エピローグ 高等部編
「皆さん、はじめまして。今学期より魔法史の教科を担当させていただく、ユリエルと申します」
その教室に集まったのは総勢32名。女子が少し多めの比率だった。半笑いの生徒多数に、無表情の生徒が少々、挙動不審な生徒が1名といったところだ。
「君たちは魔法史は好きかな?」
生徒たちはざわざわとお互いの様子を探り合うばかりで、一人も好きと答える者はいなかった。
「うむ。概ね、予想通りだね。そこで、だ。今日は皆に、少しでも魔法史に興味を持ってもらいたいと思って、授業はしないことにした。教科書をしまってもらって大丈夫だ」
半数以上の生徒は嬉しそうな様子を見せた。
「さてさて……ん?ど、どうした、ミス・アダムス?」
おそるおそる挙手していた見覚えのある女子生徒が立ちあがった。
「その……ユリエル先生は……結婚されて……?」
「結婚は……しています、おっと」
気を失った彼女のそばへ転移し、大事な生徒がケガをしないようにその身を受け止めた。
「誰か、ミス・アダムスを医務室へ」
教室内の全員に言い渡すと、一人の男子生徒が名乗りをあげた。
「念のため、頭をあまり動かさないように。君の名は?」
「……ジェイミー。ジェイミー・ローレンです」
「すまないね、まだ顔と名前を覚えきれていなくて。出席扱いにはしておく。丁重に彼女を頼むよ、ミスター・ローレン」
ジェイミーはブーネを連れて退室した。
「……コホン」
その場を仕切り直したいときの常套手段である咳ばらいをした後、転移で再び教卓まで戻る。
「先生!! この教科書に載ってる、10代で初めての大魔導士って先生のことですか!?」
一人の女子生徒が声高に質問を投げかけてきた。
「はい、それは私です」
「マジかよ!? 写真と全然ちげーじゃん!! 主に体型が!!」
男子生徒がそう叫ぶと教室が笑いに包まれた。
「まあ、色々あってね」
私は苦笑しながらごまかした。
「じゃあ先生は大賢者様の弟ってことですか!?」
別の女子生徒が矢継ぎ早に出した質問に対し、私は黙ってゆっくりと頷いた。
「そう、大賢者の称号の授与式を魔法史上初めて欠席した、あのレオナルド・セプティム・アレキサンダーの弟です。ここまでは教科書に載っているね?」
私は教室にいる生徒全体を見回しながらいった。少数の生徒が頷いていた。
「うん……では、皆さんに質問しようかな。大賢者レオナルド、彼はなぜ式を欠席したのでしょうか?」
生徒たちが騒めきだす中、毅然とした態度で挙手する生徒がいた。
「君は……ミス・マーガレットだね? どうぞ」
名簿を確認しながら彼女を指名した。
「多忙のためです。当時の彼はまだ国際魔法医療センターに在籍していて、そちらの職務を全うしていたからです」
「正解だ。優秀だね、ミス・マーガレット。これが魔法史のテストだったら100点の答えだ。だが、真実は違う」
私は戸惑いの表情を見せた彼女を座らせた。
「この話は受験勉強とは関係のない話になってしまうので、テストに出ても私の話は不正解扱いになる。その点をよく理解して聞いてもらいたい」
いち教師としてあるまじきことだが、私は学校教育の方針に反する話をすることにした。
「実は……兄は当日、妻のソフィーさんと喧嘩していて、その関係修復のために奔走していたんだ」
教室がどっと沸いた。
「このソフィーさんという人はとても美しい人なのだが、同時に怒るととても怖い人でね。彼女は『私を本当に愛しているなら、龍神の玉で指輪を作って持ってきて』と兄にいったんだ」
「奥さんに許してもらうためにそんな危険なことしたんだ……素敵!!」
「いや、違う。彼女のその言葉に兄が怒った。『ふざけんな。そんなめんどくせーことやってられっか。欲しいもんがあるならテメェで取ってこい』ってね。そこから、大喧嘩だね」
「2人はどうやって仲直りしたんですか?」
「実に色々あった……」
