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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
99/111

94.臨場


 彈は通信機からの指示に従い、ビルの十七階へ来ていた。何列にも並んだデスクトップパソコンに隈なく目を通す。

 過去に起こしたマッチポンプ。用意周到な胎田宗近ならデータや書類、その痕跡を残しているとは考えにくい。それらは他の二社の過失を期待し、今はこれから起こる事件や事故の手がかりを掴む必要がある。

 このフロアは胎田宗近の私兵の溜まり場だと亜莉紗の調べでわかっている。規志摩重工や大竜製薬と同じく、懐柔した有志を手駒にしていると。

 パソコンなどの情報機器に強い者や書類作成を得手とする人材が多数いる。亜莉紗の言葉は理解しやすい。操作に不慣れな彈でも手早く調べることが出来ていた。

「どこだ……っ」

 膨大なファイルを手探りで調べる。すると一つの言葉が目に入った。

「“使い、捨て”?」

 そのキーワードに違和感を覚えクリックする。人名のリストがポップアップされ、異様な雰囲気を放っていた。

 うち一人を開いてみる。展開される顔写真を含めた個人情報。一人、また一人と目を通す。年齢や性別、職業などは様々で多岐にわたった。

 しかし共通点はある。その全員が“前科持ち”であった。つまり使い捨てというのは、彼らを演者として自作自演のシナリオに組み込むうえでの呼称なのだろう。おそらく胎田にとってチキンの引き立て役としての価値は高く、報酬は確約しているに違いない。脅迫の可能性も捨てきれないが。

「よしっ」

 彈は亜莉紗から手渡されたUSBを傍に差し込む。自動で開いたファイルの全てをインストールしていく。スペックは高く、ものの十数秒で終わってしまった。

 流れるようにもう一つの証拠を見つけた。経済産業省や環境省不認可の計画停電・高速道路上の意図的な玉突き事故・夜、混雑時間帯の都心での立て篭もり。ざっと見ても明らかに過激なやり方だ。チキンの為に手段を選んでいないとはいえ苛立ちを抑えることが出来ない彈。

「こんな、こんな……っ!」

 時間は有限だ。感情を置き、データを盗る。

(他のみんなは大丈夫かな……)

 その時。

「坊やっ……!」

 耳元で焦りが感じられた。画面に釘付けになっていても五感は研ぎ澄ませてある。室内の同じ空間に“人が入ってきた”。

 真珠色の装甲が、重いプレッシャーを放っていた。

「……何故ここに?」

 その問いに、彈は応えた。揺るぎない信念を声に乗せるように。

「こんばんは、“綺坂情一郎さん”。あなたと、胎田宗近さんを止めに来ました」

 情一郎はゆっくりと目を細めた。


 ビル内には最低限の人員しかいない。労働環境には注意を払っているのか、定時に帰宅する人間が大半らしかった。胎田の関係するフロアにはごく少数の見張りのみが居る。その他は夜間を巡回するビルの警備員だけだ。建物の大部分は消灯している。

「こう暗いと部屋の室名札を見るのも一苦労ですね……」

 流がそう愚痴ると斉藤が小声で一喝を入れた。

「弱音吐いてる場合か。最重要人物の探索を任されてるんだぞ、胎田宗近を見つけることにだけ集中しろ。それに、必ず私室に居るわけでもないかもしれん。いつ何時現れてもおかしくないと思っとけよ」

 彈同様、二人も虱潰しに胎田を探していた。

 刑事として看過出来ない事態。ジンゴメン最高の責任者がこんなことをしでかしているなど、斉藤には許せないことだった。自作自演。筋書きの上で国民は踊らされているというわけだ。それも危険と隣り合わせで。

