無限お見合い編
休暇中のただのメアリーです。今回はなんと!私が主役といっても過言ではないのでは!?あなたの空いた時間お埋めします。毒にも薬にもならない、大魔法ファンタジーギャグ説教アニマルセクシーコメディスリルショックサスペンス開幕です!!ぜひご拝読あれ!!
ノックの音がした。それはとても弱々しい音だった。
「……誰だ」
ベッドの上で微睡んでいた私は警戒しながら答えた。同時に自分の置かれている状況を思い出す。
「……リアンです。……セバスチャンにいわれて……まいりました」
ドアの向こうからの声も弱々しいものだった。そうだ、実家に帰ってきていたのであった。ここへ着くなり部屋に案内されて、それでセバスチャンに話し相手を連れてくるように頼んだのだ。
「ああ、入ってかまわないよ。どうぞ」
「し、失礼します」
その声は間違いなく震えていた。声の主はゆっくりとドアを開け、部屋に入ってきた。私はぼやける視界の中、なんとか相手の特徴を捉えようと目を細めた。黒い執事服を纏い、髪の色はブロンドで、少し華奢な体つきだった。歩く速度もゆっくりで動作の一つ一つがなんというか、ぎこちない感じがした。
「君、この仕事は……」
「ま、まだ入ったばかりでして……申し訳ございません」
「そうか。いや、急に呼び出したりしてすまないね」
私はすべて納得し、ベッドから降りて軽く背筋を伸ばした。そして帰ってから着替えも済ませていないことに気がついた。
「少し眠ってしまったみたいで。適当に座って待っててくれ」
「は、はいっ」
そういいながらもリアンは私の勧めには従わず、律儀に立って待ってくれていた。私はローブを脱いだ。
「お、お手伝いしますっ」
「いいからいいから。子供や装飾品の多い女性じゃないんだから、一人で大丈夫だよ」
そして長旅を共にしてきた服を脱ぐ。パンツ一枚の情けない姿になった私は、下半身のある一部分が突出していることに気がついた。天狗は実在した。いや、そうではない。男ならではの生理現象が起こっているだけだ。ふと視線を感じた方向に顔を向けると、リアンもそれをじっと見ているようだった。
「いやぁ、ははは。見苦しいものを見せてすまないね。まぁ、君もわかるだろ?」
「……は、はぁ、ん」
リアンはなんともいえない、吐息まじりの色っぽい声をあげた。もしかしてそっちの人だったかな、と私は思った。呪いでこの体型になってから、彼らのような世界観を持った人たちから自分の体に対して熱い視線を送られる機会は少なくない。私はあえて時間をかけて新しい服に着替えた。リアンの視線に気づいて慌てて服を着込むのもおかしな話だろう。
「えーっと、メガネメガネ……」
私は気にするそぶりを見せないようにして、独り言をつぶやいた。こんな独り言をつぶやく必要はない。私は大魔導士である。物は呪文で引き寄せればよい。しかし、私はそれをしなかった。お前のそういう所は私は気にしないぞ、という心の内をどっしりとした態度でリアンに示したかったのだ。
「はぁ……はぁ……。こ、こちらでございます」
「やぁ、ありがとう。これがないと何も見えなくてね」
鼻息を荒げるリアンの差し出した手に少し触れてしまいながら私はメガネを受け取った。裸眼のままだと距離感もよくつかめない。もう慣れてしまったことなのだが、改めて考えると地味で嫌な呪いだ。この呪いはいつも私がかけている専用のメガネじゃないと、どうにもならない。このメガネは魔導具開発を生業にしている父と解呪の知識に長ける兄とストラデウス、この三人の合作でもある。私はメガネをかけ、あらためてリアンと対面した。
「おいたわしや、ユリエル様……」
目の前には耳を少し赤らめ、綺麗なブロンドの髪を短くまとめた端正な顔立ちの美少年が立っていた。
「覚えておいでですか、ユリエル様。私、ふもとの集落の娘のリアンでございます……」
「むすめ……」
リアンは女性だった。……ほんと、私ってば大不覚。
私は箒を空に停滞させたまま、その場所を見下ろしていた。明らかにまわりと違うその森は、私の家からずっと西ちょい北にあった。その森に生えていたのは非魔法界でいう松とかいう木に似て非なるもの。いやナラだっけ。いやいやブナだったかもしれない。
とにかく、その森全体から少しだけ魔力を感じた。ひょっとしてこの森の存在は、魔法使いにしかわからないのでは? 家からここまで思ったよりも遠かった。先生はここまで歩いて来たのかな。だとしたらあの男、足腰がものすごく丈夫だ。そういえば、先生の息があがってる所を一度も見たことがない。シベリアなんとかカモノハシをとっ捕まえてきたときも、幼等部の行事であちこち走りっぱなしだった時も、先生は汗ひとつかいてなかった。戦争で鍛えられたからなのか、それとも魔法か。私は尽きない先生への興味を胸に、ゆっくりとその森を越えようとした。
「あいたっ」
私の体は弾き飛ばされた。何とか空中で体勢を整えて地面に着地する。高校時代は箒レースの選抜選手でもあった私を舐めないでほしい。こんな事故に対応できないようでは箒レーサーは務まらない。私の体を弾き飛ばしたのは、たぶん保護魔法だ。見えないタイプのやつで範囲も森全体にかかっているから超広い。一発で術者の魔法技術の高さがわかる代物……もしかして、先生が? でも、勘だけどたぶん違うと思う。でもでもでもでも、先生の使う魔法にとっても似てるのは確か。
「どうしよう……」
保護魔法がかかっているということは、この森は誰かに保護されているということだ。つまり……入れない。ここまできて、それはあんまりだわ。私は森と私のいる世界の境界線を確かめるように手を伸ばした。すると、するりと……。これはいい響き……コホン、するとするりと簡単に森の中に入ることができた。
「どゆこと?」
私は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、目の前の風景に心を奪われた。そこは何色もの小さな光が浮かび上がり、今にも妖精でも出てきそうな幻想的な緑が広がっていた。外から見た森と今私が侵入した森では、まるで違う風景だったのだ。
「……すっげー、なにこれぇ」
ゆっくりと360度森を見渡しながら歩く。魔法史の教科書なんかでしか見た事のない、ザ・魔法使いの森だ。岩や倒れた木々が苔むしている。その苔も綺麗な色をしている。生えてる木なんかも根っこから細い幹の一本一本が絡み合って大きな一本の大木を作っている。その大きな大木がいくつもいくつもあってこの森を作り上げていて……。
「はぇー……」
言葉を失うとはまさにこのことだった。私は落ちている枝や葉っぱにまで感心しながら森を歩き続けた。そして私が森で最初に出会ったのが……。
「ややっ!? 貴様は!?」
赤い三角帽をかぶったとても小さなおじいさんだった。
「こんにちわー。あのー私、人を探してまして……」
「ほうほう。そうであったか。てっきり侵入者かと思ったわい」
