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秋の大収穫祭編

給仕係のメアリーでございます。今回はなんと!!私の出番が少ないのでー……最悪、読まなくてもー?でも、ご拝読いただければ先生は喜びます!!いいですよー、26歳ぐらいの普段眉間にシワを寄せてるような男性が喜ぶ姿は!!大魔法農業変身バトル危険生物駆除デブハゲ物語、始まりまーす!!

 

 磯臭い潮風が俺の酔いを加速させてる気がした。魔法界とは切り離されたこの港町で、俺は今日も日がな一日、酒を呑みながら非魔法界式の一匹も釣れたことのない釣りをする。桟橋に座り込んで酒をあおりながら波風の音を脳に染み渡らせる。ここには俺以外は誰も来やしない。だから俺はこの場所が気に入っていた。


「随分と久しぶりだな、テオ」


 大賢者ストラデウス。白銀色の長い眉毛と髪と髭をたくわえた老人で、ダークグレイのとんがり帽子とローブを着こなしている。どこからどう見ても魔法使いのジジイだ。それが突然、俺の隣に現れた。人体のすぐ近くにテレポートするとは相変わらず狂った魔法技術だ。そろそろ衰えを知ってほしい。


「……あいつの裁判以来ですか」


 あいつこと、大魔導士ユリエル。かつて特攻課として同じ戦争で暴れまわった戦友。魔法というよりは呪詛に近い方法で逢魔連合が召喚した邪神を封じた狂人でもある。人を呪わば穴二つとはよくいったもんだ。邪神の最後の抵抗で姿形を変えられ、今や見るも無残なインテリデブに成り下がった。


「酒か?」


 ジジイの言葉に俺は何も言い返せなかった。いい年こいて、ばつが悪いということもあるもんだ。


「私もいただこう」


 そういって、どこからか酒瓶を持ちだしたストラデウスはそれをあおった。


「咎めないのですか?」


 俺は無様にもジジイに質問した。まるで大人の説教に怯えるガキのようだった。それとも誰かに叱られたかったのか。


「誰にも知られず、誰にも称えられず、世界を救ったものを誰が咎める?」


 あの戦争は隠蔽された。何があって今の平和が保たれているのか、真実を知るものは少ない。しかし、それで今のところ世界は回ってしまっている。何事もなかったかのように。


「亡くなった英霊たちに……」

「親友の……極東の闘神に……」


 俺たちは海に向けて静かに献杯した。静寂と波音の中で、俺は昔に思いを馳せた。特攻課の害悪といわれていた俺たち三人組のこと。仲が悪かった特防課のこと。逢魔連合との戦争のこと。俺の人生のすべてが濃縮されていた期間だった。


「……ここは非魔法界のようだね?」

「静かなところです。気に入ってますよ」


 戦後、俺はかつての生活に戻れないままでいた。平和を勝ち取った今、すべてが虚しかった。唯一の友と呼べる二人のうち一人は目の前で死に、一人は目の前で呪われた。五体満足で生き残った俺は俺で、感情が一つもゆり動かなくなっていた。あの戦争で俺は何も手に入れてない。大切な友を失っただけだった。当時を思い返せば思い返すほど虚しかった。いっそ何も知らないままでいた方が余程楽だった。だから俺は非魔法界のこの町で静かに生きている。もう二度返ってはこない、あの黄金色に輝いていた日々だけを糧に。


「……まだ魔法を使う気にはなれないか?」


 俺は無言で肯定していた。最後に魔法を使ったのはいつだったか、すでにそれすらも思い出せない。


「しかし、君は無意識的に使っているようだが?」

「そんなことは……」


 少し記憶をさかのぼってみたが、思い当たる節はなかった。今日も起きてから一度だって魔法を使っちゃいない。


「ここには誰も来ないんだろう?」


 その通りだが、ストラデウスの遠回しの言い方がひっかかる。俺がこの町に来てから1年以上が経つ。これまでこの桟橋には俺以外誰も、魚の一匹すら……なるほど。正確には来れなかった、ということか。俺は納得させられた。どうやら自分の無意識のうちに魔法でこの空間を封鎖していたらしい。それならば思い当たる節しかない。


「俺に何の用ですか」


 タヌキジジイの駆け引きに付き合う気は無い。俺は本題に入ってもらうことにした。


「ユリエルのことだよ。かの英雄の解呪のためには、どうしても君の力が必要になる」


 ユリエルか。アイツは危うい。呪いとか関係なしに、ただ危うい。野郎のノリと勢いは常人とは比べ物にならないし、良くも悪くも決断と行動に迷いがない。あの時だって少しでもミスってたら世界は終わってた。怒りで我を忘れたアイツは感情任せに、名前のないあのおぞましい邪神をぶっつけ本番で封じやがった。……いや、我を忘れてたのはお互い様だったか。


「どうやら、前向きに考えてくれてるようだね?」


 俺は笑っていたらしい。ストラデウスは俺の顔を見て表情を緩ませていた。友と過ごした日々は当時は笑えなかったが、今となればおかしいものばかりだった。


「あいつは今、何を?」


 最後の裁判での逆転無罪を祝って以来、ユリエルには会っていない。アイツはあの姿のまま、どう生きているんだろうか。


妖神(まがつみ)魔法魔術学園の幼等部で教員をしているよ」


 似合わねぇ。マジか。アイツ大丈夫か? ガキとか相手に出来るのか? あのユリエルが? あいつ自身が厄介なガキみたいなもんなのに?


