王家主催のパーティー1
運命の日が遂に来てしまった――
王家主催のパーティー当日。長年の婚約者だったレーヴとの婚約は解消され、【聖女】の生まれ変わりであるミルティーとの婚約が発表される。
いつもなら婚約者としてレーヴからドレスが贈られるのだが、当たり前な話そんな物はもう届かない。侍女達がシェリと一緒に似合うドレスや靴、装飾品をデザイナーと相談して見つけてくれたので困る心配もない。
波打つシルバーブロンドの髪は緩くカールされ、瞳と同じ色の宝石の髪留めを着けた。
最後に姿見で確認をし、専属の侍女と時折会話を交えつつ、準備を終え玄関ホールへと向かった。既に父フィエルテがいて。シェリが来るのを待っていてくれた。
「シェリ、来たか」
「はい、お父様」
「本当に大丈夫か? 無理をする必要はないのだよ?」
シェリの長年の片想いを知っている父が今日発表される2人の婚約をシェリが改めて聞いて傷つかないかを心配している。
ずっとレーヴに好かれたくて努力し続けていたのに、会って間もない彼女には決して自分には見せない素の表情を見せるのだ。
十分に傷ついた。
沢山泣いた。
でも、もういい。
恋心はまだあるがそれもいずれ、時間が経てば苦い初恋だったなと笑える日がきっと来る。
今はまだ痛む心に蓋をし、父に首を振って見せた。
「ご心配には及びませんわ。わたしは大丈夫です、お父様」
「……そうか。お前がそう言うのなら。では、行こう」
「はい」
差し出された腕に手を回して外へ出た。
門の前で待機していた馬車に乗り込み、フィエルテが出せと告げた。動き出した馬車内から過ぎ行く景色を眺める。夕刻の朱色は昼とは違った美しさがある。赤みを帯びているのに、言葉では表現が難しい……物言わぬ寂しさがあった。
「こうやってお父様にエスコートされるのは初めてですわ」
「喜んでいいのか分からないがシェリをエスコート出来て光栄だよ」
「ふふ」
寂しい、悲しい、という気持ちはあれど父といられて素直に嬉しいという気持ちがあるのも確かで。会場に着くまで父と娘、久しぶりの親子の会話を楽しんだ。
王城の停車場に馬車は停められ、御者が扉を開けると先に父フィエルテが降り、差し出された手を取ってシェリも降りた。
受付には既に多くの貴族達がいた。
オーンジュ公爵家の2人を目にすると皆一様に驚いた様を見せた。無理もない、毎回レーヴにエスコートをされていたシェリが今日に限って公爵にエスコートをされ現れたのだから。
表立って声を出す者はいなくても、彼等の好奇に満ちた瞳は一心に2人に注がれる。気にする事もなく受付へと進んで招待状を見せた。
入場は下位貴族から始まる。公爵家は最後から2番目。最後に入るのは王家。
待っている間、父と馬車内での話を再開させようとしたシェリだが……
「オーンジュ公爵様」と1人の騎士がフィエルテの元に。耳打ちで何事かを説明されたフィエルテは難しい相貌をし、事実か? と騎士に訊ねた。
「はい。今、王太子殿下と王太子妃殿下が対応されていますが……」
「ふむ……陛下は?」
「最初は陛下が対応しておられたのですが、途中で王太子殿下が来て……」
「分かった、シェリ」
険悪な気配はないものの、父から発せられる呆れにも似た空気は一体なんなのだろう。自分は聞いてはいけないと思い少し側を離れていたシェリは呼ばれ、返事をして近付くと申し訳なさそうに謝られた後、火急の用が発生してしまいこの場を離れないとならなくなったと説明された。
騎士が態々、父に助けを求めに来たということは余程の重要案件。父が行ってしまえば、自分は1人になってしまうがシェリは気丈に振る舞って見せた。
「安心してくださいませお父様。わたしは1人でも大丈夫です」
「本当にすまない……」
「ささ、火急なのでしょう? 早く向かわれてください」
最後まで1人になってしまうシェリを案じながら騎士を連れて城内へ走って行った。背中が見えなくなるとシェリは小さな溜め息を吐いた。
パーティーが行われ、その後からでもシェリは十分目立つ人となってしまう。悪い意味で。元々、第2王子に嫌われていると周囲の人々も思っているので彼のエスコートがないのは遂に捨てられたと嘲笑うだけ。今だってそう、フィエルテがいなくなると途端に周囲のうんざりする悪意の眼があちらこちらから注がれる。
1人で入場する羽目になってもいい。寧ろ、どんとこい。
これから注がれる悪意を想像すると1人入場するのがなんだというのだ。父は王城で重要な役職に就く貴族。貴族としての責務を優先するのは当然だ。
家庭を顧みない人だったら、たった1人残される娘など見向きもしなかっただろうが……優しい父で良かったと抱く。
「オーンジュ嬢?」
隅へ寄って入場開始になるまで息を潜めていようとした矢先――聞き慣れた声に呼ばれた。
