第10話 父親達よ
俺の神経って思いのほか図太かったらしい。
篠枝が上に乗っかったまま眠れたんだから。
寝返りをうったかなにかで転がり落ちたらしく、俺が目を覚ましたら篠枝は真横に移動していた。
距離感が限りなくゼロなかたちで。
隣ですやすやと眠る篠枝は、どういうわけか俺に抱き着いていた。
しかも、
「直幸……なにやってるの」
「……プ、プロレスごっこ……?」
あきにその現場を目撃された。
「ぶっすー」
不機嫌だ。
あからさまに不機嫌だ。
声に出しちゃうくらい不機嫌だ。
「やっぱりあきおちゃんって怒った顔もカワイ〜」
「うっさい黙れや」
だからキャラは一定に保てと言ってんだろ。
怖いから言わないけど。
いかにもふて腐れてますオーラを惜し気もなく放出するあきは、頬杖をついた姿勢のまま空いた方の手でパンにジャムを塗りたくっていた。
わーイチゴジャムかー、かわいいですねー。
やっぱり怖くて言えない。
「わーあきおちゃんイチゴなの?かわいー」
あああお前はあああ!
「うるさいよ万年発○期」
「えーダメぇ?」
そこは否定しろよ。
「あき……何か誤解してるみたいだけど、俺と篠枝はぼーいずなんたら的な事になんかなってないぞ」
「え!あきおちゃん、そんな事考えてたの!?いやらしっ」
もうお前は黙ってろよ。
まともに話もできやしない。
「実際にする方がいやらしいよ」
ふんっ、とあきはそっぽを向く。
それを見ていた篠枝はちょっと考えるそぶりをみせたあと、あっ!と声をあげた。
今度は何だ。
「もしかしてヤキモチ?」
「………誰が、だって?」
「えー?だからあきおちゃんが」
「お前はもう喋んな!」
ほら見ろ、あきが黒いオーラ出しまくってんじゃねーか!
何とか機嫌を取らねば……。
「ただいまーー!」
ばんっ!と勢いよく開け放ったドアの向こうから現れたのは親父だった。
こんなタイミングでややこしいのが帰ってきた……。
「あっ、おじさんお帰りなさい!」
親父の姿を見た途端、ぱあっと明るい顔になるあき。
態度違いすぎやしないか。
「ただいま秋桜くん。おや、そっちの君は?」
「篠枝佐依っていいます。二人と同じクラスでお友達なんです。昨日は無理を言って泊めてもらって……。すみません勝手に」
……何だその控えめな態度は。
ていうか俺はいつお前のお友達の仲間入りを果たしたんだ。
「そうか二人の!なら遠慮なんかいらないよ、いつでも泊まりにおいで」
「そんな、悪いです。週に一回泊まりに来るなんて……」
「全然構わないよ。いつでもいつまでもおいでなさいっ!」
「ありがとうございますおじ様!」
ちょっともしもーし。
みんなー俺のこと忘れるてるよー。
なにこれ打ち合わせしてたのか。
「お〜い西谷!これ運ぶの手伝ってくれ〜」
「悪い悪いー!今行く」
玄関から声。多分友達を玄関で待たせてるんだろう。
親父は息子と声を交わす事なくそっちへ向かう。
疎外感!
涙を堪える俺をよそに、親父とお友達は何かを運んできた。
よっこいしゃー!!と気合いの篭った声の割にそーっと荷物を下ろす。
「ふぅ〜。本当におっもいな〜これ」
「いやいや、これは勝利の重み……。俺達の栄光の証だ!」
「そうだな西谷……俺達はついに勝ち取ったんだ!」
男二人は熱い言葉を交わす。
……そろそろ俺喋っていいかな?
「おい親父、何だよその無駄にでかい箱は」
「おお直幸!いたのか!?」
「いたよさっきから!」
しかも何本気でびっくりしてんだよ。
その予想外の出来事に遭遇したみたいな顔やめろ。
俺ん家だよ!我が家だよマイホームだよ!
「だから、何なんだよそれ」
「よくぞ聞いてくれた息子よ、ぬふふふふ……」
肩を震わせて笑う親父を俺は心底不気味だと思った。
「あのー…これって一体何なんですかね……?」
俺は仕方なく親父の友達に謎の箱の正体を聞いてみた。
「これはね、俺達が今まで追い求めてきた夢の結晶なのだよゆっきゅん」
「はぁ……」
誰だよゆっきゅんって。
ちなみにこのお友達とは前に一度だけ会った事がある。
ところでこの人ってなんて名前だっけ。
うちってこんな感じで親父の友達がよく来るから、正直顔も名前も思い出せない人がほとんどだったり。
「これ開けていいの?」
目を輝かせて箱を開ける篠枝。
口と手が一緒に動いている。
“いいの?”と言い終わる前に箱の蓋は床の上に追いやられた。
「見たいか?仕方ない、特別だぞ」
「うわ〜なにコレ!?」
その篠枝の言葉に待ってましたと言わんばかりに親父の友達はこう宣った。
「どうだ佐依、すごかろう。何を隠そう、それはあの、あの!人魚のミイラなのだ!」
「すっごーい!!」
「もっともっと褒めて!そして父さんのテンションを上げてくれ!」
…………ん?
「ほらほらコスモスちゃんも」
「僕も見ていいんですか?」
「佐依のお友達なんだから当然オッケーだよコスモスちゃん」
「あきおちゃんヤバいよ!すっごい、下半分魚だ!」
「上半身は完璧に人間っぽい………これが人魚。やりましたねおじさん!」
箱を囲んでわいわいと盛り上がる一同を見つめながら、俺はこっそり泣いた。
もう、ツッコミきれねぇよ………。
□ □ ■ □
親父の友達は篠枝の父親だった。
あきは中学の時から面識があったそうだ。
コスモスは篠枝のお父さんが付けたあきのあだ名。
人魚のミイラとやらはツチノコ探しの道すがら、現地のおじいさんから譲り受けたものらしい。
口には出さないが、絶対に偽物だと俺は思っている。
「じゃあね〜あきおちゃん」
「もう来なくていいよ佐依ー」
「また来週〜」
お騒がせまくった篠枝親子はこうして帰って行った。
また来るのかよと思った瞬間、体も気も重くなった。
やっと静かになったはずの俺の部屋に、また大きな荷物が増えた。
そして俺は、夜中にその中身が箱から這い出してくる夢を見てうなされることになるのだった。




