パーティーも近い
例え平民出身でも、純粋で天真爛漫な少女を目にすると、不思議と好意を抱くのは仕方ないと思えてしまう。彼女の持って生まれた性質か、彼女が育ってきた環境がそうさせたのか。何れにせよ、それら全て含めて彼女という人間を形成する要素に過ぎない。
レーヴとの婚約が解消されて今日で5日目。発表のある王家主催のパーティーまで残り2日。その間、レーヴの謎の行動を何度か目撃していたが昨日になるとパタリとなくなった。ミルティーとは同じ教室だが、極力視界に入れないようにしているのでまともに姿は見ていない。
きっと、相思相愛であるレーヴと正式に婚約が結ばれ幸せそうなミルティーの姿は見たくない。下らない悪足掻きだ。元から、シェリに勝ち目はなかった。ミルティーと出会うまでの過程でしかなかった。諦めようと何度も思うのに長年の恋心は簡単に消えない。これは数十年という月日を条件にしないと一生消えないだろう。
4日前、人気の少ない裏庭でヴェルデと言葉を交わして以降も周囲に誰もいない場所で会うと話すようになった。お互い踏み込んだ会話はしないが不思議と心穏やかに過ごせた。向こうがどう思っているか分からないが、レーヴしか追い掛けず友達と呼べる相手が皆無なシェリにとっては、数少ない話し相手となっている。
今日は何処に行こうか、とシェリは放課後学院内を歩いていた。人が来ない場所は少ないがある。裏庭が最たる場所だ。後は使われなくなった教室、静粛さが求められる図書室辺りか。今日は図書室に行こう、と足を向けた。以前訪れた際に借りられていた本はもう戻っているだろうか。それがあれば、読みたかった続きが知れる。
期待して図書室へ方向転換したシェリは、耳に響く慌ただしい足音に驚くと近くの掃除用具入れに入った。これで2度目になる。覚えのある感覚だと思えば、足音の発生源が息を切らしやって来た。
「さっきまでいたのに……! 何処へ行ったっ」
いつぞやと同じで、青みがかった銀髪を乱れさせたレーヴが誰かを探している。何処から走って来たのか不明だがレーヴの様子からして、遠くから誰かを見つけて走って来たのだろう。誰か、とは考えなくてもシェリには分かる。ミルティーだ。シェリ自身確認していないがミルティーの姿を遠くから見つけたレーヴが急いで駆け付けたが、姿を見失ってしまったのか。息を切らし、身嗜みに気を配るレーヴに必死になって探されるミルティーが心底羨ましい。
ミルティーを見つけられなかったレーヴは「後2日しかないのに……っ」と焦燥とした状態で走り去って行った。
気配がないのを確認してから、掃除用具入れから出たシェリはほっと息を吐いた。掃除用具入れに人が入っている等と思われないだろうがもしもの時がある。見つからなくて良かった。あんな大慌ての時に出会したら、焦りと苛立ちがレーヴを苛んでしまう。
「レーヴ様……いえ、殿下は何をあんなに慌てているのかしら……」
彼は去り際、後2日しかないと言っていた。
2日後は王家主催のパーティーがある。そこでレーヴとシェリの婚約解消と共にレーヴとミルティーの婚約が発表される。
パーティー、という単語がヒントに思えるが。
「ミルティー様のドレスが用意出来ていないから……な訳ないわね。確かお父様が【聖女】お披露目の意味を兼ねているから、ミルティー様のドレスは王家側から用意されるって言ってたわね」
装飾品の問題? なら、ラビラント伯爵家が用意していない訳がないがドレスだけ用意する王家じゃない。
エスコートの問題? 正式発表があるまでは内密なのでエスコート出来ないことを……と考えるが2日前になって発覚する問題じゃない。
残るは何か……あ、とシェリは大事な問題を思い出す。
「わたしのエスコート……?」
