豹変の王子
今朝出会ったヴェルデ曰く、レーヴが待っていたのシェリ本人。前から度々目撃していたレーヴの謎行動は全部シェリに会うためだったらしく、自分が探されていると思いもしないシェリはただただ驚いた。タイミングがタイミングだけにずっとミルティーを探しているとばかり思っていた。
心を寄せるミルティーとの婚約を拒み、シェリとの婚約継続を望むレーヴの真意を知る。
どんな答えになろうと受け入れるしかない。
覚悟を決めたのに、いざ目前まで迫ると気持ちは揺らぐ。
レーヴが嫌いな自分を探してまで話をしようとしたのだ、ならシェリも応えないとならない。
心の中でよし……と気合を十分に入れ、昼休憩を迎えたクロレンス王立学院は思い思いの時間を過ごそうと動き出した生徒達が大勢。シェリも変な道を使ったりせず、真っ直ぐ食堂へ向かった。
……が、今回は運がなかった。レーヴとは鉢合わせしなかった。
「所詮こんなものよ……」
Aランチを頼み、料理が載ったトレイを持って席探しをする。今日は比較的早く訪れたお陰で余裕を持って探せる。
日当たりの良い、後ろ側の席にトレイを置いた。
まだ時間はある。自分からレーヴに会いに行って話をするべきか? でも、もしヴェルデの言っていたことと実際のレーヴが違ったら? そうなったら、数日は学院に来られない自分がいる。
ナイフとフォークを綺麗な所作で動かし、食事を終えたシェリがトレイを持つとある人が向かい側に立った。
「ヴェルデ様……?」
昼休憩が始まってそれなりの時間が経っているのに今頃来たのかと首を傾げるが、水晶玉のように美しい緑色の瞳はかなりの焦りを滲ませていた。
「オーンジュ嬢っ、レーヴ殿下とお会いしましたか?」
「いいえ、あの朝以外見掛けてはいませんが……」
「そうですか……良かった……」
「?」
今朝は会ってあげてほしかった感満載だったのに、今は会わなくて良かったと安堵された。何が起きたのか訊ねようとすると、急に食堂内にどよめきが走った。元々静かではなかったが様子が可笑しい。皆の目が集中する方へシェリも注目した。ヴェルデも。
――見なければ良かったと心底後悔した。
体が震える。
動悸が激しく、息がし辛い。
誰かがオーンジュ嬢、と焦った声で呼んでくるが誰か思い出せない。
どうして、何故?
あなたが【聖女】との婚約を嫌がったのも、嫌い続けている婚約者と関係を継続させたいと願ったのも――
「ふふ、嬉しいですわ殿下! 殿下と一緒に昼食を食べられるなんて」
「僕も嬉しいよ。君とこうして食事が出来るなんて」
「まあ! ……あら?」
シェリが嫌われているので有名なら、アデリッサは存在自体認識されているかのレベルでレーヴに全く相手をされていないので有名だった。
恋人同士のように腕を組み、カウンターでメニューを選ぶ光景は本物の恋人同士だ。
互いに微笑み合うレーヴとアデリッサ。
注文を終えたアデリッサとシェリの瞳がかち合った。ニンマリと勝ち誇った笑みを見せたアデリッサがレーヴの腕を引っ張ってシェリとヴェルデの元へ来た。
「あらあ、ご機嫌ようシェリ様。ヴェルデ様もいらしたのですね」
「っ……殿下、何故ナイジェル令嬢といるのですか? それもっ」
学院で初めてレーヴに話し掛けるのが詰るもので嫌になる。
今まで散々冷たい目を向けられてきた。
今、シェリが見るレーヴの青の宝石眼は一切の感情を消し去っていた。冷たさすら、あれば温かいと錯覚してしまう虚無。
あからさまに無視をされたアデリッサが顔を歪めるも、猫撫で声でレーヴを呼んで甘える仕草をした。
「殿下っ、シェリ様が酷いです! わたくしが話しかけたのに無視をするのです……!」
悲しみの中に甘さが含んだ声。瞳にたっぷりの涙を浮かべ、泣き出す寸前のアデリッサ。彼女の演技だと普段のレーヴならすぐに見抜く。アデリッサの涙を見た途端、瞳に強い怒気を宿した青の宝石眼に嫌な予感しか抱けない。
「可哀想にアデリッサ。……お前という女は熟愛想が尽きるな」
「……」
「学院に入学してからも鬱陶しいくらい僕にまとわりつくお前にはうんざりしていたんだ。2度と僕に近付くな。勿論アデリッサにもだ。彼女に何かしてみろ、僕は」
「っ殿下!」
目の前の彼は一体誰なんだろう。
入学してから目撃していたのはミルティーと親しげに会話をし、一緒にいるレーヴ。
自分が会いに行っても嫌そうな顔をし、決して口を開かなかったレーヴ。
婚約解消を決意してから目撃した謎行動。理由を知って、彼の真意を知りたくなった。今度会ったら、逃げず堂々と会おうとした。
頬が擽ったい。何かが流れ落ちた。視界が霞む。瞬きをすると鮮明になり、頬からはまた何かが流れ落ちた。
冷酷と表せる青い宝石眼がシェリからアデリッサに向けられると一瞬にして、多分の愛が籠った人間味のあるものへ変貌。
ああ……ああ……なんだ……そういうことか……。彼が婚約解消を嫌がった真意は――
「……見損ないましたよ、殿下」
遠くなっていく意識。
最後に聞こえたのは、嫌悪と失望の混じったヴェルデの声だけだった。
――シェリが目を覚ますと生まれてからずっと見上げてきた天井が最初に目に入った。ふかふかなベッド、嗅ぎ慣れた花の香り、何より視線を動かすといつも目にしている壁の模様や家具がある。確か学院の食堂にいて、仲睦まじい様子で腕を組んでいたレーヴとアデリッサが目の前に来て。
それから……それから、何があった?
