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敵の魔の手はすぐそこまで……


 翌日。

 最後までレーヴは姿を現さず、婚約解消と新たな婚約の発表もなく普通に王家主催のパーティーは終わった。レーヴの真意は最後まで不明なまま。実際に会いに行ったヴェルデに訊ねても言葉を濁すだけ。


 

「どうしたのかしら、一体」


 

 侍女に起こされ、登校の準備をするシェリは運ばれた桶に手を突っ込んだ。

温かい水。侍女に顔を向けた。


 

「ルル。冷たい水に変えてもらえる?」

「冷水にですか?」

「ええ。今日は気分をシャキッとさせたいの」

「分かりました」


 

 ルルと呼ばれた侍女が水面に手を翳した。

 オーンジュ家が懇意にしている男爵家の長女で貧乏な家を助ける為にシェリが6歳の頃から侍女として働いてくれている。得意の氷魔法で水の温度を下げてもらった。


 

「できましたよ、お嬢様」

「ありがとう」


 

 再度桶に手を入れた。冷たいが手が痛いと感じる程ではなく、目を覚まさせたい時にはぴったりな温度。正に今のシェリ好みの温度である。


 洗顔を終えて、化粧水・美容液・乳液・最後にクリームを塗ってスキンケアは終了。次に髪を整えてもらった。普段は下ろしてばかりのシェリだが、今日からはイメチェンというものに挑戦した。シルバーブロンドの髪をハーフアップにしてもらった。髪留めには瞳と同じ色の宝石で作られた物を。


 制服に着替え、姿見の前でくるりと回ってみた。


 

「どうかしら?」

「とっても素敵です! 今日は珍しいですね、普段は髪型に拘りませんのに」

「ふふ、わたしだってお洒落というものをしたい年頃よ?」

「お嬢様がお洒落に目覚めたのなら、私達も腕が鳴ります」

「ああ……えっと、程々に頼むわね?」



 ルルを筆頭とした侍女達のやる気は時に引いてしまう勢いがあり、人に押されるのが苦手なシェリには遠慮したい。

 支度を終え、父が待つ食堂へと行った。

 2人だけの家族。一緒にいられる時間は出来る限り大事にするのがオーンジュ家の家訓。食事はその最たるもの。

 15歳になり、幼少期と比べると我儘を言って父を困らせる回数は減ったといえど、1人で食べるのと2人で食べるのは違う。昔はよく緊急で呼び出された父を泣いて引き止めていたなと目が遠くなる。

 席に着くと料理が並べられていく。

 甘い食べ物が大好きなシェリの朝食はスコーンと数種類のジャム、スープとサラダ、締めにフルーツ。


 

「シェリ。昨日は疲れただろう」

「いいえお父様。わたしは全く。寧ろ、殿下が心配です。本来であれば、昨日は殿下とミルティー様の新たな婚約発表の場でありましたのに……」

「うむ……それについてなのだがな、シェリ。言い難いのだが」

「はい?」


 

 パンケーキを切るナイフを一旦置いたフィエルテから告げられたのはシェリとレーヴの婚約解消は一旦保留となった事だった。


 

「どういう事です? 既にミルティー様と婚約が」

「うむ。レーヴ殿下とミルティー嬢の婚約は、まだ極僅かな者しか知らん。ラビラント伯爵も保留については了承している」

「……」


 

 仲睦まじく、両思いと謳っても可笑しくない2人が婚約されないなんて……。保留になった訳を訊くと渋い顔をされた。言いたくないというより、理解し難いといったものだ。


 

「なんというか……その、だな。殿下がお前との婚約解消を断固拒否してな」

「……へ?」


 

 今、なんと言われた?

 断固拒否? 誰が? レーヴが?


