王家主催のパーティー2
男爵家、子爵家、伯爵家の入場は既に終わっており、残るは侯爵家、公爵家、王家だけとなった。
未だフィエルテは戻らない。最悪の場合はシェリも覚悟していたので今更気にしても仕方ない。ラグーン家は侯爵の中でも最後となるがいつまでもシェリの側にはいられない。
心配するヴェルデを早く戻らせようとシェリは作り笑いを浮かべた。
「ヴェルデ様。話し相手になってくださりありがとうございます。そろそろ時間ですわ」
「本当に1人で大丈夫なのですか?」
「ええ。お父様が離れたのは予想外ですが、これからを考えるとこの程度乗り越えられなくてどうします」
「……分かりました。じゃあ、1ついいですか?」
「はい?」
「会場でぼくとも踊って頂けますか?」
ファーストダンスは父と踊る予定だ。その次の相手は考えもしなかった。自分のせいで彼の片思いを潰してしまったお詫びとしては安い。喜んで、と了承した。ホッと息を吐いたヴェルデは最後までシェリを気にしつつ、ラグーン家の所へ戻って行った。その時、タイミング良くラグーン家の入場となった。
残るは公爵家。オーンジュ家は最後。
深く息を吸い、胸を張って堂々としていようと決心した時だ。シェリ、と騎士に連れられ姿を消した父が戻って来た。
「良かった。間に合ったようだな」
「お父様! 用事はもうよろしいのですか?」
「うん? うむ……まあ……解決はしていないが……私の出る幕はもう終わった」
「?」
一体何が起きたのか?
随分と歯切れの悪い言い方と騎士に事情を耳打ちされて見せたあの呆れ顔。緊急でありながらしょうもない事態なのか。試しに訊ねるが気にしなくていいと、予想通りの返答を貰った。
しかし、父が戻って心の奥底にあった微かな不安は消えた。
決心しながらもいざ順番が回ってきたら、不安は生まれた。
差し出された腕に手を添えてパーティーに入場した。
アナウンスと共に会場に足を踏み入れたオーンジュ家の父娘を周囲の貴族達はざわざわと声を響かせた。
これも予想通り。遂に第2王子に見捨てられた、今回の王家主催のパーティーは実はレーヴ王子の新たな婚約者の発表があるからではと、下衆な話をする。声量を抑えているとは言え、しっかりとシェリ達の耳に届いている。態と聞こえる声量で話しているから。
シェリは悪意を囁く周囲に凄艶で、且つ、見る者の心臓を凍てつかせる非情な紫水晶の瞳で微笑んでやった。彼女は何も発していない。人々は分かっていても、胸を襲った息苦しさと痛みに思わず手を当てた。当然だが何もない。
「言わせたい連中には言わせてやりなさい。面と向かって言えない臆病者など、我が公爵家が相手をする価値もない」
「はい。お父様」
暗に放っておけと言われてもやらないのとやるのでは心の持ち様が違う。幾分かスッとした。
王家入場のアナウンスが響いた。
先頭を歩くのは国王夫妻。優しげな相貌が印象的な国王、絶世の美姫と名高い王妃、王太子夫妻、そして……。
「……あら?」
最後にレーヴが続くと思いきや、何故か彼の姿がない。
(何故? 今日は殿下とミルティー様の婚約が発表される重要な日なのに……肝心の主役がいないのでは……)
レーヴに何かあったのかと不安になるが、昨日見掛けた時は普通に見えた。2日前以来、レーヴとは直接会っていない。あの時は偶々運が悪かっただけだった。
シェリはさっと会場内を見渡した。
(いた……!)