それは間違いではない。最初の挨拶を間違えていたら、私は襲われていた。たぶんね。だけど私は、こういう精霊の類を見たらとにかく礼儀正しく明るく振舞いなさい、と先生から以前に教わっていた。だから、襲われずに済んだってわけ。
「失礼しました。私はメアリーと申します。ユリエル先生という……縦にも横にも大きい人間の男性を探していまして、なにかご存知ではないですか?」
「ふむふむふむ。ユリエル様なら、ここへ帰ってきたばかりですな。今頃はきっと城の方へとたどり着いていることでしょう」
ラッキー。このノームは先生のことを知っているらしい。
「お城へはどうやったら行けますか?」
「はいはいはい。そのまま、まっすぐ行くのが近いですが……うーーん」
「どうかされたの?」
「いやいやいや。この先の沼。そこへ行けば城が見えるようになるのですが、そこには助平なアルプがおります。どうか気をつけてください、礼儀正しいメアリーさん」
「ありがとう、親切なノームさん」
ノームさんにお礼を伝えてから私は箒にまたがった。
「ダメダメ。この森では空は飛べません」
「えー!? そうだったんだ……」
だから箒でこの森に入ろうとしたとき、弾かれたのかもしれない。
「そうそうそう。森を抜ければ、それもまた出来るようになります。それまでどうか、頑張ってください」
「わかった。じゃあ、またねノームさん」
私はおとぎ話の主人公になった気分で沼へと続く道を歩き始めた。
「本当に、本当に申し訳ない」
「だ、大丈夫ですから。お気になさらないでください」
私は押し問答を繰り広げていた。私がいくら謝罪をしたところでリアンはその立場上、許すという選択肢しかないのだ。それはわかっている。わかってはいるのだが、私は何度も彼女に頭を下げ許しを請うた。
「そうか……。リアン、失礼するよ」
押し問答も佳境に入ろうかというところで、忘れていたことを思い出す。そう、私は大魔導士である。
「えっ?」
リアンは戸惑いの表情を見せた。かまわず私は、今日一日の中で経験した不快な記憶を忘れ去らせる、というかなり特殊で複雑な忘却呪文を彼女にかけた。これで、彼女の心の平安は保たれるであろう。
「な、なんですか?」
呪文は成功した……と思う。この手の魔法は使い手である私の技術が完璧すぎて表面上はよくわからないということが珍しくない。
「気にしないでくれ。さぁかけて。君と少し話がしたい」
私はリアンをソファへ座るように促した。
沼のある場所はノームと会ったところよりも薄暗くて、それまでうっすらとしていた霧もなんだか濃くなっているような気がした。その沼にアルプはいなかった。その代わりにいたのは、なんだかどこか汚らしい感じのするヒョウ柄の山猫一匹だけ。で、アルプってなんだっけ?
「山猫さん、こんにちニャー」
私はミーちゃんを思い出した。学校で先生と同居している、なぜか先生があまり名前で呼んであげないメスの三毛猫のミーコ。普段先生が仕事で面倒が見れない時に、私が代わりに世話をしている甘えん坊さん。先生がいない時は私に抱っこをせがむくせに、先生がいるときは絶対にそれをしない。きっと猫を被ってるんだわ。猫だけにね。
「……チッ」
「へ?」
山猫が舌打ちをしたような気がした。
「ただの人間の女なら凌辱の限りを尽くしてやろうかと思ったが、お前あの男の魔力を帯びてやがるな……。何者だ?」
山猫が喋った。少しの間、頭が真っ白になった。
「私は……メアリー。あなたがいってるあの男って、先生の事?」
「先生? あぁ、あの野郎今はそんなことやってるんだっけか。そうだよ、ユリエル先生様のことだよ」
山猫はカカカ、と邪悪な笑い声をあげた。かわいくない。
「さっさと消えろ、女。俺はあいつらの魔力が大嫌いなんだよ。今までさんざん俺様の邪魔をしやがって……」
「はぁ……失礼します」
私はなんだか狐につままれたような気分で沼を離れた。少ししてから、ハッとして私は辺りを見回した。かなり遠くの方に城が見える。あそこがゴール地点だ。
「よし、気を引き締めて行きますか」
少し肌寒くなってきたのを気にしないようにして私は城へと歩き始めた。
リアンとはまずお互いの近況を報告し合った。彼女はこの城が出来てから、いつかここで働くのが夢だったことを語ってくれた。彼女だけでなく集落の人々は母を慕っている。母の血脈であるアレキサンダー家は古くから、集落とそこで暮らす人々を守っている。世界にいくつもない魔法使いだけが暮らす集落。そこには、現代の魔法使いの暮らしにはないものがたくさんある。私も集落のそういう部分が気に入って、子供の頃は兄と一緒に村の子供たちと遊んだり、大人たちからは古い魔法使いの話や伝統を学んだりしたものだ。
「みんな兄にくっついて、色んな所に遊びに行ったな……」
「レオナルド様は私たちのリーダーでしたからね。懐かしい事です。でも、湖で溺れかけた私を助けてくれたのはユリエル様で……」
「そんなこと、あったかな……」
やがて私たちは、お互いの子供時代の思い出話に花を咲かせた。溺れるなんてものはまだ可愛いものだった。両親と村の大人たちには内緒だが、私と兄は遊びの中で何回も死にかけている。湖の底に住む名前も知らない大きなタコのような魔法生物を捕まえようとして返り討ちにあったり、森の奥深くでユニコーンを捕まえようとして返り討ちにあったり、大空の彼方で領内に侵入してきたワイバーンを捕まえようとして返り討ちにあったり……。おかげで治癒や解呪の類の魔法はお手の物になってしまった。
「レオナルド様はお元気ですか?」
「あぁ、変わりないよ。今でもたまに手紙のやりとりをしている……」
アウトドア好きの兄からはバーベキューの誘いがよく来るのだが、どうにも休みが合わず実現しないでいる。また休みが取れたら会いに行くのもいいかな、と私は思った。
「それで、今回の件なんだけど……」
私は本題に入った。母からは情報が満足に得られないことを私は知っているからである。なぜ母から情報が得られないかというと、そういう人だからとしか説明できない。あの人はいわない。おそらく理由はない。ただ、いわないのだ。昔住んでいた洋館を取り壊して新しく建てたこの城のことも、自分の見た目が若返って胸が少し大きくなっていることも、あの人はいわない。おそらく理由はない。ただ、いわないのだ。明日何時にお見合いが始まるとかもいわないからね。しょうがないね、そういう人だから。
「セバスチャンが動いているのかい?」
「おそらく……なにやら忙しそうですので」
わかってはいた。わかってはいたが、セバスチャンをこちら側に引き込めないとなると、私の負けはほぼ確定したようなものだった。大人しくいわれたことを無難にこなした方がよさそうだ……。
「お見合い相手ってどんな人なんだろうね……」
「きっと素敵な方だと思います……」
どうやらリアンはそれ以上の情報を持っていないらしい。セバスチャンめ、今回は完全に母側ということか……。
沼から離れた後、少しすると獣となんか……血のような、気分の悪くなる匂いがしてきた。
