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帰省編

給仕係のメアリーでございます。あなたのお暇な時間お埋めさせていただきます。大魔法ラブコメシリアスギャグドキュメンタリーモキュメンタリーワラッタリーナイタリー物語、ぜひご拝読あれ。

 

 そういえば、子供の頃は妖精たちを従えていたこともあったわね。「あの妖精たちを相手によくもまぁ、あそこまで懐柔させたものだ」なんて、お父様が何度も褒めていたっけ。あの子は妙に精霊や動物なんかが好きだったから、もしかしたらそっちの道に行ってしまうのかとヒヤヒヤさせられたけど、大学院に飛び級で進んで、魔法史上最年少で大魔導士の称号まで手に入れて親孝行もしてくれたわ。


 国際魔法警備局でその能力を世のため人のために役に立てるのも、あの子にしかできない天職だったわ。それなのに……。嗚呼、それなのに、それなのに……オイオイオイオイ!! 何ということを!! WOWOWOWOW!! HOW DARE YOU!! あの子は学校が大嫌いだった。それなのに教職なんて……それも幼等部ですって!? 大学の教授職だったら、100億歩譲って認めてもいいけど!! 幼稚園て!! ストラデウスとかいうジジイは何を考えているかしら!? 大賢者ごときのくせに!! 私の言うことをもっと聞いていれば、今頃はあの子の呪いも解けたかもしれないのに!!


 こうして今日も、一人で暮らすには巨大すぎる城で毒々しく咲き誇る不安の大輪の花を心の中のシャウトで散らす。無力。母であるこの私が。あまりにも無力。大事な大事な家族写真に目を移した。


 発明王エドガン。私の夫……この人はまるでダメ!! 発明以外のことは能無し!! アレキサンダー家の財産を搾るだけ搾りつくして……まぁ、私はハニーの精子を絞るだけ絞りつくしますけどね? 一応は成功もして、財産も戻って、増えてきたのは結果的によかったわね……おめでと。でもちょっと遅咲きすぎよ? 頭もだいぶハゲちゃったし。最近のあなた、今は亡きお義父様にそっくりすぎるわよ? 枕を共にするとき、毎回変な気分になるこっちの身にもなってほしいものだわ。それと、帰ってくる度に日持ちのしない果物とか野菜を大量に買ってくるけど……あれ、もうやめて。とても消費しきれないわ。しかもその野菜を使った料理を作っても、食べないし。まったく、何考えてるのかしら。


 レオナルド。ストラデウス以来の大賢者の称号をユリエルのために捨てた、私の最高の息子その1!! 愛する弟のため、自分の輝かしい将来を棒に振ることに何っっっっのためらいもしなかった、優しい優しいこの世にたった一人のユリエルのお兄ちゃん!! ……でも、ちょっと甘かったわね。あんなわからず屋の裁判官どもなんていうのは、どうせ人間としての価値なんて皆無に等しいのだから、もっと苦しめてやれば良かったのに。性器だけサボテンにする呪いをかけるとか。もっとやりようはあったんじゃない? それに、少しぐらいはためらう様子を見せてもよかったんじゃないかしら? 大賢者の称号の価値がわかってないのね。あの子も最近の子だから。おじいちゃんおばあちゃんも含めて、まわりもちょっとあの子を箱入りに育てすぎた所はあるわね。でも初孫だし、その分私が厳しく躾けたから、そこには目を瞑りましょう。


 ……孫、か。私もそろそろ見てみたいものですね。どれぐらい可愛いものなのかしら。自分のお腹を痛めずに産まれてくる孫というものは。産むといえば、レオナルド。あの時は私も初産で苦しかったけれども、あなたを産んで本当に良かったと私は思っているわ。嗚呼、生きててよかった!! レオナルドがいなければユリエルは今ごろ……考えるだけでおぞましい!!!! あーーー!! もう!!!! こうしてはいられないっ!! あの子の時間は限られている!! 急がねば!!急がねば、愛息子!! 急がねば、初孫!!


「セバスチャン!!」


 セバスチャンは我が家に仕える使用人連中の長。無駄口をたたかない、逆らわない。そして私の命令を確実にこなす。私の指令はこの男に託すに限る。


「奥様、いかがなされましたか?」

「ユリエルを連れ戻します。早急に、我が家とあの子にふさわしい花嫁となる女子(おなご)たちを用意なさい」

「かしこまりました」


 これで今夜は良く寝れそう。おやすみなさいユリエル、そして私の愛する家族たち……。





 ゴクラクチョウを思わせる、そのけばけばしい鳥の使い魔には見覚えがあった。その使い魔は私に手紙サイズの封筒を届けにやってきた。この時点で嫌な予感しかしなかった。


「手紙、開けないんですか?」


 本日の就業も無事終わり、いつも通り革張りのデスクチェアーにでっぷりと寝そべるようにして座っていた私に提案してきたのは、私の専属給仕のメアリー。年齢は知らない。おそらく私よりも5~7歳くらい下の20歳そこそこだろう。純朴で明るいうら若き乙女でもある彼女は、これでいてなかなかに気の利く人物である。


「うーん……」


 いつも通り私の胸元には全身を擦りつけるのをいつまでもやめようとしない三毛猫が乗っていた。私はそれを自らの身のこなしだけで股間方面へと滑らせるように誘導させ、しっかりと椅子に座りなおした。私はデスクに置きっぱなしたままにしてある封筒に対して慎重になっていた。


「できれば、気付かないふりをしたいのだが……」

「じゃあ、燃やしましょう」


 さすがはメアリー。迷いがない。彼女は素早く指先に小さな炎球を出現させた。私はそれを手で制した。


「いや、そうもいかない。この使い魔が消えんのだ」


 デスクの右奥の角にきっちりと両脚を揃えたそのけばけばしい鳥の使い魔は、微動だにせず私を見つめ続けていた。


「そういえば、そうですね。珍しいですねー」


 通常であれば手紙を配達し終えた使い魔は速やかに主の元へと帰る。しかしこの派手な使い魔はそれをせず、私をじっと見続けているのだ。おそらく私がこの封筒を開けるまで帰らないつもりだろう。使い魔が私を見ているということは、私の今の情報が相手に筒抜けということだ。マナー違反というか、なんというか、これはもはや呪いに近い。珍しいとかいう、そういう問題でもない。プライバシーの侵害にあたるかあたらないかでいえば……魔女ブラック。つまり、真っ黒である。


