第12話 篠枝くんのオモチャ
「よいしょっ…と!」
校門前でやっと解放された。
無駄に元気な掛け声とともに俺は地面に降ろされた。
何か大切なものがごっそりと抜け落ちたというか、根こそぎ奪われたような心地だ。
「あ〜楽しかった」
「お前どこにそんな力隠し持ってたんだよ……」
何か男としてのプライドずたずたなんスけど。
俺そんな軽いかそんな貧弱か?
これが話題の細マッチョなのか。
脱いだら凄い人か。
「俺をどこまでおとしめたら気がすむんだのああー!」
胸倉を掴み半泣きで訴えるも全く効果はなかった。
この楽しそうな顔がムカつく。
「しっかしあれだね〜。あきおちゃんはほんと、ゆっきゅんが好きなんだね」
「何だよ急に…」
「やっぱわかってないんだ」
にやにやにやにやと。
なーんて楽しそうなんだこいつは。
くるりと踵を返し、ゆっくりと歩き出す篠枝。
俺も渋々後に続く。
「あきおちゃんは西谷のこと、本気で好きだよ。ベダ惚れ」
「なわけないだろ……」
「ニブいなゆっきゅん、キミはなぁんてウマでシカなんだ。かわいそうなあきおちゃん」
つまり馬鹿ってことか。
「あんまりぐだぐだしてるとボクが奪っちゃうぞ」
奪うも何も……。
「別にあきは俺のものってわけじゃねえし……」
ましてや物でもない。
故に俺の意思でどうこうできるもんじゃない。
「だからいつまで経っても西谷はダメなんだよ。わかんないかなぁ」
ふう〜。
わざとらしくため息をつく篠枝。
無駄にイライラする仕種だ。
「ボクと西谷がいちゃついてるの見てあきおちゃんはあからさまに怒ってたじゃん?それって誰の目から見てもヤキモチ妬いてるよーにしか見えないよ」
「……ヤキモチ?」
やきもち。
焼き、餅。
じゃなくて、嫉妬、的な?
「でなきゃあんな怒ったりしないでしょ?」
そういえば。
あきが何に対して怒ってるのか、俺は全くわかってなかった。
「てっきり不純な同性の交遊に腹を立ててるものかと…」
「それもそーだけど。まったくダメダメだなぁ〜」
いちいちムカつくやつだ。
それにしても篠枝はどうしてわざわざそんな事を俺に話すんだ?
確かこいつはあきの事好きなんじゃなかったっけ。
そんな俺の思考を知ってか知らずが、にんまりと嫌な笑みを浮かべる篠枝。
「しっかりしてくれよゆっきゅーん。そのうちあきおちゃん、マジでキレちゃうかもよ?」
「それは勘弁……」
ただでさえ今の段階ですでにヘタレ全開の俺はどう対処すればいいんだ。
「でもさぁ、どんなにキレたり西谷のことボコボコにしても、結局好きなままなんだろうなぁ〜」
「何さりげなくバイオレンスな事言ってんだ」
「西谷がどんなにボロボロになろうと、この際どうでもいいよ」
どうでもよかねーよ。
「あきおちゃんにつらい思いさせるのは……やめてね?」
その微妙な間は何だ。
その笑顔が怖い。
「あ、待てよ……傷心のあきおちゃんを優しく慰めてしまえばこっちのもん?」
「腹黒いなお前」
「だって好きなんだもーん」
くすくすと笑いながら歩みを進める篠枝の隣で、俺は今日何度目になるのかわからないため息をついた。
「俺もお前みたいに人生をお気楽にエンジョイしてーよ……」
「ひっど。ボクのこと能天気バカだって言いたいの〜?」
「大方そんな感じだろ」
「失礼な、ボクだって悩み盛りな思春期なのに!」
むき〜!と怒れる篠枝。
それはどうでもいいとして、今にも飛びかかりそうな勢いで上げられた両手は何だ。
つい反射的に身体が篠枝から逃げる姿勢を取ってしまった。
そんな俺のわずかな反応にさえ目敏く気がつき、篠枝はにやりと楽しげに笑う。
「やだゆっきゅん、そんなに怯えなくてもなぁ〜んもしないよ。襲われ待ちなら期待に答えるけど?」
……前々から思ってたが、こいつはガチか。
いや、あきのこと好きだって言ってる時点でそうだよな。
しかも無関係な俺にまで絡んでくるんだから多分ホンモノと見て間違いなかろう。
「今失礼なこと考えてたねゆっきゅん」
あきといい篠枝といい、どうしてこうも俺の頭ン中は二人に筒抜けなんだ。
エスパーかお前ら。
それとも俺は周りに考えてること悟られちゃう人間なのだろうか。
「だいぶ横道逸れたけど、ボクが言いたいこと、わかってくれた?」
「お前はガチ」
「正解だけど、それはまた別の話ってことで」
肯定しやがった。
やはりこいつただ者じゃねぇ。
「ふむうー…ゆっきゅんの相手は疲れるゼ」
「お前を相手にしてる俺の方がぜってー疲れとるわ!」
「まあそうだろうね……ボクと付き合うことになると足腰立たなくなるからね」
なぜそっちに話が逸れたんだ。
にやりと嫌らしく浮かべた薄い笑みがこれまた不気味だ。
「とーちゃ〜く!」
うわぁ〜あんまりおそばに近寄りたくないテンションだ……。
何だかんだで篠枝の家まで誘導されてしまった。
しかし篠枝との下校とはこんなに(身体的にも精神的にも)疲れるものだったのか。
歩きで30分の距離。
俺は断じてヒヨワではないと言い張りたいが、残念ながら身も心も疲弊しきっているのが現実。
「なあ篠枝……歩きで30分かかるならチャリ通いした方がいいんじゃねーか」
「え〜何言ってんだよゆっきゅん。ボク普段チャリだよ?」
「へ?」
「今日はさ、ほら、ゆっきゅんとゆっくりお話したくて〜なんてひゅははっ」
今こいつ殴ったら俺、スッキリすると思う。
「まー怒らないでよゆっきゅん、焦らない焦らない」
とても一休みする気になれないのはなぜだろう。
「ついでにウチ寄ってかない?」
「丁重に、ていちょーうにお断りする」
大事なことなので2回言った。
だかやはり篠枝はえぇ〜!っと不満げ。
「いいじゃんちょっとくらい減るもんじゃないし」
「減るよお前と一緒だと」
誰かの言葉を借りるなら青春ポイントがマイナスになる、そんなところだ。
さっきと帰ろう。
俺は踵を返して一歩踏み出した。
「ゆっきゅん」
「だぁーから丁重に断るって言ってん」
だろーが。
って、言うつもりだった。
何だこれ。
バチィッ!と全身に痺れが走って。
ありえねえ。
この流れでそれアリか?
あっという間に目の前が真っ暗になった。
大変お待たせいたしました。やっとこさ続きが書けました。まさかの急展開……どうなることやらです。