「ウゲー……気持ち悪いぃ……」
たまらない悪臭に私は何回も吐きそうになった。吐き気を堪えながら進むと、この綺麗な森では目立ちすぎの血だらけの黒い塊が目に入った。その黒い塊は何かしらの動物で、それがまだ息をしているのがわかった。
「まぁ大変!!」
私はその動物に駆け寄って、先生直伝の治癒魔法をかけた。あちこち酷い傷だらけ。血の量もえげつない。だけど治癒魔法はみごと成功。たちどころにではなくとも、なんとか傷だけはふさぐことができた。
「……なんだ……人間の女か?」
私が治療した動物と思っていたものはウェアウルフだった。さすがの私もこれには焦った。ヤバい。自分の入る墓の穴を自分で掘ったみたいなこの状況。これはヤバい。
「あ……いや、そのー」
そのウェアウルフはスンスンと私の匂いを嗅いだ。ああ……さよなら、お母さん、お父さん、そして先生。ちょっと私は、一足早くお兄ちゃんのところへ向かいます……。
「あいつの……ユリエルの匂いがする……。嬢ちゃん、命拾いしたな。足りない血はそこらへんの小鹿から貰うとするよ」
そういってウェアウルフは大きな体をゆらゆらと揺らしながら歩いて森の奥へと消えていった。
「ふぅーー……」
ため息が出た。もしかして……この森、ヤバい?そりゃそうだ。先生がヤバいんだから、この森がヤバくないわけがない。でも、お城までもう少しだ。私は慎重に森を進んだ。
夕食ではもちろん母と同席したが、母は私の近況を聞くよりも自分の近況を話したがったので、私はそれを聞くのに終始した。なんでも近いうちに父と協力して化粧魔導具を出すのだとか、そんな話を嬉しそうにしていた。
父の商売は私が大学院を出るか出ないかぐらいまでずっとうまくいかなかった。それがやっとうまくいきはじめ、母としてもそれが嬉しく、自分のやりたいことも実現できている今が幸せの絶頂という所なのだろう。我慢の時代が長かった分、その活動エネルギーたるやすさまじい。私は素直に嬉しかった。ここまでエネルギッシュで元気な母を見るのは、この歳になって初めてのことだったのだ。お見合いの情報は何も得ることはできなかった。いや、私はあえて探らなかった。
そして朝は静かに始まった。もちろん、準備は万端ではなかった。母とセバスチャンの邪悪なるコンビネーションは、一体私に何を見せつけるのか……。力強くノックの音がして、私は入室の許可をした。ドアを開けたのは、昨日この部屋へと私を誘ったオールバックの男性の使用人だった。その使用人にまたもや先導され、私はある部屋へと通された。私がその部屋へ入るとドアは消え去り、出入り口は完全になくなった。そう、これは立派な監禁である。私は速やかに部屋の調査をした。強力な結界魔法がかけられている。転移魔法の類はどうやら使えなさそうだ。これぞ、完全なる監禁である。
窓のない狭い部屋だった。あるのはデスクとチェアぐらいのもので、デスクの上にはなにやら書かれた紙切れが一枚だけ置かれていた。私にできるのはその紙切れを手にして、書かれている文章を読むことぐらいだった。
相手方はセバスチャンが選りすぐった素晴らしい魔女たちです
お見合いが成立すれば自然と帰ることができます
それじゃ、頑張って
母より
私が読み終わるとその紙切れは燃えあがり、灰も残さず消えた。……魔女『たち』か。私がその文字に対してうすら寒い感覚を覚えたのと同時くらいに、入ってきたドアがあった壁側とは反対方向の壁に新たなドアが現れた。どうやらそれを開けて進め、ということらしい。私はゆっくりと大きく息をついてからそのドアを開いた。
やっとのことで森を出たと思ったら、もう空はオレンジ色だった。
「それにしても、これまたすごいなぁ……」
森を出た所は大きな湖のほとりで左手には崖が切り立っていた。その崖の上にはまだまだ森が広がっているみたいで、私は森だけじゃなく、この土地全体にヤバさを感じた。どんだけ広いの、この場所は。崖の反対側の岸には、色んな貝殻を合わせたようなデザインの真っ白な家があった。その家の窓からは暖かい色の明かりが漏れていた。
「むむっ。人の気配」
すっかり人間恋しくなっていた私はついつい無防備にその家に近づいてしまった。その家に近づけば近づくほど、甘いお花のようなとってもいい匂いがすることに気がついた。
「はぁ、いい匂い……でも」
私はさっきのウェアウルフ事件に心がやられていた。あれはヤバかった。だからきっと、この家もヤバいはず。この家が人食い何とかの巣窟でないとも限らない。私は家までもうちょっとの所でターンを決めた。家に背を向けてそこの住人とコンタクトを取ることをあきらめて、箒にまたがる。ノームのいっていたことが本当なら、森を抜けた今なら飛べるはず……。
「お待ちなさい」
後ろから若い女の人の声がして振り返った。私はその姿に呆気にとられた。その女の人は、まず美人だった。顔立ちがすごく整っていて、腰まで伸びた長いダークブロンドの髪をたなびかせている。何より服装がこれ、とても放送できません。白いほぼ布きれのようなものをまとっていて、それを腰の辺りでヒモで縛ってるだけ。太ももは横から出ちゃってるし、大きな胸とか引き締まったお尻とか、そのナイスバディが隠しきれていないし、しかも大事なところが透けて見えてますよ、お姉さん。えぇ……なに、この人。
「まぁ、あなた血だらけじゃない」
さっきのウェアウルフの血と毛が、私のローブを汚していたことをそのお姉さんはいっていたようだ。いきなり私は霧のようなもので包まれた。その霧はすぐに私のローブの汚れを洗い流してくれて、あっという間に消えてなくなった。不思議な魔法とお姉さんに見とれてて、私は何もいえないままだった。
「ずいぶん疲れているようね。どうぞ、中へ入って」
お姉さんに誘われるまま、私はバカにみたいに口を開けたまま白い家に入った。
ドアを開いた先は、中庭付きの小規模な広間だった。庭はきちんと剪定された低木や草花が咲き誇っており、青い蝶が舞っていて、上空にはよく晴れた青空も見えた。広間の方では円形のテーブルの奥側で、一人の女性が椅子に腰かけて私を待っているようだった。その顔に笑みはなかった。
「……大変お待たせしました。ユリエル・アレキサンダーと申します」
「あー、あなたが……」
知性を感じる顔立ちのとても美しい女性だったが、私の予想通りその表情は硬いものだった。
「かけてもよろしいですか?」
女性は軽く頷いて承諾した。椅子に浅く腰掛けた私はまず一つ、得なければならないものがあることに気がついた。
「はじめまして。ところで、何とお呼びすれば?」
そう、この女性の名前。私はそれすら教えてもらってないのだ。母は本当にやる気があるのか?いや、私はどっちにしてもないけどね。
「シャルロットと申します。呼び捨てでかまいません」
シャルロット……普通の名前だ。マズい。このままでは話題が広げられない。
「シャルロットさん、ですね。今日は天気も良くて、蝶も機嫌がいいみたいですね」