デビュタントを終え、定期的に参加するパーティーでは必ずレーヴが迎えに来てシェリをエスコートしてくれた。嫌われていると自覚していながらも、婚約者だから嫌々でもエスコートをしてくれるレーヴが大好きだった。
レーヴは律儀な男性だ。嫌っている相手に対しても、定期訪問にも遅れず休まず、贈り物や誕生日プレゼントも欠かさない。……会話だけは一切無くても。
常に不機嫌な顔を見せられ続けても、そういった場面があるから諦めれらなかった。
シェリは過去の思い出を払うように頭を振った。
「もう殿下はミルティー様の婚約者よ。わたしじゃない。考えを元に戻さないと」
今大事なのは、レーヴが何に必死になっているか、だ。
婚約解消が正式発表されるまでは婚約者の役目を果たす為にシェリを探してエスコートのことで話があるのかもしれない。
「……自分に都合の良いように考え過ぎね」
止めよう、止めよう。
シェリは図書室へ再度足を進めた。
室内に入ると司書が受付にいて、利用している生徒はちらほらといる。シェリはカウンターまで行き、目的の本が返却されているか尋ねた。
まだ返却されておらず、期限は2日後になっていると教えられた。来週に期待しようと些かしょんぼりと落ち込みつつ、時間潰しとして室内を歩くことにした。最新の書物から古い物まで、幅広いジャンルを扱うクロレンス王立学院の図書室の広さは王城内になる書庫室と負けていない。広すぎて本を探すだけで時間がかかる上、稀に迷子になることも。
壁に案内図が貼られている為、大抵はそれを見て本を探す。
ジャンルもなく、かといって特定の本は未だ返却されておらず、人の少なさを言い訳にシェリは本棚に並ぶタイトルを流し読みしていった。
レーヴはちゃんとミルティーを見つけられただろうか。
ズキリと痛む胸を手で抑え、力強く握り締めた。
「パーティーまで後2日か……。お父様にエスコートをお願いしないと」
一頻り室内を歩いたシェリは何も借りず、図書室を出て外に出た。待たせていた馬車に乗り込み帰路につくのだった。
――一方で、違う意味で死にそうな状態になっている人が1名いた。
ブルーベリー色の髪と同じ顔色をし、黄金色の瞳に輝きはなく死者の色を纏っていた。
【聖女】の生まれ変わりであるミルティー・ラビラントは、2日後に開催される王家主催のパーティーで第2王子レーヴとの婚約が発表される運びとなっている。
長年平民として暮らしていたミルティーは【聖女】の生まれ変わりという理由で、王家の忠臣と名高いラビラント伯爵家の養女として迎えられた。優しい義両親や義兄や義姉に恵まれ、クロレンス王立学院入学までやってこられたたのはもう1つ理由がある。
「ヴェルデ様……」
義父の友人であるラグーン侯爵の息子。歳が近いからと何度かラグーン侯爵が伯爵家を訪れる際連れて来てはミルティーの話し相手にしてくれた。生まれからずっと貴族として暮らしていたヴェルデと気が合うか不安で一杯だったミルティーも、誰に対しても物腰穏やかに接するヴェルデとはすぐに打ち解けた。
クロレンス王立学院に入学後はレーヴを紹介された。元々、彼自身も【聖女】の生まれ変わりには目を掛けろと国王から言い付けられていたみたいで。
恐ろしいまでに整った顔立ちは冷徹だが目が離せない魅力があり、王族にしか受け継がれない特殊な瞳、青い宝石眼もまた凍える程の冷たさがあった。レーヴには婚約者がいるとヴェルデは教えてくれた。あの氷のようなレーヴの婚約者を務められる女性はミルティーよりも数十倍も魅力ある人に違いないと、まだ見ぬレーヴの婚約者に憧れを抱いた。
……その婚約者シェリが実はレーヴに話もしたくないほど嫌われているとは、夢を抱いていたミルティーには知る由もなかった。
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