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アデリッサの焦り

 

「ミエーレ!」

「うん?」

「うん? じゃないわ! 顔を近付けすぎよ!」


 

 あの衝撃の口付けをされてから、急に距離を縮めだしたミエーレに警戒心を強くした。今も周りに誰もいないのをいいことに近付いてくるので、牽制の意味で睨む。が、野良の子猫が威嚇している程度の迫力しかなく、ミエーレにしたら可愛さしかない。

 ――とは知らないシェリは、頭に頬を乗せたミエーレの体を押しても微動だにしないことで諦めた。

 但し、またキスをしてこようものなら魔法で反撃する準備は整っている。


 

「なんなのよ、急に」

「え~? おれは昔からシェリが好きだった。知ってるでしょう?」

「知らないわよっ」


 

 口付けをされ、レーヴとアデリッサから離れた直後、顔を赤くしたまま怒ったら、こう言われた。

 “シェリがずっと好きだった”と。


 

(ミエーレがわたしをそんな風に見ていたなんて、絶対嘘……って、言えないわ)


 

 シェリはずっとレーヴ一筋だった。

 他の誰が誰を好きか、なんて全く、これっぽっちも気にしたことがなかった。

 昔馴染みのミエーレだってそう。

 父親同士が友人というのもあり、幼い頃から仲良くしていた。魔法の天才である彼は、幼少期から既にその才能を発揮していた。ヴァンシュタインの秘宝である秘術だって使えた。

 レーヴに恋をしたことも、すぐに話したのはミエーレだった。

 興味もない風に魔法の研究をしていたのに。

 いつから、なんて聞けない。

 飄々と振り回してくるミエーレの真意は、碧眼と同じく深慮を彷彿とさせる。彼の深層心理に辿り着ける者はいないだろう。身内であろうと。


 ただ、ミエーレとの口付けのせいで、レーヴとシェリは婚約状態のままでありながらお互いに恋人がいると要らない噂で持ちきりだ。

 どうにかしないと、と頭を悩ませている。


 

「……ミエーレ」

「なに」

「殿下との婚約解消を、どこかで言わないと、とは分かっているのよ。……でも」


 

 決別した筈だった。

 レーヴへの想いとは。

 いざ、婚約解消を宣言しようとすると口が動かない、体が竦む。

 未練ったらしい自分が嫌になっていると背中をぽんぽん撫でられる。


 

「人の心って、1番分かり辛いんだ。魔法なら調べれば調べる程奥が深く、真理に近付ける。でも人の心は違う。1歩踏み込んだが最後、2度と地上に戻れない暗闇に引き摺り込まれることだってある。人間の心の闇が深い程、覗いたら戻れないのさ」


 

 人間が深淵を覗く時、深淵(むこう)もまた人間(こちら)を覗いているとはよく言う。


 

「シェリは決別した気でいるけど、簡単には捨てられないよ」

「そうね……」

「【聖女】様に言われたけどね。“転換の魔法”をもう1度使って、殿下を元に戻せないかって」

「出来るの?」

「無理。余計、殿下の心を混乱させて、最悪心をぐちゃぐちゃにしたせいで廃人になる確率の方が高い」

「……」


 

 同じ魔法を使ってレーヴを元に戻せる可能性を僅かでも願っていたのはシェリとて同じ。だが、非常に難易度の高い“転換の魔法”を使えるのは、ミエーレだけ。準備にも時間がかかると聞く。ミエーレに簡単に頼むのは気が引けたのだ。


 娘に甘いナイジェル公爵も、中々マティアスを引っ張って来れないでいる。

 何か良案はないかと思案するシェリだった。


 


 ●○●○●○




 ――どうして……!?


 “魅了の魔法”を使い、愛しいレーヴの心を虜にしたのに、彼は自分よりもミルティーとヴェルデを優先した。愛している女の頼みを断るなんてどうしてと憤るアデリッサは、屋敷に戻っても鎮まらなかった。

 大股で私室に向かい、マティアスを呼べと通り過ぎた使用人に頼んだ。

 すると。



「あの、マティアスは旦那様と今朝から登城してまだ戻っていません」

「何ですってっ!!?」



 寝耳に水。

 ライトカラー男爵からの要請を断れきれなかった父ナイジェル公爵が愛娘に無断で従者を魔法研究所に連れて行った。

 登城したと言われただけで魔法研究所とは一言も告げられてないが、前に父がマティアスを連れて行きたいと申してきたから、行くとしたらそこしかない。

 私室に戻ったアデリッサは、ソファーに座って頭を抱えた。手入れを欠かさないピンク色の髪を両手で鷲掴んだ。



「ど、どうしよう……マティアスを連れて行かれた……! い、いえ、きっと大丈夫よ。ライトカラー男爵令嬢をわたくしの取り巻きに虐められたくなかったら、言うことを聞けと脅してあるもの。下手なことは言わないわ絶対」



