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明晰夢

空が赤く染まる頃、人気の少ない小さな単式ホームの駅にいた。改札を出ると草原が広がって風がススキの穂を揺らす。一本道が夕日と反対側に伸びて、ネオンライトで装飾された大きな門が道の先に見えた。門に向かって歩いていくと、少年が立っていた。

「夜はライトアップするんだね」

彼は振り返りそういった。二人で並んで一本道を歩いていく。門は赤いレンガ造りで、右にも左にも塀が長く続いていて、終わりは見えない。門をくぐるとカラフルなアトラクションが目の前に雑然と立ち並ぶ。秋の中頃だというのに僕たちはTシャツと短パン姿でたっていて浮いているような気がしていたたまれなくなった。まわりの人間は皆冬の装いをしている。

「マサネ、乗ろうよ」

目の前の巨大なジェットコースターを指さして彼はいった。

「いいよ」

ジェットコースターの乗り場に着くと何人か並んでいたがすぐに順番がきた。遊園地ってもっとアトラクションを乗るのに時間かかるんじゃないかな、ラッキーだなと考えながら、最後列に彼と僕は横並びで座った。

「ねえ、これって夢だよね?」

はしゃいでいる彼に僕は言った。彼は、こちらを見ている。コースターは走り出した。

「違うよ。夢じゃないよ。」

発車と同時に彼は不思議そうにそういった。コースターはレールを上っていく。景色が開け遠くの空に月が見えるとそのまま落ちていった。

「だって、僕、ジェットコースター乗れないし」

体が跳ね上がり宙に浮いた感覚で目が覚めた。しっかりと布団をかけていたが少し肌寒く、床に落ちているトレーナーを着た。夢の中で夢だと認識している夢”明晰夢”。初めて見れたのにと残念に思いながら再び目を閉じた。


「はやく次に行こうよ」

頭上には星空がある。よく見ると絵だ。天井に星が描かれている。道の両側にはレンガ造りの建物がある様に見えるが、これもよく見ると壁にレンガが描かれているだけだ。壁の両側にアトラクションの入り口を示す看板が所狭し並んでいて、文化祭みたいだ。ふと横を見ると彼がいる。

「さっき、どこいってたの?」

「さっきって?」

「ジェットコースター乗った後、いなくなったじゃん」

彼の言葉に驚いた。同時にうれしくなった。彼が夢に出てきたことは何度かあったが、夢の中の彼が夢で起きたことを覚えているとは思っていなかった。

「目が覚めたんだよ。これ夢だよね」

「よくわからないけど、どっか入ってみよう」

客を呼び込む声で辺りはとても騒がしい。遊園地なのに客引きっておかしいなと思いつつ、彼についていく。枝分かれした通路に入っていくと低い入り口のアトラクションがあった。壁は暗く、すぐ下に続く階段が見えた。彼の後に続いてその中に入っていく。手で壁を伝いながらゆっくりと降りていく。階段の下には係員らしき人物がいて、プラスチックでできたバットくらいの棒を渡された。

「ここはなにをするところ?」

係員が怪訝な顔をして顎をクイと動かして、目の前の扉の方を示した。彼がその扉を開けると青空が広がりmガラス張りの迷路のような空間にいた。青空はよく見ると絵の具をぶちまけたような青色だった。

「とりあえず下に行ってみよう」

彼が壁のガラスを思いきり棒でたたくと、破片があたりに散らばった。床もガラスでできているが、下を見るとぞっとした。4階建てくらいの高さがある。彼はどんどん壁を壊していく。僕は恐る恐る床をたたいた。驚くほど手応えがなかったが、床が割れて僕は下のフロアに落ちた。下に降りると辺りは少し暗く、夕暮れぐらいの明かりの中にいた。振り返ると、僕が開けた穴から彼がこちらを見ている。僕は壁を壊していく。

「さっきこれは夢だって言ったよね。もしかしたら、そうなのかもしれないと思ってさ」

後ろから彼がそういった。

「夢だよ。前にも僕の夢に出てきたけど、それは覚えてる?」

「覚えてるよ。でもマサネは忘れてるでしょう?」

「僕だって覚えてるよ。この前だって、二人でほら・・・」

「ああ、学校行ったよね」

床を割ろうと振りかざした右手が宙で止まり、振り返った。彼の顔に靄がかかってはっきりと見えない。みるみるうちに拍動が速くなった。いつの間にかあたりは真っ暗闇になっていた。僕は彼の手をつかもうとしたがぬかるみにはまったように動けない。彼は棒を振りかざして足元を叩き割った。僕の足元までひびが入り割れた。彼の足元にはすぐ下の床があったが、僕の足元は何もなく崩れるように落ちていく。視界から彼が消えた。

汗が吹き出し、拍動の速さが耳に響く。さっき着たトレーナーを脱いでTシャツ姿になった。時計は5時になるところだった、思わずいつも開けないカーテンを開けた。まだ外は真っ暗ですぐにカーテンを閉ざした。押入れをあけて積み重ねた漫画の下に薄緑色の表紙をした卒業アルバムを取り出した。後ろの方の5年生の時の遠足の写真を見て彼の姿を探した。どこにも見当たらなかった。部屋を出て、階段を下りる。薄暗い部屋の中、リビングでほかのアルバムを探す。彼の面影を探す。


新谷夏樹の存在はかつて確かにあった。この街に引っ越してきた春、前の席の彼が振り返ってきた。夏樹は友人が多く、僕はその中の一人だった。学年の終わり頃、彼が転校することになったから6年生の時にはもういない。だから、彼が卒業アルバムに写っているはずもない。5年生の1年間が今では僕の中の夢だったんじゃないかと思えてくる。中学になった今、不思議と誰も夏樹のことを話さない。みんなの中に彼は生きていたのだろうか。父が起きてくる前に部屋に戻り、床に置いた卒業アルバムを押入れの奥に戻して、布団の中にくるまった。寒くて仕方がなく、僕はトレーナーを着た。


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