レーヴとシェリ1
うじうじと悩んだところで解決するものもしなくなる。クロレンス王立学院の帰り、寄り道せず真っ直ぐ帰宅したシェリは出迎えた執事に父の居場所を訊ねた。
今は王城にいると返され、帰宅したら話をしたい旨を伝えた。
レーヴとアデリッサの1件で父も連日王城に行き、解決策を模索している。“転換の魔法”に解除方法はないと言われていてもゼロじゃない。僅かばかりの可能性を信じて皆動いている。
アデリッサの幸福ももうすぐ崩れ落ちる。
「嫌な女ね……わたしも」
傲慢な笑みを浮かべ、見せてきたアデリッサが不幸のどん底に落ちる様を想像し、スッキリとはいかなくてもある程度の溜飲が下がる。他人の不幸を目の当たりにして喜ぶなんて人として最低だ。人の不幸は蜜の味というが、こんな蜜いらない。
侍女ルルに着替えを手伝ってもらい、シンプル重視なスカートとシャツ、セーターを着ると飲み物を頼んだ。ミエーレの好きなハニーホットミルクが飲みたくなった。
「ミエーレとのことも考えなきゃ……」
他人を揶揄い、遊ぶのが好きなミエーレだが嘘は吐かない。シェリを好きだと告げた言葉も本心からだろう。だが、何度考えても彼が自分を好きだったのがどうも信じられない。一切素振りを見せなかったのもある。何故、想いを寄せる相手の恋話を彼は聞いて、相槌を打って、時に助言してくれたのか。ミエーレに聞いても上手にはぐらかされるだろう。
小さな溜め息を吐いた後、父フィエルテの帰りを待つ間はハニーホットミルクを飲みつつ、何をして過ごそうかと室内を見回していると――
慌てた様子の執事が部屋を訪れた。
「お嬢様!」
「どうしたの?」
只ならぬ気配を感じ取り、緊張が増したシェリは信じられない言葉を聞かされた。
「そ、それが、第2王子殿下がお見えです」
「え!?」
レーヴが!?
何故!?
驚きと困惑を隠せない。元々の好意の主であるシェリに冷たくされ、心が揺らいで不安定なのは知っている。彼が好きと思わされているのはアデリッサ。アデリッサと仲が悪く、且つ、嫌がらせをし謝罪しないシェリを嫌っていたではないか。レーヴに何が起きたか知りたい反面、またあの嫌悪と憎悪が混ざった相好で睨まれないといけないのかと……足が震える。
「如何なさいます?」
「……申し訳ないけど、帰ってもらって」
「かしこまりました」
レーヴと1対1で話す勇気と度胸がまだシェリにはない。アデリッサのやらかしを公にして初めて話せる気がする。それまではレーヴとの接触はシェリの心にも負担になる。
執事が退室すると緊張が解けたのか、力なくソファーに座り込んだ。
「レーヴ様……」
あなたへの恋心を捨てようとしても、思い入れのある物を処分しても、あなたへの気持ちは全く捨てられない。
「わたしは……どうしたらいいの」
顔を両手で覆ったシェリ。
……外が騒がしい。
段々と近付いてくる。
まさか、と顔を上げた直後――
乱暴に開かれた扉の先には、焦燥に駆られた表情のレーヴが立っていた。
青みがかった髪は乱れ、美しい青い宝石眼は……心なしか、昏い色をしていた。
「シェリ……」
「っ……」
何度も呼ばれたい、呼んでほしいと願った名前呼び。今のレーヴに呼ばれても、悲しみしか生じない。
シェリは呆然とした表情から一変、顔を引き締め堂々とレーヴと対峙した。
「……いくら王子殿下と言えど、少々無礼ではありませんか?」
「……」
「第一、アデリッサを選んだあなたが今更わたしに何の用ですか」
「……ヴェルデとミルティーから聞いた」
「……え」
ヴェルデとミルティーに?