まずは天気の話題。これはもう基本である。私を誰だと思っている。百戦錬磨の大魔導士であるぞ。
「虫は嫌いです」
「はは、そうでしょう」
はい、不覚。とりあえず、その鉄でできた心のカーテンを開けてもらわないと話にもならんな……。
「シャルロットさんは何か、好きなものとかあるんですか?」
「特に、これといっては……」
「ふーむ、食べ物とか飲み物とか、そういったものでも。なければ憧れの魔女とか……おとぎ話なんかはどうですか?」
「おとぎ話……」
どうやら、引っかかったようだ。
「おとぎ話の王子様やお姫様の話って、大体一目ぼれよね……」
そうかもしれない。その者たちのその後の話、なんて二次創作をよく目にするが、これがまた大体が碌な目に会っていない。
「一目会って、はいそこで好きになってくださいなんて、ありえない……」
つまり彼女は、このお見合いに後ろ向きということだ。それは私としては都合がいい。
「あなた、私をバカにしてるの?」
む、これは……。返答を間違えるわけにはいかない質問だ。私は過去に何度かこの手の質問の答えに失敗してきている。
「よく、そう勘違いされます。特にあなたのような賢そうな女性には」
今回は誠実に真実を答えることにした。私は昔から賢そうな女性にはとことん嫌われる。今でいうと園長がそれにあたる。
「ふーん、私が賢いってなんでそう思うの?」
「そうですね……。先ほどの質問なんかはまさに、私にそうなのではないかと思わせましたね。それとはっきりとした意志表示と話の広げ方の速さ。この点で私はあなたが頭の回転が速い方だな、と思いました」
「……なるほどね。両親のいってたとおりの人ね」
私はシャルロットの話に耳を傾ける。
「世の中には私よりも頭の回る人はたくさんいる、閉じこもってばかりでは何も学べない。今でも両親にはよくいわれてる。でも、もうそんな時代じゃない。私より頭のいい人がいっぱいいるのは知ってるし、別に閉じこもってても今は情報なんていくらでも手に入る」
それはそうだ。魔法の進化はどんどん速くなってきている。魔法で出来ないことなんてほとんどなくなってきているのだ。昔の魔法使いは何か情報を得ようと思ったら、魔法使い同士で会合をして、自分たちが実際に体験してきたことを情報として、それを交換し合ったりした。今はそういう者たちが書き連ねた報告書や歴史書がある。それらを知ることのできる魔導具だってある。彼女のいうとおり、情報なんてものは部屋にいてもいくらでも手に入るのだ。体験や経験を実際にする事は無理だが。
「……なにか、やりたいことがあるんだね?」
私はシャルロットに思うところがあった。彼女は見た目よりも若いんじゃないだろうか。そして彼女は、将来的に何か大きなことをやりたがっているのではないだろうか。私はそう感じ取ったのだ。それが何かまでは、今までに与えられた情報だけでは具体的なところはわからないが。
「……そんなところです」
その後はいくら耳を傾けても、彼女はそのことについて口を開かなかった。彼女の両親のいうことは合っているし、間違ってもいる。私にはそれがわかる。しかしシャルロットにはわからない。おそらく彼女が、そのことの本当の意味を知るのはもう少し先のことであろう。
「私、本当にあなたと結婚するのかしら……」
いきなり、その時は来た。ここでさりげなく、それとなく決裂の道を標さねばならない。
「あなたが本当にやりたいことは、親が決めるものではありません。もちろん、結婚だってそうですよ」
なんとなくそれっぽいことをいった。証拠はないが、シャルロットがこのお見合いとは別のしがらみに頭を抱えているのは間違いない。
「……でも、あなたは結婚しても、私の好きなようにさせてくれそう」
あれぇ? どこで間違えたのかな? なんでそうなるんだろう。女性はわからない。本当にわからない。
「それはそうですけどね……私はあなたのような素敵な女性には会ったことがない。だから……」
「あなたが私を振るの?」
私がいい終わらないうちにシャルロットは被せてきた。彼女は初めて私に笑顔を見せていた。呆れたような笑いだったが。
「いいわ。あなたは最初からその気がなかったみたいだし、私はもうここで失礼させていただきます」
彼女の後方の壁に、豪華な装飾付きの扉が現れた。どうやらこれが終了の合図のようだ。私は扉まで彼女を見送っていった。
「緊張して損したわ。もう少しあなたと喋ってもよかったかもね」
「……あなたのやりたい事に関して、一つだけお節介を。できれば同士を集めた方がいいでしょう。あなたを入れて三人がベストかな。二人だけだと、どちらかに何かがあった後にやらなくなる可能性があるからね。幸運を祈っていますよ」
シャルロットは驚いたように少し目を開いて、少しだけ笑ったような気がした。
「……やってみるわ。さよなら」
彼女は扉の先の光の中に消えていった。そして扉はすぐに消え去った。最後に投げつけるように吐いたお節介は、私の経験に基づくものだった。国際魔法警備局時代に上司からいわれたことで、自分が実際にそれを体験して納得したものでもあった。もっとも私がいわれたのは戦闘に対することだったが。
「控室にお戻りください」
セバスチャンの音声が広間に響いた。私はあの狭くて窓のない控室とやらへ戻ることにした。
私はお姉さんに紅茶をいただいていた。
「ちょうど花の蜜を煮詰めていたところだったの」
「甘くて美味しいですー」
その紅茶は家の外まで香っていた甘い蜜の味がした。美味しくて、暖かくて、森で冷え切った私の体も喜ぶって感じの逸品だ。家の中は割と普通の魔法使いの家という感じで、変わったものといえば見慣れない円柱の形をした鍋がひとりでに回っていることぐらい。ところで、このお姉さんは何者なのかしら?
「私は水の精霊よ」
お姉さんは妖しく笑いながら答えた。
「え」
私は固まった。心を読まれた?
「簡単な事なら、ね」
「えー、こわ」
「ふふふ、大丈夫。私は敵じゃないから」
「はぇー……。水の精霊ってことは、ウンディーネですか?」
「人間はそう呼ぶわね」
すっげー。初めて見た。ウンディーネがこんなセクシーだったなんて。でも、ちょっと待って。先生ってこのウンディーネさんとも知り合いなのかしら?だとしたら……。
「あの子とは、そうねぇ……姉と弟みたいな関係かしら」
「えぇ?」
私は怪しんだ。いかに先生とはいえ、こんな裸同然のような、色んな所を出して男を誘うような恰好をした色っぽいネエチャンを前にしたら……。
「大丈夫よ。私はあの子に手を出さないわ。それに、人間と恋に落ちたウンディーネは大体悲惨な目に合ってるもの」
そういえばそうかも。ウンディーネって確か、彼氏と水際で痴話ゲンカをして泡になっちまったりするんだった。
「ふふふ、あなた面白いわね。あの子が褒めるわけね」
「あの子って……」
「ユリエルのことよ」
あの巨体の先生を、あの子呼ばわり……もしかしてこのお姉さん、けっこうな御歳?