 いわゆるひとつの法律違反を、大魔導士であるこの私に平然と行う人物は、魔法界広しといえども一人しか思い浮かばない。ここで私がこの封筒を処分すればその人物は第二、第三のより派手な使い魔を私の元へ送るであろう。ここにいる、第一の使い魔を帰らせることもせずに。


「仕方がない、開けよう……」


 結局、私は封筒を開けることにした。いくら悩もうが、私にできることはそれ以外ないと思い知らされたからだ。観念した私は手を触れずに封蝋だけを溶かし、そのまま中から一枚の手紙を取り出した。


「わー……さすが」


 メアリーが私の魔法の腕前を褒めた。当然である。手など使わずともこれくらいのことは容易い。なにせ私は大魔導士なのだから。ちなみに取り出した手紙は手で取った。



 ティナ・エーデル・アレキサンダーより

 ユリエル・セプティム・アレキサンダーに命じます

 今すぐに帰宅し こちらの指定の相手とお見合いをなさい

 愛を込めて



 私の推理通り、手紙の送り主は母だった。まぁ突っ込みたいところは色々あるが、とりあえずのところ私は胸をなでおろした。手紙の「お見合い」という部分がもしも「結婚」なんてものだったりしたら、私はたった今から母が死没するまでの間、逃亡生活を余儀なくされる所だった。そのことが避けられたのは、幸運といっていいだろう。


 我がアレキサンダー家のしきたりとして『母のいうことは絶対』というものがある。私はこのしきたりのおかげで、物心がついた頃から学校を卒業するまでの間、生き地獄を何度も味わったものだ。しかし、おかげで今は自分がどんな状況に置かれたときでも、大概のことは天国のように感じるようになっている。


「へぁー」


 流れとはいえ手紙を一緒に読んでしまったメアリーが、聞いたこちらの気が抜けるような声をあげた。


「先生のフルネーム、かっこいいんですねぇ」

「そこかぁ……」


 この娘、やはりただ者じゃない。


「文面からして、これはお母さまからですよね?先生のお母さまって、どんなお方ですか?」

「そうだな……古いステレオタイプの魔女かな」


 母は昔から魔法植物や魔法薬学に精通し、今はそれらを活かして精製したポーションの販売業を営んでいる。そこで儲けた金は、私の兄が所属している国際魔法医療研究センターに寄付をしているらしい。らしい、というのは本人に直接聞いたわけではないからだ。そのことを知ったのはまったくの偶然だった。あれはいつだったか、飛ばし記事の多いことで有名なとある魔法スポーツ新聞の寄付関連の記事に母の名前が載っていたことがあった。なんてことのない日常生活を送る中で突然、身内の名前を見かけた私は驚いた。おかげでその日は、私がひそかに楽しみにしている大人のお店に勤める煽情的な女性たちの写真付きの記事が掲載されているであろうページまでとてもめくる気になれなかった。


「じゃあ……怖いのかぁ」


 若かりしころは『黒の魔女』なんて呼ばれて恐れられていたそうだが、真実は藪の中である。


「いや、身内以外にはそうでもない。マナーには少し厳しいがね」


 幼少の頃、クラスメイトを家に招いたことがある。詳細はもう記憶の彼方だが、そのクラスメイトがなにか不敬を働いて母に叱られたことがある。それ以来そのクラスメイトをはじめ、他の者たちまでもが二度と誰も家に来なくなった。結果として私に友達など一人も出来なかったな。いやぁ、懐かしい。


「どうするおつもりですか、先生」

「ん……まぁ、ここは素直に従っておいた方が無難であろう」


 こういう場合、突然休暇がとれるかどうか、そこが問題である。母がもしこの学校にも寄付活動をしていたら、あっさりと許可されそうな気はする。寄付活動というのは善行のためだけにあるのではない。こういう一般の会社とは違う学校や病院などで本来の力を発揮するのだ。私がこう考えるということは、学校への根回しはとっくに済んでいることだろう。


「でもいいんですか? ライザ先生とはどうなったんですか?」

「どうって別に……普通だが?」


 ライザ教諭と私の間に変わったことなど何も無い。まぁもっとも、飼育小屋の件で前よりはよく彼女と話すようにはなったが。


「まぁ、それはお気の毒に……」


 メアリーは口元を両手で覆い、大げさに悲観した。口元は隠せてはいたが、嬉々として私をバカにしたような声までは隠せていなかった。


「ということは、先生は……そのお見合い相手とご結婚なされるおつもりなんですか?」

「ははは、なにをバカなことを」


 メアリーらしくもない考えに私は思わず笑い声をあげた。


「私の醜悪な容姿を一目見れば、どんな淑女も裸足で逃げ出すであろう。とりあえず母のいうことを聞いてやるのが、息子としての当然の責務だと思っただけだ。しばらく母とは会っていない。おそらく、私の姿を一目見たいだけだろう。お見合い自体はどうでもいいのだ」


 母は昔から心配性なのだ。客観的に見れば過保護というやつだろう。少年期はそれが恥ずかしくてよく反抗したものだが、自分が成熟して色々と経験すると母に対して何も文句はいえなくなる。それどころか過去の自分を鑑みるに、よく途中で捨てられなかったな、と思うことすらある。少年期の私は、まぁまぁやんちゃだったのだ。


「醜悪? 先生が?」


 メアリーが今さらな愚問を発する。今日の彼女は少しおかしい。


「さよう」

「いやいやいや、何をおっしゃられるのですか!! 先生のご尊顔はエビルグリズリーを思わせる可愛らしいつくりだし、その青みがかった黒髪も最高ですよ!! ご自分ではきちんとセットなされてるおつもりでしょうけども、くせ毛なのか前髪がところどころ垂れたり跳ねたりしていてどこか抜けたような印象を与えるのは乙女の母性本能をくすぐりますし、髪色が良いからか、お肌もとても綺麗に見えます!!」

「……あ、あぁ、そう、かね?」


 突然メアリーに早口でまくしたてられ、気後れした私は思考に時間がかかった。今のは褒められたのか? なんとなく、けなされているようでもあった。それに、エビルグリズリーは魔法界の昔話に登場する少女に卑猥なことをしようとする想像上のモンスターだ。現実にはいない。


