出会い
『黒腕の魔法少女』の読者の方は、お待たせしました。新規の方は初めまして。
この小説は以前投稿していた小説のリメイクとなっています。ただリメイク作業で、もはや別物になってしまったので、新しい小説として転生しました!
僕は罪を犯してしまった。決して償いきれることはなく、されど誰からも咎められることのない大きな罪を犯してしまった。
10年前のあの日――
半日前まで多くの人が行き交い、経済の循環を行っていた街は崩壊した。空を埋め尽くさんばかりに立ち並んでいた高層ビルは瓦礫の山と変わり、人は魔獣に追われ無残に命を散らす。空に立ち昇った煙や粉塵のせいで太陽の光は地上まで届くことはなく、どこからか出火した炎が地上を照らす。
「パパぁ……ママぁ……」
そんな地獄の中たった独りで泣いていた。パパとママを探すように呼んではいるが、もう絶対に届かないことは知っている。だって2人とも目の前で魔獣に貪られたのだから。
「ッ!?」
ドゴンッと大きな音を立てて瓦礫の山を突き崩して、大きな黒い塊が僕の前に飛び出した。それは車程の大きさを持った大きな狼だった。しかし大きさもさることながら、首を3つも持つというあまりにも通常の動物から逸脱したその姿は紛れもなく――
「魔獣……」
急いで魔獣に背を向けて逃げようとする。だが1歩踏み出した先のくぼみに気付くのが遅れてしまった。くぼみに足を取られ受け身を取る暇もなく、地面に転がってしまう。砕けたアスファルトのせいで膝を始め体の至る所に擦り傷を作っていた。
痛いと泣き叫んでママが助けに来てくれるのを待ちたい。痛かったねとパパに優しく抱き起こしてほしい。でもすぐに助けに来てくれたパパもママも、もういない。
グッと涙を拭いて、痛む足を引きずりながら逃げようとするが、無駄な足掻きでしかなかった。涙で歪む視界のなか必死に走っていたのだが、僕の影がはるかに大きい影に呑み込まれる。とっさに後ろを振り向けば、大きな口を開けて飛び掛かってくる魔獣の姿がそこにはあった。
「ゃだ……死にたくない」
パパとママと別れてからずっと止めなかった足が止まってしまった。逃げなくちゃいけない。それが2人の願いだから。でも目前までに迫った死の恐怖に幼い僕の精神は押しつぶされた。
「誰か……助けてよぉ……」
しかしこの願いは誰にも届かない。この街にいる人はみんながこの願いを叶えてもらいたいと思っている、つまりは他人に手を差し伸べられるような余裕のある人はいない。このような状況で誰かを助けようとするのはヒーローに憧れた愚か者か、
「やらせないッ」
――魔法少女だけだ。
僕と魔獣との間に割って入ったのはおよそ15歳くらいの少女だった。僕からでは後ろ姿しか見えないが、明らかに普通の少女でないのは服装から簡単に分かった。
まず目を引くのが肩甲骨の辺りから生える紅い鳥のような翼である。とても大きな翼であり、それこそ体の前面に持ってくるだけで宗教画の熾天使のように体を隠すことができるだろう。
その大きな翼のせいであろう背中の大きく空いた深紅のドレスを纏っている。だがドレスを着た彼女はお姫様というよりか、精悍なる騎士のような雰囲気を感じる。
「不浄なる者よ燃え尽きよ《炎弾》」
彼女の手に持っている杖を魔獣に向けたかと思うと、先端に炎の玉のようなものが生成された。その玉は勢いよく飛んでいき、魔獣の体にぶつかったかと思うと一瞬で燃やしつくしてしまった。
「あなた、大丈夫? どこか怪我しちゃったの?」
未だに地面に寝そべったままの僕のことを心配そうに覗き込み、手を差し伸べてくる。今さらながらそのことに気付いて、恥ずかしくなり彼女の手を取って急いで起き上がった。
「そんなに怪我して……ちょっと待ってね……
母なる大地を照らす日輪よ 今ここに我が子を癒すための奇跡を起こし給え《日の癒し》」
彼女の詠唱と共に僕の体は炎に包まれた。すると炎は傷口を嘗めるように這いまわり、炎にあぶられた傷はきれいさっぱり跡形もなく消え去っていた。
「これで痛くないでしょ?」
「…………」
「あれ、どうしちゃっ……ってえッ!? なんで泣いてるの!?」
パパとママがいなくなり、この地獄に独りぼっちになって心細かった。誰にも頼ることができなかった。独りは怖かった。
そんな中でようやく出会うことができた頼れる人に、僕は知らず知らずのうちに涙を流していた。
泣いている子供に慣れていないのか彼女はワタワタと焦り、戸惑い、そして自分の胸に抱いた。
「怖かったよね。大丈夫だよ、お姉ちゃんが守ってあげるから」
何時間かぶりに感じる人の温かさと彼女の言葉に、僕は遂にワンワンと声を上げて泣いた。彼女と出会うまでにもずっと泣いていたが、その比じゃないくらい泣いた。
彼女は僕が落ち着くまで待ってくれた。全部受け止めてくれた。
「落ち着いた?」
いくら僕のことを助けてくれたとはいえ、知らない人の前で泣いてしまったことが恥ずかしくて、もしかしたら呆れられていないか怖くて彼女の顔を見ることができなかった。それでも勇気を出して顔を上げたが、彼女は優し気な微笑みを浮かべているだけで、僕の心配は杞憂だったようだ。
「ああ、そうだ。私はアカネっていうの。あなたのお名前を教えてくれるかな?」
「……ユウリ。パパとママはそう呼んでる」
「そっか、ユウリっていうのね。いい名前だね」
彼女……アカネお姉ちゃんは僕の手を握りしめ歩き出した。
「それじゃあお姉ちゃんが安全な場所まで連れて行ってあげる」
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