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終わったら……


 最近授業をサボる回数が増えてきた。そろそろ真面目に戻らないと、とは頭では理解している。実際行動に出られないのは主にアデリッサとレーヴのせい。放課後まで図書室にいたシェリとミエーレは、件の従者の元の主である令嬢と接触成功したヴェルデの報告を今受けていた。床に座ったままじゃなく、ちゃんとテーブル席に移動して。

 

 

「マリーベル・ライトカラー男爵令嬢が話してくれました」

「ライトカラー男爵家か。確か、魔法研究に力を注ぐ一族だったね」とミエーレが捕捉。

 マリーベルの元従者の名はマティアスといい、マリーベルとは親戚に当たる。魔法の才能も優秀で且つ見目が良かったことからアデリッサに目を付けられ、無理矢理奪われたのだ。

 

 

「どう奪ったの?」

「マリーベル嬢に危害を加えないのを条件にマティアスが自分からアデリッサ様の従者になると申し出たようで」

「はあ……最低ね」

 

 

 頭が痛い。仕事熱心、常に王国の為に働くナイジェル公爵が本当に不憫でならない。ミエーレの得た情報によって知ったアデリッサのコンプレックスが事実なら、多少性格が歪んでもおかしくはなさそうだが、それをカバーできる愛情をあの公爵が注がないのは変だ。やはり、持って生まれた性質なのだろう。

 暫くヴェルデが得た情報を聞き。

 次にヴェルデがシェリに問うた。

 

 

「2人はどうして図書室に?」

「察してよ」

 

 

 ミエーレが苦笑混じりに言う。

 何があったかおおよその見当がついたヴェルデが溜め息を吐く。

 

 

「……オーンジュ嬢。殿下のことですが……“転換の魔法”が解除されなかったら」

「……ヴェルデ様。わたし、もう殿下のことは諦めますわ」

 

 

 今日向けられた、嫌悪だけじゃない憎しみまで篭った瞳で睨まれ、碌に証言も欲しないで現場の状況だけでシェリを悪と決め付けたレーヴに対する恋心は粉々に砕けた。

 ずっとレーヴのせいじゃない、魔法にかけられているせいと言い聞かせていても。シェリだって普通の女の子。好きな人に冷たくされ続けた果ての行為にもう限界だった。

 シェリを好きな気持ちの矢印を強制的にアデリッサに向けられた副作用で気持ちが揺らいでいたにせよ、どうせ解除方法がないのなら……もういい。

 

 

「だけど……このままアデリッサを野放しにはしないわ。しっかりと落とし前はつけてもらわないと」

「さっき、おれとシェリで話してたんだ」

 

 

 アデリッサにはキツい罰を、従者のマティアスには軽い罰をと。

 彼の場合はアデリッサに脅されている可能性が高いのでなるべく救う手立てがあるか探る。ただ、不敵に笑うミエーレのこと。どうせもう手があるのだろう。

 

 そういえば、とシェリはミルティーはどうしたのだとヴェルデに聞く。

 

 

「ミルティーですか? 彼女は教会に行っていますよ。【聖女】の魔法を早く自分の物にしたいと張り切っていましたよ」

「そう……。あまり、魔力操作(コントロール)上手じゃないから心配だわ」

「そこはミルティーの努力次第ですよ。さて、ぼくはこれで」

 

 

 ヴェルデは席を立った。

 彼がいなくなると再びミエーレと2人きりに。

 

 

「……ミエーレ、これから時間をいただける?」

「いいけど」

「手伝って欲しいの」

「何を?」

「……殿下への想いを捨てるのを」

「……いいよ」

 

 

 今までレーヴから沢山のプレゼントを頂いてきた。全部シェリの大切な宝物。だが、それも今日まで。

 それら全てを処分して、改めてレーヴへの好意を過去のものにする。

 

 図書室を出たシェリに続いてミエーレも続く。この後、昼食時の出来事をレーヴと話す予定だったのをシェリはきっと忘れている。



「今度、新作のスイーツの試食をしてよ。シェリの意見も聞きたい」

「まあ、是非!」



 それはそれでいい。

 だって──



「…………」



 呆然とした面持ちでシェリとミエーレを見つける青く輝く宝石眼が……遠くにあるから。




●○●○●○



「これとそれをこっちに置いてあれはあっちへ……」

 

 

