いつか、どちらを選んでも
※アデリッサのざまあ回は、不快な思いをさせてしまう方が多いので削除しました。申し訳ありませんでした。
数日前破壊されたクロレンス王立学院の玄関は以前となんら変わらない光景となっていた。聞けば、所長のライトカラー男爵が魔法研究所の職員を連れて1日で復元したらしい。一行の中にはマティアスもいたとか。寧ろ、積極的に修復作業に携わったのが彼。破壊したのがアデリッサといえど、深く関係者である自分が1番に前に出て作業をしたかったのだとか。
堅実に、誠実に、日々を過ごしていけば、長い目になるが罪は減刑され、マリーベルと婚姻出来る様になるとレーヴは語っていた。ライトカラー男爵家は既に長男が後継者でマリーベルは魔法研究所の職員として卒業後就職する予定でもあり、貴族籍を抜けて平民になるので。
時間はかかるけれど、被害に遭った人が不幸にならずに済んで良かったと心の底からシェリは安堵した。
「オーンジュ嬢」
昼休み。好物のカフェモカを持って裏庭に来ていたシェリの所に、手持ち無沙汰でヴェルデがやって来る。
「ヴェルデ様」
「食堂でお召し上がりにならないので?」
「今日は1人で静かな場所にいたくて」
「偶然ですね。私もです」
ヴェルデはシェリの隣に座った。適切な距離を保って。人通りの少ない場所といえど、何時誰に見られているか分かったものじゃない。
「ミエーレは今日来ないのですか?」
「さあ。わたしはミエーレの予定を全て把握している訳じゃありませんので」
「ミエーレはヴァンシュタイン家の者らしく、時に平気な顔で残酷な真似をします」
「アデリッサの事でしょうか?」
「王族相手に“魅了の魔法”……正しくは“転換の魔法”をですが使用し、剰え危害を加えようとしたアデリッサ様が処刑されなかったのは、ナイジェル公爵閣下の精神を壊さない為……でもありますが。実際は、高位貴族ならではの魔力の高さに目を付けたのですよ」
死んだ方がマシな扱いを今頃受けているでろうアデリッサ。“魅了の魔法”の被害に遭い、精神異常を起こした者の精神ケアを担わせているとレーヴは語っていた。実際に何が行われているかは想像に難くない。レーヴの顔色が若干青かった。それだけで物語っている。
「わたしも、ひょっとしたらアデリッサのように行き過ぎた行動をしていた未来も十分に有り得ました」
「まさか」
いいえ、とシェリは首を振った。
「殿下に見てもらうにはどうしたらいいか……と、ずっと悩んでいましたもの」
「オーンジュ嬢……」
「……わたし……ヴェルデ様には謝らないといけないわ」
「?」
シェリは今正直に話した。
始めに、ミルティーとレーヴの婚約が浮上したのは、そもそもレーヴの好きな人がミルティーだと勘違いした自分が父オーンジュ公爵に頼んだのが始まりだと。
全てを聞き終えたヴェルデが怒ると覚悟していたシェリだが――
「そんな事だろうと思いました」と苦笑された。
「……怒らないのですか? だって、ヴェルデ様は……」
「元々、勘違いされるような行動をしていた殿下に問題がありますし、ミルティーもラビラント伯爵から殿下に失礼のないようにと言い付けられていましたし。なんとなく、オーンジュ嬢の勘違いだろうとは気付いていました」
恥ずかしい話の限り。羞恥で頬を赤らめると「オーンジュ嬢」と穏やかな声に呼ばれた。
「オーンジュ嬢は、これからどうするのですか?」
「……殿下にもう1度好きになってもらえるよう努力すると宣言されましたわ」
「そうですか。良かった……と言っていいべきなのか。ミエーレのこともありますよね」
「ミエーレがわたしを好きだった……と知っても、驚きはあっても嘘だと抱かないのが不思議なんです」
魔法の研究以外、ひよこ豆1粒程度の興味を示さないあのミエーレが自分に好意を抱いていた。彼の態度を思い返しても、それらしい感情を見たことがない。殆どが魔法の研究に没頭し、時にレーヴに冷たくされて泣きながら愚痴を言う自分に付き合ってくれるミエーレしか知らない。ただ、大半話を聞いてくれているか謎だが。