探していたブルーベリー色の髪の少女は見える範囲にいた。ラビラント伯爵家と一緒にいる姿はかなりそわそわとしており、目が誰かを探しているのか忙しなく動いている。彼女もレーヴがいないことに疑問を抱き、会場の何処かにいないか探しているのだろう。
第2王子の姿がないことにまた違う意味でざわつくも王家の面々が上座に着くと王が静かにさせた。
「今宵の宴、存分に楽しんでいってくれ」
短い開始の合図を皮切りに貴族達は王家に挨拶をしに行く。これも決まった順序がある。
順番通りに進み、シェリとフィエルテは前に立つと深く礼を見せた。王の言葉で顔を上げると申し訳なさそうに笑う顔があった。
「シェリ嬢……先の言葉通り、楽しんでいってくれ」
「はい。陛下の寛大なお言葉に感謝致します」
「うむ。……公爵、先程はすまなかった」
「いえ……なるべくしてなった結果、と申しましょうか」
「ふむ……あれはどうして……」
「?」
レーヴ欠席の理由を訊ねたかったがもう自分は婚約者じゃない。憚られると自制し、敢えて聞かなかったが王と父の会話を聞いているとどうもレーヴの話をしていそうだ。
上座から離れると早速ダンスが始まった。
中央のホールまで行き、父とダンスを踊る。
初めてながらも、父がシェリのペースに合わせて踊るのでとても踊りやすかった。
終わると壁側へ移動した。
「シェリはこの後どうする?」
「そうですわね……。あ、ヴェルデ様と踊る約束をしております」
「ヴェルデ? というと、ラグーン侯爵家の……」
「はい。殿下のご友人の方です。最近、話すようになりまして」
「……そうか」
口が裂けても彼の片思いを潰してしまったのがきっかけとは言えなかった。
フィエルテと何言か話すとヴェルデを探そうとカシスジュースを片手に会場内を歩き始めた。
キョロキョロと顔を動かすのは都会が珍しい田舎者がする行い。最低限の動きで辺りに視線を這わせ、ヴェルデを探す。
「あ……あのっ」
シェリに声を掛けたのはミルティーだった。
真っ白なドレスに身を包み、瞳と同じ金色の花を模した髪飾りは非常に似合っていた。
「オーンジュ様っ……こ、こんにちは……あ」
「ゴホンッ……夜会の場でこんにちは、なんて言うのはあなたくらいよミルティーさん」
幸い周囲に人は少なかったので、良くはないがこれ以上は何も言わないでおこう。
「どうしたのかしら。顔色が優れないわよ」
「あ……あの、王子殿下はどうなさったのです?」
シェリも聞きたい。
今夜は本来、レーヴとミルティーの婚約発表がある筈だったのに。肝心のレーヴが出席していないのだ。ミルティーの様子から、彼女もレーヴ欠席の理由を知らないとなると……
チラリと上座へ目をやるもすぐにミルティーに戻った。
「さあ……わたしは何も」
「そ、そうですか……」
「……」
「……」
他の場所へ行きたいのに、動く気配を見せるとミルティーが縋る様にシェリを見つめてくる。ヴェルデを探しに行きたかったのに、これでは探し辛い。
無言の空気が2人を包んでいるとミルティーが突然前に動いた。
正確には、動かされた。
思考が違う方向へ行っていたシェリが反応するのが遅れ救助は間に合わず、ミルティーは前方へ転けてしまった。
「あらごめんなさい。辛気臭い髪をした方がいるからつい邪魔で」
よりにもよって面倒な相手が来たと内心舌を打ちたくなった。
アデリッサ・ナイジェル公爵令嬢。
ふんわりとしたピンクの髪、大きな栗色の瞳を持つ小柄で愛くるしい見た目の彼女だが性格はシェリも苦手意識を抱く程最悪だ。
特に、ナイジェル公爵とオーンジュ公爵の仲の悪さは有名だ。
それが子供にも伝染し、会う度に険悪な雰囲気を漂わせた。
自分に嫌がらせをするのは構わないが無関係なミルティーに手を出すとは最低だ。アデリッサがミルティーに快くない感情を抱いているのは知っている。
彼女もまた、レーヴに好意を抱く女性だ。
レーヴとミルティーの仲の良さをアデリッサが知らない筈がない。
ミルティーを起こしたシェリは挑発的な笑みを見せた。