「人を昔話のモンスターに例えるのは良くないぞ? メアリー」

「あははー!! でも可愛いですけどね、エビルグリズリー」


 なんとなく、いつもの彼女の調子が戻った気がした。自分が彼女の何に対して違和感を覚えたのかは定かではないが。


「そうかそうかー。それじゃあ私も帰郷の準備をしないとなー」

「は?」


 思わぬ彼女の言葉に私は素っとん狂な声をあげてしまった。


「だって先生、私と同郷じゃないですか」

「それはそうだが……それは理由になっていないぞ、君」


 そう。言葉のその通りである。彼女と私は偶然にも同郷である。だが、それはまるで理由にならない。やはりメアリーはとっても変な子だ。


「あははー!! もう決まったことなので。一緒に故郷に帰りましょう、先生」

「ぬぅ……? しかし、コレの世話はどうするんだ?」


 私は股間でひっくり返って寝ている三毛猫を指で指した。


「大丈夫です。ミーちゃんにはしばらくの間、同僚たちのアイドルになってもらいます」

「ぬぅ……?」


 強い。プロの給仕たちの世話か。きっとこの三毛猫にとってはめくるめく、夢のような体験になるであろう。


「ちょうどよかった。先生にはうちの両親と会ってもらいたかったんですよー」


 うーん……まぁ、よいか。彼女には日頃世話になっていることだし。ご両親に会うことぐらい、朝飯前だ。なにせ私は大魔導士なのだから。けばけばしい鳥の使い魔は嘴を使って器用に窓を開け、颯爽と飛び立っていった。





 まず、計画で揉めた。メアリーは私の実家についていくと言って聞かなかった。「君には自分の余暇を楽しんでもらいたい」そういって私はそれを断った。それでもメアリーは自分の主張を譲らなかったので、私はコイントスで決めることを提案した。もちろん私は不正をした。申し訳ないが彼女には泣いてもらった。おそらくメアリーと母は馬が合わない。彼女が私の母に会ってしまったら、本当に泣くことになった可能性が高い。私はその事態を避けたのだ。


 次に移動手段で揉めた。彼女は箒でのツーリングを望んでいたが、私は箒を持っていなかった。実際のところ、私は箒無しでも飛べるのだが公共の場や緊急時以外でそれをするのは魔法界では違法行為だ。だから私たちは汽車での移動を選んだ。天空を走行するオールドスタイルのこの汽車は、今では利用客もすっかり減っているようだったが、乗ってみるとなかなかに風情があっていいものだ。少々贅沢に個室を二つ借りたのだが、メアリーはなぜか私の個室に入り浸っていた。


「まったくぅ。今時魔法使いが箒を持ってないなんてダサいですよー」

「すまない、今度の給与で買うことにするよ」


 ここだけの話、魔法学校教師の給与はおっそろしく安い。その理由としては手厚い保障が約束されている点にある。食費、家賃、光熱費、医療費といった生活に必要な費用がほぼかからないのだ。ちなみに、この列車のチケット代も学校側に負担してもらった。まぁもっとも金に関していえば、既定の年数を勤め上げるとプロの決闘者も真っ青な額の年金がもらえるらしいが……。


「次はツーリングしましょうね?」

「そうだね」


 ここに来るまでにもう何回もこのやり取りをしている。メアリーは自分が気に入った会話のやり取りを繰り返したがるときがある。この場合は精神的に私の上に立つという快楽を覚えてのことだろう。言葉だけだと怒っているように聞こえるが、彼女は上機嫌で白い歯を見せていた。


「んー。でも汽車も思ったよりも悪くないですねぇ」

「そうだろう? 私も同じことを思っていたんだ」


 列車は緩やかに走行していた。窓の外は程よく雲が散らばり、本日の天候は晴れ。時折、雲の合間からは町や自然が見え隠れする。メアリーと私は並んで座っていた。対面に座席がない狭い個室なのだ。まさか彼女が私の個室に入り浸るとは思っていなかった。こうなるとわかっていればもっと広い個室をとればよかったと私は後悔していた。


「先生の家族構成を教えてください」

「なんだ、急に?」

「教えてくださいよー、気になるー」


 会話はいつも彼女主導で進む。私はすっかりこのスタイルに慣れてしまっていたことをこの時自覚した。


「……両親と、兄が一人いる」


 こんな私にも兄がいる。兄には学校教育課程では習得困難である高度で難解な魔法理論とそれに必要な技術を叩き込んでもらった。わからない、できないを絶対に許さない鬼の家庭教師のような役割も担っていた兄は、大魔導士たる私よりもさらに優秀な男だ。私が現在勤めている名門魔法学校の学園長でもある大賢者ストラデウスの後継者とも、かつては言われていた……。


「えー!? じゃあ私と一緒だ!!」


 メアリーの家族構成は初耳だった。同郷であるということ以外で、彼女とはお互いにこういった踏み込んだ話はしたことがなかった。


「先生のお兄ちゃんって、どんなお兄ちゃんなんですかー?」

「……名前はレオナルドという。厳しくもあり、愛情深い……弟思いの、偉大な兄だ」


 話していて少しだけ目頭が熱くなった。どうもメアリーを相手にすると話し過ぎてしまう。兄は今も解呪の研究を行っている。他ならぬ、私のために。


「レオナルド? レオナルド……アレキサンダー……。先生のお兄ちゃんって、もしかしてレオ様なの!? マジ!?」


 兄の名前を聞いたメアリーは、はしゃいだ声をあげた。


「知っているのかい?」

「知ってるも何も……だってレオ様といえば、世紀の大悪党組織ウロボロスをたった一人でボッコボコにした新進気鋭の天才魔導士で、私が高校生だった頃ティーン向け雑誌の表紙にも写真付きインタビューにも毎週のように出まくっていた、いわば私たちの世代のトップアイドルですよ!! すっげーなー!!」


 そういえば、そんなこともあったな。ウロボロスは違法な死霊術軍団で危険なカルト組織でもあった。兄は単身でその死の軍団を相手に大立ち回りをした過去があった。まぁ、あの兄にかかればそんなのは造作でもない。偉大なる兄の数ある栄光のひとつだ。ちなみに雑誌うんぬんについてはまったく知らない。そんな小遣い稼ぎをしていたのか……。


「マジかーすっげー……いや、すっげーなー。あとでサイン貰ってきてくださいね?」

「あ、ああ……」


 身内が褒められているのはなんともこそばゆいが、悪い気はしない。少し高揚した私は普段ならあまり立ち入ったことを聞くことをよしとしていないのだが、話の流れでなんとなくメアリーに聞いてみることにした。