 

 …………。


 

「……どうして」


 

 会いに行く度嫌そうに顔を歪め、何を話しても気を引いても絶対に意地でも口を利いてくれなかったあのレーヴが婚約解消を嫌がっている。高速で理由を探り、これと思ったのをフィエルテに提示した。


 

「オーンジュ公爵家の地位を欲しがって……なわけありませんか」

「【聖女】と婚約すれば、卒業後は臣籍に降り陛下から公爵位を賜るのが主だ」

「そもそも殿下は地位に執着する方ではないわ。王太子殿下の補佐をするのが夢だとずっと語っていたから……」


 

 未来の義妹になるのだからと王太子妃は度々お茶会に招待してくれた。その時に聞かせてくれる、レーヴの話。一句一句聞き逃してはなるかと慎重に聞いては絶対に忘れないと、屋敷に帰ったら王太子妃の話した内容をメモにとって残した。レーヴに関する話題は全部知っておかないと気が済まない。


 

「殿下が婚約解消を嫌がる理由」


 

 大嫌いな自分とパーティーを欠席して断固拒否をするまで嫌がる理由……

 シェリは深い息を吐いて顔を両手で覆った。


 

「全然分からない……」

「シェリ。無理に考えなくていい。これからのことは私や陛下、ラビラント伯爵とで話す」

「保留になった件、ミルティー様はご存知なのでしょうか?」

「今日伯爵が伝える筈だよ。ひょっとしたら、私のようにもう朝の場で話しているかもしれない」

「そうですか」


 

 ミルティーとは面と向かって婚約についての話はしていない。なんとなく、し難い。ヴェルデにもミルティーから伝わるだろう。

 登校したら裏庭へ向かおう。



クロレンス王立学院に着いて早々、教室ではなく裏庭へ行った。

 そして、回れ右をした。

 相手が自分に気付かないのを願って。

 うるさい心臓を抱えながら図書室に逃げ込んだシェリは隅っこの席に着席し――突っ伏した。

 人がいないから出来る行い。


 

「び、びっくりした」


 

 見間違える筈がない。

 青みがかった銀髪、陽光を受けてきらきらと輝く青の宝石眼。

 壁に凭れて雑草を眺めていたのはレーヴだった。

 一目見た瞬間回れ右をしたのでシェリには気付いていない筈。

 心臓に悪い。大きく高鳴った。何度冷たくされても嫌いになれない彼がそこにいた。

 駆け寄って、傍に行きたい衝動を無理矢理抑え込んで図書室に来て正解だった。

 うるさいくらい鳴る心臓の音は平常に戻り、顔の熱さも通常の温度に戻ったのを見計らい、シェリは深呼吸をしてから図書室を出た。

 気になっていた新刊は昼休憩の時司書に確認するか。


 教室へと向かっていると「オーンジュ嬢?」とヴェルデの声が。


 

「おはようございます、ヴェルデ様」

「はい、おはようございます。……あの、1人ですか?」

「? そうですが……」

「……真っ直ぐ、教室に来たのですか?」


 

 ……ひょっとして。


 

「……あの、ヴェルデ様。殿下が裏庭にいると知っているのですか?」

「はい……、多分、昨日の今日なのでオーンジュ嬢なら裏庭に来ると思い」


 

 なんてことだ。レーヴのいる原因はヴェルデだった。


 

「殿下がいると知っているということは……逃げたのですか?」

「う……はい」

「あの……まあ……なんといいますか……」


 

 お気の毒に……と呟かれた対象は、来ると言われて待ち続けているレーヴだろう。

 今から戻った方がいいのか? だが時間的にレーヴも諦めて既にいない気がしてならない。

 微妙な空気を流しつつ、2人はこれ以上何も言わずにそれぞれの教室に入って行った。


 自分の席に着いたシェリは鞄を机に置いて突っ伏したくなったが、図書室と違ってチラホラと人がいるので止めた。


 

(どうしてヴェルデ様は殿下に……いいえ、そもそも殿下は何故……)


 

 婚約解消を嫌がったことといい、謎が多い。


 

(よし!)


 

 もしも、今度レーヴがいたら逃げずに会って見よう。今なら話せるかもしれない。

 気持ちを切り替えたシェリは鞄の中から教材を出していった。


 ……一方で、不穏な行いを画策する者が1人いる。


 

「ふふ……今に見てなさいシェリ。レーヴ様の妻になるのはわたくしよ」


 

 淡い光を放つ銀の鍵を持つアデリッサが妖しげに微笑み、想い人の姿を強く脳裏に描いた。


 

「レーヴ様……あなたの憂いはわたくしが払ってみせます」


 

 シェリが強気でいられるのは今だけ。

 これから彼女には“想い人に憎悪される生き地獄”が待ち受けているのだから……。





読んでいただきありがとうございます。


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