「テオ、この話はユリエルのためでもあるが、なによりも君のためでもあるんだよ。ここで呑む酒で虚しさは晴れたかい?」


 ……ジジイめ、このタイミングで説教か。しかし、俺の問題は時間では解決しないことは事実だ。今の今まで放置されていたのに、今日突然この爺さんは現れた。ストラデウスは無意味なことはしない。それは確かなことだ。俺にしてもらいたい仕事というのは、俺じゃないとダメなことがあるのか、あるいは時間だけはたっぷりある人間が必要なのか。どちらにせよ、たとえ俺がここで断ったとしても、どうせこの爺さんはしつこく誘い続けるだろう。それに、ここで俺が動かなかったらユリエルはどうなる? 邪心に半端に魂を喰われたアイツに残された時間は決して多くないはず……。


「……わかりました。少し錆びついていてもいいのなら、いくらでも俺を使ってください」


 磯臭い潮風が俺に告げたのは魔法界への帰還だった。





 大魔導士の朝は臭い。背中側に黒色と茶色を、腹側に白色が主に配色されし猫。名はミーコという。ちなみに、大魔導士である私と共に生活をしているくせに魔力はまったく持ってない。いたって普通の三毛猫である。この獣はなぜか毎朝、私の鼻先にピタリと肛門を当てる。雨が降ろうが風が吹こうが毎朝、ピタッと。鼻先でほのかな熱を感じ、嗅覚を刺激された私は今日も臭みのある朝を迎えた。


「おはよう」


 私の挨拶に猫は鳴き声をあげることなく吐息だけで答えた。なぜ鳴かないかは謎である。ベッドから抜け出した私はまずメガネを引き寄せ、それをかけた。先ほどまで私が寝ていたところで丸くなっている三毛猫の姿で視力の安定を確認し、外はまだ薄暗いようだがカーテンを開ける。


 裏庭にはスペードの形をした葉っぱの塊たちが30株分見えた。その下に眠るのはヤーコンである。収穫の時は近い。子供たちの食育の一環として始めたこの畑はどうやら成功のようだ。これなら園長に未許可でもお叱りを受けずに済むというものである。日本の保育に関する資料を見て、ノリと勢いで始めてしまったのだから、未許可でも致し方ない。


 ここまでの農作業の日々を思い出す。まずは完璧に手入れされた邪魔な芝生を引っぺがし、土を耕した。未許可で。あらわになった土から不要な小石やらなんやらを排除し、堆肥だ石灰だと混ぜ込み、あの硬かった土をふわっふわにさせた。


 畑が出来たら次は植え付けだ。種芋という手段もあるらしいのだが、初心者は苗を植えるといいということだったので、今回は子供たちとともに苗を植え付けることにした。少々いびつながらも3列にわけて10株ずつ、計30人分の小さな小さな苗を並べるようにして植えたのだ。


 虫に怯える女児、虫を捕まえて遠くへ逃がす男児、そして芽生える恋。一向に農作業になんて、なりゃしなかった。結局、ほとんど私一人でここまでやった。でもまぁ、子供たちも土いじりが楽しそうだったから良しとしよう。


 あれだけ小さかった苗があっという間に私の背丈以上に大きく育ち、今や小さなひまわりのような黄色い花が咲き誇っている。我らバジリスク組、待望のヤーコンだ。ヤーコンか……一体、どうやって食べたらいいんだ?




 ヤーコンの食べ方に考えを巡らせながら身だしなみを整えた後は、郵便物の確認作業が待っていた。舞台は寝室の隣の書斎兼客間兼ダイニングのような、なんでも部屋である。最初はそれぞれに部屋を分けていたのだが、今はこの形で落ち着いている。部屋のベランダに通じる窓からは、湖と森林と山岳が見える。結局この景色が気に入ってこうなってしまったのかもしれない。景色を見ながら食事ができるように、窓際には二人掛けのテーブルセットを設置している。その反対側には作業用の大きめのデスクと、長時間作業をしても疲れない革張りのチェアがある。郵便物はこのデスクへと届けられる。私は革張りのチェアに腰かけて今朝の郵便物を確認した。重要なものして新聞が三部、父からの郵便物が二つ、それから手紙が数通届いていた。新聞は魔法界の新聞と非魔法界の新聞、それと魔法界のスポーツ新聞である。新聞は後で読むとして、まずは手紙の差出人の確認をする。一通目は父からのものだった。


 試作品のテストと感想、おねがい

 お父さんより


 この短文こそ、わが父である発明王エドガンの特徴である。いくら発明王とはいえ、父から送られてくる試作品はいまいちなものが多い。例えば私の背面にある本棚。これも父の試作品であるが、商品化はされていない。問題点はただ一つだった。収納数が多すぎたのだ。その収蔵可能量は百科事典256億冊分に及ぶ。そんなにいらない。集められないし、読みきれないし、買えない。発明のしすぎなのか、世間ズレしているというか、父にはそういうところがあるのだ。とはいっても、物を捨てられない人間である私にとっては意外と重宝できるものだったりする。読み終わった新聞だって入るし、私が幼少の頃に穴が開くほど読んだ絵本とかも、この本棚のどこかにあるはずだ。とても探す気にはなれないが。ともあれ、手紙とは別に父から届けられた郵便物は、二つとも試作品ということだろう。私はそれを後回しにして手紙の方を先に片づけることにした。私は呼んだ手紙をデスクの左側へ寄せ、2通目の手紙を開封した。


 クリスマス休暇はパーティーだっ!!

 お兄サンタより


 ……兄からのものだ。パリピな兄、レオナルド・セプティム・アレキサンダー。これは果たして手紙なのか。まるで日記のように、自分の決意を書き記してあるだけである。普通の人間からするとおそらく意味不明だろう。しかし血を分けた兄弟である私が翻訳すると、クリスマスパーティーを開催するから今年こそ来いよ、という意味の込められた手紙になるのだ。文章は短いがキャラの濃い身内からの手紙は大体がこんな感じである。


 なぜだろう。朝からなんか疲れちゃって……ここいらで、朝のコーヒーが欲しくなるところであった。


「おはようございまーす!! 朝のお茶をお持ちしましたー!! 一緒に飲みましょう」


 タイミングよく部屋に入ってきたが、コーヒー派の私に絶対にコーヒーを飲ませてくれないこの娘の名はメアリー。私の専属の給仕係である。この学園の教員には各個人に給仕係が一人つく。ちなみに他の教諭陣の給仕係はもっとこう、キリッとしているがメアリーはその限りではない。


「ちょっとムカつくことがあったんで聞いてくださいよー。私の同僚がですねー……」


 まさかの朝から愚痴である。しかし私は彼女の話に耳を傾ける。彼女との会話は内容はどうあれ、私にはとても重要な事なのだ。


「……これって、私のことバカにしてると思いませんか?」

「そうだな」


 メアリーとの会話における通算そうだな回数はこれで何回目に達しただろうか。


「あれ? もしかして郵便物の処理中でしたか?」

「いや、ちょうど……お茶が飲みたかったからね。かまわないよ」


 コーヒーというワードを出さないように細心の注意を払った。以前、彼女にコーヒーが飲みたいと言ったら、紅茶派とコーヒー派という議題の面倒な論争に発展してしまったことがあるのだ。大魔導士である私は平穏な生活を好む。メアリーは怒らせない方がいい。