 斉藤は“はったり”が嫌いだった。もう見落とさない。手遅れにはしない。そう誓った。

 一秒も無駄には出来ない。やれることがあるなら、それが今なら、必ず奴を見つけ出す。そして両手に鉄の輪をつけてやる。

 忍び足で角を曲がる。斉藤の視界に二人組の男が入った。

「っ!」

「いや〜久しぶりにこんなに張り詰めてると、かえって見落としちゃいそうですね」

 後ろを確認しながら進む流が斉藤の背中に衝突する。

「っと……!」

 思わず斉藤の左足が音を立てる。踏ん張りが強かったようだ。

「ん?」

 男の視線が闇の中を進んできた。

「まずいっ!」

 斉藤は全力で駆けた。滑り込むようにして片方の男の脛を蹴る。

「ぐっ!」

 男は体勢を崩し、倒れ込む。その力を利用し、横から掌底で顎を振り抜く斉藤。瞳がぐるりと上を向いた。もう片方の男は腰に手を回していた。

「牽政!!」

 流は慌てて近くのサイドテーブルに置いてあったリードディフューザーを男の頭部に投げつけた。

「うわっ」

 すかさず斉藤が男の右の襟と左の袖を掴み背負い投げをする。流れるような見事な芸当だった。

「かはっ!」

「悪いな」

 体重を乗せ男の鳩尾に肘を落とす。そのまま男は気を失った。

「あっぶな……間一髪でしたねっ」

「馬鹿野郎、おめえのせいで余計な戦闘しちまった」

 斉藤はスーツの太腿を払う仕草をし、ネクタイを整えた。

「行くぞ」

 倒れた二人は完全に“ノびていた”。流はその体を踏まぬように大股で斉藤の後ろに続く。

「めっちゃいい匂いしますね」

「うるせえ」


 一方、燦護と奏屋は亜莉紗の調べでわかっていた館端の居場所をあたったが不在であった為、やはり手探りでの探索を強いられていた。斉藤達に比べ比較的人員が多く、隠密行動を取りながら見張りを倒していった。

「おい、あれ……」

「どうしました? 奏屋先輩」

 奏屋が指差した先には明らかに室内が広く、厳重な設備であることを示す雰囲気があった。隣接する扉の数は少なく、先程まで一室に一人ずつであった見張りが二人居る。

 手早く見張りを片付けた二人は、見張りが所持していたカードキーを使って中に入った。

 中は少し馴染みのある空間だった。ジンゴメンスーツのあった研究室。胎田宗近という同じ人間が管理しているという何よりの証拠と言えた。そして、一番目を引いたのは大きなアクリルのショーケースの向こうに轟音と共に佇んでいるスーツ。

 自分達が使用していたものとはまるで異なっていた。黒光りの単色に筋肉や骨のようなデザインはそのままに、狼男を彷彿とさせる意匠が組み込まれている。胴体は大きく膨らんでおり、頭部は展開している。現在は首無しを見ているようだ。四肢も鉤爪のような鋭利さが増しており、従来のものとは別物と言えた。

「なんだあ、こりゃあ」

「新製品……まさかチキンのような超人が他にも……? その為の特注品ですかね? でもそれにしてはジンゴメンに似せる意味が」

 燦護の疑問に答えるように後方の扉が開いた。二人は即座に振り向き警戒する。

「やあ。クリスマスに眺めるトランペット……に留めておいてくれるかな」

 お目当てが向こうから現れた。いつでも動けるように神経を張り巡らせる。

「それは、俺の為のものだ」

 館端は静かに語り始めた。

「ジンゴメン特殊強化次世代モデル、館端俠也専用機。ASSAULT(アサルト)HOUND(ハウンド)。通常のジンゴメンとは比べものにならない出力。膂力も機動性も遥かに優れている。胎田さんが造ってくれたんだ」

 自慢気に語る館端。燦護と奏屋はちらりと目を合わせた。

「へえ……それはそれは。手厚いんだな」

「館端さん、以外と特別扱いされたいタイプ?」

 軽口に反応することが無い様子を見ると、燦護はより一層の気を引き締めた。

「で……エデンプレイスタワー(ここ)に何の用かな?」

 館端は左手を首に当て、警告するように骨を鳴らした。


「悪いなラプトル、交渉の余地は無い」

「くっ……! どうしてっ、どうして周りが見えないんだ! あなたならきっと他人のことを考えられるっ。悲しむ人の顔は見たく無いはずだ!」

 片手で側のプリンターを台ごと持ち上げ彈へ投げつける情一郎。彈は長机に飛び乗り、縦横無尽に駆け回りながら攻撃を避ける。

 情一郎は手を休めることなく、近くの備品を投げつけながら悠々と歩み寄っていく。

(くそっ、キリが無い! やるしか……っ)

 彈は意を決して幾つもの長机を渡りながら全速で接近する。

(決めたろ、震条彈! “戦え”!)