「やっぱり……分からないわ……」
嘘を吐いているとは思わないのは、やはり長年の付き合いからくる信頼だろう。
不思議そうに考えるシェリを見守るヴェルデの瞳はとても優しい。
「大変ですね。殿下もミエーレも」
放課後になるとシェリは図書室に足を運んだ。以前まで読もうと決めていた小説をやっと借りに来たのだ。が、生憎と貸し出し中だった。自分が読みたい時になくて、読めない時にある。所詮そんなものか、と諦め適当な本を見繕い、奥のテーブル席に座った。図書室はテスト前以外は人が少ない。今日もいるのはシェリ1人。燃えるような夕焼けを頬杖を突いて眺める。
アデリッサは事実上の退学。そうだろう、生涯幽閉と下された者が登校し続けていたら大問題だ。今までアデリッサに虐められていた下級貴族や平民出身の生徒達の安堵といったら、計り知れない。伯爵家出身でもアデリッサに有無を言わせず従わされていた者はいる。
ナイジェル公爵は王国にとって必要な重要人物だが、娘の周辺については詳しく知っていてほしかった。相手は強大な力を持つ公爵家。被害に遭った家は泣き寝入りをするしかなかった。
アデリッサがいなくなり、自分の平穏はちょっとでも訪れた。
後は……後は……どうしたらいいのか。
「はあ……」
「ため息?」
「ミエーレ」
今日1日、授業に参加しなかったらしいミエーレが現れた。
うん? とシェリはミエーレを凝視した。
「どしたの」
「ミエーレ……あなた……顔どうしたの?」
「は?」
素っ頓狂な声を上げたミエーレ。シェリはミエーレの顔をまじまじと見つめたまま。
「だって、隈がないじゃない」
ミエーレを表す一言で『寝不足』という言葉がある。目の下の酷い隈は、整い過ぎている美貌に迫力さを追加する。眠そうな顔は普段通りだが、寝不足の表れである隈がなくなっていた。
ああ、とやっと顔が変だと言われて怪訝に思っていたらしいミエーレが納得したように頷いた。
「魔法で消した」
「消したの? 消せるものなの? 寝不足は……」
「治ってない。目に見える不調を消しただけ」
「全く……なら……寝不足も解消しなさいよ」
呆れつつもミエーレらしいとシェリはクスリと笑んだ。
改めて、隈のないミエーレの相貌を眺めた。
雪のように白い肌、滲みもなく女性なら誰もが憧れる美の結晶。深慮を彷彿とさせる碧眼。金貨を溶かしたような金糸。見目だけなら、絵本に出てくる理想の王子様。
但し、性格はその限りじゃない。
「よくよく考えるとミエーレの顔に隈がないのをあまり見たことないわね」
「ふわあ……小さい頃から魔法の研究に没頭していたからね。その時から寝不足になった」
「今度、よく眠れる神聖魔法をミルティー様に掛けていただく?」
「いいよ。寝不足でも意識はちゃんとあるし、耳も聞こえる」
「そういう問題なの?」
「そういう問題だよ。
だって、そうしないとシェリの話聞けないでしょう?」
「え」
思ってもみなかった台詞にシェリは一瞬固まった。
どういう意味かとミエーレの碧眼を覗いても、相変わらず眠そうである。
「レーヴ殿下が相槌を打ってくれない、会いに行っても無表情、挨拶をしても返事をしてくれない、その他沢山殿下への愚痴を聞かされた」
研究に没頭しながらも愚痴を聞いてくれたのはミエーレだけだった。シェリが何を言っても適当に相槌を打ちつつ、適度に相手をしてくれたのがミエーレしかいなかった。父には、自分からレーヴと婚約したいと我儘を叶えてもらった手前、心配をかけさせたくなかった。
友人も少なかったのも原因だった。
「だって……わたしが言うのもなんだけど……ああやって本音を零せる相手がミエーレしかいなかったもの」
「そうだね……ふわああ……。シェリはやり方が過激だったから、周りの子達に怖がられていたもんね」
「うっ」
昔、身内だけで招待されたお茶会でシェリは他家の令嬢に思い切り怒鳴りつけたことがあった。