正装に身を包んだヴェルデが怪訝な面持ちで歩いて来た。
「何故、1人でいるのですか?」
当事者以外で今日レーヴとミルティーの婚約発表があると知るのはヴェルデのみ。彼の台詞は、第2王子のエスコートがないのは何故? と周囲には聞こえるだろう。実際は、オーンジュ公爵の姿がないのは何故? と言う疑問。
シェリは声量を抑えた声で答えた。
「公爵を呼んだ……ということは……やっぱり……」
「ヴェルデ様?」
「あ……いえ」
ヴェルデが小さく独り言を呟くので内容を気にしたシェリが呼びかけると何でもないとはぐらかされた。
●○●○●○
クロレンス王国には、代々神に選ばれし乙女【聖女】が生まれ落ちる時がある。体内の魔力が安定する一定の年齢に達すると【聖女】の証である黄金の瞳が現れるのだ。今代の【聖女】も例外ではなかった。
生まれに王族、貴族、平民もない。または貧民である場合もある。だからこそ、王国では貧富の差を埋めるべく貧民街の改善に力を入れている。親の手元では育てられない子供、訳あって捨てられた子供を孤児院で預かり手に職がつくよう生きていく術を身に着けさせる。
近年は大きな戦争もなく、割と平和な時代が続いているクロレンス王国の第2王子として生を受けたのがレーヴ=クロイスだった。
青みがかった銀糸は父や先代国王と同じ、直系の王族にしか受け継がれない宝石眼と呼ばれる特殊な青の瞳を持って生まれた。
兄である王太子とは5つ歳が離れており、レーヴの将来は臣籍に下り爵位を授かるか、高位貴族の令嬢と結婚するかのどちらかだった。
特に秀でた才能もなければ、特別魔力が多くもなく魔法に長けていることもない。強いて言うなら、絶世の美姫と名高い王妃譲りの顔の良さが取り柄の王子だ。
尊敬する兄の補佐をしたいと幼い頃から夢見ていたレーヴは成人を迎えたら、父王から爵位を授かるつもりだった。
ーーあの日、花畑で黄金の妖精と出会うまでは……
シェリ=オーンジュ公爵令嬢。亡き公爵夫人、ディアナ譲りの波打つシルバーブロンドの髪に美しい紫水晶の瞳の少女。
彼女を見たきっかけはなんだったか覚えていない。ただ、花畑で1人遊ぶシェリの姿を見た瞬間、今までで1番大きな衝撃を受けたのだ。どういった類いのものか尋ねられてもレーヴには回答を持ち合わせていなかった。一目見ただけで心を鷲掴みにしたシェリを気にしない日がなかった。
オーンジュ公爵家の子供はシェリ1人。なら自然と婿養子を取る形となる。彼の家はクロレンス王国でも屈指の名家。跡を継ぐ予定のない令息がシェリの婚約者にと申し込みが殺到しそうなものだが、そういった話は聞かない。1人娘を大事にするオーンジュ公爵が許しはしないのだろうが。
黄金の妖精の如く華やかで美しいシェリに一目惚れをしたレーヴは何度も父王に婚約の打診を頼もうとしたが、その度に自身の能力を見つめ直し諦めた。特出した才能も能力も持っていない、王子という肩書きと母譲りの顔の良さしかない自分では彼女の夫になるには不相応ではないかと。
悩みに悩んでいたある日、父に呼び出されたレーヴは信じられない話を聞かされた。
『オーンジュ公爵がご息女とお前の婚約を打診してきている。会ってみる気はあるか?』
兄の婚約者は南の国の末姫で既に此方の国に移住してきている。大きな争いは起きていないので無理に他国の王族・貴族と婚姻を結ぶ必要もなく、臣籍に下るか、位の高い令嬢の婿となるかのどちらかだったレーヴにとっては舞い込んだ吉報。
……が、ここで大きな失敗その1をやらかしてしまうとは、後に本人が大きく後悔することとなる。
一目惚れした時から、密かにシェリについての情報収集を行っていたレーヴには気になることがあった。それは彼女が典型的な我儘娘であるということ。高位貴族の1人娘というのと亡き妻の忘れ形見とあって公爵を筆頭に周囲から大変溺愛されて育っている。自分の思い通りに事が運ばないと酷く癇癪を起こすらしい。
他にも、身内で招待されたお茶会で同席していた他家の令嬢に思い切り怒鳴りつけ、さも自分は正しいと上から目線で説教をしたり。数人の令息を魔法で吹き飛ばしたりしたり、とやりたい放題であるらしい。
ひょっとして、見た目だけが良くて中身が最悪なんじゃ……という一抹の不安を抱いていた。
実際に会うと違うかもしれない。自分の願いを信じ、返事を待つ父に了承の旨を伝えた。
『……承知しました、父上』
ここでしまった、と思っても時遅し。
誰にも発したことのない、低く無感情な声に父だけじゃなく側近も驚いていた。最も驚いたのはレーヴ本人。
なるべく冷静にと心掛けたのが裏目に出てしまった。この瞬間から、既にレーヴがオーンジュ公爵令嬢との婚約を嫌がっていると誰もが抱いた。