「ふふふ、そうね。もういくつになるかしらね」
「あっ……申し訳ございませんでした。……先生もここに?」
「少し前にね。本当に久しぶりで……変わってしまっていたわね。良くも悪くも、ね」
お姉さんは少し悲しそうな顔をした。下手するとその顔の方が普通の時よりも美人だった。
「あの子、とっても辛いことがあったのね?」
「……えぇ、そうみたいです」
私は戦争でお兄ちゃんを亡くしているけど、同じ戦争で先生は大切な友達を目の前で亡くしたことをストラデウスから聞いている。でも、先生が体験した辛い事はそれだけじゃない。私はそのあたりのことも、たくさん聞いているのだ。全部ストラデウスからだけど。
「この花の蜜はね、あの崖の上の森に棲んでいるフェアリーたちに分けてもらっているの」
フェアリーって……妖精か。でも今さら驚くほどのことじゃないか。ここにはきっとなんでもいるに違いない。
「あの子はフェアリーたちとも、とても仲が良くってね。ここだけの話、今でもあの子は妖精たちの王なのよ」
「王!?なにそれー」
それは驚く。なにそのすごそうな称号。まったく……自分の事を何も話してくれないんだから、あの人は。
「あの子は小さな頃から、この領域に棲む精霊や動物が本当に好きだった。それぞれに名前をつけるほどに……」
自分で飼ってる猫も名前で呼ばないあの先生が?それはちょっと想像がつかない。
「でもある時、一人のフェアリーと悲しい別れがあったの。あの子はそのことをとても悲しんだわ」
「……死んじゃったってことですか?」
「あなたたちの価値観からすると、そういうことになるわね」
どういうことだろう。それは死に近い何かで、でも私たちにとっては死で……。
「それ以来、あの子は私たちを名前で呼ばなくなった。きっと、別れが怖くてそうしているのね」
なるほど。ミーちゃんを名前で呼んであげないのはそういう事だったのか。先生は優しすぎるくらいに優しいからなぁ……。
「ウンディーネさんにも……あなたにも名前があるんですか?」
「ええ。ミラって、あの子がそう名付けてくれたわ……」
ミラさんはますます悲しそうな表情をした。色っぽいです。
「今晩はもう泊まっていった方がいいんじゃない?歓迎するわよ」
「ううん、私もう行かないと」
先生の過去の話は興味あるけども、私が追っているのは今の先生だ。それにこうしている間にも、先生がどこの馬の骨かもわからない良家のお嬢様にキッスなんかされちゃってるとも限らない。女性に無防備すぎるんだ、あの人は。棒立ちでさー、なんか小難しいこといってさー……あー!! なんか、妄想だけどムカついてきた!!
「あの子を愛しているのね?」
ミラさんが微笑んだ。愛、か。なんだか今の私にぴったりな感じのする言葉かも……。
「……あっ」
すっかり忘れていた。帰りが遅くなりそうなことを両親に連絡してない。私は急いで両親へ自分が無事であることを告げる手紙を書いた。
「あ、ちょっと待って、ミラさん……」
私はあるものを取り出した。それは先生と何回か使っていい感じだったやつで、長い棒の先に四角い黒い物体をつけたナイスな新アイテムで……。
「笑って笑ってー。はい、ウィスキー」
なんとかミラさんの透ける突起物が写らないようにしてツーショットを撮ったら、四角い黒い物体を棒から取り外してそれを手紙に押し付ける。
「なにそれ?」
「エドガン印のマジカル自撮り棒。写真や映像が手紙にのせられるの」
そこまでいって私は気付いた。たしか森って飛べないんじゃなかったっけ?
「大丈夫。使い魔は飛べるわ。飛べないのは人間だけ」
「それならよかった。よし!」
私は外に出て、使い魔のミミズクに手紙を託して飛ばした。
「気をつけてね。お城には箒で入れないから、丘のふもとの村で一度降りるといいわ」
「ありがとう、ミラさん。また来るね」
私は箒に乗って村を目指した。刺すように冷たい風を浴びながら、私はミラさんのいっていた言葉を思い出していた。愛だ。つまるところ、私は先生のことを愛しちゃったわけで、お慕い申し上げちゃってるわけだ。なんだか、力がみなぎってきた。私は全速力で箒を走らせた。
未婚の魔女たちは、なかなかに手強い連中であった。父親が反魔法界的組織に所属するため自身の政界進出の夢が叶わないマルガレーテ、淫魔に襲われた過去から極度の男性(ただし淫魔はイケメンに化けるためイケメンに限る)不審のままでいる自分を変えたい願望を持つクロエ、魔法生物に性的興奮を覚え私にもその対象を向けたヴィヴィアーナ、黒の魔女に憧れ自身の作ったポーションで多大なる被害をまわりにまき散らしたカサンドラ……。いずれも才色兼備で、国籍もアイスランドからギリシャまで多岐にわたった。
相手が30人目を超えたそのあたりで私は思った。まさかこのお見合い、無限ではなかろうな。いや、そんなわけはない。あいかわらず中庭はよく手入れされたままで青い蝶が舞い、空は良く晴れている……。もしや母は時間に関する魔法を使っているのでは、とも思った。この空間では時間が経っている気配が全くないのだ。もしも母がそれを使っているとしたら完全に違法行為である。ただ逮捕されてないだけの魔女、ティナ・エーデル・アレキサンダー。我々がそのことを露見させないのだから当然だ。それを知った上での違法行為。もはや、やりたい放題である。私的な時間魔法の乱用は厳罰に処されるというのに……。
61人目のその娘は幼かった。当たり前の話だが、今までの相手は少なくとも成人には達していた。だが目の前にいるその娘は、今までの相手とは明らかに違っていた。子供だったのだ。
「君は……随分若そうだが、年齢はいくつかな?」
「14歳よ」
はい、アウト。この子を用意したのはセバスチャンであろう。いったい何を考えてるんだ、あの男は。
「そうかそうか。ちなみに今、我々がしているのがお見合いということは知っているのかな?」
「もちろん。私が住んでいる所ではもう結婚できる年なの」
「どこに住んでいるんだい?」
「実家はニューヨーク。今は妖神魔法魔術学園の中等部に通っていて、そこで寮生活をしているわ」
ついにアメリカ大陸からも刺客が来たか。いや、それよりも驚くべきことは……。
「それは奇遇だな。私はその学校の幼等部で教員として働いている。ちなみに過去のニューヨークはそうかもしれないが、今は結婚年齢に関して州の法律が変わっているはずだ。非魔法界も魔法界もね」
校舎のある場所と担当学年は違えど、彼女は私の勤める学校の生徒だった。これ、めちゃくちゃマズいだろ。セバスチャンめ、覚えてろよ。
「あら、あなた見かけによらず賢いのね。私、頭のいい男の人好きよ」
まさかの好印象を与えてしまったようだった。これには頭を抱えるしかない。
「私、あなたみたいなロリコンを待っていたのかもしれないわ」
今度は話の大跳躍をお見舞いされる。なぜそうなるんだ……。
「……残念だが、私にその趣味はない」