 男爵は、優秀な魔法使いの手を借りたいと常にボヤいていると父は言っていた。マティアスは“魅了の魔法”や自分が気に入るだけあり魔法の才能に関しては優秀だ。

 戻ったら、マティアスが余計なことを口走ってないかの確認と勝手に彼を連れて出た父に文句を言わないと気が済まない。


 アデリッサはそう考えるだけでやっと感情を落ち着かせた。呼び鈴を鳴らし、飲み物を持って来るよう命じると可愛らしいクッションを抱いた。



「そうよ、大丈夫よ。ミエーレ様とシェリにバレていると言えど、証拠がないもの」



 ヴァンシュタインの秘宝を瞳に宿すミエーレにかかれば、どんな魔法も見抜かれてしまうが王族相手に“魅了の魔法”をアデリッサが使ったなどという証拠はない。

 あくまで魔法を作ったのはマティアス。

 シェリに“魅了の魔法”を使う計画と共に、公に事が露見した場合の言い訳もきちんと作っている。

 従者が主人の恋心を叶える為に暴走した結果だと告げたらいい。アデリッサ自身は、言われた通りの方法でレーヴと接していただけと。


 身分の低いマティアスと公爵令嬢のアデリッサなら、誰もが高位貴族の令嬢である自分の言い分を信じる。

 何より、父ナイジェル公爵は国王からの信頼も篤い。


 破滅するのはマティアスだけ。

 自分は好意を利用され、騙されただけの被害者。



「ええ。わたくしは罪に問われないわ。……ふふ、でもやっぱり、公になる前に何としてもシェリに“魅了の魔法”をかけて、レーヴ様には足蹴りにしてもらわないと」



 そうすれば、この苛々も更に消化され、またレーヴと結ばれた時と同様の天国を味わえる。


 父とマティアスが戻ったと聞くなり、玄関ホールまで飛んで行った。上着を執事に預けていた父に真っ先に詰め寄った。



「お父様! あれ程マティアスを連れて行かないでとお願いしたのに!」

「おぉ、ごめんよアデリッサ。男爵に、あまりに人手が足りないと嘆かれてしまってね。魔法の研究は我が国では非常に重要なことなんだ。優秀な魔法使いであるアデリッサの従者を勝手に連れ出したことは謝るよ。今度、欲しい物があれば何でも言いなさい」

「物で釣らないでちょうだい! でも釣られてあげるわ。お父様、今度からはちゃんとわたくしを通してくださいね」

「ああ、勿論だよ」



 マティアスを連れて部屋に戻った。

 アデリッサは父に向けていた、怒った可愛い娘から一転、憤怒の形相でマティアスに詰め寄った。



「お父様に余計なことは言ってないわね!?」

「も、勿論です。誰にも話していません。公爵様に今一度確認されれば、分かります」

「あと、あなたの“魅了の魔法”不完全じゃない! レーヴ様はわたくしのお願いを聞いてくださらなかったのよ!?」



 アデリッサが最も腹を立てているのがこれ。

 父が勝手にマティアスを連れ出した以上に怒りが強い。

 愛しの自分よりも、教会の面白くもない行事の話をするミルティーとヴェルデを優先した。愛しい自分がいたいと願っても、レーヴは快い承諾をくれなかった。優しく、幼い子供を諭す口調で退室を求められ際には、あまりの悲しさに演技も忘れ本気で涙を流した。走り去る自分を追い掛けてくれると信じていたのに、レーヴは、彼は来てくれなかった。シェリから奪い、愛される喜びに浸っていたのに。



「レーヴ様がわたくし以外のことを考えられないようにしなさい!!」

「そ、それでは殿下の意思がなくなってしまいますっ」

「わたくしのお願いを聞いてくれないなんて、そんな愛され方わたくしは嫌よ! いいこと!? 明日、殿下にこの前かけた“魅了の魔法”をより強力にしたのを作りなさい。命令よ、ライトカラー男爵令嬢を傷物にされたくないでしょう?」

「っ」



 マティアスに有無を言わせず、従わせるのに最も最適な言葉。彼はマリーベルに惚れている。彼女を脅しの材料にすれば、どんな難題でも熟す。

 俯いた彼が唇を噛み締めた。

 暫く無言だったが、小さく掠れた声で「……畏まりました」と告げた。

 アデリッサは鼻を鳴らすとベッドに腰掛けた。



「レーヴ様はわたくしの物よ、絶対に誰にも渡さない。見てなさい、シェリ」



 ――アデリッサの部屋の前で、術式を刻んだ掌を扉に当てていたアデリッサの父カール・ナイジェルは、深い失望の淵にいた。



「……ああ……どうして……こんな子に育ってしまったんだ。たとえ髪の色がああでも……真っ当な子に育って欲しかった……」



 


次回から不定期更新になります。


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