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ミエーレの誘惑


  


 放課後の図書室で向かい合って座るシェリとミエーレ。ヴェルデとミルティーもいる。

 ここ最近のレ―ヴの変貌振りの説明をミエーレから受け、処理しきれる情報じゃないとシェリは痛む頭に手を当てた。



「要は、アデリッサがミエーレ顔負けの高等魔法で殿下の心を操ってるってこと?」

「厳密に言えば、シェリへの好意を自分に向けさせたってこと。まあ、アデリッサ本人は魅了魔法と勘違いしてるから、操ってると言えば操ってる」



 レ―ヴを好きな気持ちはお互い本物。好かれていなかったのも同じ。

 シェリとアデリッサの唯一の違いは、婚約者であるかないか。嫌われていようとレ―ヴの婚約者という立場だけがシェリ唯一の拠り所だった。

 今までのレ―ヴの態度から、何処をどう見てシェリへの好意があったか甚だ疑問であるがミエーレは魔法に関しては偽りは申さない。



「ミエーレ。わたしはあなたの観察眼を疑ったことはない。……でも、今回の件にだけ言えば信じられない」

「まあね」



 長年のレ―ヴからの扱いを知るから、ミエーレも否定はしない。

「あの」と恐る恐るとミルティーが声を発した。



「ナイジェル様が殿下にかけた魔法は、私では解除出来ないのでしょうか……?」

「無理」と一蹴され、見るからに凹んだ。ヴェルデが苦笑交じりに説明をした。



「先程、ミエーレが言ったように強制的に相手の心を魅了し操る魅了魔法とは違い、元から存在する好意の方向を変えた“転換の魔法”は解除方法がないのです。魅了魔法だったら、ミルティーの【聖女】の力で解除出来ましたが」

「でもま、仮に魅了魔法だとしても、まだまだポンコツな君じゃどの道解除は出来なかったよ」



 ミルティー自身が一番気にしている【聖女】の魔法の痛い部分を容赦なく指摘され、頭上に巨大岩石が直撃し撃沈した。【聖女】の力に目覚めたばかりでまだまだ特訓が必要なのは本人が誰よりも理解している。

 が、やはり他人、それもヴァンシュタイン家始まって以来の天才からの指摘は堪えたみたいだ。

 悪気のないミエーレの直球の言葉は時に人をどん底へ叩き落すと長年の付き合いから身を以て経験しているシェリが鋭い声で注意をした。

 レ―ヴの異変の原因がアデリッサの魔法のせいだと知って一安心出来るかと思いきや、全くだ。好意を抱かれていて嬉しい反面、いつか自分に向けられていた筈の蕩けるような相好も仲睦まじく腕を組んで歩く光景を他の女性で見せ付けられてしまうと……。

 レ―ヴは悪くない。魔法によって好意を向ける対象を変えられただけだと言い聞かせるが心中穏やかになってくれない。



「シェリ」



 複雑極まるシェリの内心を読んだかのようなタイミングで真面目な声で呼んできた。



「どうする? 殿下をこのままにしていいの?」

「“転換の魔法”に解除方法はないわ……。それに、どうせもう、わたしと殿下の婚約は解消されたもの。アデリッサとそのまま婚約なりなんなりしたらいいわ」

「オーンジュ様……」ミルティーに痛ましげに紡がれ、自嘲気味な笑みを浮かべた。


「これがわたしの罰なのよ……」

「ですがっ」

「解除方法がないからじゃない、殿下とアデリッサが結ばれても問題はないの。ナイジェル家は公爵だしね」

「陛下は既にご存知なのですよね?」



 会話の途中、“転換の魔法”が使用されている事実を知るのは国王と王太子、ヴァンシュタイン公爵とナイジェル公爵、更にオーンジュ公爵と説明を受けた。


 ヴェルデは「アデリッサ様といると言えど、問題行動を起こしている訳じゃありませんから」と言う。

 婚約解消は既に実行済。レ―ヴとアデリッサが婚約しても後ろめたいことはない。

 高等魔法を駆使する才能はアデリッサにはなく、彼女の従者が魔法に長けていると耳にしたヴェルデが今密かに情報収集している最中。取り巻きから奪った従者らしく、先ずは被害に遭った令嬢から詳しい事情を聴く必要がある。



「こう言ってはなんだけど……」



 人の心の声さえ盗み見えるミエーレが得た情報。アデリッサが魅了魔法と勘違いしているのは、抑々従者に命じたのが魅了魔法だから。実際に発動されたのが“転換の魔法”だったのを見ると、恐らく態と使用する魔法を変えたのだと推測される。



