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サロンへの招待

 



 クロレンス王立学院には、学生が申請して使えるサロンがある。貴族の階級によって使用可能なサロンは異なる。公爵令嬢であるシェリは、最上級のサロンの予約を申請した。

 申請が通ったと聞くとある女子生徒に接触を試みた。



「マリーベル・ライトカラーさんね?」

「は、はい……っ」



 件のマティアスの元主人。

 薄い金髪に空色の瞳の、弱気な少女といった印象だった。



「先日、ヴェルデ様があなたに元従者について話を聞きに来たでしょう?」

「はいっ」

「その件について、わたしからもあなたに話があるの。都合が良ければ、今日の放課後サロンに来てくれるかしら?」

「も、勿論です。マティが危ない目に遭っているとラグーン様に言われてから、ずっとマティが気になってて」



 主人と従者という関係ながらも、親戚という近い関係と愛称で呼ぶことから2人の仲が親しかったのが窺える。

 マリーベルにサロンの場所と時間を告げ、早足に去った。アデリッサが何を企むにせよ、取り巻きを使ってシェリを監視するのは造作もない。



「あら?」



 前方から歩いて来るのはミルティー。随分と眠そうだ。

 歩きながら船を漕いでいるのは気のせいじゃない。



「ミルティーさん」

「! あ、お、オーンジュ様!」



 シェリに呼ばれて眠気が吹っ飛んだのか、此方が驚く程にビックリされて、シェリが後ずさってしまった。



「夜更かしでもしたのかしら?」

「は、はい。ちょっと【聖女】の魔法の練習をしていたら、朝になっていて……」

「そう」



 【聖女】の魔法の難易度はシェリでは到底知り得ない。まだまだ未熟とはいえ、ミルティーは努力を怠らない少女。だが、詰めすぎると却って良くない結果を引き起こす。ミエーレも、魔法の研究が楽しいからと夜更かしし過ぎて寝不足になり、万年目の下の隈が消えなくなった。



「食堂に行きましょう。眠気覚ましのコーヒーをご馳走しましょう」

「え? 宜しいのですか? ぜひ!」



 シェリも丁度カフェモカを飲みたい気分だった。

 ミルティーと一緒に食堂に着いた。カウンターへ行き、受付にコーヒー(ミルク多め)とクリームたっぷりのカフェモカを注文。番号が書かれた札を持ち、テーブルに目を向けると。



「あれ? オーンジュ様。彼方で寝ていらっしゃるのは」

「ミエーレ……」



 テーブルに突っ伏して寝ている金色の頭を発見。後ろ姿だけで相手がミエーレと判明した。2人はミエーレの眠るテーブルに座った。

 ミルティーが彼の寝顔を凝視する。



「こうやって見ると、ミエーレ様ってとても綺麗ですよね」

「昔から、顔だけは良いもの」

「オーンジュ様とミエーレ様は、昔馴染みなんですよね?」

「そうよ。父親同士の仲が良いから、小さい頃からよく遊んだわ」

「レーヴ殿下と会う前から交流があったのですか?」

「ええ」



 初めて会った時のお互いの印象はどんな風だったか。

 ミルティーに訊ねられたシェリは、顎を人差し指でトントン叩いた。



「そうねえ……ミエーレは知らないけれど、わたしは綺麗な男の子と抱いたわ」



 波打つシルバーブロンドを持つシェリとは違う、純粋な金色の髪を持つミエーレ。蜂蜜(ミエーレ)という名前に相応しい見目をした幼い彼だったが、開口1番放った言葉によってイメージは崩れ去った。



「初対面のわたしに向かって『君屋敷にいる犬と同じ毛の色だね』って言ったのよ」



 とても無邪気に、子供特有の人懐こい笑みで。



「そう……なのですか……」

「そうよ。犬と同列にされるなんて思わなかったわ」



 当時ミエーレの言った、シェリと同じ毛の色の犬はすっかり老犬となってしまったがまだまだ元気である。何度かヴァンシュタイン公爵家に足を運ぶとゆっくりな足取りでシェリを迎えてくれる。

 最初はそっくりな毛の色と扱われた犬なんて、と抱いたが実際に接してみると人が大好きで予想していたよりも可愛い顔をしていたから、妙に愛着が湧いて一時期犬目当てでヴァンシュタイン家を訪れていた。