「メアリーの兄上は、どんな方なんだい?」

「私の兄は……亡くなりました」


 不覚だった。


「兄が亡くなって、両親は少し元気がなくなってしまって……」

「そ、そういうことは早くいいたまえよ、君ィ!」


 いうが早いか、私はある作戦に出ることにした。


「こっちはただ単に日頃の感謝も兼ねての普通の挨拶をご両親にする気の持ちようだったというのに。緊張してしまうじゃないか!まったく、なにを考えてるんだ」

「あははー!」


 作戦は成功した。


「笑い事じゃないぞ!? あ~、汽車を選んでよかった。これから気持ちをゆっくり作っていくことにするよ!!」

「あははー!! どうぞ、よろしくー!!」


 早口でまくしたて自分本位ともいえる滑稽な言動をすることにより、私は暗い話題を笑いに昇華させたのだ。


「でも、先生に会えばきっと……」


 それっきり私たちは黙ってしまった。まぁそれも車内販売の売り子が来るまでの間のことだったが。汽車はゆっくりと故郷へ近づいていった。この時の私はまだ知らなかった。彼女の兄の死に自らの過去が関わっていたことを。





 メアリーの実家は非魔法界の古いタイプの農家の家のようで、白い壁と赤い屋根の大きめな平屋だった。家の近くには小川が流れ、辺りには田園と豊かな木々が広がりそれらを取り囲むように山が連なっていた。


 私の実家のある鬱蒼とした森の陰気な空気とは違い、とても穏やかな空気を感じることができる場所だ。その土地柄から、確かにここが純朴で明るいメアリーを育んだ場所であることがうかがい知れた。


 たどり着いた頃には、間もなく日も暮れようかという時刻になっていた。メアリーの両親に私は暖かく迎え入れられた。物静かで堅実そうな顔つきの父親のマシューには大変味の良いビールでもてなされた。母親のタバサに至っては、その目に涙を浮かべて抱擁される熱烈な歓迎ぶりだった。私は二人に今日のところはもう遅いからと、この家に泊まっていくことを勧められた。その言葉に甘え、暖かい家族の団らんの場にお邪魔した形ではあったが、こういったことから長らく遠ざかっていたことを薄ぼんやりと思い出した。


 夕食はジャガイモとザワークラウトの炒め物、メットヴルストやライ麦パンなどの、どれもが美味でどこか懐かしい味わいの手料理を振舞われた。夕食後の雑談のなかで、私はマシューにあることを指摘された。


「それにしても転移魔法に頼らずにわざわざ汽車に乗ってくるなんて、いやはやお若いのに趣のあるお方ですなぁ」


 なんたる不覚。大魔導士たる私が転移魔法のことを失念していたとは。それさえ使えば、何も朝の4時前に起きて「学生時代の修学旅行みたいですねぇ」なんてメアリーに言われずに済んだのに。「私は高校は途中で飛び級して院に行ったから、そういう思い出は無いんだよ」なんて、高校時代の話題の少なさの暴露などせずに済んだのに。眠たい目を擦りながら、これが美味いあれが美味いなんて朝市限定の朝食で揉めるなんて無駄なことをせずとも、瞬時にここへたどり着けたというのに。


「それは……」


 私はメアリーの顔を見た。彼女は口元に曖昧な笑みを浮かべ、目を泳がせていた。察するにそのことについて彼女は気付いてたようだ。


「せ、先生は風情があるものが大好きなんだよ。ねぇ、先生?」


 まぁそういわれると、その部類ではある方だと自分でも思う。どうやら私はメアリーに気を遣わせてしまっていたようだった。次からはこういったことがないよう、気を引き締めなければならない。


「お兄ちゃんが好きだったチェスなんかも、すごく強いんだから!!」

「メアリー……」


 マシューは脱力したようにメアリーをたしなめた。するとメアリーは席を立ち、何処かへと行ってしまった。


「……あぁ、ルーファス」


 出会ってからずっと涙目だったタバサが声をあげて泣き出す。


「……すみません、先生。実は私どもは5年前に息子を亡くしていまして」

「……娘さんから話だけは伺っています」


 一気に場の雰囲気が重くなった。メアリー、この責任を取り給え。私は心の中で彼女に命じた。すると、何かを手にした彼女が戻ってきて再び元の位置へと座った。


「これ、お兄ちゃんの写真です」


 メアリーはどこからか持ってきた一枚の写真を私に見せた。その写真には恰幅のいい、父親そっくりの堅実で人の好さそうな顔をした好青年が穏やかに笑っていた。なるほど、私に体型がよく似ている。タバサは亡き息子の影を私に重ねていたわけか。


「ルーファスといいます。私たち、平凡な魔法使いの夫婦には出来すぎた自慢の息子です……」


 マシューの言葉から、息子の死が受け入れられない様子が伝わった。私は黙って耳を傾けた。私の教え子たち同様、目の前の傷つき疲れた人たちにもまた、それが必要なのだ。しかしマシューは小さく頭を横に振り、タバサは力なく泣き続け、二人とも言葉を口から出すということがとてもできないようだった。少しの沈黙の後、メアリーが口を開いた。


「とっても頭が良かったんですよ。大学も首席で卒業して、なんとあの国際魔法警備局で働いてたんです」

「え……」


 私は言葉を詰まらせた。国際魔法警備局。私が過去に勤めていた組織そのものである。となると……。


「……ちなみに、どこの課に所属していたかはわかるかね?」


 私はメアリーに聞いた。


「魔法開発途上国保安課です」

「……そう、か」


 国際魔法警備局にそんな課はない。開発途上国保安は保全課の仕事だ。おそらくルーファスが所属していたのは公安課だろう。存在自体が秘密中の秘密である課だ。この課に所属する者は家族にさえ自分の所属先を隠す。公安課の者たちは魔法界に仇なす勢力そのものに潜入したり、制圧したりするという話を噂レベルで聞いたことがある。公安課の活動内容はその大部分が不明である。同じ局だった私が得た情報がそんな程度なぐらいなのだ。


「先生はどちらの課に?」

「……特攻課だった」


 私は聞いてきたメアリーに目を合わせず答えた。私が籍を置いていたのは特攻課だ。正式名称は特別攻撃課。少し特殊な課であり、犯罪とそれに絡んだ悍ましい存在を相手にする課でもあった。


「ルーファス……」


 タバサはまだ泣き続けていたが、重い口をついに開いた。


「先生、あの子は……本当に、亡くなったのでしょうか?」


 しばらく何も言えなかった。国際魔法警備局に勤めていたものは、ほとんどがあの戦いに参加した。ルーファスだって例外ではない。


「私たちはいまだに、とても信じられないのです。遺体も何もなく、私たちに届けられたのはあの子の死を告げた一枚の紙きれと保障金に関する書類だけでした……」

「おそらく、彼は……」


 私はゆっくりと目を閉じた。魔物どもとそれらと結託していた邪悪な軍団との壮絶な戦いを思い出す。やつらに我々の法は通用しない。もし奴らの手に我々の遺体が渡れば、奴らは躊躇なくそれらを穢した。それは死霊術などという言葉では生ぬるいものだった。そうならないように、傷つき倒れて遺体となった味方は、我々の手でその場で骨も残さずに燃やした。……そうするより他なかったのだ。