「まぁ、そうなの。でも、私は気にしないわ。あなた、性欲も強そうだし……うん、とてもいい感じ」
私は久しぶりの強敵を前にして、自信の体が震えているのを感じ始めていた……。
ブーネ・アダムスと彼女は名乗った。ソロモン72柱の悪魔からとって両親がその名前をつけたらしい。白すぎて少し青みを感じる肌から、私は彼女の健康状態を心配した。するとブーネは少し悲しそうに笑っただけだった。
「小さかった頃、弟と星を落とそうとして……」
彼女はよく喋ってくれた。意外にも彼女の話はなかなかに面白く、私の興味を引いた。彼女の過激で斬新な悪戯心からくるオリジナルの魔法理論とその技術は大したものだった。
「そしたら伯父の記憶の方が飛んでしまって……」
彼女は過去の悪戯を悪びれもせず、真顔で熱心に私に説明した。大体の話のオチは彼女が悲惨な目にあうものだった。オチを聞くたびに私は笑ってしまった。すると彼女は満足そうな顔で微笑むのだった。
「なるほど、君の話はどれも面白いな。我が学園の生徒だけあって魔法の腕も大したものだ」
「……」
ブーネはどこか不機嫌そうな、不満げな顔を見せた。私はその理由が知りたくなり、彼女に尋ねてみることにした。
「どうしたんだい、ブーネ。なにか気に入らないことでもあるのかい?」
「あなたのこと……ちょっと嫌いになったかも」
「……それはまた、なんで?」
いささかショックだったが、私は顔に出さないようにした。私はすっかり彼女が打ち解けてくれたものだと思い込んでいた。
「今まで、私の話をまともに聞いてくれる人なんていなかった。私の話を聞いた人は、大体私を畏れるか、変人扱いするか、どっちかだったの。ましてや笑う人なんて……」
ブーネは少し俯いた。それからまた顔を上げて口を開く。
「あなた、ちょっと優しすぎるわ。……でも、先生なのね。どの学年まで教えられるの?」
「幼等部から大学まで」
辞令が出されれば大学の教授でも総長でも私はなれる。なにせ大魔導士なのだから。
「ふーん、やっぱり有能なのね。称号は? テイマー系? マスター系? まさか大賢者?」
ブーネは自分でいった冗談に自分で笑った。
「大賢者といえば、あなたレオナルドに顔が似ているわね。あの天才魔導士の」
「私の称号は大魔導士でレオナルドは私の兄だよ」
「……信じられない。だけど、私は信じるわ。あなた、その若さで大魔導士なのね。すごいわ……」
まるで幻の神話生物を見たかのような顔で、彼女はいたく感激してくれた。
「大魔導士が幼稚園の先生だなんて……。きっと中等部に来て教鞭をとれば、人気者になると思うわ」
それはどうだろうか。思春期の子たちはデリケートだし、魔法の指導よりもそっちに気を遣うのが大変そうだ。
「あなたがもし中等部に来たら、あなたの研究室に毎日通うわ。それで私の魔法理論と自作の魔法を見てもらって、私に足りない技術を教えてもらうの。そしたら、私はあなたの弟子になるの。あなたが……あなたが私の担任だったら、どんなに良かったかな……」
ブーネは突然、年相応の女の子の表情を見せた。なんとなく、私は彼女の現状を理解した。
「……いいかい、ブーネ。君のことを見ていてくれる人は絶対にいる。本当だよ? 今はいないと感じるかもしれないが、そのことを知る時は必ず来る」
私は出来るだけ説教くさくならないように、彼女にアドバイスをした。
「でもね、これもまた……そういう人は大人にも多いんだけど、そのことに自分で気付かないと意味がないんだ」
そういう人とは他ならぬ自分のことである。私にはメアリーがいる。そのことに気付かされたのはつい最近のはずなのに、もう遠い過去のようにも思えた。
「だから、その時が来たら君がそのことに気付けるような、素敵な魔女になっていることを私は願っているよ」
「……ありがとう。私、もう帰ることにするわ」
私は頷き、ブーネを扉までエスコートすることにした。今までもそうしてきたのだが、お見合い相手の中で心から見送りたいと思ったのは彼女が初めてだった。
「ブーネ、このことはどうか内密にしてくれると助かるよ」
私は扉を開きながら、冗談交じりにブーネに見送りの言葉をかけた。
「……もし将来、私がいい年になっても結婚できなかったら、あなたとあなたの教え子たちの前でプロポーズしてやるわ。嘘つき!! あの時の言葉の責任を取りなさい!! ってね?」
勘弁してくれ。私は苦笑で彼女に答えた。彼女は儚く微笑んでいた。
「……さよなら、ブーネ」
彼女はサッと私に近づいて背伸びをした。そして私の頬にキスをすると、急いで扉をくぐった。
「……さよなら、ユリエル先生」
微笑を湛えたままブーネは光の中へと消えていった……。
見合い相手が100人を超えてから、私はもう人数を数えるのをやめた。正確にはもうわからなくなっていた。次の相手が何人目で、どうやったらこの無限地獄から解放されるのかもわからなかった。
母を甘く見ていた。いかに母が用意した罠とはいえ、時が来れば自然と終わりが来るものだと思っていた。その考えはまったく甘かったのだ。
アマゾネスの血を引く魔女もいた。イタコの血を引く魔女もいた。彼女らからは、いくらでも話を聞き、そのすべてを受け流した。右から左、左から右へ。転移もできない。こっそり試したが、中庭の上空も結界が張られていた。
そして私はまたドアを開いた。相も変わらず中庭は綺麗に整えられ、穏やかな陽光の中で蝶は舞い、小規模な広間の丸いテーブルの奥側では新たな魔女が椅子に腰かけて私を待ち受けている。今度の魔女は青いドレスを着た小柄な魔女だ。彼女はどこの誰なのだろうか。だが私は大魔導士。これしきのことでは……。
「まったくぅ~。探しましたよ? 先生」
…………。
「あははー!!」
この笑い方……見間違いではない。メアリーだ。いつもと少々出で立ちが違うが……。なぜ、彼女がここに? いや、というか……。
「どうですか。私、綺麗ですか?」
「ど、どうやってここに?」
「質問に質問で返すとは何事ですか!! どうですか!? 私、綺麗ですか!?」
なんでキレてるんだ……
。
「あぁ……いつにもまして、綺麗だ」
私はおそらく初めて彼女の容姿を褒めたたえた。いつもよりも目が大きく見える。普段は一つに束ねている髪は解かれ、過剰すぎない最低限の装飾のなされた青色のドレスが彼女の魅力を存分に引き出している。彼女の登場は、私を精神的孤独感から解放してくれた。今の私にはなおのこと、メアリーが美しく見えた。
「いやー、照れますねー」
「それでメアリー、なぜ君がここに?」
彼女には自宅で待っておくようにいってあったはずだ。そんなのはお構いなし、というのは彼女らしいといえば、そうなのだが。
「いやー、どうしても先生のお母さまをこの目で見たくてですねー。大冒険でしたねー」
いつもではないが、時折語尾を伸ばすこの癖。こんな喋り方をする子は、ここまで一人もいなかった。実に耳ざわりのいい口調である。
