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見せ付けられる口付け

  


ライトカラー男爵からの要請を受けたナイジェル公爵が魔法の才能に優れたマティアスを魔法研究所に連れて行きたいとアデリッサに告げたものの、既にシェリとミエーレに企みがバレているところに彼を1人行動させるのは危険だと判断し、お得意の我儘で拒否した。

 ……と、今朝、迎えに現れたミエーレに聞かされたシェリは予想通りだと驚きもなかった。馬車の中、食べそびれた朝食を楽しむミエーレにフィッシュチップスを差し出された。



「食べる? 美味しいよ」

「ええ、いただくわ」



 シェリは朝食は済ませてきたがフィッシュチップス1枚ならどうということはない。ヴァンシュタイン家お抱えの料理人が作る品はどれも一品だ。オーンジュ家の料理人も負けていないが、偶には他家の料理を食べるのも悪くない。

 貰ったフィッシュチップスを食すとナプキンを渡され、汚れた指を拭いた。



「アデリッサは次に何を仕掛けると思う?」とミエーレに問われ、人差し指を顎にとんとん当て、ある予想を紡いだ。



「“魅了の魔法”をわたしに使いそうだわ」

「シェリに?」

「ええ。といっても、魅了されるのはわたし。わたしがレーヴ殿下に魅了されるように設定して、足蹴りにされるのを期待してそう」

「はは。中々に悪趣味だな」



 だが、可能性が高い。

 マティアスが再びアデリッサの命令を聞くか定かじゃない。間接的にマリーベルを人質にされている彼なら、もっと別の方法で実行する方法もある。それが今問題の“転換の魔法”である。

 “魅了の魔法”は使うだけで重罪となる。



「仮にマティアスが“魅了の魔法”を使ってきたらどうするの?」

「事実が公になっても、減刑してもらうようお父様にお願いするつもりよ。彼も立派な被害者よ」

「優しいね、シェリ」

「優しくないわ。自分が嫌だからするだけ」

「はいはい。あ、もう着くよ」



 会話をしている間にも馬車はクロレンス王立学院に到着した。朝食道具は横に置かれた。御者が扉を開くと先にミエーレが降りて、外からシェリに手を差し出した。



「偶には紳士らしいことしてもいいだろう?」

「ミエーレが紳士ねえ……顔はいいのに」

「ほっといて」



 本人も隈は気にしているらしく、努力して寝ようとするが中々寝付けず、苛ついて魔法研究に没頭してしまうのだ。ミエーレに降ろされたシェリは御者に今日は馬車で帰ると伝え、校舎内に入った。玄関ロビーに来ると待っていましたと言わんばかりのレーヴとアデリッサがいた。

 朝から時間がかかる……。

 険しい表情なのに、複雑に揺れるレーヴの青い宝石眼。“転換の魔法”に揺さぶられ、自分の本当の気持ちをコントロール出来ないでいた。

 シェリは複雑な思いを抱え、レーヴに朝の挨拶をした。



「おはようございます、第2王子殿下」

「……ああ」

「おはよう殿下。朝からイチャイチャしてるのをシェリに見せ付けて……これ、婚約解消した後だからいいけど、していなかったら立派な浮気だよ」

「っ」

「酷いです! ミエーレ様! わたくしと殿下は愛し合っているのに……!」



 レーヴの腕に引っ付き、涙をたっぷりと溜めてミエーレを睨み上げる姿は小動物が肉食獣に必死の抵抗をする光景と似ている。

 ……が、シェリは呆れたように口を挟んだ。



「あら? 事実じゃない。もう婚約解消は済んだ手前、あまり言いたくはないのだけれど……婚約中に他の相手と懇意にするのは、よろしくないと殿下がよくご存知の筈です」

「っ、ああ。だが僕が誰を好きになろうが僕の自由だ」

「……そうですわね」



 もしも、もしも。今までの婚約期間のどこかで、たった1度でもいい、好意を示してくれていたら、ずっと待っていられた。解除方法がなかろうと絶対にレーヴの心を元に戻すと行動した。