「……わかりました。すべてをお話ししましょう。その前にメアリー、二人だけで君と少し話がしたいのだが」

「え? はい、かまいませんけど……」


 私はメアリーを外へと連れだした。





 私はメアリーを家の近くの小川にかかる小さな橋へと連れだした。私はそこで極めて狭い範囲での防音魔法と、念のためメアリーに対して棒立ちにさせる魔法をこっそりと彼女の両足にかけた。


「なぜ知っていた?」

「……何がですか?」

「とぼけるな。私の過去のことだよ」


 メアリーは目を見開いた。先ほどの会話の小さなほころびを私は見逃さなかった。


「今さっき、君は私にどこの課に所属しているのかを尋ねた。私が国際魔法警備局に勤めていたことを知らないはずの君が」


 私とメアリーはお互いに踏み入った話をしたことがない。よって彼女が私の過去を知っているはずがないのだ。


「白状したまえ。君の正体を。司法関係の役人か? 関係筋に依頼された諜報員か? それとも魔法軍の関係者か? ……同郷、か。話が出来すぎていると思った。大方私に過去の、あの愚かな戦争のことを喋らせ、難癖をつけてまたあそこへと私を縛り付けるつもりだったのであろう……あの永劫の『時の牢獄』に」

「私は……私は、先生の給仕係のメアリーです」


 声を震わせながらも、まっすぐに私の目を見ながらメアリーは言った。私は揺らいだ。演技にしては完璧すぎる。彼女は無抵抗のままだった。腕の立つ魔法使いならば、歴然の魔法力の差に絶望し逃げ出すか、あるいは私に攻撃をくわえようとするはずだ。


「……私を誰だと思っている? 君はここで終わりだ」


 私は私の思い通りの、私が求める情報だけを吐き出す傀儡にすべく、メアリーに絶対服従の自白魔法をかけようと手を振りかざした。


「本当です!! 本当なんです!! 私はただストラデウスにいわれて!!」

「……なん、だと?」


 私は呪文を発動させようとする手を抑えつけた。


「続けたまえ……」


 どうやら私が思っていた事態とは違うことが、彼女の身に起こっているようだった。





「先生と出会う一年ほど前のことです。ストラデウスはこの家に慰問に来ました」


 私は黙ってメアリーの言葉を聞くことにした。その間、自らの驕り高ぶった心を制圧することにした。


「両親を慰め、私だけに話があるといってストラデウスは私を外へ連れ出しました。ちょうど、この場所へ」


 メアリーは微笑んだ。その微笑は私の心をチクチクと痛めつけた。


「そして私は聞きました。兄が亡くなった本当の理由を。先生が何をしてきて、何をされてきたのかも……」

「……具体的に頼む」


 先に相手に情報をいわせることによって安心感を得たかった。


「先生は国際魔法軍が隠蔽した戦争の数少ない生き残りで、魔界で奮闘されていたこと。そして、その後、その身を魔法界によって拘束されていたこと。だから、先生の呪いについても知っていますよ? 戦争の元凶の邪悪な神様を封印なされたんでしょう? そのせいで、そのお姿になられたんでしょう?」


 メアリーは私の過去のことを次々と暴露し始めた。


「私はストラデウスに給仕として先生のそばでお仕えすることを提案されました。そして私は給仕の資格を取って、学校に正式に採用されて、ストラデウスのお力で先生の専属給仕となりました。出会った頃の先生は難しい顔をされていて、怖くて、でも、どこか寂しそうで……」


 すべてはストラデウスの差し金だったのか。納得がいった。メアリーは普通の魔法使い。あの虚しい戦争で兄を亡くした、悲しい一人の娘だったのだ。


「ミーちゃんにだけ向けていた優しい顔を、だんだんと私にも見せてくれるようになって……あ、あの夜だって、私は……私は悲しかったんですからね!?」


 メアリーは声をしゃくりあげた。


「だって、だって先生は生きてるじゃないですか!! ここにいるじゃないですか!! それなのに……どうして、あんな悲しそうな顔……」


 メアリーは泣いていた。あのパーティーの夜の時と、同じように……。


「私はあの時、気づきました。先生に幸せになってもらいたいって。先生はもっと笑って、何も知らない普通の人と同じように、幸せになってもいいんだって!! 誰も先生の事、先生の背負ったものを知らなくても、私が知っています!! 私がいます!! 先生は、一人ぼっちなんかじゃありません!!」


 私はあふれる涙を止められなかった。何ということだ。私はこんなにも心優しい人物に見守られていたのか。こんなに近い場所で、ずっと、一年以上もの間、それに気がつかなかったのか。


「少しずつでいいんです。本当に、少しずつで。それでもいいから……私は先生と、そうなっていきたいんです……」

「……すまない、メアリー。本当に、すまない」

「まったく……もう。先生は、私がいないとダメなんですからね……」

「あぁ……」


 私はただ情けなく、小さくつぶやくことしかできなかった。





 気持ちを落ち着かせたあと、私は一つの疑問を口にした。


「ストラデウスは、なぜ君にだけ私のことを話したんだろうな」

「確か。……あ、でも、今を生きる君にだからこそできることだ、とか。そんな事を言っていましたねぇ」


 今を生きる、か。私も前に似たようなことを言われたことがある。


「私、今なんとなくわかりましたよ。兄について、きっと先生の口から両親に話してもらうことに意味があるんです」


 強い。今までよく私に何も聞かずに我慢してこれたものだ。ストラデウスから聞いているとはいえ、その話を両親にも打ち明けず……。彼女のこれまでの葛藤は計り知れない。


「真実を話してくれますね? 私の両親に」


 メアリーは押しつけがましいいつもの笑顔を私に見せた。


「……もちろんだ」


 私はそれに答えた。


「さぁ、行きま、あれ? なにこれ。足が、全然動かない……」

「あぁ、すまない。念のため棒立ちの魔法をかけさせてもらった。今、解くよ」

「とかいってー!? 先生ってば、私を違う意味で襲うつもりだったのではー!?」

「バ……な、何を言うんだ!?」

「助けて―!! お母さん!! お父さん!! 痴漢に襲われる―!!」

「こ、コラ!! だが騒いでも無駄だ!! 防音呪文をかけてある!!」


 彼女は私を無駄に焦らせた。


「あははー!! なんだか本当にそういう人みたいですねぇ!?」

「くっ……」


 こうして、私はまたしても彼女に敗北したのであった。





「これから私が話すことは何も証拠がない事です。それでもいいのであれば……」


 家に戻った私は、メアリーの両親にルーファスの死の真相を話した。誰も知らない魔界での戦争のこと、彼が所属していた部署のこと、そして彼の遺体が残らなかった理由のことも。


