時間の巻き戻し
『素敵な王子様と可愛いお姫様 ~略奪からの奪還~』から得た情報が事実なら、解除方法がないと諦めかけている“転換の魔法”が解除される。確証が欲しいシェリは放課後教会に行くことにしている。
昼休憩時、昨日の今日なのでレーヴを伴ってアデリッサが突撃をかましには来なかった。アデリッサが来ないだけで平和な時間を過ごせるなら、もう2度と来ないでほしい。
移動教室の際、遠くから見えたレーヴとアデリッサ。未だ心の矢印はアデリッサに向いたままでも、レーヴ自身の感情が彼女を好きな人と思わなくなった。しかし、今レーヴが事実を知ったとアデリッサが知ると考え無しのくせに行動力だけはすごい彼女のこと。此方が想像もしない行動をしてしまう危険が極めて高い。
もう少し、もう少しの間だけレーヴには魔法にかけられている演技をしてもらうしかない。
(殿下……あともう少しお待ちください……うまくいけば……あなたを解放させられます)
今のシェリに迷いはない。
せめて、最後くらいは自分の手で解決したい。
今日は生クリームたっぷりのカフェモカを飲んだだけで昼食を済ませた。固形物を食べる気が起きなかった。
図書室に入り、目当ての人がいないか探す。
彼を探すのは苦労する。
「いた」
シェリの目当ての人――ミエーレが机に突っ伏して寝ていた。万年寝不足な彼だがここ最近特に目の隈が酷くなっていた。夜遅くまで調べ物してると眠そうな顔で言っていたのは何時だったか。
普段の調子で“転換の魔法”に解除方法はないと言っておきながら、ミエーレは密かに解除方法がないかを探していたのだ。クロレンス王立学院の書庫量は相当な物。ヴァンシュタイン公爵邸でも調べ物、学院でも調べ物、天才と名高い彼でもやはり睡魔には勝てない。
隣に座って寝顔を見つめる。
目の隈を除けば、絵本に出てくる王子様の容姿をしている。
金貨を溶かしたような金糸、深慮を彷彿とさせる碧眼。顔の造形も非常に整っており、一目見ただけで女性の心を鷲掴む美貌。
この全てを台無しにしているのが目の隈。迫力が増して近寄り難い。シェリは昔から付き合いがあるので気にしない。
「ん……」
起きる気配がない。眠ったばかりなのか、深い眠りに就いているのか。
シェリはそっと金髪を撫でた。
「羨ましいわ」
指を通るさらさらな髪。ふわりと舞うと香る甘い香り。ミエーレの名の通り、彼自身甘い物は好きだ。
「ねえ……ミエーレ。寝ててもいいわ。聞いてほしいの」
ミエーレの触り心地の良い髪を触りながら語る。
「殿下を助けられる方法があるかもしれない。わたしが昔から読んでる本を知ってるでしょう? 昨日、その本のシリーズなのかしらね『素敵な王子様と可愛いお姫様 ~略奪からの奪還~』っていうタイトルがあったの。
聞いたことがないでしょう? わたしもないの。なんとなく、興味が出て本を読んだら……」
ピタリと手を止めた。
「……“転換の魔法”解除に繋がる魔法の存在が記されてあったの」
本によれば、物語の王子様が一時ヒロインのお姫様を忘れ、代わりに別の女性を好きになった。
原因は女性の使った“魅了の魔法”。絵本の世界では“転換の魔法”という言葉は最後まで出なかった。いや、存在すらしないのかもしれない。“魅了の魔法“自体もあまり一般的な魔法じゃない為に、当初ヒロインは別の女性と仲睦まじくする王子様に悲しんだ。
ある時、ヒロインは古い魔法書を発見した。
そこに書かれている魔法に僅かな希望を見出したヒロインは周囲の力を借りて無事発動。
その魔法が今回、シェリが“転換の魔法”解除に繋がるのではないかと期待した魔法だった。
「その魔法はね、時間を巻き戻すというものらしいの」
「無理だよ」
「え」
寝ているミエーレの髪を撫でながら独り言のように話していたシェリの言葉を否定したのは、寝ていたはずのミエーレ。眠そうに碧眼をシェリに向けている。
「お、起きたの?」
「起きてた。シェリがおれの髪触り始めた辺りから」
「殆ど最初からじゃない……」
全く……と片手を額に当てて呆れれば、ミエーレは上体を起こして思い切り伸びをした。
「はあ……で? 時間の巻き戻しだっけ? 無理」
