バレないように
王家主催のパーティー前日。
人が殆ど来ない裏庭にて、傷心者同士最初はちょっとずつだったのが今は話題が切れる前にどちらかが新しい話題を振って会話を継続させたりと良好な関係を築けているヴェルデとシェリ。
彼に明日のパーティーについて、ある事を訊ねられた。
「オーンジュ嬢は、明日のパーティーに着るドレスはどうするのです?」
婚約者のいる令嬢は基本婚約者が用意したドレスや装飾品を身に着けるのが常だ。嫌っている相手でも律儀にドレスを贈っていたレーヴを思うと本当に長い間苦痛の時間を強いられ申し訳なく思う。父に婚約者変更を申し出た次の日に、シェリは既にドレスの手配を済ませていた。
侍女にとても驚かれたが元々見目の良いシェリを着飾りたいと願望を抱く女性達が多くいたので、敢えて何も聞かずシェリを更なる美女へと変身させるべく本人の意見を元にデザインがされていった。
公爵家お抱えのデザイナーが完成させたドレスを見るのは実は明日が初めてとなる。楽しみは取っておきましょうと侍女達と相談した上で決めた。
準備は済ませていると告げたシェリをヴェルデは難しそうな顔で見やる。
「そう、ですか……」
ヴェルデの表情に心当たりがあるシェリは「殿下の婚約者ではもうありませんので」と心が悲鳴を上げるが告げた。
「いえ……あの、すみません」
「お気になさらず。どちらにしろ、何れわたしと殿下の婚約はこうなっていたでしょう」
「どうでしょう。殿下とオーンジュ嬢の婚約は王命ですので、なんとも」
王命というのは表面上の言い訳。実際は、レーヴを一目見たシェリの我儘を叶えたいオーンジュ公爵と第2王子の婚約者を探していた王の利害が一致しただけ。シェリと出会う前にミルティーと出会っていたら、すぐに2人は婚約を結んでいただろう。
公爵家を継ぐか、【聖女】の生まれ変わりを娶り新たな公爵位を与えられるか――
どちらの名誉が強いかなど、貴族なら誰だって分かる。
「エスコートは公爵閣下が?」
「はい。ふふ、父にエスコートされるのは初めてなので新鮮で実は楽しみなんです」
「ずっと殿下がエスコートしていましたものね」
非常に嫌そうな顔をされてはいたがレーヴにエスコートをされるだけで舞い上がっていた過去を思い出すと地面に穴を掘って埋まっていたくなる。
昔のパーティーの話をしていると不意にヴェルデに暗い影が……
「……いよいよ明日ですね。殿下とミルティーの婚約が発表されるのが」
「……」
そう……明日なのだ。
こうして気負うこともなく和やかに会話を続けていられたのは、明日の正式発表から目を背けていたいから。自分が決めた道なのに、いざ本番が近くなると足が震えその場に蹲ってしまって叫びたい。レーヴの未来の妻は自分だ、と。もう自分には資格がないと痛感しているのに、未だレーヴへの恋心を捨てられないのは幼い頃からの刷り込みといってもいい初恋からだ。
ヴェルデがまさかミルティーに恋心を抱いているとは知らず、意図せず彼に失恋させてしまった苦い罰を食らう羽目になったのが唯一の誤算。絶対に自分からレーヴとミルティーが結ばれるよう行動したとバレないようにしようとシェリは決意する。
「ヴェルデ様は……その……まだミルティー様を……」
「……ええ。ですが、ぼくもオーンジュ嬢のように乗り越えないといけません。丁度、父に縁談の話を受けているので、明日の正式発表を見届けたら引き受けようと決めています」
「そうなのですね」
政略結婚は家と家の繋がりを強固なものにするための最も有効的手段。ラグーン侯爵家は、侯爵家の中でも公爵家に匹敵する力を持つ実力ある家。ヴェルデは次男なので跡取りではないが彼を婿養子として欲しがる家は多いと聞く。今まで浮いた話が1つもなかったのはミルティーへの思いがあってこそだろう。
侯爵が彼の思いを知っていたかは定かじゃないが、彼ならどんな相手とでも良好な関係を築けそうだ。
「ヴェルデ様とお相手様の婚約が上手くいくことを願っておりますわ」
「ありがとう。でも、多分だけど上手くいきそうな予感がする」
「お相手の方を知っているのですか?」
「いいや、パーティーが終わってから聞こうと思ってまだ知らないんだ。ただ、こうしてオーンジュ嬢と話していると気分が落ち着くんだ」
それはシェリも同じ。巻き込んでしまったにしろ、同じ思いを抱えるヴェルデと会話をしていると重量のある石が乗った心は段々と軽くなっていった。
ちょっとだけでいいから、今だけはこの和やかな時間を過ごしていたい。
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