「……戦争が始まったきっかけは、三つの危険思想集団でした。それぞれは邪神崇拝、魔物信仰、そして選民思想を理念として掲げ、始めは別々に活動していた集団でした。やがてそれらは水面下で結託し、一つの巨大な組織を作りあげました。やつらは自らを逢魔連合と名乗った。逢魔連合はひっそりと勢力の拡大を続けました。恥ずかしい話ですが、国際魔法警備局による発見は遅れました。なぜならば、やつらは本拠地を地上ではなく魔界に構えていたからです。逢魔連合の者たちは魔界で暮らし、そこに住まう魔物どもを徐々に懐柔していった」


 魔界に人間が住むということ自体、無茶なものだった。あそこはその空気にすら人体には有害な毒気を含んでいる。しかし奴らは新術を開発し、それを可能にした。


「魔界で力を蓄えたやつらは、ついに地上進出を開始しました。魔法警備局がやつらの存在に初めて気づいたのはその時だった」


 私は当時の局内の様子を思い出した。


「地上進出って……具体的に何をしたんですか?」


 それまで黙って話を聞いていたメアリーは私に聞いた。


「国際魔法警備局と魔法軍に対する宣戦布告。局内の職員と魔法軍関係者の計2名が殺害される光景を我々に見せつけた。いずれも非戦闘員だった」


 メアリーの母、タバサは小さく体を震わせた。その情報は伏せればよかったと後悔したが遅かった。私は改めてこの一家に必要な情報だけを提供するよう注意を払った。


「やつらは我々の情報力と管理体制の甘さをあざ笑い、自分たちがその存在を取って代わるにふさわしいと宣言しました」


 局内はすぐさま戦闘準備、国際魔法軍との連携を始めた。その様相はまさしく怒涛だった。


「戦争は2年続きました。結果、我々の勝利で戦いは終わり、軍は戦争の隠蔽を決めました」

「……なぜ戦争は隠蔽されたのでしょうか?」


 もっともな疑問を投げたのはメアリーの父、マシューだった。


「それについては……よくある話です。逢魔連合の幹部連中の正体が魔法界にとってマズいものだったのです。つまり……今現在、政界や経済界で活躍している者たちの血縁者がその正体だったのです。それも一人や二人だけでなく、大勢……」


 マシューは眉間にシワを寄せ、力なく頭をふった。


「最後になりますが、私はルーファスに直接会ったことはありません。しかしあの凄惨な光景を見た……同胞でもある私にはわかります。彼が最期に願ったことが。彼は……」


 私は溢れそうになる涙をこらえた。


「……彼は……魔法界や世界の命運などではなく、きっと……最期に愛する家族の平和を願ったのだと思います」


 こらえきれなかったものが頬を伝ったのがわかった。私はそれを手で拭った。すべて話し終えるとマシューとタバサだけでなく、メアリーも涙していた。


 夜も更けると、泣き疲れた一家は静かな眠りについた。私は夜が明ける前にこの家を出ることに決めた。メアリーの両親には彼らに読まれるまで発光し続ける今日のもてなしの感謝を伝える一文をダイニングテーブルに残し、メアリーには彼女の部屋のドアに同じ仕掛けのものを残した。もっともその内容は、こちらが指定した日時までに自分が戻らなかった場合先に学校へ戻るように、という業務連絡のようなメッセージだったが。


 せめて今夜ぐらいは一家が安らかに眠れるように家全体に魔法をかけた。そして外に出てからは小川や橋、辺りに生える草花や道の小石に祈りを込めた呪文をかけた。やがて彼らがその悲しみと同化することができ、平穏に暮らせるように……。





 空が白むころにはその森にたどり着いた。私の実家のある場所へと続く懐かしい森だ。キンキンに冷えた森の空気が私を歓迎した。森の奥へと足を進めると、まず最初に再会したのは一体のノームだった。


「ややっ!? 貴様は!?」

「やぁ、久しぶり。信じられないかもしれないが私はユリエルだよ」

「そうでしょうそうでしょう。なぁに、長く生きてりゃ姿形が変わることくらいよくあることです」

「ははは、そうかもな。どうだ、森は変わりないか?」


 思わず私はふき出した。はじめは警戒していたくせに。相変わらず純粋で手のひらを返すのが早い。


「えぇえぇ。相も変わらず、よそ者が迷い込んだら適当に追いかけまわして遊んでおります」

「あまりやりすぎるなよ。他のノームやノーミードたちは元気かい?」

「はいはいはい。こちらも地下でワイワイやっております。最近は森も少なくなってきたのか、他の国で暮らしていた仲間がここへ流れつくのも珍しくありません。まったく、アレキサンダー家の方たちには頭が上がらんです」


 そのあと二言三言そのノームと言葉を交わし、私はさらに森の奥へと進んだ。その先に出た少し開けた沼地ではアルプとの再会をした。


「よ、アルプ」

「げ、その魔力……どっちだ?」

「弟の方」

「ふん、ずいぶんと久しぶりじゃないか?」

「あぁ、母に呼び出されてね」

「ティナ様か……最近は随分とお美しくなられたものだ」

「え? そうなの?」

「ふん、親不孝のイタズラ小僧め」

「お前がいうか?」

「ふん、もうあっちにいけ。男なんかと話してもなんにもならん」

「わかったわかった。じゃあな」


 私はさらにさらに森の奥へと進んだ。道すがらアルプとのやりとりを思い出して口元を緩めた。そういえば昔からあんな感じだったな。どうやらこの森はまったく変わってないようだ。遠くに見える、上空で暗雲がうごめくそびえたつ城の存在は気になるが。