「というか、なんですかあの森は。ヤバすぎでしょう。もう少しでウェアウルフに食べられるところだったんですから」
メアリーはとても興奮しているようで、ここまでの道のりを一気にまくしたて始めた。
「それでー、セクシーなウンディーネのミラさんに紅茶をご馳走になって……」
なんと、あの人見知りのウンディーネにまでメアリーは邂逅していたという。しかも家に招待されただって? 私は内心、彼女以上に興奮し驚いていた。
「真っ暗な村に降りた途端、坊主頭でまつ毛の長い怪しさ全開の初老の男性に話しかけられまして……」
その男は間違いなくセバスチャンだ。
「それで気がついたらこんなおめかしされて、ここに座らされていたんですよー」
セバスチャンめ……。マズいな。母への忠誠心が暴走しはじめている。何の説明もなくメアリーをここに連れてきたのか。これではただの拉致だ。相手がメアリーだったから良かったものの……いやいや、良くはない。れっきとした犯罪行為なのだから。被害者が彼女で運は良かったという意味だ。いや、良くはないんだが。ここで消耗戦を展開してしまった私にも責任があるのか……。しかし、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
「メアリー、そろそろ落ちついたかね?」
「えぇ」
お互いに落ち着きを取り戻し、脱出に向けての作戦会議を始める。
「私は今、この空間から出れないんだ。おそらく私が花嫁を決めない限り」
「なるほどなるほど。私がいればすぐ終わったのに、まったく……」
なんとメアリーは状況を打破する考えがあるという。私は気持ちを前のめりにして、彼女の作戦に聞き入ることにした。
「さぁ、先生!! 今すぐお母さまに報告してきてください!! このメアリー・クラインに一生忠誠を誓うと!!」
「メアリー、ふざけてる場合じゃないんだ」
私は脱力した。なんでメアリーはこんなに元気いっぱいなのだろうか。仮にそうするにしても、その報告にもいけないということをわかっていないのか。
「ふざけてないですよ!? 大マジですよ!? そうしないと、先生はここから出られないんでしょう!?」
そうか、彼女の怒りはもっともかもしれない。状況を説明しきれていない私に責任がある。私はメアリーにわかりやすく状況を説明するべく、あの薄暗い部屋で最初に見た紙切れに書かれていたことを思い出した。
「お見合いが成立すれば自然と帰れる、ということらしいが……」
「カップルが成立すれば、自然と……ですか」
お見合いの成立の判定。それが今、この作戦会議で導き出したい事柄であることを私たちは認識した。
「へぇ~……それで、今までの人たちとはどんな感じだったんですか?」
「そうだな……」
私はなるべく簡潔に説明しようと思い、脳内でこれまであった出来事の情報を整理した。
「まさか見ず知らずのお嬢様にチューなんかしてないでしょうね?」
メアリーは突如、謎の勘の良さを発揮させた。
「シテナイ、シテナイヨ」
嘘はついていない。こちらからは何もしてない。あれはセーフのはずだ。あれは私の不意を突いた、いわば奇襲である。メアリーのいうことの数には入らない。
「ふーん? 怪しいなぁ。まぁ、そのあたりは帰ったら根掘り葉掘り聞かせてもらいましょう。話を戻しましょう。今までのお相手の方たちは、どうやって帰っていったんですか?」
私は改めて簡潔に情報をまとめる。そして帰るという目的において必要そうな情報だけを抜き出す。
「相手が帰る意思を見せると扉が現れるんだ。君の後ろ側の壁に」
私たちはいつもその扉が現れるあたりへと移動した。その時が来たら扉は1ミリの狂いもなく、ここへ現れるのだ。その扉をくぐれば、メアリーだけは少なくとも帰れる。しかしそれではまた、ふりだしに戻ってしまう。そしてそれは、暴走したセバスチャンの被害に遭う女性がまた一人増えてしまうことになる。
「で、その扉に入ると帰れるわけか。じゃあ、簡単じゃないですか。一緒に入りましょうよ、その扉」
「……ほう」
それは凝り固まった私の頭では、しばらく辿り着きそうにないものだった。一緒に入る、か。なるほど。お見合いの成立とはそういうことか。確かにそれが一番の正解だと思われた。
「さあさあ!! 私と先生が帰りますよ!! 扉さん、カモン!!」
メアリーは高らかに扉を召喚しはじめた。すると、私が幾度となく開け閉めしてきた豪華な装飾のされたその扉は、音もなく壁に出現したのであった。私はその扉を開いて中の様子を確認した。何もない光の空間だ。そこから放たれた光は私とメアリーの目を眩ませた。
「念のため、こうしましょ」
彼女はおもむろに私を手を握った。私は思わずその手を振り払ってしまった。
「なんですか!? せっかく、こんなうら若き乙女が手をつないであげてるのに……」
「す、すまん」
反射的とはいえ、私は自分のしてしまった行為を反省した。
「……先生の手は汚くありませんよ?」
胸の奥底にしまってあるはずの感情をメアリーには見透かされていた。
「でも今のは私の心が傷ついたので、罰として……こうがいいかな?」
メアリーが今度は腕を絡ませてきた。私はなんとか振り払いたい衝動を抑えこんだ。
「お慕い申し上げますわ、ユリエル様」
メアリーが至極真面目な顔で私を見上げた。冗談でもここまでにそんな言葉をかけてきたのは、彼女だけだったことに気付かされた。私は自分の体の緊張がほぐれたのがわかった。
「何笑ってるんですか!? こんな感じの人たちだったんでしょう!? 今までのお見合い相手の人たちは!!」
「いや……ありがとう、メアリー」
私はメアリーに腕を引かれ扉の先の光へと進んだ……。
赤い絨毯の上で先生は倒れていた。
「せ、先生!?」
すぐに先生のところに駆け寄った。そんな。やっと会えた先生に何が起こったのか、私は理解できずパニックになりかけた。
「その子は大丈夫です」
声のした方を見ると、二つの並んだ玉座の内の片方に座った若々しくて美しい魔女がいた。その魔女は全身真っ黒のドレスを着ていて、緑色のネイルのされた指先に青い蝶を止まらせていた。この人が先生のお母さまの『黒の魔女様』だということが、私は直感的にわかった。
「時の反動です。少し眠れば目を覚ますでしょう。なかなか我慢強くなったものね。セバスチャン、ユリエルをお願い」
「かしこまりました」
私に村で話しかけてきた坊主頭の男の人がどこからともなく現れて、先生の体を魔法で浮かび上がらせた。私はそのまま玉座の間から出ていこうとするセバスチャンについていこうとした。
「お待ちなさい。あなたには話があります」
私は呼び止められ、威厳たっぷりの魔女に尋問されることになった。というか、体が勝手に黒の魔女様の近くまで引き寄せられるようにして移動させられた。
「大体のことはわかっているつもりです。でも、いくつか質問に答えて頂戴」
「はい」
黒の魔女様は怒ってもいないようだったし、笑ってもいなかった。おそろしいほど神秘的な無表情だった。