「あ……」
思い出した……そうだ、ずっと婚約者として片想いし続けていたレーヴに堂々と……
「ああっ……あああ……」
声を出すな。
声を上げて泣いたら、屋敷の者達に心配をかける。シーツに顔を埋めて泣き声を必死に抑えた。みっともなく泣いて、誰かに心配されるよりかはこうして1人で泣いた方が惨めにならずに済む。
レーヴはミルティーを好きだと思っていた。だが、食堂で会った彼は存在自体ちゃんと認識していたのか危ういアデリッサを選んだ。
そうか、そうだ、そうだったのだ。彼はずっと水面下でアデリッサと仲を深めていたのだ。ミルティーとのあの光景は、大事なアデリッサへシェリの目が向かない様にするためのカモフラージュ。
彼が真に想っている相手はミルティーではなく、アデリッサだった。それならば、あの時のレーヴの姿に納得がいく。
「……殿下……レーヴ様……わたしは……、そうまでして、あなたに嫌われていたのですか? 憎まれるまでに、あなたに……」
心の底から愛していた。
青みがかった銀糸、王族だけに受け継がれる青い宝石眼。どちらも一見すると冷たさが強い色。シェリは知っている。その青い眼は、いつも国の為、民の為に尽くそうと難しい参考書や書類と見つめ合い時に目の下に濃い隈を作ったり、何事にも努力を怠らないレーヴは剣術の稽古も欠かさなかった。汗に濡れて額に張りつく髪を無造作に掻き上げ、そのまままた剣を振るう。
何が好きか、何をしているかちゃんと知りたくて、見ていたくてずっと見ていた。
涙が止まらない。声を抑えて泣いているのが奇跡だった。
お願いだから暫く誰も来ないで。
そう願ってシェリはシーツを濡らす。
――どのくらいの時間が経ったのか、やっと涙が止まった頃にはシェリは目元がヒリヒリと痛みを感じていた。鼻もなんだか痛い。
誰も訪ねて来なくて良かった。
ぼんやりと窓を見た。空は燃えるような黄昏色に染まっていた。
改めて周辺を見渡したが此処はやっぱり自分の部屋。オーンジュ公爵家だ。推測するに倒れてしまったのだろう。倒れたシェリを誰が……? と考えた時、あの時一緒にいたのはレーヴやアデリッサだけじゃない、ヴェルデもいたと思い出した。
「ヴェルデ様には、とても酷いことをしてしまったわ」
彼の片想いを潰した。
レーヴならミルティーを幸せに出来ると信じていたのに、肝心の彼が真に好きな相手が予想もしていなかったアデリッサだった。
シェリは袖で目元を拭った。
ベッドサイドに置いてある呼び鈴を鳴らした。すぐにルルが入って来た。
「良かったお嬢様! 目を覚まされたのですね!」
「わたしを屋敷に運んでくれたのは何方?」
「学院の馬車でしたが、手配をしたのはラグーン様と聞いております」
やはりヴェルデだった。
「ルル。顔を洗いたいの、お水を持ってきて」
「はい。……あれ? お嬢様、目元が赤いですよ? ひょっとして……」
「怖い夢を見ていたの。気分を変えたいからお願い。それとお父様は今どちらに?」
「畏まりました。旦那様は書斎の方にいらっしゃいます」
「お水を持ってきたら、会いに行っていいか確認して頂戴」
「はい」
もう構わない。
シェリは決めた。
第一、最初にレーヴを諦めミルティーとの婚約を望んだ。
実際に行動に移せた。なら、今回だってきっと大丈夫。
ルルが部屋を出た後、シェリは1人呟いた。
「お父様に、殿下との婚約の解消を今度こそしてもらいましょう。そして、新しい婚約者はアデリッサになるとも言わないと」
恋した王子様は、もういなくなってしまったのだ……。
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