 しばらく歩を進めると、今度は何やら獣の匂いとそれらがぶつかり合い、威嚇し合う声が聞こえてきた。どうやらウェアウルフがケンカをしているようだった。


「おい、何やってんだ!? やめとけって、ほら。 お前らどうしたんだ? 血が出てるじゃないか」


 私はそのケンカの仲裁に入った。


「あぁ? ンだ、コラ? テメェ食われてぇのか?」


 興奮した彼らに私は威嚇されてしまう。すぐに片方のウェアウルフがスンスンと鼻を効かせた。


「まさかユリエル……なのか? なんだか、変わった匂いも混じってるな……」

「うん。まぁ色々あってね。それより君ら、どうした? なんでケンカなんてしてるんだ?」

「いかにユリエルでもこの戦いは止めないでくれ。これは大事な結婚のための儀式なんだ」

「そう、強い方がいい女と結婚できる」

「それは……邪魔してすまなかった。続けてくれ」


 私はウェアウルフたちを放ってさらにさらにさらに森の奥へと進んだ。結婚、か。そういえば私もこれからお見合いを控えているんだった。形だけとはいえ相手に失礼がないようにしないと。私は気持ちを引き締め、森を歩き続けていった……。





 その後もシルフやらウンディーネやら、数々の懐かしい者たちに出会い次第声をかけていたらすっかり時間を食ってしまった。私は森を抜け、湖を渡り、やっとのことで集落にたどり着いた。この集落は古くから魔法使いだけが暮らす伝統的な集落で、今の時代それは大変に維持が困難な環境であるため、保護対象にもされている。私の生家があったところに建っている城に着くまで、もうすぐだった。


 集落の家々から私を覗く視線を感じた。仕方なく私は広場で一発の花火を打ち上げた。それは私が少年時代、この集落の人々に良く見せた花火だった。警戒するように一人、また一人と家から住人が出てくると、やがて私は集落に暮らす住民ほぼ全員に囲まれた。皆、私の今の姿に驚きの声をあげつつも歓迎してくれ、それぞれの近況を報告してくれた。


「今年はどうにも麦の生育が悪くて……」

「この度私たち結婚しまして……」

「リアンを覚えているでしょうか……」

「どうかこの子に名前を授けて……」

「あの子は城に仕え始めまして……」

「ティナ様のご機嫌が優れないようでして……」

「アルプに風呂を覗かれまして……」


 最後の情報に耳を引っ張られながらも、住民たちの報告から必要な情報だけを抜き出す。母の機嫌が悪い、か。なるほど、城の上で渦巻く黒紫色の雲は私の見間違いではないらしい。


 その後、彼らの一人一人から各世帯へと招待をされたが、私はそれらを丁重に断った。見合い相手も母もこれ以上待たせるのはマズいと思ったからだ。ここからあの城へはすぐだ。私は城へと続く坂道を歩き始めた。







「バッカじゃなかろうか!? バッカじゃなかろうか!?」


 右肩と、右耳の下。


「ニブチンのデブチン!!」


 顎、やや左。


「先生の……バカーーーー!!」


 眉間、大当たり。


「はぁ……はぁ……」


 レオナルド・アレキサンダーのポスターに向かって私はダーツを刺しまくっていた。なんとなく朝から始めて、いつの間にかもうお昼になろうかという時間になってた。やりきれない気持ちはちっとも晴れやしなかった。


 なんなの、あの人。勢いとはいえ、ほとんど告白みたいなことをうら若き乙女にさせておいて。しかもこの感じだと、向こうはアレを告白だと思ってないみたいだし。


「……はぁーー」


 私はベッドに倒れ込んで天井を見上げた。やっぱりあのヤキトリ事件の夜からかな。先生のこと、好きだって思ったのは。う~ん、よくよく考えると、もっと前から気にはなってたか。私がお局様からいじめられてたのを助けてくれたあたりから……それで、昨日の夜の恫喝&告白事件。


『私を誰だと思っている』


 あの時の先生の顔、怖かったけど……ちょっとカッコいいというか、色っぽかったなぁ。正義に燃えるあの瞳、でもどこか苦しそうで、儚くて……。

 それにしても、あの展開でハグのひとつもしてこない先生にはガッカリした。もうガッカリを通り過ぎて、もはやムカつく。あの後の理想の展開を、私はまた頭の中で思い描いた。


「……私は先生と、そうなっていきたいんです」

「メアリー……こういうことは、私の方から言うべきだった。私も君とそういう関係になっていきたいと、ずっと心の中で思っていたんだ」


 先生はそっと私の体を手繰り寄せ、優しく抱擁した。


「こういうことになったからには、お見合いは今すぐ中止だ。代わりに母に報告をしないとな」

「……一体、何の報告ですか?」

「私たちの婚約の報告だよ」

「まぁ嬉しい。私も連れ行ってくださいますね?」

「もちろんだとも」


 どちらからともいわず、私たちは顔を近づけ唇を重ね合わせる……。


 こうでしょ。普通、こうでしょ。先生みたいな人は、やっぱこっちからガンガン攻めないとダメか。いや、だいぶ攻めたよ。ヤキトリ事件の時から、先生の部屋でも、汽車でも。アピッたつもりでも足りなかったとか? だったらもっと、ボディタッチを増やしてみるかなぁ。先生に足りないのは乙女の癒し、温もりだと思う。それとも私、そんなに魅力ないのかなぁ。……そういえば、容姿のことで先生に褒められたことなかったかも。容姿といえば、ライザ先生の横入りはかなり焦ったなぁ。綺麗な人だし、がっつりライバルって感じ。ああいう、いいとこ出のどこの馬の骨かもわからないお嬢様と先生は絶対相性良さそうだもん。幸い、先生が鈍感だったおかげでなにも起こらずに済んだけど。


 アレキサンダー家って名家なのかしら。その可能性は高い。だって、レオ様の弟だし。本名カッコよかったし。だとすると、よろしくない。先生のお見合い相手もまた、それなりの身分の人になる。ということは、先生と相性のいい、いいとこ出のどこの馬の骨かもわからないお嬢様だ。そうなると……下手するとお見合いがうまくいっちゃいそうで怖い。


 こうしてはいられない。お見合いの邪魔をしないと。でも、先生の家の場所がわからない。普通、場所教えるでしょ。同郷の話で盛り上がったのに全然言わないんだもん。ホント、変な人。仕事の時もあんな感じなのかしら。大事なこと喋らないで、一人で考えて、一人でズンズン進めて……あー、絶対そんな感じだ。その光景、目に浮かぶ。でも、先生はそこらへんの男と違って、それが本当に一人で出来ちゃうからなぁ……。棒立ちの魔法をかけられても、全然気づかなかったもんなぁ、私。普通は魔法をかけられたら、大なり小なりかけられた感覚ってのがあるものなんだけど。さすが先生、技術力がバグってる。そういえば、私の目の前で封蝋を溶かした時も……。