まさか、それは――
「……僕が、アデリッサの魔法でアデリッサを好きだと思い込まされていると」
「!」
レーヴの言葉に、遂に彼が事実を知ったと覚悟を決めた。
ソファーに案内した。
向かい合って座るレーヴとシェリ。ルルの運んだ紅茶とカフェモカから湯気が上がるも2人は手をつけない。飲み物で気を紛らわせる気持ちが湧かない。無言のまま、時間だけが過ぎていく。気まずいながらもシェリはレーヴの次の言葉を待っていた。顔を青く染め、体を小さく震わせる弱い彼の姿を1度たりとも見たことがない。何時だってシェリが見ていた王子様は、王太子である兄王子の手助けをしたいと目に隈が出来ようが徹夜で勉学に励み、強くなろうと手の豆が潰れるまで剣を振り続ける姿。体調を崩そうが少々回復しただけで訓練に出ようとするレーヴに周囲がどれだけヒヤヒヤしたか。レーヴの見目に惚れたのは確か。一目見て婚約をしたい程に惚れたのは確か。でも、決して外見だけで好きになったのじゃない。必死に努力をするその姿に惹かれた。レーヴの妻になるのならとシェリも自分磨きを怠らなかった。アデリッサのように甘えた声ですぐに泣いていいのなら、何度そうしたいと思ったか。
暫くするとレーヴが紅茶を飲んだ。シェリも釣られてカフェモカを飲んだ。温くなり、クリームの溶けたカフェモカも美味しいが出来立てがやはり一番美味しい。カフェモカを飲みつつ、レーヴの出方を窺う。
コトリとティーカップをテーブルに置いたレーヴは「シェリ」と呼んだ。ずっと呼ばれたかった名前呼び。アデリッサに魔法をかけられた当時の鋭さと嫌悪感はなくて、心の奥底が安堵した。
「はい……」
「僕は……元に……戻れるだろうか……」
疑問形じゃない、でも否定してほしそうな声。ヴェルデとミルティーがどこまで話したか不明でも彼等が都合の良い嘘を吐くとは思えない。
「ミエーレはなんと言っているんだ……?」
魔法の天才にして、ヴァンシュタイン秘宝を瞳に宿すミエーレの答えをシェリは告げた。
“転換の魔法”に解除方法はないと。
「……そうか」
諦念が浮かんだ青の宝石眼。恐らく、あの2人は“転換の魔法“についても話していたのだろう。
「ミエーレがそう言うのなら……間違いないんだろう」
「魔法に関してミエーレは嘘は言いませんから……」
「これが“魅了の魔法”なら、ミルティーの【聖女】の力で元に戻れたのだろうな」
「……はい」
だが、仮にレーヴに掛けられたのが“魅了の魔法”なら、周囲の声を聞かず、アデリッサに心酔して破滅していた。魅了は相手の意思を自分だけのものにし、意のままに操ることが可能な一種の精神汚染でもある。
「殿下。殿下がアデリッサに魔法を掛けられた心当たりはありませんか……?」
「……きっと、あの時だろう」
「あの時?」
ゆっくりと語られたレーヴの心当たりを聞き、シェリは泣きたくなった。
王家主催の夜会翌日。やはりあの日、裏庭で彼が待っていたのはシェリだった。
ヴェルデに聞き、翌日ならシェリは来る筈だと聞かされたレーヴだが、結局シェリは来ず(実際はレーヴがいてUターンをした)、なら次のチャンスは昼休憩時だと時間を改めようと教室に戻ろうとした。その際、アデリッサとぶつかって尻餅をつかせてしまった。手を貸してほしいと願う令嬢を無碍に扱うのも、王子として厳しく育てられたレーヴの矜持に反する。紳士として手を貸した直後……会って、想いを告げたい相手が目の前にいると抱いたのだとか。
(ああ……っ)
力無く「僕も間抜けだよね」と笑うレーヴ。シェリは俯き、膝の上にある手を強く握り締めた。震えを、涙を、気付かれたくなくて。
(わたしが……わたしがあの時ちゃんとっ、レーヴ様と会っていたら……! こんな、事にはならなかったっ)
後悔しても、もう遅い。
償えない罪を背負った瞬間。
ちっぽけな嫉妬と疑惑を抱いたせいでレーヴの心に大きな負担をもたらした。最初の、レーヴがミルティーを好きだと勘違いした時点で罪もない人達を不幸にし、振り回してしまっているのに。
レーヴが自分を好きだと知った瞬間抱いた嬉しさも、昔からずっと一緒にいるミエーレに好きだと言われ戸惑った気持ちも。
どれも、シェリが持っていいものじゃない。
「……レーヴ様」
涙を堪えても、声は震えた。
シェリの紫水晶の瞳が真っ直ぐ青の宝石眼と対峙した。
「待っていて、ください」
「待つ……?」
「わたしが……絶対にレーヴ様に掛けられた魔法の解除方法を見つけます。だからどうかっ、気を確かに持ってください。“転換の魔法”を解除さえすれば、あなたはもうアデリッサを好きだと思わなくて良いのです。……新しい、愛する人を見つけられるのです」
「っ」
レーヴが好きなのはシェリ。
……自分には、誰かに好きでいてもらえる資格がないのだと、シェリは言い聞かせた。
瞠目し、何故、とか細い声で発したのを聞かなかったフリをした。
「王族であるあなたに“魅了の魔法”じゃないとはいえ、心を操り自分の物にしようとしたアデリッサを決して許せません。そのせいで罪悪感に襲われているアデリッサの従者も救いたいのです。彼は、無理矢理元の主から引き離され、アデリッサの従者にされたので」
「シェリ、僕に出来ることは……」
いいえ、と首を振った。
「……これはわたしの出来る、罪滅ぼしです。わたしのせいで振り回した人を助けるには、わたし自身がどうにかしないといけないのです」
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