 体重を乗せた彈渾身の拳が、加速しながら情一郎の顔面を捉えた。

 激しい音が響く。全身のコスチュームは完璧。拳を覆うグローブ部分は痛みを感じさせはしなかった。しかし、情一郎とて痛がっている様子はまるで無かった。微動だにしていない。

「……終わりか?」

 彈の連撃。

 急所を的確に狙うように拳や蹴りを合わせる。無酸素運動に近い程の攻撃。チキンのスーツが厚く硬いことは分かっていたが、それよりも中の人物に衝撃や攻撃の痛みが届いている気配が微塵も感じない。

 肌を通してそれが分かる。つい最近も味わった感覚だった。絶対に敵わない相手。超人。マキビシが造り上げたマシンのヴィーナスとも似ているが、今ほど無謀な感覚ではなかったように思う。

 やがて息が切れた。

「やっぱ無理か……っ」

 じろりと見下ろす眼光に寒気が走った。彈は情一郎の肩に左手を突いて全身を跳び上げ、前に追い抜かせた。情一郎は動いていない。そのまま廊下へ出て、逃走を図る。パルクールを用いて最短でエレベーターを目指した。

「亜莉紗っ!」

 情一郎はため息を吐きながら後を追うように歩き始めた。

「逃がすと思うのか! ここで何かしてたんだろ!」

 後方での大声に目もくれず、エレベーターの下降ボタンを押す彈。ライトの点滅はやけに緩やかだった。情一郎が迫ってきている。

(流石に遅いかっ)

 すぐに奥の階段へ切り替えた。下階へは距離があるが、彈なら難しいことではない。背中のバックパックも高反発シューズもその手助けをしてくれる。

 その考えはすぐに断たれた。

 三つの階を降りたところで耳を劈く音と共に情一郎が現れた。真横に居る。この位置はエレベーター前の真下だ。床を抜き、壊して落下してきたのだ。

 瓦礫と砂埃の中に悠然と立っていた。

「くっそぉ……!」

 再び攻撃を試みる。バックパックのフライトユニットを点火させ、より多方向からの攻撃で、意識の外側からアプローチする。

「はあっ!」

 顎、喉。常人なら確実に蹌踉めく部位も通用しない。

 情一郎の手が彈の手首に伸びた。

「!!」

 掴まれた腕を離そうとする。びくともしない。

「くっ! んんっ!」

「遊びだ。俺からすれば。そのくらいの差があるってことさ。どんなに格闘が強くても、超能力でも、俺には皆同じことなんだ」

「離してくださいっ! 離せっ……!!」

「俺は、俺の家族の為ならなんだってする。悪びれていたら、きっと妻も娘も救えないから……!」

 情一郎は踠く彈の額を中指で弾いた。

 彈は廊下の端まで吹き飛び、全身を壁に強打した。ずるりと床に滑り落ち、頭部からの流血をゆるす。

「死んではいないだろう。最大限の手加減はした」

 情一郎は胸の痛みを抑えるように声を振り絞った。

 超人の苛烈な一撃。しかし、ヒーローの意識を絶つには至らなかった。乱れた前髪の中から、一点の光がこちらを睨みつけているのが見えた。

「なっ……!?」

 彈は即座に立ち上がり、再度階段を降りるべくフライトユニットを使って情一郎の前から姿を消した。

 小刻みに噴射させながら、移動を最速へと持っていく。

「まじか……」

 情一郎は再度、床を抜くことにした。片足を軽く上げ、下ろす。たったそれだけの動作で“下へと降りれるのだ”。

 一つ。

(居ない……)

 そしてもう一つと階を降りていく。

(また居ない……そんなに速いのか?)

 どこにも彈が居ない。階段前を注意深く見ているにも拘らずだ。

 下がる速度を速めていく。

(居ない、居ないっ。まさかもう一番下に……!?)

 情一郎は一階を目指した。


「なんだ……? やたらと地震長いけど、アラート鳴ったか?」

 一階。二階から三階までが吹き抜けになっているビルの正面玄関。両脇にある二段のエスカレーターに、入口のセキュリティゲートと、一目見て分かる充実した一流企業の空間だ。

 爆音。

 警備員が懐中電灯を片手にフロアを見ていると、真横に“何か”が落ちてきた。

「へ……チキン……?」

 ただならぬ様相のスーパーヒーロー。そしてその登場方法は、事態が普通ではないことを意味していた。

 甲高い音が聞こえた。情一郎が振り向くと、眼前には足裏が見えた。

 フライトユニットを最大噴射したうえでの蹴り。直撃するも、擦るように通過する。今度は僅かにだが情一郎の顔を動かすに至った。

「くっ!」

 建物入口側に彈が位置した。

「ラっ、ラプトル!?」

 二人の有名人が敵対している。それもビルを破壊しながら。

「ひ、ひいぃ!!」

 訳もわからず警備員は外に走り出してしまった。

「……階段の途中からエレベーターを使ったのか」

「はい」

 単純なことを失念していた。

 亜莉紗に頼み、エレベーターを一階へ向かわせた。彈はタイミングを見計らい、丁度その階に到着するエレベーターを観察し、ボタンを押してタイムロスなくエレベーターに乗った。中で少しの体力の回復をしながら、全力で情一郎の背後から攻撃を仕掛けたのだ。

