エピローグ 旅立ち編
ダニエラ・フォン・ワレンシュタイン。妖神魔法魔術学園大学法学部出身。18歳で司法試験に合格し、23歳で魔法史上最年少の裁判長となるが、秘匿戦争後のとある裁判を担当し、後に罷免。得意魔法は特にないが、基本魔術は一通りこなせる。回復魔法も使用可能。現在は無職。
「いいじゃねぇか、気に入ったぜ」
俺と同じ無職というところが気に入った。温室育ちっぽいから旅の機微に対しての耐性がなさそうだが、贅沢はいっていられない。貴重なヒーラーというだけで十分に価値がある。
「それで、その……本当にあるのか、はじまりの木は」
黒い宝石のような瞳を輝かせてダニエラが尋ねる。
「ああ、俺の転移魔法陣であとはそこへ行くだけだ」
「そうだったのか!!そうか、それは……楽しみだな……」
ダニエラは自分の拳を握りしめ、それを見つめた。フーミェが黙って横で俺の顔を見ている。
「……正直いえば、俺も不安だ」
ダニエラに聞こえないように、なるべく小声でフーミェに耳打ちした。それは本心だ。ユリエルさえいれば……いや、そのことについて考えるのはもうやめだ。あいつは一度世界を救った。今度は俺の番だ。
「ここの兄弟が使うような魔王技術は使えないが、必ず役に立つ。よろしく頼む」
ダニエラがアレキサンダー家のイカれた兄弟、レオナルドとユリエルのことを口にした。あの二人からすれば、ほとんどの魔法使いは魔法を使わない人間たちとほとんど変わらない存在となる。時代が時代なら、兄弟そろって魔王になってたかもしれない。それぐらいの変人どもだ。
「それで、その場所は一体どういったところなんだ?」
「……次元の狭間だよ。この世界には恐らく……そのエネルギーだけを送り続けている」
「次元の狭間?」
ダニエラは理解できないといった表情を出した。理解する必要はない。ただそこへ行って、目的を達成すればそれでいい。
「観光気分は全部ここに置いていけ。これから始まるのは地獄の争奪戦だ」
俺は世間知らずのお嬢様に旅立ちの決意を固めさせた。
ユリエルとメアリーに家をプレゼントした。そういうと聞こえはいいが、メアリーに集られたといった方が君たちには伝わるんじゃないかな。まぁ、家の一軒ぐらいでどうこうはいわんが……アイツやべぇな。メアリー。もしあの子が呪術の達人とかだったら、俺たぶん簡単に殺されてるわ。あの感じで厄介な呪いとかかけてきたら、避けられる自信ねぇもん。よかった。メアリーがなにもできないただのヤバいやつで。
「よし、準備はいいか?」
人里離れたとある場所で、俺は女と子供と精霊に話しかけた。いざ、旅立ちの時だ。
「本当に……大丈夫なの?」
胸元に赤い紋章のタトゥーのある女が俺に確認してきた。この女の名前はソフィー。でっかい妖精だ。クリスマスぐらいから、ちょっと身体が縮んだ気がする。ちなみに、ソフィーの赤い紋章部分は精霊のサラマンダー君だ。魔力の質が近いのか、近頃はああやって擬態している。
「ピィ!!」
子供の正体はイカ魔王の幼体。名前はゼノ。めんどくさかったので第七魔王の名前をそのまま使用している。黒いローブの下にはドクロのような顔を隠している。肌の色は青黒く、イカ人間になる前の色合いの方に近い。
「大丈夫だよ、誰に向かってお前……なんか来たな」
おっそいスピードで何者かたちが、俺たちのいる場所に近づいてくるのがわかった。俺はそいつらを歓迎してやろうと思い、作業を中断した。
「レオナルド・セプティム・アレキサンダーさん、ですね?国際魔法警備局特防課です」
2秒もかけて現場に姿を見せたのは5人組の魔法使いたちだった。
「特防? それにしちゃあ、転移が遅すぎじゃねぇか? 本当に、本物か?」
クソザコどもを煽ると5人とも身分証明書を出して俺に見せてきた。
「……あ、どーも。お疲れ様です」
今さら労いの言葉をかけてみた。逆に嫌味になっちゃったかな?
「この度、我々は貴方様の偉業の始まりを記録し、旅立ちのゲートの封鎖を担当させていただくことになりました」
なんか、めんどくさそう。その事とは別に、俺は5人組の中で一人だけ面構えの違う小さなハゲがいる事に気付いた。
「おう、どうやらお前は他のやつらとは少しだけ違うみたいだな」
そのハゲは黒いマスクで口元を隠していて、俺の誉め言葉に特に反応を示さなかった。
「なんだぁ? 髪の毛だけじゃなくて、舌もねぇのかぁ?」
格下のシカトにムカついた俺は怒りを隠さなかった。
「あの、その……イシュタルさんは、過去の任務で呪いにかけられて……本当に」
「えっ?」
現場に気まずい空気が流れた。ソフィーの突き刺さるような視線が心地いい。
「あー……それは悪かった。良かったらこれ、そいつに使ってやってくれ」
俺は再生の丸薬が入った袋を、先ほどから説明を担当しているガキっぽいやつに渡した。
「これは?」
「再生の丸薬。俺にはもう必要ねぇから。強者は好きだぞ? 励めよ?」
俺はハゲに向かってエールを送った。
「それじゃあ特防のエリートの方々、見届けてくれるかい? レオナルド・セプティム・アレキサンダーとその一行の、楽しい楽しいピクニックの始まりを」
満を持して、俺はその世界への扉をこじ開けた。
「……やっぱり、一緒に行きたかったですか?」
新居への引っ越し作業中、書斎にある広めのバルコニーで先生は哀愁の漂う背中を私に見せつけながら空を眺めておいででした。
「すまない。そうだね……その気持ちは、もちろんそうなんだが」
少しでも気持ちを知りたい私は先生に腕を絡ませて体を密着させました。
「……最近になって、わかったことが2つだけあるんだ」
先生はいつもの甘い声で、私にもわかるようにゆっくりと説明を始めてくれました。
「ひとつは君を愛することで、それが一番大事なことでもある」
珍しく甘い言葉を使った先生に、私は全身を熱くさせられました。
「もうひとつは種をまくこと」
先生が無邪気で魅力的な笑みを私に向けました。いやらしいことを想像しました。それでなくても、私たち最近とてもラブラブなんです。身体の温度がさらに上がるのがわかりました。
「……メアリー?」
「ごめんなさい、あの、続けてください」
「いや……終わったけど……説明」
私と先生の甘い甘い結婚生活はここから始まります。それは、いつもとあまり変わらないことなのかもしれません。でも私は間違いなく、昨日よりも今日、今日よりも明日が幸せだということを、皆様にご報告させていただきます。