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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
96/111

91.精算


 犯人の男は数人の部下を配置し、怯えて待っていた。下階から聞こえてきた悲鳴に身震いをさせたからだ。程なくして下から足音が近づいてくる。

「二人居ますぜ」

 部下の一人がそう呟いた。男は額に汗を滲ませ生唾を飲み込んだ。

 大きな柱で隠れている階段口から、やがて二つの影が現れる。男女の二人組。片方は一目で分かる有名人だ。

「ラッ……!? お、おい! やれ!」

 部下達数人がナイフを持って二人に襲いかかる。

「ぐっ!」「ぶっ!」「がはぁっ!」

 しかし、瞬く間にヒーローに敗れ去ってしまう。

「なんでこんなところにラプトルが……!」

 みづきは予め彈に言われた通り、手出しをしてはいない。殺しは認められない彈の信条のせいだ。

 取り巻きが姿を消し、男は一人になった。彈の瞳に男が映る。

「———この男ですよ」

 目の前の人間が、芦川勇希を強姦の末に殺した犯行グループの主犯格。

 刹那、彈の視界が揺れる。

「お、前が…………!!」

「ひっ!」

 彈の眼光は、未だ嘗て見たことが無い程の鋭さを放っていた。その視線で対象を殺せる程、激情が彈を支配した。

「っっ!!」

 嘔吐する程のどす黒い感情に覆い尽くされる。

 彈が何故今まで“彼ら”を探すことに心血を注がなかったのか。それはレッドスプレーとの約束を守れそうになかったからだった。

 見つけてしまえば、会ってしまえば。きっと“殺す以外になくなってしまう”。そんな不安が、懸念が、彈を“ラプトルに集中させた”。

 零と一には大きな差がある。既に一人殺している自分に不殺を説く資格など無いとも思った。しかし、レッドならそうは言わないだろう。

 故に、犯人に会い震条彈に戻って殺すより、ラプトルとして悪人を痛めつける道を選んだ。

「〜〜っっ! ……ふ〜っ」

 大きく息を吸い、肺を新しい空気で満たす。頭を冷やせ。自らを俯瞰し、そんな言葉を投げかけた。

 多くの人に助けられ、支えられて今の自分が居る。ここで感情の赴くまま手を赤く染めてしまえば、全てを裏切ることになる。男を目にしたことで、鮮烈に浮かび上がった幼馴染の姿。そんな自分にも腹が立った。

 彈は殴りかかれば歯止めが効かなくなると理解していた為、手筈通り男の拘束にかかる。しかし、そこでじっとしていられるみづきではなかった。

 大きな音と共に、みづきの体がひとっ跳びで彈と男の近くに迫る。振り下ろされる拳は男を正確に捉えた。

「!」

 即座に彈は男の脇腹を蹴り、みづきの攻撃を避けさせる。

「ちぃっっ!」

 そして再び振り翳されたみづきの右腕に自らの右腕を絡ませ制止を促す。

「みづきちゃん!」

「止めないで下さいっ! こいつで……こいつで終わりなんです!!」

 みづきの体はじりじりと男に近づいていく。腰の抜けた男はずるずると後退していた。彈は全力で筋肉を硬直させるが、みづきは止まらない。やがて羽交い締めのようになるも、彈が引きずられる結果となる。

(なんて力だ……!)

「駄目だ、みづきちゃん! こいつを殺すのを容認は出来ない……!!」

「どうして!? もう何人も殺しました! こいつ一人増えても変わりません! 見過ごして下さい!」

「変わるよ!! 数じゃないっ。今、“俺が君を見つけたから、止めるんだ”!」

「!!」

 みづきの動きが止まる。息を切らし、膝から崩れ落ちる彈。

「……っっ!」

 下唇を噛むみづき。耐え難いもどかしさにやるせなくなる。

 震条彈。被害者の一人、芦川勇希と幼馴染であり互いを想い合っていた関係であった。肉親を殺された自分と同じだけの怒りを持っているに違いない。それは確かなのに、彼は自制をしている。辛い筈だった。みづきには痛い程理解出来た。

