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覚醒、魔法少女

 何が起きたのか理解できなかった。だってアッシュが近くにいるわけがない。あの臆病で、いつもベッドの下に隠れていたあの子が、恐ろしい魔獣に立ち向かえるわけがない。だからどこか遠くに逃げていると思っていたのに、どうして……。


「ガルルルルッ」


 アッシュが魔獣の首元に噛みついていた。それを嫌がった魔獣は一端目の前の獲物から、ちょっかいをかけてきて煩わしいアッシュの排除に意識を切り替えたようだ。


「アッシュ逃げて!!」


 魔獣がどれほど強いのか、10年前に嫌というほど見せつけられている。自衛隊の戦闘機や戦車ですらアイツらの前ではおもちゃにすぎない。魔獣は魔法少女じゃないと倒すことはできない。


「お願いだから……逃げてよぉ……」


 アッシュは魔獣の図体がでかいことを利用して足元をちょろちょろ動き回って翻弄している。時折隙を見つけては噛みついたり、爪でひっかいたりしているが、表皮を撫でるだけでダメージは一切負っていない。


 大型犬で力が強いといっても、それは普通の動物と比べたらの話である。魔獣と動物では比べるまでもない。月とすっぽんどころか、地球と太陽ほどの差が存在している。


「……だからぁ……お願いだよぉ」


 だけどアッシュは僕の叫びを聞くとより一層魔獣への攻撃に積極的になってしまった。より深く魔獣の懐に踏み込むようになってしまった。だからこそ気付くのが遅れてしまった。


「ダメぇええええええええええええええ」


 アッシュは常に魔獣の気を引くために、魔獣の目に映るように駆け回っていた。だからこそ魔獣はどこから出てくるのか予測が付いてしまった。

 魔獣の下から出てきたアッシュを、口から飛び出している丸太のように太い牙で横殴りにした。アッシュは面白いように宙を飛ぶ。そして地面に倒れこんでいる僕のすぐそばに落下した。


 口から赤い泡を吹いてピクリとも動かない。


 なんで……。どうして……。また僕の目の前で大切なものが奪われた。どうして僕ばかり奪われなくちゃいけないのか。お前たちは10年前にも散々奪ったじゃないか。どうしてそんなことができるんだ。


 胸の痣がひどく疼く。まるで沸き上がってくる激情にふたをするように、僕の意識をそちらに向けようとしているように疼いてくる。


 そんなの簡単なことじゃないか。僕が弱くて、心のどこかで誰か助けてくれるのを待っていたから。この世界はそんな甘えを許してはくれない。隙なんかを見せてしまえば、その瞬間に全て奪われてしまう。


 胸の疼きはだんだんと強くなって、魔獣を見続けることすらも辛くなってきた。


 ああ、なんと理不尽なことか。奪えるだけ奪って、何もなくなったら殺しに来る。どうしてそんなことができるのか。どうして僕だけがこんなにも奪われなくちゃいけないのか。


 何か悪い事でも僕がしたというのか。それなら教えて欲しい。ちゃんとその罪は償うから……だからもう僕から奪わないで。

 それでも奪っていくというのなら……。


 そんな理不尽な世界なんて――


「ぶっ壊れちゃえばいいんだッ」


 胸の疼きが天元突破し耐え切れなくなったと同時に、傷跡から目映いまでの光が漏れ出した。そしてその光は僕を包み込み、繭のような形に落ち着いた。


 体の感覚が溶けていくように、だんだんとなくなっていく。だけど不思議なことに恐怖は感じていなかった。むしろそのことに安心感を覚えていた。説明が難しいのだが、自分のあるべき姿に戻る? 変わる? そんな感じがするのだ。


 繭の中はいつまでもこの中にいたいと思ってしまうほどに快適だった。だけどいつもでも引きこもっているわけにはいかない。いつ何時、世界が何もなくなった僕を殺しに来るか分からないから。


 繭の壁は思っていたよりも簡単に、手で触れるだけで崩れ去った。ただそんな簡単に崩れるとは予想していなかったため、思いっきり押そうとしていた僕はその勢いのまま地面に転がった。


「いたた~……え、何この声!?」


 僕の口から発せられた声はまるで鈴を転がしたような、聞かせた者の庇護欲を誘ってしまうような女の子の声だった。元々低いとは言い難かったが、それでも男子の中では高い方であったはずなのだ。決してこんな声ではなかった。


 それに加え、服装までも黒い軍服のようなものに変わっていた。しかしそのデザインは軍服というよりかアイドルの衣装と言った方がよさそうな、可愛さと凛々しさを両立したワンピースのような構造のものである。だけど両腕には可愛さとはほど遠い、厳つめのガントレットが嵌められている。


 足には要所要所を金属で補強されたロングブーツが履かされている。ワンピースの丈が短く足の露出が多くなりそうだが、ブーツのおかげでそうでもないレベルになっている。

 そして先ほどからチラチラと視界の端に映りこんでくる白い糸は、どうやら僕の髪の毛のようだ。脱色では出せないような鮮やかな白さで且つ背中を覆いつくすほどの長さがある。


 これだけでも驚きの変化なのに、なぜか胸の辺りにちょっとした膨らみが確認できる。そして認めたくはないが股間の辺りがすっきりしたような……。


 ――総評、女の子になってない?


 どうしてこんなことになっているのか、理由は皆目見当が付かない。だけど体の奥底から力が湧いてくる。今なら何にでも勝てそうだと思える。この全能感とも言っていい感覚と、頓珍漢な恰好から僕が何になったのか大体の見当はつく。


「魔法少女になったの? 男なのに??」


 だけど今はそんな疑問どうでもいい。ご丁寧に怪我まで治してくれたんだ。この力でなら魔獣をぶっ殺せる。理不尽な世界に一矢報いることができる。僕の恨みつらみを思い知るがいい。


 ――さあ、反撃開始だッ。

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