転換された好意
2人、影を重ねて帰って行くシェリとミエーレの後ろ姿が眩しい。
ずっと想いを寄せていた女性アデリッサと結ばれ、やっと本音を言えるようになれたレーヴの心中は穏やかじゃない。
シェリはずっとアデリッサに嫌がらせをしていた。それは、レーヴに想いを寄せているから。しかし、一目見てアデリッサを好きになったレーヴが涌いて出たシェリを好きにならず。また、嫌がらせの件もあり益々嫌いになった。個人の好き嫌いで相手は選べないからと、最低限の関わりしか持とうとしなかった。
なのに――
『第2王子殿下。いくらあなたでも、婚約者でもない令嬢を名前で呼ばないでいただけますか?』
ギザギザで、研ぎ澄まされた刃で胸を刺された痛みがレーヴに襲い、ほんの一瞬呼吸方法を忘れた。シェリは婚約者。シェリの我儘によって結ばれた。ずっと嫌い続けていたシェリと何時婚約解消になったのかレーヴは知らない。これでアデリッサと後ろ暗いこともなく愛し合えるのに、凍てつく紫水晶の瞳に見上げられただけで絶望に落とされた。
「殿下ぁ……っ」
呆然とシェリとミエーレの後ろ姿を見続けていると、たおやかなアデリッサの声が現実に引き戻した。
「どうしたのですか……?」
「いや……なんでもない……」
花畑で見つけ、一目惚れをした、黄金の妖精に――
――黄金?
黄金という表現はシェリ。波打つシルバーブロンド、妖艶な紫水晶の瞳。絶世の美貌を誇るシェリにだけ、似合う。
シェリ。シェリ。シェリ。シェリ。シェリ……
アデリッサと結ばれ、幸せなのに……シェリに他人行儀な振る舞いをされ、ミエーレと仲の良い光景を見て。
レーヴは幸福から不幸へ転がっていく……。
あの時――
王家主催のパーティーから翌日。会場に現れないレーヴを心配したヴェルデが部屋を訪れた際、王太子の後押しもあり全て白状をした。呆れられながらも、明日はきっとシェリは朝早く裏庭に来るだろうから、そこで今までの思いを告白して、今までの行いを謝罪してみてはと助言をもらった。
シェリが拒絶するなら、諦めて婚約解消を受け入れ。
シェリが受け入れるなら、1から全部をやり直す。
王太子と話す前は国王とも話しており、恥を捨てて進んでみろと言われていた。
お陰でその日の夜は眠れなかった。目の下に隈があり、まるでミエーレみたいだと抱いた。彼の寝不足は魔法の研究のせい。と、元からの不眠症が災いして。
身支度を整え、クロレンス王立学院の校舎に入ってすぐ裏庭へ向かった。
シェリが来ると信じて。
……が、彼女は来なかった。一瞬、人の気配がしたと思うも誰もいないので気のせいだと捨て置いた。
必ず来る保証はなかったので朝は諦めるか、と勝負は昼休憩だと考え事をしながら廊下を歩いていた。
左に曲がるとドンッ! と誰かとぶつかった。尻餅をついた相手はよく知っていた。ふんわりとしたピンクの髪と大きな栗色の瞳の少女。何故か自分に拘るあまり、婚約者のシェリに陰湿な嫌がらせをするアデリッサがいた。正直彼女に気持ちの良い感情を抱いていないが、紳士として声を掛けず素通りは出来ない。仕方なしに声を掛けると手を貸して立ち上がらせて欲しいと言われる始末。
愛くるしい顔立ちで瞳に涙を溜めた姿は、男性なら庇護欲をそそられ守りたくなるのだろう。しかし、シェリ一筋なレーヴはタイミング良く涙が出るアデリッサに呆れる。公爵令嬢よりも女優に向いている。ヴェルデや従者がいれば起こさせるのだが、生憎と周囲には誰もいない。仕方なしに伸ばされた手を掴んだ瞬間。
――レーヴの視界は一瞬黒くなった。闇を深くした夜と同じ色。
何が起きたのかと暫し放心すれば、あの……と困惑した声が下から聞こえた。
自分の手が掴んでいるのは……
「アデリッサ……」
ずっと会いたかったアデリッサの手だった。
裏庭で会えない時は、昼にしようと考えていた矢先の出来事。