 風の魔法を使って今までレーヴから贈られたプレゼントを全て部屋の真ん中に集めるシェリ。ミエーレは侍女ルルが淹れてくれたハニーホットミルクを味わっている。レーヴへの想いを完全に断ち切る為の決断として、全てのプレゼントの処分を決行。婚約が結ばれてから、彼は婚約者として定期的に贈り物をくれた。小さな物から大きな物までシェリ好み。口は利いてもらえず、目も合わせてもらえなくても望みがあると抱いていたのはプレゼントの存在が大きかった。本当に嫌っているなら、少なくともシェリ好みの贈り物はしないと。

 ずっと、ずっと待っていた。

 待っていた結果が現在。

 ルルは突然の奇行に驚きながらも、次々にプレゼントを置いていくシェリに黙って従う。

 衣類、装飾類、日用品その他で分けた品物を前に顎を人差し指でトントン叩く。

 燃やして終わりなら早いが再利用可能な品ばかり。日用品は使用済みなので難しいが……。

 

 

「ルル」

「はい、お嬢様」

「ドレスと装飾類は全て売り払って。日用品はそうね……未使用の物だけ残して、後は処分してちょうだい」

「本当によろしいのでしょうか? これ全部……」

 

 

 言い難そうに口籠るルルを心配させまいと「いいのよ。もうわたしは第2王子とは他人だもの」と気丈に振る舞った。まだ何か言いたげなルルだが、言われた通り準備を始めた。他の使用人と協力してドレスを丁重に外へ運び出し、装飾類もジュエリーボックスに仕舞って外へ。処分する日用品は適当な箱に乱雑に入れ、残す物は屋敷に仕える者で希望者がいれば与える方針となった。

 シェリは空っぽになった隣室に寂しさを抱いた。ずっと此処はシェリの宝部屋だった。レーヴから頂いたプレゼントの山で溢れかえっていたのに……物がなくなると実際の広さよりとても広々と感じた。

 ハニーホットミルクを飲み終えたミエーレが「シェリ」と隣に立った。

 

 

「本当にあれで良かったの?」

「ええ。いいのよ、これで」

 

 

 時間が経てば、初恋も失恋も何れ若さ故の苦い思い出となってシェリの記憶となる。

 頬を自身の手で叩いて「さて」とミエーレを見上げた。

 

 

「これからの話をしましょう」

「そうだね」

 

 

 元の部屋に戻り、中央に置かれるソファーに座った。

 ミエーレが早速切り出した。

 

 

「アデリッサのやらかしを暴露する前に、件の従者をどうにかしないとならない」

「接触する方法を考えましょうか」

「いや、それなら当てはある」

 

 

 魔法研究に力を注ぐライトカラー男爵は主に王宮魔法師研究所に勤めている。優秀な魔法使いの手を借りたいと常にボヤているとか。事の経緯を知るナイジェル公爵にある依頼をする予定。

 

 

「ナイジェル公爵にマティアスを王宮魔法師研究所に同行させてと頼んでみるよ。娘の従者の素性くらい、把握していない人じゃないと思うしね」

「そうね。アデリッサからマティアスを引き離す正当な理由といったら、それくらいね」

「ああ。“アデリッサがごねても頑張って♪”って応援するから、きっとやってくれるよ」

 

 

 声色からして状況を愉しんでいるのが明白な昔馴染み。長く付き合いがあるから、彼の性格が普通とは違うのはシェリがよく理解しているのに。時々頭が痛くなるとはこのことか。

 昼食時、核心をついたシェリの発言に大いに動揺したアデリッサが果たして簡単にマティアスを王宮へ行かせるだろうか。例え父親の同行だとしても、自身のやらかしを天敵に知られていると知ったアデリッサでも重要な協力者を自由にさせない気がする。

 ナイジェル公爵の力を信じるしかないか、と今度は溜め息を吐いた。

 

 

「知ってた? 溜め息を吐いた数だけ、幸せは逃げるって」

「なら、わたしの幸せはとっくの昔になくなってるわ」

「はは、違いない」


 

 シェリはミエーレを静かで硬い声で呼んだ。

 最初、レーヴが好きなのはミルティーだと誤解して婚約解消をし、ミルティーと婚約を結ばせたこと。ヴェルデがミルティーを好きだと知らず、あの2人の婚約を結んだことに強い罪悪感を抱いたこと。だが、実際はレーヴが好きだったのは自分で、その気持ちをアデリッサに利用されてしまったこと。

 ここ最近の出来事を第3者目線で語ると見慣れた天井を見上げた。

 

 

