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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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93.血の在り処


 小春円環は両親を事故で亡くした。

 事故でもあり事件でもある一件。父親をバスジャック犯に殺され、母親はバスの転落によって死亡。

 四十七人中四十六名が助からず、一名だけが生き延びた。

「そうか、そのニュースや記事で武燈さんの顔を見ていたのか……だから円環は二度目に見たときも別の既視感があったんだね」

「それが、そうじゃないのよ」

 亜莉紗の言葉に戸惑う。

「え?」

「私……考えたくもなかったから事故の報道は一切見てないの。ちらっとお父さんとお母さんを確認しただけで、生存者の画像なんて見てない」

 円環が声を振り絞った。

「ならなんで……」

「坊や、彼の力の発現について説明するわ」

 亜莉紗は椅子を反転させた。

「当時の記事だけじゃ不明瞭な点が多くてね、かなり深く調べたわ。全体の流れは載ってても生存者の詳細はアバウトだったの」

 そう言って手元のキーボードを操作する。

「概要はもう彼女から聞いてるのよね? 起伏の激しい山道・崖。気候は荒れていた。そんな中でのバスの走行中。三人の男が車内をジャック。あれよあれよと中は大騒ぎ。結果として射殺された人も出て、バスは転落。乗客・運転手・犯人の殆どが命を落とした。その中でたった一人、奇跡的に助かった人が居た。……“そんなこと考えられる”? 四十人以上が死に至るほどの事故よ、実際車内もひどい状況だったらしいわ」

 脳内で状況を想像する。彈にだってそれが天文学的確立なのは分かる。

「一体何が?」

 モニターに映し出されたある資料。

「搬送先の病院の診療録(カルテ)、そして警察の捜査資料を調べたわ。驚かないでよ? 武燈習碁が発見された時、“彼は無傷だった”」

 突拍子も無い発言だった。

「え!?」

 亜莉紗は続ける。

「バスは転落し、かなりの距離を落ちたわ。中にいる全員がずたずたになり、流血はプールのように車内を満たしていた。皆、既に死んでいたの」

 円環は顔を伏せている。

「そこでただ一人、微かに息のあった彼。彼だって全身には打撲や切り傷だらけで出血も多量。体中、“肉”が見えているような状態だった。けれど、薄れゆく意識の中で覚えてることがあったらしいわ。それは、“バス内に居る大量の人間のありとあらゆる血液が自らのものと混ざり、入り込んでくる感覚・光景”」

「血が……」

「ええ。恐らく彼はこの時、超科学的に“超人になった”と言えるわ」

 他者の血液。それも四十六人の血液が一人の人間の中で混ざり合い、変化する。あの血の鎧は、事故によるものだった。

 言わば武燈習碁という男は、四十七人の人間の集合体のようなものなのだ。

「彼の中には、彼以外に四十六人の他人が同居してる。霊魂論てだけじゃないわよ、小春円環さんが知り合いのような感覚を覚えたのはこのことが原因だと思うわ」

「それで円環は……」

 他人に家族の面影を見た。つまりはそういうことなのだろう。

 円環にとっても衝撃の事実であった。彈が気を失っている間、こうして調べ、亜莉紗やダニエルと一緒に真相を知った。それでも大きく取り乱すようなことはしなかった。


「また無茶をしたね、ダン」

 ダニエルが声をかける。

「はは……」

 彈は自分の体が思った以上のダメージを受けていたことに驚いた。たった一撃。腕を軽く振っただけで戦闘不能にまで追いやられた。やはり次元が違う。人間と超人の差。結局のところ了承を得ることはできなかった。

 チキンという脅威には単身で対峙するしかない。

「血の鎧の男……強さは折り紙付きね。ま、大事なのは、これでチキンも力を後天的に手に入れている可能性が非常に高くなったってこと。ほぼ確定でいいでしょ。肝心のチキンの情報は、箸にも棒にも掛からないけどね」

 亜莉紗はやれやれといった風でお手上げの様子だ。しかし彈は間髪入れず口を開いた。

「それは、チキン本人に問い質せばいいさ。もう、“戦闘に迷わない”」

 彈は意を決するように言い放った。

「チキンと俺の友人を唆している警察内部の人間は、ジンゴメンの研究開発最高責任者“胎田宗近”。この人、いやこの男が一番の……“敵だ”」


 溢れかえる人々。

 チキンの活躍はとどまることを知らず、民衆は彼に熱狂し、もはや陶酔と言えるレベルにまで至っていた。

「ヒーロー・ラプトルに、自称ヒーロー・モノクローム。どっちもただの人間じゃん! 俺らと一緒ってことだよ?」

「ああ……でもチキンは違う、超人だ。正真正銘の、スーパーヒーローさ!」

 共通の認識を持ち、チキンへの偶像崇拝が高まる。若干の不可思議さに陰謀論と紐づける者も居たがごく僅かだった。社会を包み込む安心を、人々は求めていた。


 ラプトル拠点。彈が習碁との交渉をしてから数日が経っていた。全身の打撲を治すことに努めながら、この日の為に準備した。全身の装備を整えた。体調だってばっちりだ。“ラプトル”として、やるべきことをやる。