「あなたは、あの子を愛しているの?」
「……はい」
ここまでの道のりでわかったこと。それが私の答えだった。私は彼を心から愛しているのだ。
「……そう。あの子とは、ずっと一緒にいられないかもしれない。そのことは知っているの?」
「はい」
先生の事情は知っている。それでも私の気持ちは変わらない。
「……そう。あなたはそれでもいいと思っているの?」
それは違う。私は言葉にならない思いを伝える。
「……いいえ。私は先生と、できれば彼とずっと、ずーっと一緒にいたいです。彼のことを、ずっとそばで……彼が悲しんでいる時は慰めてあげたいし、彼が辛いときは寄り添ってあげたいし、彼が泣いてるときは一緒に泣きたいし、彼が喜んだり、笑ったりしてるときは私も一緒に笑いたい……そう思っています」
「……そう。本気なのね? とても辛いことになるかもしれないわよ?」
「……はい」
これで良かったのだろうか。私の不器用な言葉で伝わったのだろうか。
「それじゃあ、最後にこれだけ聞かせて。最後の転移魔法の邪魔をしたのはあなたなの?」
「えっ、と。なんのことでしょうか?」
まったく身に覚えのない事だった。転移魔法の邪魔なんてそんな高度な事、私にできるわけがない。そんなことできるのは、先生くらいじゃないだろうか。
「……わかりました。あの子が目を覚ますまで、そばにいてあげて。誰か、この子をユリエルの部屋へ」
「かしこまりました」
私はどこからともなく現れた、やたらガタイのいいオールバックの男性に先生の部屋まで案内されることになった。
色々と嫉妬させられちゃったから、転移魔法には細工をしたのだけれど……。なるほどねぇ……。ストラデウスはあの子に引き合わせるために、ってことなのかしら……。だとしたら、一筋の光は見えるわね。それにしても、ユリエル……あなたを侮っていたわ。あんなにちっちゃくて可愛かったあなたが……本当に、よく成長したものね。初孫はしばらくお預けね。レオナルドには手紙を送っても返事ひとつ寄越さないし、エドガン、早く帰ってこないかしら。なんだかとっても、そんな気分……。
それにしても、若い子に会うのは刺激になりますね。ユリエルの好きそうな、動物的で精霊的な娘。ちょっと格好つけすぎちゃったかもね。夕食の席ではもう少しフランクにしてみようかしら。メアリーちゃん、ね。面白そうな娘で良かったわ……。
目が覚めるとメアリーがすべてを説明してくれた。無事に無限ループから脱出できた事と、私が時の反動で少しの間眠ってしまっていたこと。母はやはり時間魔法を使っていた。その件について、どうか内密にするようにメアリーに頼むと、彼女は快諾してくれた。
「すぐに帰ろう。この城は危険だ」
きっと一つ一つの部屋に罠があるに違いない。いつかセバスチャンには、くまなく城内の仕掛けを説明してもらう必要がある。
「でも、お母さまが……ぜひ夕食を一緒にって」
「何を盛られるか、わからんぞ?」
何せ相手は魔法薬の達人だ。いかに大魔導士の私であっても、道を究めしスペシャリスト相手にはさすがに苦戦するやもしれない。
「でも……もう大丈夫そうな気がするんですよね」
「なぜ、そう思うんだい」
「うーん、勘です」
私は何度も頷き、自分を納得させた。私があそこを脱出できたのは他ならぬ、メアリーのおかげだ。それならば、今後こういった件に関しては彼女を信じたほうがいいのではないだろうか。その結果、もし何か彼女に危害が及ぶようなことがあったのなら、私が守ればよいのだ。なにせ私は大魔導士なのだから。
「わかった。ただし、夕食後はすぐに帰るぞ?」
「ダメですよー!? うちに寄って今度はちゃーんと泊まっていってください。父も母も先生が突然いなくなって……悲しんでいましたよ?」
「そうだったのか……」
今思えば不躾なことをしたものだ。メアリーのいうとおり、一晩くらいはゆっくりしてもよかったのかもしれない。
「私たちを見ると、その……戦争のことを思い出してしまうのではないかって……」
「……君たちがルーファスのことを忘れないように、私が戦争を忘れるということはないよ。我々は同じ悲しみを背負った者同士じゃないか。顔を合わせて嫌なことなんてあるものか」
「……その言葉、私の両親にいってあげてください。ぜ、絶対に……喜びますよ……」
メアリーは手で顔を覆って泣き始めた。私はそれを見ないように窓の外へ視線を向けた。雨がしとしとと降り始めているようだった。
本日は曇り。窓の外は雲以外何も見えず。汽車での旅は生憎の空模様だった。
「メアリー、なぜ帰りも汽車にしたんだ?」
帰り方で少しだけ揉めた。私は大魔導士として当然テレポート魔法で帰ろうと思ったのだが、メアリーがごねた。彼女は天気も悪いというのに天空を走るこの汽車で帰りたがったのだ。そのあまりのぐずぐずっぷりに私はすぐに折れ、汽車での帰路という形をとることに相成った。
「いやー、この狭苦しい個室での旅が気にいっちゃいましてー」
「まったく……」
メアリーは帰りも私の個室に入り浸った。今度はチケットが無駄にならないように、親御さんの前というのもあったし、ちゃんと彼女の意思確認もして、二つ、個室のチケットをとったのだ。それなのに……。
「とかいってー!? 先生も案外気に入ってるんじゃないですかー!? 特にこのうら若き乙女との密着がー!!」
「バ……なにをするんだ!? やめたまえ!!」
メアリーが私の体に頭をグリグリと押し付けてきた。
「大丈夫ですよー!! 私たち、同じ穴のムジナじゃないですかー!?」
同じ悲しみを背負った者同士といったのだが……一体、なにをどう解釈したらそうなるのやら。その言葉は悪事を働く者同士の言葉である。
「先生、母の焼いたパンですよー。一緒に食べましょう?」
どんよりとした雲の中、汽車はひた走る。
「これは本当にうまい。実の母の手料理よりもうまい」
「またそんなこといってー。でも嬉しいです」
あの戦争は隠蔽された。しかし、同じ苦しみを背負う者がこんなにも近くにいた。学びの多い旅であった。自分の未熟さと、メアリーの存在がどれほど重要なのかを思い知らされた。
先生はニブチンのデブチンだから、私の思いにしばらく気がつかないだろう。そして私は……。私はいつ、先生に再び思いを告げるのか。それが問題ということに気付かされる旅であった。せっかく直接会ってお慕い申し上げたのに、この男ときたらスルーですよ。ありえねぇんですけど。なんなの、この人……。きっといつか、その時が来たら……。今は人の気も知らないでライ麦パンを頬張っている彼が、絶対に断れない、そんなタイミングが来たら……。少なくとも、この狭い個室では存分にその体をモフモフしてやる。私は二つの固い決意をしていたのであった。
ご拝読ありがとうございます。私の活躍、いかがでしたでしょうか。次回から言葉遣いもちゃんとした大給仕係として復帰します。