「わたしがレーヴ殿下に一目惚れした、婚約者になったと言いに行った時も、ミエーレは人の話を聞いてるのか分からなかったわ」



 彼は魔法の研究に没頭し、折角遊びに顔を出しても全く人の話を聞かない。その点においては、ミエーレもレーヴと同じ。



「ミエーレ様はオーンジュ様のこと、どう思っていらっしゃるのでしょうね」

「……さあ……」



 ミエーレに告白されたが、信じる信じない以前に、彼が他人に興味を示すこと自体ほぼない。

 また、ずっとレーヴを追いかけ続けていたシェリを陰ながら応援してくれていたのも彼。

 毎回、会いに行っては口を利いてもらえず、目すら合わせてくれないレーヴへの不満と不安をミエーレにぶつけていた。

 その時も彼は魔法の研究に没頭し、偶に相槌を打ってくれた。



「よく分からないわ……」



 シェリは不意に手を伸ばし、金貨を溶かしたような美しい髪を撫でた。痛みもなく、さらさらとした髪。気合を入れて手入れをする真面目な性格じゃないのに、羨ましい。

 仄かに香る甘い匂い。

 寝ているのを良いことに、時間になるまでシェリは撫で続けた。


 余程深い眠りに就いているのか、ミエーレが起きることは最後までなかった。



 ――約束の時間になり。予約したサロンに1人で向かったシェリ。

 マリーベルしか招待していないので、豪華で広いサロンには2人しかいない。



「さて。話しましょうか」

「は、はい」

「まず、あなたの従者がアデリッサの従者になった経緯を話してちょうだい」



 マリーベルの話によると、アデリッサがマティアスに目を付けたのは父ナイジェル公爵に届け物を渡しに魔法研究所へやって来たのが始まりと言う。

 所長を務めるライトカラー男爵とは親しく、アデリッサが忘れ物を届けに行った時、男爵と共にマティアスもいたのだ。



「マティはよく父の手伝いをしていたので、研究所へはよく行っていたのです」

「なるほど。そこでアデリッサと会ったのね」

「はい。恐らくですが、父がナイジェル公爵様にマティの自慢話をアデリッサ様がいる前でしたのが原因かと思うのです」



 親戚であるマティアスの魔法の才能は男爵も将来有望だと太鼓判を押すほどのもの。ヴァンシュタインの天才と張り合えるといつも自慢していた。マティアス自身は恐縮してばかりで尊大な態度は決して取らなかった。

 マティアスの魔法の才能とついでに見目の良さに目を付けたアデリッサが、無理矢理彼を従者に欲したのはそれからすぐのこと。



「マティアスが従者になる前、あなたの周囲で異変は起きなかった?」

「……その、非常に申し辛いのですが……私物が無くなったり、上から水を掛けられたり物を落とされることが増えました」

「やっぱり……」



 取り巻きを使ってマリーベルに嫌がらせをし、止めてほしかったら自分の従者になれとマティアスに迫ったのだろう。魔法研究所にいることは知ったのだ、後は彼が来る日を狙って会い、脅して無理矢理従わせたのだ。



「マティがいきなりアデリッサ様の元へ行くと言った時は悲しかったです……でも、マティがいなくなった途端、嫌がらせがなくなったからもしかしたらとは思っていました……」

「男爵にそのことは……」

「いえ……心配させてはいけないと話していません。父は、マティが公爵令嬢に気に入ってもらえて良かったと喜んでいるので……私からは……」

「……」



 魔法の研究に熱心な変わり者といえど、高位貴族と繋がりを持ちたいのはどこの貴族も同じ。

 暗く、俯くマリーベルに安心させてやれる言葉はシェリにはない。

 事が公になれば、無理矢理とはいえマティアスも罪に問われる。

 アデリッサの行動はまだまだ見張る必要がある。

 が、同時に早く自分も行動しないと、予想している、自分に“魅了の魔法”を使ってレーヴに足蹴りにする作戦を実行される。

 予想でしかないのに、確信が持てるのはアデリッサの行動が読みやすいからだ。



「マティアスがアデリッサに何をさせられているかは、ごめんなさい、まだ詳しくは言えないわ」

「はい……」

「でも、彼が被害者というのは此方も把握してる。なるべく、罪が軽くなるように動くつもり。そこは心配しないで」

「ありがとうございます……!」



 羨ましい、と抱く。

 2人は幼い頃からの付き合いで、お互いの気持ちを確認し、時間をかけて絆を深めていった。

 自分とレーヴも幼い頃に婚約を交わしたのに、1度も心を開いてもらえなかった。実際は開いていたらしいが、肝心の本人に一切伝わってない。


 レーヴを諦めるからと贈り物は処分済み。

 だって、彼は元には戻れないから……。



「……」



 今更になって、処分は早計だったと後悔し始めたシェリだった。





読んでいただきありがとうございます!


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