 決意とともに扉を開けると、信頼のおける顔ぶれが並んでいた。

「遅いわよ」

「ごめん」

「みんな揃ってる」

 亜莉紗がそう言うと、他も口々に愚痴を吐き始めた。

「チコク」

 丸い眼鏡の奥にある碧眼を細めているダニエル。

「重役出勤だな」

 ちくりとした言葉をかけたのは斉藤だ。

「震条さん遅いっすよ!」

 燦護の快活な声が響く。

「今日はお店が忙しくて」

「あれ? 夕方には終わるんじゃなかった?」

 事前に聞いていたことと異なる彈に質問する流。仕事に復帰していたことには触れなかった。

「いや、まあ他にもちょっとした用事がありまして……」

 彈が続きを話そうとする前に、亜莉紗の拍手が会話を打ち止めた。

「全員揃ったわね。じゃ、説明始めるわよ」

 所狭しと機材の乱立した中で、辛うじて寄りかかれるスペースに居た奏屋と鑑が体勢を変える。

 室内に居るのは計八人。少し離れた別室では円環が愛夏の世話をしている。

 ここに集まったのは他でもない、チキンもとい胎田宗近への説得を試みる作戦を練る為だった。実際のところは彼らの暗部を暴く証拠の強行捜査という形になる。やむを得ない場合は実力行使も充分に想定されての面子であった。

 “現状”の共有は全員に済ませてある。

「いま、辛うじて活動している俺らだが、指揮を館端のやつが執っているのにはこういう裏があったとはな。驚きましたよ」奏屋は率直な意見を述べる。

 彈は静かに頷いた。私刑人を含めた自警団。警察。相反する二つが手を取り合っていた。

「今、連絡の取れない時任さんについては、胎田さんに直接聞く他ないわね」

 鑑がそう言い終えると、亜莉紗がキーボードを叩く。

「現在、胎田宗近の主な所在は規志摩重工と大竜製薬の入っているエデンプレイスタワー。チキンのスーツをつくったのもここでしょうし、細かな話し合いはもちろん、データや記録もわんさかあるでしょうね」

 亜莉紗は所定の高層ビルをモニターに映し出す。

「坊……ラプトルには指定の階のオフィスでチキンの解決してきた事件や防いできた事故が自作自演であったことの証拠を収集してきてもらうわ。斉藤刑事と流刑事は胎田さんを探し出し、常良さんと奏屋さんは側近である館端俠也の足止め、鑑さんとダニエル、あたしは病院へ行くわ」

 兼ねてからの作戦を改めて説明する。皆、彈の一声で集まった。事態が事態なだけに表情は真剣そのもの。重たい空気が和やかになることはない。

 ビルへ殴り込みに行くのだ、全員が万全の状態でいる。惜しむらくはジンゴメンのスーツが使えないことだ。副作用の件・そして以前の無断使用の件から、取り締まりが厳重になった。現在部隊として使用禁止になっている以上、おいそれと持ち出すことは叶わなかった。

 彈はコスチュームがあるとはいえ、今回の対峙する相手が超人なのに対してこちらは全員がただの人間。同じく人間である胎田を打ち倒すには彈が鍵となる。

「皆さん……ありがとうございます。法を犯している俺が言えたことじゃないですが、力を貸してください。胎田宗近さんを、チキンを。このまま野放しにすれば被害は拡大します。それに今だって死人が出るすれすれの状況だ。一刻も早く彼らを止める必要がある。必ず、成功させましょう」

 口元のマスクにある四つのライトよりも鋭い眼光が、彈の想いを全員に繋げた。

「倫理的に許せることじゃない。俺は、自分が納得する方に協力するだけです」

 曇りなき瞳で燦護が言った。斉藤のため息が聞こえる。その表情は穏やかだ。

 皆、同調の眼差しを彈へ向けた。

「はい。…………行きましょう」


 十一月十一日二十二時三十分頃。日は沈んでいる。

 聳え立つ超高層ビルは、立ちはだかる敵の強大さをありありと示しているようだった。


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