何度も触れたかった手は予想以上に小さく、指も細い。欠かさず手入れをしているから滑らかな肌。確かめるように力を入れたり弱めたりを繰り返せば、困惑の色は強くなる。
ハッとなったレーヴはアデリッサを立たせた。
「も、申し訳ありませんでした、殿下」
「い、いや、前をよく見ないで歩いていた僕にも非はある。
……それより、君に大事な話があるんだ」
「大事な話?」
キョトンと見上げられ、愛しさと嬉しさが混ざり合って恥ずかしさなど遠くへ吹き飛んだ。
「アデリッサ。僕は君を探していたんだ」
「わたくしをですか?」
「ああ。大事な話があるんだ」
「大事な話……」
不安そうな表情をされ、今すぐに抱き締めて安心させてやりたい欲求が膨れ上がる。今までの態度と行動のせいでマイナスの話だと思われるのは、自分自身の罪。
だけど、これからはそうはならない。
「……ずっと前から、言おうと思っていたんだ。僕は……」
――君が好きだ。
人生最大の、心の修羅場となったあの告白。
好きだと告げた瞬間、愛らしい栗色の瞳は大きく見開かれ、次第に涙をたくさん流し始めた。
嫌だったのかとショックを受けているとアデリッサもレーヴがずっと好きだったと想いを告げてくれた。
素直になるだけで好きな女性と両思いになれるなら、もっと早く無駄な意地を捨てて告白したら良かった。
泣いて喜ぶアデリッサを抱き締めた。
これからはちゃんと言葉にする、昼食も一緒に摂り、時間が合うなら出来るだけ一緒にいよう。
アデリッサとずっとしたかったことを挙げていき、泣きながらも頷いてくれた。
早速、昼食は一緒に食べようと約束した。
今日は城に帰ったら、真っ先に王太子や国王に報告しよう。
特に兄である王太子は、ずっと自分とアデリッサの仲を心配してくれた。早く報告して安心してほしい。
結果を楽しみに待っていたヴェルデには、まず1番早く話した。手放しで喜んでくれたのも束の間、アデリッサと昼食を摂ると約束すると彼は笑顔のまま固まった。
1人、時間停止を食らったみたいに。笑顔を保ったまま、口元を引き攣らせた友人は『何故……アデリッサ様なのですか……?』と分からないことを問うた。昨日の今日なら、裏庭に彼女がいると教えた本人が何を言う。アデリッサが好きだからに決まっている、兄やヴェルデのお陰でやっと前進したと言った。
『オーンジュ嬢はどうしたのですっ』
『オーンジュ? ああ、シェリのことか。何故? 彼女はずっとアデリッサに嫌がらせをしていた最低な女性なんだぞ? 僕が彼女を嫌っているとヴェルデも知っているだろう』
『何を言っているのですか殿下は!』
逆に言い返したい。
ヴェルデこそ何を言っているのだと。
何を言っても可笑しい、アデリッサに何かされたのかとまで責められる始末。いい加減嫌になって会話を強制的に終わらせた。
あの時から、皆何故か様子が変だ。
兄も父も母も友人も、誰1人祝福してくれない。
皆、頻りにシェリはどうしたと言うだけ。
形だけの婚約者。愛するアデリッサに陰湿な嫌がらせをする最低な女性。
アデリッサとも話していたが同じ公爵令嬢なら、ナイジェル公爵家の婿になっても問題ない。
……だが、どうしてだろう。
『おはようございます、第2王子殿下』
『呼ばないでいただけますか?
第2王子殿下。いくらあなたでも、婚約者でもない令嬢を名前で呼ばないでいただけますか?』
『第2王子殿下。今度こそ失礼しますわ』
『嫌ですわ。何でしたら、第2王子殿下が慰められては?』
シェリに突き放す口調で、声で、第2王子殿下と呼ばれるだけで胸が張り裂けそうになった。
――嫌だ、嫌だ、シェリ、冷たくしないで、僕を見捨てないで……!
無意識に手を伸ばして叫びたくなりそうだったのを必死で抑えた。
「シェリ……」
愛する人と結ばれ、幸せだったのに……婚約者に冷たくされるだけで絶望に落とされる真実を……レーヴが知る日は――
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