――王家主催のパーティー開始直前になってもレーヴの気持ちは変わらなかった。
父から、シェリとの婚約を解消にし、【聖女】の生まれ変わりであるミルティーとの婚約が決まったと話されたのは約1週間前。
突然だった。以前から、何度もシェリに対する態度を改めろと両親だけじゃなく兄夫婦からも口酸っぱく忠告され続けていた。
レーヴ自身も何度も改善をしようと試みたが……結果は惨敗。
オーンジュ公爵家からの打診を良いことにシェリに好意を抱いていると悟られたくなくて、だが噂が気になって下手に好意を示すのも出来なくて……結果、この婚約が嫌で嫌で仕方ない第2王子が完成された。初対面の日は大いに失敗した。思い出したくもないくらい。
緊張しながらも綺麗なカーテシーや家庭教師に教わった挨拶を熟したシェリの印象は良かった。偶に言葉を噛みつつも自身の話をするシェリから必死さが伝わり、レーヴも最初の失敗を挽回しようと口を開きかけるが……緊張で強張った顔が大層シェリの相手をするのが嫌だと勘違いされた。泣きそうになりながらも、それでも好かれようとする彼女に何か言わなければと頭では理解していても――悲しい結果で終わった。
無論、顔合わせが終われば部屋に戻って掛布に包まって泣いた。自分が情けなくて、シェリに申し訳なくて。
婚約が結ばれてから何年経過していると思ってるんだ、と兄王子に言われたのは婚約解消をされた日から。
大いに動揺した。父に何故と詰っても【聖女】を保護する正当な理由だから、と告げられた。
意味が分からなかった。
確かに【聖女】の保護は王家の重要な役割。だが、必ず王子と婚約しなければならない決まりはない。ましてや自分にはシェリが、ミルティーは口には出してないが友人のヴェルデをとても慕っていた。仄かな熱い眼をヴェルデに向けるミルティーは【聖女】とは関係なく、恋する少女だった。ヴェルデ自身彼女をどう思っているかは不明でも、他に好きな人のいるミルティーとの婚約をレーヴは願っていない。
何度も取り消しの話を父に訴えても、既に決定事項であり、オーンジュ公爵家側も同意していると教えられた。
明らかに理不尽で正当性がなければ別だが、基本王命であれば従わなければならない。
【聖女】の保護を謳う王家の主張をオーンジュ公爵家は受け入れたのだ。
娘に弱かろうがフィエルテは公爵。娘と王命(個人的には娘に天秤が傾けそうだが)ではどちらを取る、など考える馬鹿はいない。
「レーヴ! いい加減にしろ! もうこれは決定なんだ! お前が今更どうこう言おうが事実は変わらない」
「っ、僕は認めていない。第一、何度も言うが【聖女】と必ず婚約しなければならない決まりはないのに何故今回に限って……!」
「父上が、国王が判断したのだ。従うしかあるまい」
何度もクロレンス王立学院でシェリに会って話をしたいと姿を探した。教室まで足を運んだ。待ち伏せじみた真似もした。が、全て空回りした。
シェリはレーヴのいる場所を特定出来るのに、レーヴではシェリのいる場所を見つけられない。
パーティー当日になっても何も話せないのなら、下らない抵抗だが出席しないと言い放った。
主役の片方が欠席すれば、発表の重みが違ってくる上、不在では延期になる。
しかし、黙っている身内ではない。既に両親から説得されたが決して首を縦に振らなかった。膠着状態に陥っていると今度は兄が説得に現れた。
「ミルティー嬢は平民出身ではあるが向上心があり、非常に前向きで努力家な少女だと聞いている。オーンジュ家の婿になるより、父上から爵位を与えられ公爵となってミルティー嬢と夫婦になった方がお前の為だ」
「普通に考えればそうでしょうね。ですが何度言われようが僕はシェリ以外の女性と一緒になる気はない」
「そういうのはまず本人とちゃんと話が出来てから言いなさい」
「ぐっ」
「全く……誰が思う。好きな子の前では、緊張と恥ずかしさのせいでずっと固まってまともに話せなくなるせいで婚約してから1度も会話をしてないなんて」
初対面の日に失敗し、部屋に引きこもって掛布に包まって泣き続けたレーヴを慰めたのは他ならぬ……兄である。国王譲りの優しげな相貌と青の宝石眼を受け継いだ兄は、絶世の美貌を受け継いだレーヴと違い温かく優しい人のイメージが強い。容姿は決して悪くないが母譲りのレーヴと比べると優劣がはっきりとされる。
「こればかりはどうしようもない。聞く所によるとミルティー嬢とはちゃんと会話が成立しているんだろう? なら、シェリ嬢のことは苦い初恋と諦めてミルティー嬢と交流を深めろ」
「あれは……ミルティーにヴェルデのことを教えていたんだ。彼女はヴェルデに気があったから」
「……それは、何というか……」
読んでいただきありがとうございます。