「それにしてもさすが先生ですねー。毎朝こんなに郵便物が届いて。私なんか何もないですよ」

「新聞もとってないのかい?」

「私たちぐらいの世代は新聞とってない子多いですよ。毎日忙しくてそれどころじゃないですし、お金もないですからね」

「へー、そんなものか……」


 言いながら、私は手紙の処理の続きをはじめた。差出人はなんとブーネだった。以前の無限お見合いで知り合った女子中学生だ。なにかイヤな予感がしつつも、私は平静を装って手紙を開いた。


 親愛なるユリエル先生へ

 今 私は 来年の学校祭で 大魔導士であるあなたに 特別講義をしてもらうための 署名活動をしているわ

 また あなたに 会えるのが 今から 楽しみで 仕方ない あなたの ブーネより


 待って。怖い怖い怖い。”あなたの”とか怖いし。何? 特別講義? 父の発明品であるマジカル自撮り棒が流行ってるのか、文章の下の方ではブーネがこちらに向かって投げキッスをする映像が流れている。怖いって。これはメアリーに見られたら終わりだ。私は目にもとまらぬ早業でブーネからの手紙を引き出しに入れるのに失敗した。


「なーにを隠してるんですか?」


 1秒とかからずメアリーに早業を見破られ、手紙をひったくられていた。彼女は手紙をその場で読むと、わなわなと体を震わせた。


「……これは、どういう、なんの……一体、この子はだぁれ?」


 月日の経つのは早いもので、メアリーと出会ってからもうすぐ2年が経とうとしている。そして、それぐらいの付き合いになってくるとわかることがある。今、彼女は大変に怒っている。私は彼女とは目を合わせずに、寝室で今頃朝日を浴びながらのんびり寝ているであろう三毛猫に思いを馳せた。どうやら今回の不覚の代償は大きそうだ。





 メアリーにはあれからなんとかブーネとの関係を説明したものの、朝のお茶会は大荒れだった。まず頬を引っ叩かれた。恥ずかしいというか、切なかった。手の跡が顔に残ったまま仕事に出るのはマズい。私はメアリーにそう言ってから、魔法で治療を施した。そしたら今度は張り手を背中にもらった。あの里帰り以来、どうも彼女は情熱的になったというか、化けの皮がはがれたというか……いや、それはお互い様か。そもそも以前に追及された時も、ブーネのことを変に隠したのが良くなかったな。ブーネとは何もないんだから、男らしくどっしりと構えておけばよかった。


「ユリエル先生、どうなされたんですか? なんだかいつもより、うつむきがちというか……」


 朝礼が終わった後のちょっとした時間のことだった。ライザ教諭が私に話しかけてきた。彼女は大変珍しい清らかな魔力を持つ魔女であり、私の先輩でもある。年齢は知らない。見た目的には彼女の方が私よりも下に見えるだろう。おそらくは私の一つ二つ上のはずだ。


「ちょっと……給仕係とケンカをしちゃいまして」


 私は心の安定を保つために虚勢をはった。真相は一方的に張り手をくらって私が謝りたおしただけである。情けないからもう思い出したくもない。


「まぁ……大丈夫ですか?」

「えぇ、そもそも誤解が生んだ悲劇でして、ちゃんと説明したらわかってくれましたから……」


 そうなのだ。それはとても簡単なことだったのに、これがなぜ今までできなかったんだろうか。


「それなら良かったですけど……。ところで、園長先生に内緒のヤーコン畑は順調ですか?」

「えぇ、おかげさまでもうすぐ収穫できそうです」


 ライザ教諭は私の秘密のヤーコン畑の第一発見者でもあった。そういえば、あの時もライザ教諭に何卒内密に、と必死で頭を下げたものだ。……嗚呼、我が生涯には情けない思い出ばかり。


「それにしても、なんでヤーコンなんですか? 私はてっきりハロウィンに合わせてカボチャかな、と思ったんですけど」


 …………不覚である。


「……魔法使いといったらカボチャですもんね? しかし初心者ですからね。始めはヤーコンで慣れてからと思いまして。もっとも、これなら来年からはカボチャを作っても大丈夫そうですがね」


 苦しいか? いや、大丈夫。そうなんだ。いきなりカボチャは作れない。農業初心者なんだから。だから最初はヤーコンを作って、農業のノウハウを学んで……つまり、そういうことである。


「さすが、完璧主義なんですね。ユリエル先生がよろしければ、来年は私のクラスもカボチャ作りのお手伝いがしたいです」

「ああ、それは素晴らしい。誰かと一緒なら何かあったときも安心だ。できたらもう一人、どなたかの手を借りたいのですが、心当たりはありますか?」


 何かやるなら三人で。私がかつての上司から学んだ金言をかみ砕いて簡略化したものだ。


「え……えっと、それなら、園長先生はどうでしょうか?」

「……適任、ですね」


 近い将来、まず間違いなく私は園長に怒られる。わかってるよ、怒られるのは。未許可だもん。芝生、勝手に剥がしちゃったもん。畑、作っちゃったもん。園長に怒られるのは慣れてはいるが、やはりどこかでそれを避けたかった自分がいた。ついつい、先延ばし先延ばしでここまで来てしまった。ヤーコンの収穫は近い。しかしノリと勢いの罪と罰の時もまた近いのだ。


「ハロウィンには間に合いませんでしたが、今週末にでも収穫をして……来年の話をまとめるのは、それからですかね」


 来年のことをいえば鬼が笑う。私はまた、問題を先送りにした。鬼か……いつ、自首しようかな。


「ハロウィンといえば最近、森の方でゆで卵の幽霊が出るという噂話がありますね」

「えぇ……? なんですか、それは」

「今朝、私の給仕係の子に聞いたんです。最近、夜になると森の方でゆで卵の幽霊が出るって……給仕係さんたちの間では、その話で持ちきりになってるって……」


 おかしい。そんな話があれば、あのメアリーなら真っ先に私に喋るはずだ。いや、今朝はそれどころではなかったか。森というのは、私の部屋のベランダから見えるあの森のことだろう。あの森はとてつもなく広いという話だけは聞いている。私の知っている領域も狭く、せいぜい子供たちに近くの湖で水遊びをさせたり、保護者同伴で小さな山でピクニックをするぐらいだ。