「ごはんよー」

「……はーい」


 やりきれない気持ちは結局、収まるどころか先生の体ぐらいに大きく膨らんでしまった。





 城の中に入った私は圧倒された。中に入った途端「お帰りなさいませ、ユリエル様」の大合唱が私を襲ったのだ。そして……。


「嗚呼、ようやく来たのね?」

「ただいま……母さん」


 両脇に規則正しく並ぶ使用人たちとそれらに挟まれた私を吹き抜けの階段から見下ろしていたのはこの城の主。青みがかった黒くて長いソバージュヘア。歩きずらそうな全身真っ黒なドレス。緑色の口紅とネイル。そして年齢にそぐわない若々しい顔と体。この美しき魔女こそが我が母、ティナ・エーデル・アレキサンダーその人である。


「今日はもう疲れたでしょう?お見合いは明日からにしてもらったから、今日のところはゆっくりしていなさいね……」

「……はい」

「こちらでございます」


 私はそのまま一人の使用人に先導され、部屋へと誘われた。部屋に入った私はベッドでうつ伏せになり、あることを思考した。


 いやいやいやいやいやいや!! この城の説明は!? なんなの!? この無駄にデカい城は!? 父さんと二人だけなんだから、絶対に持て余すよね!? 私が子供の頃過ごした、あの思い出のボロボロの洋館はどこにいった!? 庭にも家の中にも、そこら中に蜘蛛の巣が張ってたよね!? 屋根にはカラス、天井裏にはネズミ、岩をめくれば蛇が出てくるあのおどろおどろしい、ザ・魔法使いが住むお屋敷は一体どうしてしまったのかな!? あの家を潰して、そこにこの城を建てたってことだよね!? なんか言えば!? 父さんの仕事がやっと軌道に乗ったから建て替えたとか!! ロマネスクだかゴシックだか知らないけど、私の苦手な豪華絢爛な暮らしだこと!! あと母さん、あんた若返ってるよね!? その説明も無しかい!! なんか言えば!? なんなの!? ちょっと胸もデカくしてるよね!? あーーヤダ!! 親のそういうの、なんかヤダ!! どうせ、自分で作った若返り薬の試作品の飲みすぎでそうなったんでしょう!? それならそうと、少しくらい説明をしてくれよ!! あーーー!! もう!! こうしてはいられない!! このモヤモヤをぶつける相手が欲しい!! 呼ばないと!!


「セバスチャン?」


 セバスチャンは我が家に昔から仕える唯一の使用人だ。領内ならば、呼びかければいついかなる時でもすぐに駆けつけてくる。この家の者に絶対忠実。困ったときはこの男を呼び出すに限る。


「ユリエル様、いかがなされましたか?」


 現れたセバスチャンは少しだけ肩で息をしていた。


「話し相手が欲しい……が、どうやら忙しそうだね。他に誰か、使用人たちの中でもっとも信頼できそうな者を頼む」

「かしこまりました」


 セバスチャンは姿をくらませた。話し相手、か。ふと頭の中にメアリーの姿を浮かべて苦笑した。彼女は今頃どうしているだろうか。きっと怒っているだろうな……。





「先生の好物は何だい?」


 お昼ご飯中、お母さんが唐突に口を開いた。


「先生は……日本で食べたヤキトリが今まで食べたものの中で、一番美味しかったって」


 先生はなんにでも詳しい。魔法界のことも、非魔法界のことも。そして、なぜか日本かぶれな所がある。


「ヤキトリ?なんだ、それは?」


 お父さんが話にくいついてきた。


「う~ん……一口大に切った鶏肉を串に刺して焼いて、焼き上がったら塩を振って完成……っていう滅茶苦茶シンプルな日本の料理」


 先生は他にもライ麦パンとかミルクとか、比較的シンプルな物を好んで食べる。


「早く戻ってきてくれるといいねぇ。ちゃんとお礼もしないうちにいなくなってしまって……」

「私たちを見ると、戦争のことを思い出してしまうのかもしれないな……」


 先生のバカ。私の両親にこんなに気を遣わせてからに。


「やっぱり私、探しに行こうかなぁ」

「そうはいっても、住所もわからないんだろう?」


 お父さんに正論をくらう。悲しい。


「……うん。知ってるのは苗字と名前と……あとミドルネームくらい」


 ホント、自分が情けないよ。私、何も先生のこと知らないんだ。


「先生の苗字はアレキサンダーだったねぇ……」

「アレキサンダーって……もしかして、先生は黒の魔女様の息子さんか?」

「黒の魔女様? なにそれ?」


 その方は中二病なのかしら?


「知らんのか?アレキサンダー家の……稀代の薬師でもある黒の魔女様を」

「お前の鼻炎の薬なんかは黒の魔女様が作ったものだよ」


 私は生まれついての鼻炎持ちだ。普段はそれほどでもないけど、定期的に症状がひどくなってどうにもならない時がある。そんな時、私はあるポーションを飲んで症状を抑える。そのポーションは今でも常に携帯して……。


「それだ……それだぁーー!!」


 いてもたってもいられず、私は部屋へと駆けた。私の推理が正しければ、ひょっとして、ひょっとして……?


「オラァーー!!」


 カバンの中身全部をベッドの上にぶちまける。そしてお目当ての瓶入りの水薬を手に取る。そしてそして瓶の裏に貼ってあるラベルをじっくりと読む。そこに書いてあるのは、成分と……。醸造者……ティナ・エーデル・アレキサンダー。氏名の一致、キターーーーーーー!!そしてそしてそして!!醸造場所もしっかり書いてある!!住所、キターーーーーーー!!!先生の家バレ、キターーーーーーー!!!!


「箒よー!!」


 ついつい声を張り上げて箒を呪文で引き寄せる。箒を手にした私は外へと走った。


「気をつけていくのよ?」

「晩ご飯までに帰れそうになかったら、ちゃんと知らせるんだぞ!」


 ダイニングからは両親の声が聞こえた。


「わかったー!! いってきまーす!!」


 箒にまたがり大地を蹴り上げる。久しぶりの空だ。


「ユリエル・セプティム・アレキサンダー!! 首を洗って待ってろよーー!!」


 私は勝ち誇った自慢の笑顔で大空の中、力いっぱい叫んだ。

ご拝読ありがとうございます。次回【無限お見合い編】もどうぞ、ごひいきに。

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