「あらアデリッサ様。視力の老化現象が始まっているのでは? ミルティー様の髪が辛気臭い? メルヘンな髪をしたアデリッサ様よりマシでしてよ?」
「っ!」
本人が気にしている髪色を指摘してやれば、愛らしい容姿からは掛け離れた恐ろしい相貌で睨まれるもシェリが堪える様子はない。
立たせてもらったミルティーはおろおろとシェリとアデリッサを見やる。
●○●○●○
不穏な気配を漂わせるシェリとアデリッサ。おろおろとするミルティー。周囲の目が段々と集まってくる。いくら犬猿の仲といえど、公の場で醜態を晒す真似はアデリッサもしない。どちらかが引けばいいだけ。こうしている間にも時間は過ぎていく。ヴェルデとの約束があるシェリは挑発するように鼻で笑った後「ではごめんあそばせ」とミルティーを連れてその場を離れた。悔しげに歯を噛み締めるアデリッサには十分伝わった。
貴方の相手をしている暇はわたしにはない、と。
ミルティーを連れたのもそれを誇示するため。
アデリッサが見えない場所まで行くとシェリは歩みを止めてミルティーに振り向いた。
「ここまで来たら彼女も追って来ないわ」
「は、はい、ありがとうございます!」
「では、わたしはこれで失礼するわ」
「オーンジュ様はこの後どうされるのですか?」
「友人を探します。約束しておりますので」
「そ、そうですか。すみません、引き止めてしまって……」
何故か落ち込んだミルティーはとぼとぼと人混みの中へ消えていった。アデリッサの件があるので彼女が誰かといるのをきちんと確認して、シェリも行動を始めた。
グラスを片手に会場内を歩くもヴェルデの姿がない。テラスにいるのかと足を運んでも姿はない。彼も忙しい人だ、ダンスの約束も絶対ではない。
歩き回ったせいで少々疲れたシェリは疲れた招待客が休憩するための長椅子に腰を下ろした。持っていたグラスを口元へ運んだ。炭酸水に絞ったグレープフルーツが注がれた飲み物はシェリの口内を存分に潤してくれた。レーヴ欠席の訳を1人をいいことに考えてみた。
……何も、答えは出なかった。
クロレンス王立学院内で何度もミルティーと仲睦まじげに会話をするレーヴを見掛けた。婚約者は自分なのだからとレーヴにミルティーと話さないでと訴えることだって……そこまで考えて、シェリは首を軽く振った。
「我儘で嫉妬深い女なんて……嫌われる行動をする選択肢しかないじゃない」
何をレーヴにしても嫌われる要素にしかならない。
とことん、自分の運の無さに嘆きたい。
弱気になるなとシェリは飲み物を一気に飲み干した。炭酸が喉を通って痛く感じたが爽快感があり、うじうじと悩むシェリを前へ押し出した。
「これからは新しい婚約者の方と良好な関係をどう築けるかだけ考えましょう」
レーヴの欠席は好機だと思わなくては。
よし、と決意を新たにしたシェリは会場へ戻ろうと腰を上げた。
「オーンジュ嬢?」
「!」
さっきまでシェリが探していた相手ヴェルデがひょっこりと姿を見せた。
「ヴェルデ様」
「良かった。会場にいらっしゃらなかったので探していました」
「ヴェルデ様こそ、会場にいらっしゃらなかったではありませんか」
「すみません。レーヴ殿下の不在がどうしても気になってしまい、王太子殿下に頼んで会いに行っていました」
「そうだったのですか」
レーヴの友人ならと王太子も快くレーヴに会わせてくれたに違いない。
「殿下には会えたのですか?」
「少しだけ」
「お体の調子が悪いとか……?」
「いえ。全く、元気そうでした」
ならば会場に姿を見せないのは何故?
「……オーンジュ嬢。その、約束していた通りぼくと1曲踊っていただけますか?」
「ええ。勿論ですわ」
レーヴ欠席の理由をヴェルデは語ってくれなかったが約束を果たせられただけで今は満足だった。
会場に戻り、中心に行ってヴェルデとダンスを踊った。
「……ヴェルデ……様……」
ホールの真ん中で踊るシェリとヴェルデを悲痛な面持ちで見つめるミルティーだった。
読んでいただきありがとうございます。