「怖いですよね……」


 いーや? なにいってんだろう、この人。


「ゆで卵なら塩でもかけて食べればいいじゃない」

「ふふふ」


 くだらない怪談にはくだらない冗談を。その後もライザととりとめのない話をしながら、私たちは園児たちがやってくる校門へと向かった。





「はーい、それではコマドリが逃げてしまうので、出来るだけ騒がないでくださーい。おいおい、先生の話聞いてるか? ははははは、騒ぐなって……えーい、うるせぇぇええ!!」


 湖からほど近い森のぽっかりと開けた場所で、私は子供たちにコマドリとの使い魔契約のやり方を説明せんとしていた。私の担当するバジリスク組は年中組。本格的な使い魔契約の習得は来年である。しかし、コマドリとの使い魔契約は思ったよりも躓きやすい。個人的には現代社会に見合わないこの必修科目は見直す必要があるように思う今日この頃である。できることならば、子供たちの一人ひとりに事細かく教えてやりたいがそうもいかない。そこで私は30人の幼児相手でも問題なく対応できるように、早めに教え始めてゆっくりと事を進めることにした。


「今日はですね、皆さんに、ここでコマドリたちと仲良くなってもらいます」


 使い魔相手に”さん”はつけない。これは意外と大事なことである。魔法使いと使い魔はしっかりとした主従関係を築かなければならないのだ。


「どうやってやるんですか?」

「コマドリたちに、ごはんをあげてもらいます」


 子供たちはそれぞれ歓喜の声をあげた。うんうん、ごはんをあげてかわいい小鳥さんと仲良くなる。素敵なことだね。だけど残念だよ。


「ごはんっていっても、虫だけどね!!」


 子供たちはそれぞれ阿鼻叫喚のリアクションをとった。衛生意識が高まった現代では虫嫌いの子供は多い。鳥の食性も躓きやすい要因の一つなのだ。コマドリは動物食である。原因は知らないが生体数も減ってるし、植物食に近い他の鳥でもいいだろうに。魔法界の教育では子供たちに使い魔契約として最初に教えるのはコマドリという謎の決まりがあるのだ。


「虫といっても糸のような小さなワームです。臭いです」


 子供たちから笑い声が上がる。今からお前さんたちも臭くなるんだよ?


「一応薄手の手袋を用意したので、皆さんしてくださいねー?」


 今回用意した手袋は私の父の開発した使い捨てのものだ。薄くて丈夫。猛禽類の爪でも裂けない。ゴムのように溶けることもないし、子供が口に入れても安心安全の人体に無害な素材で出来ている。値段も安価で、関係者の間ではバカ売れしているらしい。


「それじゃあ、先生がお手本を見せるからよく見ていてください」


 さて、どうやったら子供たちにウケるかな。ここは大事な場面だ。一刻も早くコマドリと仲良くなりたい。子供たちにそう思わせなければならない。大魔導士の腕の見せ所である。


 私は枝に止まっていたコマドリ3羽を手早く使役した。1羽を自らの肩に止まらせ、残りの2羽は園児たちの頭の上をゆっくりと旋回させた。


「うわー、すごい」

「かわいいー」

「すごいー」


 語彙力のない幼児どもが私の技術を褒めたたえた。完璧だ。これで子供たちの心はコマドリに鷲掴み。これの様子なら、ワームに触ることにも何ら抵抗を見せないであろう。


「だけど……」

「せんせーい、コマドリにごはんあげてませーん」


 ……まぁ、不覚だったんだがね。



 気を取り直して、子供たちにはコマドリの餌付けをしてもらった。案の定、一番うまかったのは動物大好きなフレデリックだった。過剰に近づきすぎず、コマドリをうまく懐柔させる。こればかりは正直いって生まれ持っての資質だ。訓練を続ければ他の園児たちも問題なく手懐けることができるだろうが、その頃には彼は他の子どもたちに使い魔の使役の方法を教える立場にいるであろう。


 用意したワームもキレイに無くなり、そろそろ教室に戻ろうかという頃合いのことだった。なんとなしに湖方面へと目を走らせると、見覚えのない小屋のような、木でできた粗末な建物が目に入った。私はその建物が気になったものの就業中ということもあり、すぐに調べることはしなかった。同時に今朝のライザとの会話の中で登場した、ゆで卵の幽霊の存在を思い出した。何者かが敷地内に侵入している? いや、ありえない。この名門魔法学校の敷地内には学園長とその校舎の長、つまりこの場合ヴァルメラ園長のことだが、両名の許可が必要である。部外者は何人たりとも学校の敷地内には立ち入れないのだ。しかし、気になる。園長に確認してみようか。……いや、ダメだ。今、彼女に会ってはダメだ。せめて今週末に予定しているヤーコンの収穫が終わってから……いや、それでは遅い。では、どうする? そんなのは決まっている。今夜だ。早速今夜、調べてみることにしよう。





 本日の就業も終わり、いつものように革張りのチェアに寝そべるように座る。さて、ヤーコンの美味しい食べ方を調べて、保護者にむけた書類を書かねば……あー、今日使ったワーム代の領収書をまとめておかねば……あー、朝の郵便物の確認もまだ終わっていないし、今日の新聞も読めていない。手紙すら全部読み終わっていない……メアリーは、まだ怒ってるかな? 結構しつこいからな、彼女は。なんとも胸が重い。猫が胸に乗っかっているから、ということもあるが……。