 現実は甘くない。魔法によって豹変した後に好意を抱いていたとヴェルデやミエーレから知らされても、……心の防御層は既に決壊し、ぼろぼろになっていた。


 自分自身を嘲笑い、目の前の相手に悲しみを帯びた相好でシェリはふっと微笑んだ。



「わたしはアデリッサが何もしなければ、2人には一切近付かないことをここに宣言しますわ」



 アデリッサがレーヴに泣き付くのはシェリに絡んだ挙句撃退されるから。絡まれる方も地味に精神力と体力を削る。面倒な程に。

 折角、もうレーヴには近付かないと敢えて周囲の目がある場で誓ったのにアデリッサの瞳から悔しさが消えることはなかった。



「嘘です! そう言ってシェリ様はわたくしに陰から嫌がらせをするに決まってます!」

「はは! シェリは常に堂々とするよ。ナイジェル嬢じゃないんだからさあ」

「なんですって!?」



 人の神経を逆撫でするのが得意なミエーレにまんまと乗っかり、逆上するアデリッサの顔は赤い。不敵で揶揄っているのが明白なミエーレの碧眼に複雑な魔法式が走った。ヴァンシュタインの秘宝が発動された。

 瞬時に顔を蒼白とさせたアデリッサが強い力でレーヴの腕を引っ張った。



「あ、ああの、殿下、もういいですわ、わたくし、シェリ様にもミエーレ様とももう関わりたくないですう!!」

「1度たりともこっちから関わった覚えはないのだけれど」

「っ!! 殿下あ……!」

「ど、どうしたんだ、急に」



 レーヴの困惑が見て取れる。ミエーレの魔法に恐れをなしたアデリッサは、早くこの場から離れたい一心で胸に飛び込んだ。



「お願いです……わたくし……ミエーレ様もシェリも怖いのです……っ」

「アデリッサ……」


 

 栗色の瞳からぽろぽろと流れ落ちる雫。頬に手を添え、痛ましげにアデリッサを見下ろす青の宝石眼がシェリとミエーレを捉える際には鋭さが増していた。

 ……それと同時に、限界まで目を見開いた。


 金貨を溶かしたような金糸と波打つシルバーブロンドが重なっている。背の低いシェリに覆い被さるようにミエーレが背を曲げていた。

 2人の唇が重なっていた。

 瞠目する紫水晶の瞳はミエーレを呆然と見続け……深慮を彷彿とさせる碧眼はレーヴを見ていた。キスをしながら、器用に口端を釣り上げた。


 ――挑発するかのように……。


碧眼が瞠目する紫水晶の瞳と重なると、反対に唇が離れた。呆然とするシェリだったが、次第に顔を赤く、果ては耳まで染めると――身体を震わせ目の前にいる相手に向けて声を上げたいのだろうが、そこは公爵令嬢としてのプライドで押し留め。涙目でミエーレを見上げた。



「な……何を、しているのよ、ミエーレっ」

「あれ? 【聖女】様が言っていたじゃないか。殿下におれとシェリの仲を見せ付ければ、揺さぶれるって」

「だからって……!」



 悪びれた様子もないミエーレのせいでシェリの怒りはどこへ向けて良いか分からず。りんごの如く真っ赤な顔も涙目な紫水晶も……どれもレーヴの知らないシェリの1面。嫌いなのに、ずっと好意を抱いていたアデリッサに危害を加える大嫌いな相手なのに――自分に向けられない感情(それ)をミエーレが受けていることに途方もない絶望を味わう。

 隣でアデリッサが顔を赤らめ何かを言っているがシェリに釘付けなレーヴの耳には届いていない。



「っていうことで殿下。ナイジェル嬢に嫉妬してシェリがスープを掛けたのは出鱈目。だってもう嫉妬する意味がないじゃないか」

「ちょっとミエーレっ」

「黙っててシェリ。……君はナイジェル嬢が大事なんだろう? なら、ナイジェル嬢のことだけを考え、ずっと側にいたらいい。そうしたら、仮にまたシェリが危害を加えようとしても守れるだろう?」



 ミエーレの言うことは正しい。シェリがアデリッサに2度と危害を加えないようにするにはレーヴがずっとアデリッサの側に居続けたらいい。

 分かっているのに……優雅に(こうべ)を垂れ、シェリの腕を掴んで離れていくミエーレが憎々しい。



――ミエーレは僕がどれだけシェリが好きか知っているのに何故……っ!


 ハッと、今自身に過ぎった感情に強烈な疑問を抱いた。シェリを好き? 何故そう抱く? 自分が好きなのはアデリッサなのに。



「殿下……?」

「!」



 たおやかな声で現実に引き戻されたレーヴが下を向くと、栗色の瞳に涙を溜めて見上げるアデリッサがいた。

 アデリッサを見るだけで包まれる果てのない愛情は本物だ。

 ……本物の、筈だ。


 嘗てない違和感を抱えたまま、2人の消えた方向とは別ルートで教室に向かった。



読んでいただきありがとうございます!


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[一言] ヤッたな、ミエーレ……これ、王子が自力で魔法解いても遅いんじゃね?ストーカーが生み出されるんじゃね?
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