。彼女のサバ折りから逃れることはできない。
「わかった、燃やそう」
「先生、愛してます。先生は?」
「愛してます」
一秒だって間を空けない。他ならぬ、愛するメアリーがその言葉を求めているのだから……。
「えーまずは、ご婚約おめでとうございます。それとユリエル、あなたには変身能力があるみたいですが、これからそれはなるべく使わない方がよいでしょう。本能的に理解しているとは思いますけどね」
私の背骨は終わってしまったかもしれないが、古代竜から祝辞とともに延命に関する注意喚起がなされた。
「奥に温泉があります。あなた方には特別にこの場所への転移を許します。自由に使っていただいて構いません。最低でも毎日10分は肩まで浸かってください。50年も続ければ、あなたの寿命は元に戻ることでしょう」
「……50年、ですかぁ」
メアリーはため息まじりの声をあげた。
「その頃には私たち、おじいちゃんおばあちゃんですねっ?」
悪戯な笑みを浮かべたメアリーが腕を絡ませてきた。
「……そうだな」
50年。確かに気の遠くなる時間だ。しかし、それよりもなによりも、これからの自分がする行動に身震いした。メアリーと自分の両親への挨拶、学校の寮も出なければならないし、そうなると引っ越しをしなければならない。猫はどうする……クソっ。展開が早すぎる。
「さてさて、話は変わりますが……フーミェ」
「はい」
「あなたにはテオの旅の同行を命じます」
「……はい」
「不服そうですね。あなたはテオにも負けていたのですよ。あの時、あなたはテオに手を抜かれたのです。テオだけにね」
「おぉ~」
感嘆の声をあげるメアリーを尻目に、私の頭の中は真っ白だった。
結論からいうと、ソフィーは妖精だった。一般的に妖精というのは人間の12分の1から大きくても8分の1ぐらいの大きさで、可愛らしいサイズと美しい見た目から世の中のほとんどの女子を魅了するものだ。ところが、このソフィーときたら……でかい。美しいは美しいんだけどね。でかすぎる。目測で190センチ以上はある。ほとんど2メートルだよ。
「ほんとさ、なんなわけ? そのリアクション」
姿を現したソフィーは椅子にふんぞり返るように座って不服そうにタバコをふかしていた。まさかの喫煙者。それ、俺のタバコだし。
「このクソバカはしょうがないけどさ、あなたならもっと早く出来たよね? ストラデウスのおじいちゃん?」
「いや、本当にすまないと思っている」
「まぁ私たちにとって10年なんてあっという間だし。別に怒ってませんけどね」
もう嫌になってきちゃった。眠りたい、俺は。レオナルド・S・アレキサンダーは安眠がしたい。絶対に面倒なことが起こってる。……そうだ、無かったことにしよう。無視だよ、無視。妖精なんかいなかった。先生は今訪ねてきたばかりということにしよう。
「そうだ。先生、クリスマスのご予定は? 今年は実家で盛大にパーティーをやろうと思っていまして」
「おーそれは素晴らしい。ぜひ顔を出したいところだが……はて、どうだったかな。帰ったら予定を調べてみるとしよう」
「クソバカぁ!! 念願のソフィーちゃんが姿を現したんでしょう!? なにを呑気にクリスマスの計画を立ててるの!? アンタのそういう所、ホントムカつく!!」
「……さっきから大人しくしてりゃあ、調子に乗りやがって。乳も尻もでかけりゃ態度もでけぇなぁ!? 姿を現したと思ったらおもむろに俺のタバコを勝手に吸いやがって。もういいだろう!? 出てけよ!! お前はもう自由だよ!! さぁ、野にお帰り、可愛い妖精ちゃん!!」
「だからあんたはクソバカなのよ!! 何のためにストラデウスのおじいちゃんがここに来たのか、まるでわかってないのね!?」
「わかっとるわ!! 俺を誰だと思ってやがるんだ!? 嫌なんだよ!! 多分俺はこれから相当にめんどくさい事に巻き込まれる!! とりあえず寝かせろ!! ベッドメイキングはしてあるのか!?」
「10年間しなかったことなんて無かったでしょう!? いい年して自分のこともできない大人子供のくせに偉そうに!!」
「はっはっは。まぁまぁ、二人とも。少し落ち着きなさい」
豪快に笑いながら先生が俺たちを制した。どうやら俺はまだ眠れそうになかった。
どうでしたか?私のチャンスを逃さないプロポーズ大作戦は。うんうん、そうでしょう?魔法史に残したいくらいのファインプレーでしたでしょう!?なにやらよそで風呂敷が広がっている感じは致しますがここだけの話、どうやら最終回が近いみたいですよ。私としてはこっからでしょうがって感じですが。それでは皆様、次回もどうぞお楽しみに!!