「はーい!! 本日のおやつはスコーンを焼いてみましたぁ!! チョコチップのやつは私が食べますから、先生はこのちょっと焦げたプレーンをどうぞ!!」


 メアリーの登場は私の気だるさを今日も吹きとばした。どうやらもう今朝のことは怒っていないようだ。素晴らしい。私は君を信じていたよ、メアリー。


「やぁメアリー。ちょうど今、父からの試作品を確認しようとしていたところだ。お茶をしながらでもかまわないかい?」

「へー!! それは楽しみです。今度はどんなポンコツなんですかねー?」


 ん? 若干、言葉にトゲがあるか? だがしかし、父からの試作品は実際にポンコツが多いし、普段から彼女はこれぐらいの毒は吐く。


「ロリコン治すヤツとかですかねー?」


 どうやら、まだちょっと怒っている様子だ。メアリー、私は君を信じていたよ……。


「……今日はそのポンコツが二つもある。この場で使えそうならテストしてみようじゃないか」


 後半の言葉は聞こえないふりをして、私は試作品の入った包みを開けた。入っていたのは見覚えのある手のひらサイズの黒くて薄い長方形の板だった。


「これって……マジカル自撮り棒の先っちょの部分ですよね?」


 そう、それだ。しかし、あの父が前に送ったものと同じものを送るはずがない。メアリーが手慣れた様子で板を起動させているのを尻目にかけつつ、私は包み紙の方を確認してみることにした。


「なるほど」


 どうやら包み紙の中に入っていた一枚の説明書きを見逃していたようだった。私はその内容を読み上げた。


「マジカル自撮り棒拡張版。以前と違って保存が多数できる。魔力で板同士の波長を合わせれば撮ったものの送り合いも可能……らしい」

「送り合い……!!」


 始めはピンと来ていないような表情を見せいていたメアリーが、何か気づいたようにもう一つの包みを勢いよく開けた。中に入っていたのはこれまた黒くて薄い長方形の板、つまり同じものだった。


「これは大発明かもしれませんよ、先生!!」


 メアリーは一人で興奮していた。


「さぁ、先生!! 起動してみてください!!」


 私はメアリーに突きつけられるように黒い板を差し出された。私は手に取ることなくそれを起動させた。


「おぉっと……おぉ……あとは波長を合わせて……」


 起動させた板をメアリーは操作し、その機能を確認し始めた。私は思わず笑ってしまった。両手にそれぞれ板を持った彼女が言葉は悪いがバカっぽくて、まるで私のクラスの子供たちのように愛らしく見えたのだ。


「あぁ、文字は送れないのか……でもすごい、速い速い……」


 操作に夢中のメアリーにバレないように、私はすぐに表情を元に戻した。私の笑いを彼女に嘲笑と受け取られ、新たな揉め事の元になるやもしれない。


「どうやら今回はポンコツではなさそうだね、良かったらプレゼントしようか?」

「欲しいです!! ください!! いただきます!! ありがとうございます!!」


 私は安堵した。この試作品のおかげで素直で明朗ないつものメアリーに戻ってくれたようだ。


「はい、じゃあこっちは先生に」


 そういってメアリーは右の手に持った方の板を私に差し出した。


「ん?」


 私は困惑した。メアリー、四捨五入したら三十路になる独身男性はこんなものいらないと思うよ?


「ん? じゃなくて」

「いや……え?」


 再度思案してみたが、やはりいらない。こんなもん、ゴミゴミ。絶対に使わない自信がある。


「え? じゃないですって、ほら!!」


 ほとんど無理やりメアリーに試作品を手渡された。


「な、なぜ? 仲のいい同僚とか、友人とかと使えばいいだろうに……」

「友達なんかいるわけないでしょう!? 私もいい大人なんですから!!」


 いまいち意味の分からない反論を浴びせかけられ、私は恐縮した。


「私、前から見たいと思ってたんですよー。子供たちの動く姿やら、働く先生の雄姿を」


 この子は私に仕事中にコレを使えといっているのか? 正気の沙汰じゃない。


「……う~ん」


 私はメアリーに反論しないように小さな声でごまかした。


「先生、覚悟してください。これからバシバシ送りつけますからねー。私の同僚たちの顔と名前、覚えてくださいよ? 私の愚痴に登場する同僚たちを」


 なるほど、目的はそれか。送りつける相手が私じゃないと意味がないわけだ。


「と、ところで、どのぐらいの数を残せるんだ?」


 これぞ大魔導士名物、話題そらしである。メアリーの愚痴については、その時に聞けばよいのだ。


「えと……16万種類登録できるページが……16万ほどありますね」

「……また256億か」


 なんなんだ、この数字へのこだわりは。何か意味があるのか? いや、無いね。父は大きい数字が単に好きなだけだ。


「ちょっとベランダで使ってみていいですか?」


 ベランダから見える景色には大いなる自然が広がっている。試しで使うには絶好の場だろう。


「ああ。だが風も冷えてきたことだし、気をつけたまえよ?」


 時刻は黄昏時に差し掛かろうかとしていた。この季節になると昼の日差しはまだ暖かでも、さすがにこの時刻の風は冷たくなる。


「はーいっ!!」

 メアリーは風邪とは無縁そうな元気な声をあげるとベランダへと飛び出していった。私はそれを見送り大きく息をついた。さて、これからデスクワークをせねば……。


「……出ました」


 別人かと見間違えるほどの元気のなさでメアリーはすぐに部屋に戻ってきた。


「どうした?」


 なにかに怯えた様なメアリーの姿に私は本気で心配になった。


「に、煮卵の幽霊が……」


 煮卵? ゆで卵じゃなかったのか。いや、そんなのはどっちでもいい。


「なにか、見たのか?」


 そう問いかけると、メアリーは黙って自分の板を私に見せてきた。今さっき自分で撮影したものだろう。彼女が撮影したのは、ベランダからよく見える湖畔と森だった。よく見ると木々の間に何やら丸い、卵のような形状をした残像が写り込んでいる。大きさからして人の顔ぐらいだろうか。そしてその色加減は……なるほど、まるで煮卵ような褐色である。


「……怖いぃ。ダメなんです、私、こういうの」


 メアリーは写り込んだ煮卵の幽霊とされるものにすっかり怯えきっていた。今まで私にこの話題を一切話さなかったのはそういうことか。


「これは……人の頭だな」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花。与えられた情報から私はそう判断した。同時に緊急事態の警報が私の頭の中で鳴り響いた。


「ゆ、幽霊ですよ、絶対。こんなの、こんなこと、おかしいですって……」

「いや、これは間違いなく人間だ。お手柄だぞ、メアリー。すぐにこのことを園長に知らせてくれ」

「え、わかりました……けど、先生はどうなされるおつもりですか?」

「森へ向かい、この侵入者を生け捕りにする」


 私は写り込んだ残像を睨みつけた。この人物、ただ者ではない。学校の敷地内に侵入しただけではなく、この私に魔力を察知させなかった。自分の魔力をわざわざ消すなんて輩は私を含めろくな連中がいないし、そもそもその技術自体が魔法界にあまり出回っていない。この煮卵は少なくともそのやり方を知っている人物ということになる。単純な魔法知識で比較すると私と互角か……最悪、それ以上か。いざとなれば変身も辞さない覚悟が必要になるかもしれない。私は急いでローブを着込み、ドアからではなくベランダから直接外へと飛び降りた。