「あ。そう、どうして? 確かにとても難易度の高い魔法なのは覚悟してるわ。でも」
「まず。時間を巻き戻すには、王族クラスの魔力量を持つ者が10人必要。次に【聖女】の力が必要。最後に“時戻り水晶”っていう、とてつもなく希少な魔法石が必要。
【聖女】はいるにしても、王族クラスの魔力量10人分用意するのは無理、魔法石も採取場所が遥か北の果てだから今から探しに行っても何年かかるか」
「……」
つい、レーヴの転換された心を元に戻せると期待して、気持ちだけが逸ってしまった。恥ずかしくなって気まずげにミエーレの碧眼から目を逸らした。
「ま、シェリが食いつくのも分かるよ。時間の巻き戻しか……おれも使えるなら使いたいよ」
「ミエーレが? 時間を戻したいことでもあるの?」
「おれにだってあるよ」
「そう」
シェリは深く追及しなかった。
ミエーレが徐にシェリの頭に手を乗せた。
「殿下に変化があった」
ミエーレ曰く、アデリッサといるレーヴの目に以前程の熱愛が感じられないと言う。
シェリはミエーレに、先日レーヴが屋敷に来たことを告げた。そして、彼がもう自分がアデリッサに魔法をかけられているとも。
「殿下がね……。殿下は馬鹿じゃない。きっとシェリに冷たくされ過ぎてアデリッサへの気持ちが揺らぎまくったのを不審に思ったんだろう」
「殿下が気付いてくれて良かったわ……でも、時間の巻き戻しが無理ならやっぱり……」
元々、時間の巻き戻しという、不可能を可能にする大規模な魔法を簡単に見つけたとはしゃいだ自分が悪い。それこそ、巻き戻せるなら戻したい。
「“転換の魔法”に解除方法がないのは何故だと思う?」
急にミエーレに問われ、目を丸くしながらも元からある感情の矢印の方向を換えるだけだからと答えた。
ミエーレは正解と微笑み、シルバーブロンドを指に巻きつけた。
「そう。殿下のシェリに対する好意があったからこそ、“転換の魔法”は爆発的効果を発揮した。マティアスの付加した“増幅”にも原因がある。そこでだよ、シェリ。シェリは嫌いな人を好きになったりする?」
「余程のことがないと無理よ」
「そうだろう。“転換の魔法”も一緒なんだ。殿下はシェリが好き、アデリッサは嫌い。特に、昔からシェリに嫌がらせをしている挙句に性格も最悪なアデリッサを好く要素は何処にもない。だから最初、殿下はシェリをとても嫌ったのさ」
「……」
「でも今は違う。自分の好意の矢印をアデリッサに向けられていると知り、シェリへの気持ちを思い出した。これって、もう“解除されてる”って認識しても良いんじゃない?」
「!」
そうか、と納得した。掛けられた当人は感情が転換されたとは知らない。最初は強制的に転換された好意の先にいる相手を好きになるが、元から存在する別の相手への好意があってこそ“転換の魔法”は成り立つ。
だが、もしも元から好きな相手に冷たくされたら? 嫌いになられたら?
根本は揺らぎ、転換された好意の先にいる相手がいても気持ちが追い付かなくなる。
「……“転換の魔法”って、元々軍事利用する為の魔法だったのよね?」
シェリなりに“転換の魔法”について調べていた。
「うん。情報を引き出すには、相手から好意を抱かれるのが最も手っ取り早い。“魅了の魔法”だと痕跡が残るし、やり過ぎると精神汚染の傾向が現れる。その点“転換の魔法”はそれらの痕跡を残さない。おれみたいに何でも視える目があれば別だけど」
「好意を抱く相手と嫌悪する相手を同じ環境には置かない」
「そして、転換した相手の近くに好意を抱く相手を近付けさせない」
未だレーヴはアデリッサに対し愛しいと感じる情はあると言っていた。それも一時のもの。
もう1つ、ある考えが浮かんだシェリはミエーレに相談した。
端正な顔が歪んだ。
「知らないよ? どうなっても」
「覚悟の上よ。言ったでしょう? 私のせいで振り回した人の為に私自身で決着をつけたいの」
「頑固だね」
「知っているでしょう」
「知ってるよ」
――嫌でも……知ってるよ。
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