「魅了魔法は王国で禁止されている魔法だ。いくら命令されたとは言えど、使用するだけで重罪だ。“転換の魔法”を使ったのは、露見した時罪が軽くなるようにってとこかな」

「だけど、魅了と違って転換は殿下が好意を抱く相手がいないと成立しないでしょう? 従者は……その……」



 口ごもるシェリは言葉にしようとすると恥かしくて出せなかった。レ―ヴがシェリを好きだったと。レ―ヴの本心を見抜いてないと使えない。一か八かの賭けに従者が乗った可能性も否定出来ない。



「兎に角、ちょっとの間は情報収集が先だね。ヴェルデがしてくれるんでしょう?」

「ええ」

「その間、おれ達は殿下とアデリッサを観察していよう」

「悪趣味ね」



 笑うヴェルデとミエーレに釣られ、シェリとミルティーも笑みを零す。



(……本当に、解除方法はないのかしら)



 あの時、他人行儀に振る舞ったシェリに傷付いた相貌を見せたレ―ヴ。元々あったシェリへの好意。シェリに冷たい態度を取られ、動揺したのなら、突破口を開けるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。

 淡い期待を抱いてレ―ヴ救出の策を探るか、表面上の問題が起きていない現状は様子見を取るか。ヴェルデとミエーレの間では、最も怪しい従者の調査を行うのを先決と判断している。自身が下すべき判断は何か。

 意識することなくミエーレを見た。深慮を彷彿とさせる深い碧。目元の隈と性格さえなければ、容姿だけなら物語に登場する完全無欠の王子様。

 視線に気付いたミエーレの碧がシェリを視界に入れる。



「どうかした」

「気になったのだけど。わたしが殿下を第2王子殿下と呼んだ時の反応を見た?」

「うん」

「どうして、ショックを受けたみたいな顔をしたのかしら」

「元からあるシェリへの好意をアデリッサに向けられただけってさっき言ったろう? 土台となるシェリに他人行儀な振る舞いをされれば、心に影響を及ぼすんだ」



 今までレ―ヴ殿下と呼んでいたシェリ。殿下、と呼ぶのもかなり勇気ある行動だった。シェリへの気持ちがあったからこそ、“転換の魔法”は大きく作用した。元となるシェリに他人行儀な振る舞いをされるだけであのように傷付くのなら、長年レ―ヴに一切口を利いてもらえず冷たい態度を取られ続けたシェリはどうなるのか。

 レ―ヴの本心をミエーレは、ヴェルデは、知っているのだろう。知っていて話さないのはレ―ヴ本人から聞けというのか、それとも求めたら答えをくれるのか。


 するとミルティーが「オーンジュ様に素っ気なくされて、殿下の心に揺さぶりをかけられるなら、そこから救出策を見出せないでしょうか?」と提案。

「いいかもね」とミエーレが乗った。

 机に身を乗り出したミエーレがシェリにある案を示した。



「シェリ。どの道、シェリと殿下の婚約解消は済んだ。公に発表されるのも時間の問題だ」

「アデリッサの様子からして、大勢の人がいる場で婚約破棄をしてもらいたかったのでしょうけど」

「はは。違いない。

 シェリ。殿下に揺さぶりをかけるって案はおれも賛成。だからこうしよう」



 ――おれとシェリの仲を殿下に見せ付けてやろうよ


 予想外な提案にシェリは瞠目した。昔馴染みと知るレーヴが今更ミエーレとの仲を見せ付けたくらいで通用しない。もっと別の案をと言うも、これが最大の威力を発揮する方法だとミエーレも譲らない。

 助けを求めるようにヴェルデを見ても苦笑され首を振られた。



「効果があると思えない……」

「おれを信じてよ。殿下の面白い顔が見られそうだしさ」

「あのね……」



 呆れて物が言えない、とはこのこと。

 でも、巫山戯ているようにも見えない。長年の付き合いから、他人では分かり難いミエーレの真剣な時は不敵な笑みを浮かべる。ミエーレなりにレーヴを助けようとしているのがシェリに伝わる。

 

 

「そうね……でも、わたしと殿下の婚約解消を誰も知らないから、逆にわたしもミエーレと浮気してるって思われないかしら?」

「元々おれとシェリは小さい頃から付き合いがあるんだ。狭い貴族社会でそれを知らないのは、噂に疎い奴か引き篭もりくらいだよ」

「それもそうね」

 

 

 度を越した仲の良さを見せ付けるのは駄目だが、昔馴染みらしい許容範囲でなら周囲も下手な勘繰りはしないだろう。

 