 着地と同時に瞬間的に風の魔法を足の裏から放ち衝撃を和らげる。抉れた地面は別の魔法で元に戻し、秘密のヤーコン畑を横切って速やかに森へと侵入した。写真の通りならば、あの煮卵はちょうど昼に見た小屋の辺りにいたはず。急げばまだそこにいるやもしれない。


 まだ日は落ちきってはいなかったが、森の中はすっかり暗くなっていた。視界は良くない。無駄だとわかりながらも一応、周囲の魔力を探索してみる。やはり取り立てて強い魔力は感じない。


 湖の近くの大木の影になるようなところに、その小屋はひっそりと佇んでいた。明かりは点いていないようだが、それは関係ない。魔法でそういう風に見せることもできる。私は小屋へと忍び寄ろうとした。


「相変わらず索敵が下手糞だな」


 3時方向で聞き覚えのある声がした。私は反射的に距離をとり、声の主を体の真正面に捉えた。


「……その様子からすると、ある程度呪いはまろやかになったようだな」


 薄暗い森の中で浮かび上がったのはスキンヘッドの男だった。それはあまりにも予想外の人物だった。最後に会った時よりもずいぶんと日焼けをしているが間違いない。この男の名はテオ・ユスティニアヌス。私の元同僚であり、戦友であり、無二の友と呼べる男だ。


「間抜けなツラしやがって。積もる話は中でしようぜ。ちょっと疲れちまって……」





 粗末な小屋は中も実に粗末であった。配置された家具は一点だけ。人間が寝そべれそうな木でできた台があるのみである。何もない小屋内で「くつろげよ」といわれても直に床に座り込むよりほかなかった。


「あー……鈍ってやがる」


 テオはおそらく自分自身に悪態をつきながら、台の上で寝ころびはじめた。


「さぁーて、どっから話すべきか……」

「その前にテオ、一ついいかな?」

「うーん?」

「なぁんだこの掘っ立て小屋は!? 子供たちにもっと夢を与えろよぉ!! どうすんだよぉ!? 子供たちになんて説明すんだよぉ!! なんか知らない変なおじさんが住んでるっていえばいいのかよぉ!?」

「うるせぇなぁ!! うるせぇなぁ!! 久しぶりに魔法使って建築にまで手が回んなかったんだよぉ!! これから話そうと思ってたんだから聞けよぉ!! この早漏!! デブゥ!!」

「あぁ!? そっちこそ何日焼けしてんだよぉ!? 三十超えてまだ若い女の子にモテようとしてんのかぁ!? 悪いけど世の若い女の子はそんな目でおっさんを見ねぇぞ!? さっきも煮卵とかいわれてんだよぉ!! お前はぁ!!」


 お互い締まりのない口元で怒鳴り合った。そして……。


「くっ……がはははは!!!!」

「ははははは!!!!」


 お互いに泣くほど笑った。無駄にぶつけ合う言葉、戦時中の簡易拠点を思わせる掘っ立て小屋、ただひたすらに、なにもかもが懐かしかった。テオと会ったことで私の心は嬉しさで満たされていた。




「俺が港町で隠居生活をエンジョイしてたら、ジイさんが来てな……」


 テオがいうジイさんとは大賢者ストラデウスのことである。テオは権威に屈しない性格だ。とはいえ、いざ本人と対面すれば大人として普通の対応はするが。隠居生活については、私もかつて希望したものだ。私の場合はストラデウスに止められ、結果として今の生活がある。エンジョイなんて軽くいってはいるが自暴自棄と燃え尽きた精神の連鎖する葛藤の中、テオはきっと苦しんでいたに違いない。


「いくつか仕事を頼まれた。その一つとしてやったのが、この森の支配だ」


 魔力のある森の支配。文字通り、森に住まうすべての支配者にならなくてはならない。並の魔法使いならば高確率で命を落とすほどの危険な仕事だが、テオならばそんなことは造作もない事だろう。


「でまぁ魔法生物やら精霊やらに片っ端からケンカふっかけて、この森は終わった。じゃあ今度は何でそんなことしてんだという話だが、ジイさんがいうには原因はわからねぇがこの森に何かしらの異変が起きてる、ということらしい」

「初耳だな。近くに住んでいて特別変わった様子はないように思えたが……」

「ああ、俺も最初はそう思った。とにかく、あっちこっち調査してみてわかったんだがこの森、どうやらいわゆる迷いの森らしい」


 理由は様々だが魔力を持った森はごく稀に空間を捻じ曲げ、どこか別の場所へと繋がってしまっていることがある。魔界へ繋がるゲートと混同されがちだが、ゲートとは違い異界ではなくこの地上のどこかの場所と繋がっている。そういう状態にある森のことを迷いの森という。


「それも四方八方に、だ。普通は一か所か、多くても二か所ぐらいなんだが……あ、少しの間ガキどもをここに入れない方がいいぞ?ジイさんのいう異変のせいなのか、どうも境界線が曖昧になってる。ちなみに、さっき見つけたのは巨大昆虫どもが住む森で、攻撃性のやたら高いクソデカい蜂どもの巣を駆除してきたところだ」