理由は、食事を運んだ給仕の女性の足を引っ掛け態と転ばせた挙句、落とした料理の飛沫がドレスに飛んだと大騒ぎをしたからだ。一部始終を目撃していたシェリは、悪いのは足を引っ掛けた令嬢であって女性は悪くないと庇った。やった証拠がないと余裕の令嬢も魔法で証拠を出されると一気に顔色を悪くした。
当然、態と足を引っ掛け女性を転ばし、更にドレスが汚れたと騒いだ令嬢は母親と共に帰って行った。後日、大説教をされて田舎に送られたと聞いた。
「後はなんだっけ……妾の子の男爵家の息子を囲んでいた伯爵家含む数人の令息を得意の風の魔法で吹き飛ばしたりしたよね」
「あれは大勢で1人を囲んでいたからよ。彼が妾の子なのは、彼のせいじゃないもの。それをよってたかって……」
「はーいはい」
熱くなりかけたシェリを止めたミエーレは向かい合うように座った。すると横を向いた。
「どうしたの殿下、突っ立って」
「え」
シェリも釣られて横を向いた。
所在なさげにレーヴが立っていた。
どうしたのか、本を探しに来た風には見えない。
「い……いや……2人がいるから、その、気になって」
「ふあ……。はあ……ねむ」
「家に帰って……ああ駄目ね。ミエーレが家に帰っても魔法の研究をするだけですもの」
「好きだからね」
レーヴがミエーレの隣に座った。
「ん……? ミエーレ、目の隈はどうした?」
やはりというか、シェリと同じ疑問を抱いたらしい。
魔法で消した、と欠伸と共にミエーレは答えた。
「公爵に何か言われたのか?」
「何にも。ただの気分」
「そうか」
ミエーレとレーヴ。
こうして見ると2人の美貌は目立つ。
……もしも、もしも、である。
ミエーレとレーヴ、どちらを選ぶ日が来たら。
その時、今のようにこうして静かながらも一緒にいられるだろうか。
「ねえシェリ」
不意にミエーレが話しかけてきた。
……気のせいか、碧眼が意地悪げに光っている。
そして、隈がないせいで絵本の中の王子様相貌なせいで濡れたような色香が漂う。
隣にいるレーヴも急な変化にギョッとした。
風の魔法で優しくシェリのシルバーブロンドを舞わせ、ふわりとした手で掴むと――
「魔法以外でおれが興味を抱くのは他にないんだ。頑張って」
毛の先に口付けを落とした。
髪を離したミエーレは席を立ち、あっという間に姿を消した。
「……」
「……」
魔法以外でミエーレが興味を示した。最後の励ましの言葉。
髪にキスをされたことに顔を急激に赤く染めたシェリは、斜め前に座るレーヴから顔を隠すように手で覆った。
逆に、レーヴは事実上の宣戦布告をミエーレから受けて大いに慌てた。内心。
「も……もしかして目の隈を消したのは……」と心当たりが浮上したシェリ。そこに、レーヴが固い声で呼ぶ。口元を隠して顔を上げるとレーヴは焦りと照れが混ざった複雑な表情でシェリを見つめ、そして、席を立って横に回ってきた。
「あ、あの、だな。……その、……」
「……」
「僕は……シェリにもう1度選んでもらえるように頑張る。それで、シェリが、ミエーレを選んでも恨んだりはしない」
レーヴの手が口元を隠すシェリの手を掴んだ。
自分の手は熱いのに、レーヴの手も熱かった。
「ミエーレに負けないよう、君にまた好きになってもらえるよう、努力する」
「……殿下。わたしは、殿下への想いを断ち切る為に頂いた贈り物を……」
シェリが続きを言う前にレーヴは首を振った。
「いい。一からシェリに気持ちを伝え直す為に、必要なことだと僕は思う。寧ろ、シェリが今まで大事にしてくれていたことが嬉しい」
「殿下……」
「また贈らせてほしい。……その、まずは……えっと」
婚約者でもない、恋人でもない。シェリを何と呼ぼうか言葉を探すレーヴ。
傷付けない言葉を探してくれているのが伝わる。
いつか、どちらを選んでも後悔のないよう……シェリも行動していくと決意を新たにした。
――シェリ達から見えない場所で聞き耳を立てていたミルティーが偶然本を借りに来たヴェルデに声を掛けられ、驚きの声を上げるまで後数分……。
最後まで読んでいただきありがとうございました!




