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食堂

 

 正式な発表は来週開催される王家主催のパーティー。既にラビラント伯爵家には通達がいっているとも教えられた。正式発表がされれば、レーヴは堂々と愛しのミルティーと愛し合える。張り裂けそうな痛みを訴える心とは裏腹に、達成感のような気持ちも生まれていた。初めてレーヴが喜ぶことが出来たからなのかもしれない。

 婚約解消の条件が絶対にシェリから言い出したこととレーヴに言わないこと。話す機会が1度もないのでとても簡単に守れる条件だ。新たな婿養子については父フィエルテから何も言われていない。レーヴとミルティーの婚約が正式発表された後で聞いてみよう。


 シェリは今クロレンス王立学院の図書室に来ていた。何時もなら、レーヴのいそうな場所を探しては彼を遠くから見つめていた。よくよく考えるとストーカーだ。我が儘な相手と婚約させられ、更にストーカー紛いな行為までされて好きになってくれる筈がない。今になって自分がどれだけレーヴに相応しくない相手だったかを思い知らされ、泣きたい気持ちになった。例え人が少なかろうと決して涙は見せない。公爵令嬢としてのプライドがそうさせる。



「なんの本を読もうかしら」



 前に読んだ推理小説の続きにしようと思ったが運悪く続刊は貸し出し済だった。返却される間に他のを読もう。惹かれそうなタイトルを探していると大きな音を立てて扉が開かれた。静寂が包む図書室に余計な雑音を入れるのは誰だと眉を寄せ、本棚から覗き込むように犯人を確認して声が出そうになった。

 青みがかった銀髪は若干乱れ、王族にしか受け継がれない宝石眼の青は焦燥に染まった色をしていた。忙しく周囲を見回す彼――レーヴは大股で室内に入った。

 誰を探しているのか……等と考えなくても分かる。ミルティーだ。それもあんなにも焦っているのを見ると彼女に何かあったのか。だが、シェリが行って訳を聞いたところで余計なお世話というもの。

 焦っている時に嫌っている相手が来たら彼は更に機嫌を悪くする。レーヴがシェリのいるフロアとは反対方向に向かったのを見、見つからないよう違う扉から図書室を出た。


 本探しは何時でも出来る。今度行くとき、どんな本を読みたいか決めてから行こう。

 10日前と同じく、帰りは徒歩にすると御者に伝えたので放課後は好きに使える。シェリは食堂へ足を運ぶことにした。貴族だけではなく、条件を満たせば平民も入学出来るクロレンス王立学院の食堂は、貴族用と平民用でメニューが分かれていた。

 前から平民用のメニューを食べてみたい好奇心があった。昼は生徒の人数が多くて気が引けるが放課後利用している人はあまりいないと聞く。


 食堂へ来たシェリは中を見る。ちらほらと人はいるが皆思い思いの時間を過ごしている。シェリは購買へ行き、平民用メニューにあるウインナーの挟まったパンを頼んだ。前から気になっていたメニューの1つだ。

 紙に包まれたウインナーの挟まったパン――ホットドッグというらしく、後クリームたっぷりのカフェモカも購入し、代金を支払ったシェリはホットドッグとカフェモカのカップを持って庭へ出た。天気が良い日は、庭に設置されたテーブルで食べるのも良きだ。

 庭には幸い誰もおらず、シェリは陽当たりの良い席を選んだ。

 椅子に座り、購入した際教わった食べ方でホットドッグを一口食べた。



「美味しい!」



 美しい紫水晶の瞳が初めての味に輝いた。グリルされたウインナーをトーストしたパンに挟み、その上にトマトソースがかかっただけのシンプルなパンなのにとても美味しい。値段もお手頃で平民の生徒達から人気の高いパンだと聞いていたが貴族でもこの味を好く人はきっといる。内緒で食べるには打ってつけだ。

 半分食した辺りでカフェモカのカップを持った。シェリの頼むカフェモカは、通常よりクリームを多目にしてもらっている。甘い物が大好きなシェリのお気に入りだ。

 全て食べ終えるとナプキンで口元を拭いた。カフェモカも飲み干し、ゴミを捨てようと席を立った。


 ――時だった。

 図書室で見た時より更に髪が乱れているレーヴが食堂へやって来た。危うく見つかりそうになったシェリは慌てて隠れた。図書室の時と同じでやはり焦った様子で誰かを探していた。

 シェリの思う探し人ミルティーがいないと知ると顔を歪め早足で去って行った。一体何があって必死に探しているのか。



「……」



 心に影が差す。

 探されている人が――ミルティーが羨ましい。



「……わたしじゃ、レーヴ様は必死になって探してくれないもの」



 全ては自分の我が儘が引き起こしたこと。

 我が儘など言わず、時間をかけてレーヴと仲を深めた状態で婚約を打診していたら彼だってきっとシェリを好きになってくれた。

 一目惚れをしなければ良かった。


 折角の新しい発見も台無しになってしまうと、首をブンブン振って思考を捨て去った。レーヴと鉢合わせする前に帰ろう。ゴミをゴミ箱へ捨てたシェリは食堂を出て教室へ向かった。

 1年生の教室は3階にある。階段を上がって3階まで行き、自身の在籍する教室に入ったシェリは机の上に置いていた鞄を手に持った。

 チラリとミルティーの机を見た。荷物はない。帰宅しているか、まだ学院内の何処かにいるかのどちらかだ。

 すると、バタバタと慌ただしい音が響いた。もしや、と慌てて掃除用具入れに入った。



「くそっ、もう帰った後かっ」



 本当にどうしたというのか。レーヴはミルティーに何を伝えたいのか。教室の入り口に現れたと思うと顔を歪め、強く壁を殴った。吃驚したが声は出なかった。赤く染まった拳を強く握り締めるせいで指の隙間から血が出ていた。

 強い怒りが彼から発せられる。余程の事がシェリの知らないところで起きているらしいが、もうシェリはレーヴの婚約者じゃない。駆け寄って手当てをしたい衝動を必死に抑え、早くレーヴが去ってくれることだけを願った。





読んでいただきありがとうございます。


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