「それは……困ったな」


 当面の間は使い魔の実習訓練ができないということか。


「まぁ一週間もあれば、少なくともこの森の安全は確保できる。それよりも、もっとヤバイ情報を掴んじまってな……」

「なんだ?」

「繋がった先も迷いの森になってるんだよ。その先と、さらにその先も。その先の先ぐらいまでは確認できてるんだが……これがまだまだ最奥には辿り着きそうにねぇ」


 これには絶句するしかなかった。まったくもって気の遠くなる話だ。いくらテオとはいえ……いや、出来るのか? 大賢者が選抜した結界魔法の達人であるテオならば……。


「おかげで毎日ヘトヘト……」


 瞬間、少し離れた場所でおぞましい気配を感じた。私たちはほとんど同時にその方向へ顔を向けた。


「……魔物か?」


 気配はひとつではなく無数あった。その気配は魔界の魔物たちによく似ていた。


「……いや、さっきいったろ? バカでかい蜂どもを駆逐したって。やつらだ。どうやら俺を殺そうと境界線の近くまで追って来たらしい。おい、どこ行くんだ?」


 たまらず立ち上がって小屋を出ようとした私にテオは制止の声をかけた。


「そいつらの所に。このままでは、じきにここへやってくる」

「大丈夫だ。仮の結界は張ってある。急がなくたってやつらはそれを越えられない……だが、この落ち着かない敵意……はぁー、行かなきゃな」


 テオはため息をつきながら立ち上がると、床に魔法陣を描き始めた。


「疲れた体にはこれが一番。魔力消費も少ないし、行きたい座標に間違いなく行ける」


 あっという間に青緑色に光り輝く転送の魔法陣は出来上がった。やはりテオの腕前は素晴らしい。複雑な文様、古代文字の羅列、作業工程、そのどれもが寸分の狂いもなかった。


「ま、乗れよ」


 まるで箒か何かに乗るように促される。テオのこの言葉を聞くのも久しぶりだった。私は彼とともに魔法陣の中へと入り転送された。




 転送された所は同じような小屋の中だった。違うのはおぞましい気配との距離感。先ほどまでは離れた場所で感じたものが、今は目と鼻の先に感じる。


「っしゃ、行くぞ」


 すぐに外へと駆ける。目標地点は目で確認できた。ドアを開けて50メートルも離れていない場所で身の丈3メートルはありそうな巨大な蜂の群れが見えない壁に群がっていた。私たちの姿を確認して興奮したのか、顎をバチンバチンと鈍い音で鳴らし威嚇している。問題は数だった。


「あれー? 思ったより多いな……」


 私もテオと同じ感想だった。一体、何百匹いることやら……。横一面すべてが巨大蜂で覆われている。この男、こいつらの生態もよく知らずに巣を破壊したのではないか? これ、本隊だろ。


「やっべーな、コレ……仮の結界じゃ破られるかも……」


 そういわれると、確かに。さきほどから巨大蜂たちは見えない壁に突進を繰り返していて、わずかながら空間全体がたわんでいるような気もしてきた。


「ユリエル、お前何かこいつらを安全に殲滅する呪文とか知らない? できれば一瞬で」

「そんな都合のいい呪文……知っているに決まってるだろう? だが、この結界はどうなっている?」

「あー、オーソドックスな結界だから大丈夫だ。向こう側で生まれたやつらはこっち側に入れない。俺たちは問題なく行き来できる」

「それならば、大丈夫そうだな。テオ、少し懐かしいものを見せてやるよ」


 私はローブを脱ぎ、きちんと綺麗にたたんでから地面に置いた。そしてメガネを外し、そっとその上に乗せる。これで準備は完了。運気は上々。晒してみせよう、いざ変身。


「ぐぅっ……」


 地上での変身は魔界と比べるとやはり苦しかった。魔界以外の空気が邪神の肌に合わないのだろう。あの時の、魔界での変身は随分とスムーズにできたし、皮肉なことに魔物どもの殲滅は一瞬で終わった。もしもこの力がもっと早く手に入っていたら、あの無駄な戦争は速やかに終わらせることができたはず……。無駄な後悔をしながら私は正体を現した。


「お前、それ、あいつの……降神術、か?」


 テオは私の姿に驚いた様子で言葉も途切れ途切れだった。あいつとは、私たちのもう一人の親友のことだ。その親友は実際に神をその身に降ろして戦う究極の魔術、降神術の使い手だった。極東の闘神と呼ばれ、その強大な戦闘能力に敵はおろか、私たち以外の味方にすら畏れられていた。しかし、その親友とは二度と会うことは叶わない。あの戦争で邪神に殺されたのだ。


「古代の魔法書を読み漁ってな。正確には少し違う部類らしい」

「すげぇな、お前。さすが大魔導士様だわ……」

「じゃあ、いってくる」


 私は空へと飛び立った。大量に群がった横から攻め入るよりも、数の少ない上空から攻め入った方が効果的に思えたからだった。


「ケツの針に気をつけろよー!! 毒液を飛ばしてくるぞー!! 触れたら多分死ぬー!!」


 テオは上空にいる私に向かって大声をあげた。遅すぎる情報だが関係ない。たとえヒドラの毒であったとしても、この体に毒は効かないのだから……。





 戦友を殺した邪神の力は、一対多での戦闘において恐ろしいまでにその能力を発揮する。巨大蜂たちは炎や衝撃波や体術ではなく、超音波で分解することにした。他の方法では森への被害が大きそうだったからである。何回かに分けたものの、超音波での殺戮は一瞬で終わった。さきほどまで存在していた巨大蜂の群れは完全に消え去った。この力は危険すぎる。客観的にみれば、私が世と隔離されたのも無理はない話だ。だが、あの『時の牢獄』は……。


「せんせーい!! がんばれー!!」


 邪神の耳は地獄耳。聞き飽きた声が地上の方から聞こえた。いや、もう終わってるって。メアリーはどす黒い紫色の肌の怪物に姿を変えた私を見ても、いつもと同じ調子の明るい声を上げていた。本当に、あの子は変な子だ。嗚呼……私が指示したとはいえ、園長まで連れてきちゃって……。いやー、降りたくないなぁ、地上……。私はなんともいえない気持ちの中、空中で変身を解いた。ぼやける視界の中、必要以上に時間をかけてゆっくりと地上に降りる。すぐさま青いローブを羽織ったメアリーが駆けつけ、私にメガネとローブを差し出してくれた。


「カッコよかったですよー、先生」


 メアリーは基本的に私に肯定的だ。この時もまた、それは変わらなかった。


「格好良くなんかないさ……」


 私は本心でそう思った。この力は私の戦友を殺した力でもあるからだ。


「先生、私がカッコいいといってるんですよ!?」

「……あ、ありがとう、メアリー」


 しかしメアリーは、私の否定を許さなかった。彼女の圧に負けて私はお礼を述べた。彼女から顔を逸らし、視線の先にいた園長が肩を震わせていることに今度は気付いてしまった。私の物語もどうやらここまでのようだ……。