「坊や、大丈夫? こっちも急いではいるけど」

「ああ。ありがとう、亜莉紗」

「わかってると思うけど、死ぬのだけはNOよ」

「……肝に銘じる」

 心配はかけない。その為に様々な準備をした。そして、ここで負けるような気概では居ない。死んでも食らいつく。それが出来るダニエルの逸品を身につけている。

(体重が、純粋な筋力が駄目なら、運動エネルギーをより乗せることに集中しろ)

 フライトユニットの点火。左右に広がり撹乱しながら近づく。情一郎の目が追ってきているのが見える。

(今っ!)

 地面を蹴り上げ跳躍。噴射の勢いで体を回転させ、遠心力を加えた、上段から下方向に向けての回し蹴り。攻撃は情一郎の首の左側に直撃した。

 真珠色のケープがふわりと揺れる。

「……」

 彈は続けて、着地と同時に後ろ蹴りを放った。巨木を蹴っているような感触が伝った。

(駄目かっ)

 足首を掴まれる。

「うわっ」

 情一郎はひょいと彈を持ち上げ、真後ろの方向へと叩きつけた。床に罅が入った。亀裂が枝分かれしている。

「がっ……はあっ……!」

 刹那、肺が空気の取り込みを中断した。背中から伝播する衝撃は激痛となって彈を苦しめる。喋ることもままならない。バックパックのフライトユニットはひしゃげてしまった。

 身悶えする彈を眺める。今は情一郎が入口側に居た。彈までの距離は八メートル程あった。

「俺だってこんなこと、したくてしてるわけじゃない……諦めてくれ」

 もしかすると、いくら全身装備とはいえ打撲じゃ済まないかもしれない。骨折の数箇所は覚悟しなければ。彈はそんなことを考えていた。

「諦める……“またか”……。非合理的ですよね。そう映るのも無理はない。けど……“諦めないのは人間の専売特許なんじゃあないですか”? 模索することを止めない。それだけがヒトが進化してきた所以だって、俺は思ってます」

 痛みを無視するように言葉を紡ぐ。それが覚悟の伝達方法として、今一番適している。

 恐怖。

 背筋の凍るような執念。勝ち負けや生死がこれほどまでに分かりやすくはっきりしている場面で、尚も立ち向かってくる。理解を超えた行動。

(これが、ヒーローか……!!)

 基準の違いは簡単には変わらない。自分への干渉が大きくても、影響が少なければ些細なこと。

「俺は……俺には……! 資金援助が必要だ! そして常人への憧憬は、止められない……!!」

 暗い中、月夜がガラス張りの入口から差し込んできていた。逆光で仄暗いチキンのコスチュームの輪郭。

 時が止まったような。

 静寂を切り裂くように。月に一つの影が重なった。

「……?」

 彈は視線を奪われた。

「ん? 何を見てる……?」

 情一郎は視線の先を辿った。

 ガラスの割れる音。無数の破片が煌びやかに舞っている。三階にあたる高所から異物が飛び込んできた。“それ”はゆっくりと情一郎の頭上を通過した。

「!?」

 床に散らばり落ちるガラスと共に、一台の中型バイクが着地する。音を立てて、二人の間に割って入った。彈の前に“大きな壁”が建造された。

「あ……」

 言葉を失う彈。

(こんな状況にわざわざ……正気か?)

 情一郎は目の前の男を訝しんだ。彈の表情を見るからに只者ではないことは確かだ。

 上下デニムのセットアップ。艶のある首元まで伸びた黒髪。男はヘルメットとグローブを外し、折り畳み式のナイフを胸元から取り出している。

「関係者、か?」

 敢えての質問をした。

「たった今からな」

 変わった答え方だった。味方であることは傍目で見ても明らかだというのに。

「……何(モン)だ、あんた」

「———ただのしがない猫カフェ店員さ」

 そう言った男は右手に持ったナイフを首元に当て、躊躇なく刃を滑らせた。


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