 話し合いはこれで終わり、ミエーレとシェリ、ヴェルデとミルティーで分かれた。

 ちらっとシェリはヴェルデとミルティーの後ろ姿を見た。あの2人には適切な距離感しかないが、ミルティーが積極的にヴェルデに話し掛ける光景を見てもしやと抱く。

 自分の勘違いのせいで振り回してしまった2人に罪悪感を抱かない日はきっとない。今度、ヴェルデにもミルティーと同様の話をしなければ。

 

 

「シェリ」

 

 

 後ろばかりを気にしていたのでミエーレの声に驚いた。

 

 

「どうしたの」

「いえ。ヴェルデ様とミルティー様を見てただけよ」

「気になる?」

「そうでもないわ」


 

 図書室で話し合いを始めて時間が経過しており、残っている生徒は殆どいない。眩しい夕焼けが学院の廊下に注がれる。

 

 

「ミエーレは“転換の魔法”を使えるの?」

「使えるよ」

「使えない魔法があるのか疑問だけれど」

「おれにだってあるよ」

 

 

 高等魔法を使えるアデリッサの従者は、彼女が取り巻きから奪った。ヴェルデが後日令嬢に接触し、結果を聞く段取りとなっている。

 校舎を出て、校門へ向かう。シェリは馬車を遠慮したので歩いて帰る。ミエーレはそれを聞き、自分も歩いて帰ると言い出した。

 

 

「馬車が待っているでしょう」

「偶には自分の足で帰るのも悪くないかなって」


 

 シェリもそう思っている。これからは月に1度か2度は歩いて帰ることにした。

 校門に近付くと誰かいた。夕焼けに照らされ光る青銀の髪を見間違えない。

 ――レーヴとアデリッサがいた。

 

 

「殿下! 今日は失礼しますね!」

「ああ。気を付けてお帰り」

「はい! ……あ」

 

 

 心の痛みはまだまだ消えてくれない。恋してると一目瞭然の光景なレーヴとアデリッサ。アデリッサがシェリとミエーレに気付くとレーヴも倣った。2人一緒にいるところなど、例え彼が魔法にかけられている被害者だと知りながらも心は悲鳴を上げる。表情は恐怖に怯えながらも、口元はシェリへの嘲笑を忘れないアデリッサに吹き出したのがミエーレだ。

 

 

「器用だねナイジェル嬢。口が面白い」

「!」

「口?」

 

 

 慌てて口元を変えたアデリッサ。レーヴは何のことだと言わんばかりの顔。そして、殿下ぁと声を上げて胸に飛び込んだ。

 

 

「ミエーレ様が意地悪をしますっ、それにシェリ様も……怖い顔で……」

 

 

 怖い顔はしてない。普通と同じ。怖く見えるのは生まれ持ってのもの。ミエーレは真実意地悪である。

 本当ならレーヴの隣にいられたのは自分なのに、安心させるように慰められるのは自分だった筈なのに。どす黒い感情が胸に渦巻く。

 公爵令嬢として、第2王子の婚約者だった意地がシェリを冷静にと諭す。深呼吸をし、気持ちを落ち着かせると先を行こうとミエーレに促した。

 2人の横を過ぎ去る辺りで「殿下。失礼しますわ」と(こうべ)を垂れた。

「待て」とレーヴに鋭い声で呼び止められた。

 

 

「アデリッサもいるのだぞ。お前は昔から僕のアデリッサを敵視しているが挨拶くらいしたらどうなのだ」

「……」

 

 

 “転換の魔法”は認識すら転換されるみたいで。レーヴの言うそれは逆。アデリッサが常にシェリを敵視していた。隠れて馬鹿にする笑みを向けるアデリッサを無視し、堂々とレーヴに言い返した。

 

 

 

「そうだとしても殿下には関係ありませんわ。わたしとアデリッサの問題ですので。それに、です。関わるだけ時間の無駄になる相手に割く時間がある程、わたし、暇じゃありませんので」

「なっ!」

 

 

 直球で相手をする価値がないと言われ、絶句するアデリッサだが見る見る内に顔を赤く染めていく。折角レーヴの心を手に入れて有頂天になっているところだろうが、シェリに容赦をするつもりは一切ない。

 レーヴの顔色が険しくなった。

 

 

「アデリッサに謝るんだっ」

「嫌ですわ。何でしたら、第2王子殿下が慰められては?」

「っ」

 

 

 まただ。

 殿下、第2王子殿下と他人行儀に呼ぶだけでレーヴは苦しそうに顔を歪める。冷たい態度を取るシェリも辛い。早く立ち去るにはどうするか……すると、ミエーレが「殿下」と前に出た。

 

 

「おれとシェリは急いでいるので今日はこの辺で」

「あ、ああ」

「帰ろう。シェリ」

「……ええ」

 

 

 


読んでいただきありがとうございます!


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