「……サンダー……」


 おそらく私の本名を小さく呟きながら、園長はふらふらと力無く私の元へと近づいてきた。こんなに怒っている彼女の姿はこれまでに見たことがない。……今度こそ解雇だろうか。


「まったく言葉がありませんよ……ユリエル先生……」


 園長の表情がヤバい。笑っている。怒りすぎて、笑っている。……どうする? いや、どうするも何も決まっている。とりあえず謝るんだよ。


「園長先生、この度は大変申し訳ございませんでした」

「まったくあなたという人は……そうじゃありません。私はこれ以上に無いほど感動しているのですよ」

「……ぉ?」


 予想外の返答に喉から変な音が出た。感動ですって? そんなバカな……。


「大魔導士であるあなたならばご存知でしょう。我々、召喚術士の間では有名な伝説です。契約した精霊と自らを融合させて戦う、伝説の秘術……」


 私の変身術は紛れもなくその技術の応用だ。というか、園長は召喚術士だったのか。知らなかった。


「しかもあなたの場合は邪神です。邪神とはいえ神格。神を完全に使役するなんて……こんな洗練された魔術を見ることが出来たのは幸運という他よりありません。きっと血の滲むような鍛錬をなされたのですね……」


 そういうと園長は聖母のような優しい微笑を見せた。……ひょっとしたら、これは大いなるチャンスかもしれない。


「……あのー、園長」

「なんですか、ユリエル先生」

「実は今、秘密裏にですね、畑を作ってまして……今週末にもそのー、畑で作った農作物の収穫を子供たちとしようかと計画していましてー……」


 これで自白は済んだ。あとは何かこじつけねば。このチャンス、必ずものにしてみせる。


「えぇ、知っていましたとも。ストラデウスもそうですが、偉大な魔導士はすべてを話しません。きっとあなたにも何か理由があったのでしょう……」


 嗚呼、無理だぁ……良心が傷むぅ……。


「……大変申し訳ございませんでした。すべて私の不徳の致すところであります」


 純粋な人間を前に、私は馬鹿正直に謝ることしかできなかった。もう駄目だ。すべて話してしまおう。


「子供たちの食育の一環としてどうかな、と思ったことがすべての始まりでした。なにぶん農業は初めてでしたものですから、試験的な意味も兼ねまして……」


 園長は私の言い訳を手で遮りながら、小さく首を横に振った。


「いいのですよ、ユリエル先生。その代わり、収穫作業には私も顔を出してかまいませんね?」


 なんか許された。


「……もちろんです。テオも一緒にどうだ?」


 私は調子に乗った。ボロを出す前に仲間が欲しいというのもあった。


「いや、俺はちょっと……急がなきゃ、結界」

「あぁ、そうか……」


 さきほどの巨大な蜂の大軍を思い出す。今回はたまたま間に合ったものの、確かにこのままではいつどんな危険が迫るやらわからない。


「はっきりいって甘く見てた。もう言い訳はしない。必ず遂行する。夜明けにはこの森の安全を完全に確保する」

「頼みましたよ、テオ」


 テオは園長に一礼して森の中へ消えていった。


「それじゃあ僭越ではございますが、私が参加しましょう!!」


 メアリーが高らかに参加の意思を表明した。


「えっ……だけど、君は仕事があるだろう?」

「先生がお仕事をしている間、私が何をしていると思いますか?」


 私は頭をひねった。メアリーは私の専属の給仕係だ。とはいっても私が昼の業務をしている間、目に見えない他の仕事をしているには違いない。猫の世話とかかな?


「お昼寝ですよ。先生は朝が早すぎます。他の給仕係の子はまだ寝ているっていう時間なのに。いくら私が若くたって体が持ちませんよ」


 あー……そういえば、最近は特にそうだったかもしれない。それは悪いことをしたな。しかし、だからといってそれが何なんだ?


「先生がこの数か月の間、愛情を注いだ憎きヤーコンを根絶やしにしてみせますよ!!」


 なるほど。私の早起きの原因がヤーコン畑にあると勘違いしているのか。実際のところ、私が早起きなのは猫の肛門が臭いからなんだよなぁ……。


「そうか。それじゃあ頼んだよ、メアリー」


 私はメアリーの熱意に甘えることにした。彼女ならば園長と私の間の緩衝材になってくれるに違いない。


「話は纏まったようですね。それでは、週末にまた会いしましょう」


 園長が場を締めてくれた。気がつけば空には星々の輝く夜がやってきていた。





 結果から報告すると、ヤーコンの収穫は大成功だった。


「先生って頭良いけどバカですよねー」

「ぬぅ……」


 いつものなんでも部屋で過ごす休日、私は大量に余ったヤーコンの在庫に頭を抱えていた。


「なんでもっとよく調べなかったんですかー」

「だって……子供たちに一株ずつやらせたかったんだもん……」


 地中で実りに実ったヤーコン、その数は300を超えていた。バジリスク組は30人、私とメアリーと園長を入れても33人、どう考えても収穫数が多すぎた。当面の間はヤーコン料理を堪能することになるであろう。色々文句はいわれるが、なんだかんだでメアリーがこうして今日もエベレストのように聳え立つヤーコンサラダを作ってくれていた。


「来年はカボチャにしよう。魔法使いといったら秋はカボチャなんだよ、メアリー」


 来年のことについては園長に許可はとれた。ライザ教諭も力を貸してくれるといっていたし、この失敗は活かさねばなるまい。


「カボチャですか。今度はよく調べないとダメですよー? 夏に採れるカボチャもありますからねぇ」

「ほう、詳しいんだな」

「ふふん。それともカボチャよりジャガイモとかはどうですか? 我々の好物ですし、もし余っても私、ジャガイモ料理ならフルコースが作れます」

「うーん……」


 来年のことをいえば鬼が笑う。しかしながらそのことを話している時は未来に希望が湧く。果たして呪いに蝕まれたこの体は、あと何年もつことやら……。私はなるべくそのことを考えないようにしながら、メアリー特製のヤーコンサラダを口いっぱいに頬張ったのであった。

ご拝読ありがとうございます。どうでしたか、私のヤーコンサラダは?食べやすく切ったヤーコンをお水にさらして、水気を切ったら後は先生にかじらせるだけです!次回、【古代竜の秘湯編】もお楽しみに!

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