「きっと、バチが当たったのね。だから神様はわたしにこんな不幸を齎すのかしら」

「さあ? おれは無神論も有神論も信じてない。つか、どうでもいい。ただ、レーヴ殿下の気持ちが本物だったのは知ってる」

「……気持ちと決別した人間にそれを言うの?」

「言うよ。おれは言いたいことは言うし、言いたくないことは言わない」

「はいはい。そうだったわね」

 


 心穏やか……とは違うが、荒むことも暗い方へ落ちていくこともない。ミエーレは名前通りの男じゃないが偶にシェリにとってはそうなる。

 

 

「あ……ヴェルデ様は、この間の舞踏会が終わったら縁談の話を受けると言っていたけれど……」

 

 

 もし、今回の事態で先延ばしになっているのなら申し訳ない。明日にでもヴェルデに尋ねよう。

 

 

「心配は無用じゃないかな。ヴェルデはその辺上手くやる。殿下と【聖女】様の婚約はなかったことになるんだろう? なら、彼女に正式な婚約を申し込める」


 

 ミルティーの様子からするに、きっと彼女もヴェルデを好いている。ラビラント伯爵家に養女として迎えられ、最初に仲良くなったのがヴェルデ。親愛が恋愛に変わる時だって大いにある。羨ましくなる反面、自身も今回の事が終わったら真面目に次の婚約者を探さないとならない。冗談混じりにミエーレは自分がと言うが、貴族の当主は自由を愛するミエーレには似合わない。卒業したら、彼なりに王家の番犬としての責務を全うする姿が目に浮かぶ。そちらの方がよく似合う。

 

 

「アデリッサを罰したとしても、解除不可能な“転換の魔法”をかけられた殿下は……他の誰かを好きになるのは」

「ないね」と付け足された。

 

「マティアスに実際会ってみないとだけど……殿下にかけられた“転換の魔法”にはさ、面白い性質が付加されてるんだ」

「付加が?」

 

 

 魔法には元々備わった性質と故意に与える性質の2種類が存在する。人と同じで後者の場合は魔法との相性が悪いと効力は十分に発揮されない。ミエーレの碧眼は何を読み取ったのか。訊ねると欠伸を挟んで答えてくれた。

 

 

「ふわあ…………“増幅”だよ」

「増幅?」

「そう。アデリッサの従者をするマティアスが殿下とシェリの関係をアデリッサからは当然聞かされていた筈だ。恐らく、シェリへの嫌いな感情をアデリッサに転換させ、尚且つ感情を増幅させて余計嫌われるよう仕向けようとしたんだろうね」

 

 

 無理矢理元の主から引き離された従者なりの復讐が思わぬ形でアデリッサの思惑を成功させてしまうのだから、世の中は何が起きるか誰にも読めない。神ですらもきっと掴めない人の運命。魅了と転換の違いを魔法の才能に乏しいアデリッサが見抜く術はない。そもそも、魅了と信じ切っているので疑うことすらしていない。

 

 

「はあ……ねえ、マティアスに会えるなら、わたしも同席していい?」

「いいよ。シェリは被害者なんだ。1番の被害者は殿下なんだろうけど」



 アデリッサが仕掛けさえしなければ、シェリもレーヴも婚約者としてやり直せていただろう。禁忌指定されなかった“転換の魔法”だが、今後は指定される可能性が大きい。軍事活動には極めて重要な効果を発揮する為、使用制限付きの指定とされる方が助かる、とはミエーレの言い分。扱える人間が限られている分、条件は軽くしてほしいと今度国王にお願いするのだとか。

 

 するとミエーレの手がシェリの頭に乗った。

 

 

「なによ」

「前におれが言ったの覚えてる? シェリの婚約者に立候補しようかなって」

「ええ。……え? 本気だったの?」

「うん。おれにしては珍しく。終わってからでいい。考えといて」

「……」

 

  

 普段の不敵さも、眠気も、愉快な色もない。純粋に昔からの友人を気遣う仕草はあるが、深慮を彷彿とさせる碧眼の奥にはシェリへの情を訴えていた。初めてミエーレから友人以上の気持ちを向けられ恥ずかしくなったシェリは俯いた。

 

  

  


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王子がもとに戻ったとしても転換された期間はシェリの苦しみの日々のほんのちょっとの期間でしょう。もっと苦しめ!とまでは言いませんが、ヘタレが上乗せされるとか何ていう罰ゲーム? シェリが他の男性…
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