私は登場人物のミニチュアを出現させ、出来るだけ当時の状況を再現してみせた。ソフィーさんが私たちの家に来て、メアリーと一緒になって兄の悪口をたくさんいいまくって、そこへ兄がやってきて、軽くドンパチ騒ぎもあって……。
「……それで、最後は仲良く皆で日本にラーメンを食べに行って、なんとなく収まった。そしてそこから2人はバカンスへ出かけた。この2人が魔法界の表舞台から姿を消して、かれこれ半年になる。今頃、どこかで仲良く喧嘩しているんじゃないかな?」
生徒たちは目を輝かせて話を聞いてくれている。身内の痴話喧嘩がこんなにも注目を浴びることもあるまい。
「先生の奥さんはどんな人なんですか?」
「とても……パワフルで、可愛らしい人だ。死ぬほど私を愛してくれて、私にとって世界一の自慢の妻だよ」
女子生徒の一部が黄色い声で囃し立てた。
「さて、そろそろ時間だね。次回は近代史からやろうか。はじまりの木の再発見者であり、樹液戦争の英雄でもある、冒険家テオ・ユスティニアヌスとその一行の話だ。別名、女難のテオ、なんていわれているね。彼は私の友人でもある。次の授業もまた小話を交えて、楽しくできたらいいなと思っている」
生徒たちの表情は授業開始時点の時よりも数段柔らかくなっていた。
「世界は秘密に溢れている。その秘密を少しずつ、私とともに学んでいこう。皆さん、めくるめく魔法史の世界へようこそ」
最高です。先生の授業、最高だったじゃないですか。あ、皆さん、こんにちは。日中先生に会えなくて、あまりにも寂しい時に魔法の大鏡で高等部での先生の様子を見ているメアリー・クライン・アレキサンダーです。
見ましたか? 先生の勇姿を。「めくるめく魔法史の世界へようこそ」という締めのセリフは、昨晩先生と愛し合った後に私が考えてプレゼントしました。さっそく使ってくれていましたね。「めくるめく魔法史の世界へようこそ」皆さん、ご一緒に? 「めくるめく魔法史の世界へようこそ」「めくるめ……もういいですか? そうですか。
本当に面白かったですね。私も高校生の時、魔法史の授業ありましたけど、もっとつまらなかったですよ。まずはじまりの木が我々魔法使いの……って始まって。つまらなすぎて何も覚えてないです。次回も先生の授業、覗いちゃいますか。私は毎回先生の授業覗いちゃいますけど、皆さんは……残念ながらここでお別れですね。いかがでしたか? われわれ魔法使いたちのめくるめく世界は。色々ありましたよね。お兄ちゃんが亡くなって、私が給仕として幼等部で働き始めて、お局様にイジメられて、私がシクシク泣いていたところを先生が見つけてくれて、先生がお局様を一喝してくれて、その後お局様が辞めちゃって、先生が責任感じちゃって……って、この話全部カットしたんでしたね。私が先生に恋心を持ち始めた重要なエピソードを全てカットしましたからね。ふざけんなって感じです。
結婚して一緒に住むようになって1年以上経ちましたけど、私はずっと先生ラブですね。むしろもっと好きになってて苦しいです。先生のことをずっと先生って呼んでるんですけど、それも原因の一つなのかもしれません。おかげで夜の生活が燃えること燃えること。お手軽にいけないことをしている感覚になれるので、夜の生活でお悩みの方はパートナーのことを先生と呼んでみてはいかがでしょうか。
……お別れって嫌ですね。本当はもっともっと、皆さんに私の愛する先生の勇姿をお見せしたいのに。しかーし!! 今後、スピンオフ的な可能性も?? ……でも私、スピンオフアンチなんですよね。あんなこと、言わなければよかった。
どうしましょう。多分、お義兄様たちが帰ってくるまで暇なんですよね。あのブーネとかいうクソガキだけは存在が許せませんけどね。ダメだ。先生が帰ってきたら私に10000回キスをさせて、私の好きなところを言い続けてもらわないと、立ち直れません。今日のところはそうします。
それでは皆様、ごきげんよう!!