「なんで……なんでこんな奴を赦さなきゃいけないの……!」

 その力があるのに、それが出来る状況にあるのに、彈の心からの願いを無下には出来なかった。

 瞳から、幾度もの死線を潜り抜け、死闘を繰り広げた末、辿り着いた悟りにも近い信念を垣間かいま見た。

「…………ありがとう。みづきちゃん」

 彈は呼吸を整え、みづきへの感謝を口にする。男は失禁の後、安堵からか気を失っていた。

 やがて、夜の帳が下りていった。


 彈は亜莉紗、斉藤、流。全員の情報を統合して答えを導き出した。チキンを操り、みづきに取引を持ちかけ手術を施した人物。

 ジンゴメン研究開発最高責任者、胎田宗近。


 十一月一日。

 歩道橋の上、彈は人を待っていた。

 たった一つ、亜莉紗に話していない事がある。彼女には気づかれてもいない。それこそが彈の考えであり、“人を頼る”という後ろめたさに目を瞑ってでも、貸して欲しい力だった。

 向かいから来た人影が背を伸ばしていく。もたれかかっていた姿勢を正す彈。

「急にありがとうございます、武燈さん」

「……震条くん。迷い猫っていうのは?」

「彈でいいですよ。……すみません、嘘です」

 習碁は大きくため息を吐いた。彈を一目見た時から、嫌な予感はしていた。

「その格好ということは、あまり良くない話だな」

 彈は正装に着替えていた。舞台は夜。ラプトル()の活動時間帯だ。

「ええ……。これ、貰っといて良かった」

 以前havre de paixで武燈から貰った名刺から連絡した。『ふにゃふにゃん珈琲』。習碁が勤めている猫カフェだ。

「厄介事はやめてくれと言ったぞ? こういう呼ばれ方の為に名刺を渡したんじゃないんだが」

 言葉から苛立ちが肌に伝わる。習碁は超人だ。その為今まで何度も命を狙われてきた。危機的状況に陥ることは無かったが、波風をわざわざ好む性格ではないらしく、ラプトルという“災厄を招く象徴”のように映っていた人間を煙たがっていたのだ。

 そして現に、彈はヒーローとしての姿で頼み事をしようとしている。眉間に皺が寄るのも無理なかった。

「手を貸してほしいんです」

 彈は習碁の助力を口にした。

「断る」

「そこをなんとか」

「出来ないと言っている。迷惑なんだ」

 彈が退く様子は無い。それどころか、初めから習碁の拒否は織り込み済みという顔をしていた。それでいて、是が非でも力を借りるという心意気だ。

「お願いします。俺じゃ無理だ、あなたじゃないといけないんです」

 日夜誌面を飾るヒーローにしては弱気な発言に聞こえた。

「随分と弱気だな。敵は軍か何かか?」

 半笑いで訊ねる習碁。予期せぬ答えが返ってきた。

「まあ……遠からず、ですね」

 滑稽と吐き捨てるには、その眼差しは強過ぎる。

「……何事だ」

 彈は一息置いてから話した。

「今、俺より話題の人物が居るでしょう」

「ん、お前と同じ、“ヒーロー”さんか?」

 茶化すように言ったつもりの習碁だったが、当てが外れたらしい。

「チキン。並外れた力を持つ、超人。“あなたと同じです”」

 習碁の眉がぴくりと動く。

「端的に言うと、あの人は裏で操られています。止めないと」

 ニュースを見るだけでも分かる。チキンというスーパーヒーローの異常さ。出回っている画像や動画の数々がフェイクでないなら、ラプトルには荷が重い。充分に納得出来た。

「あいつがお前の言う“敵”だと?」

「そうなります。だからっ」

「諦めろ。あんなの人の敵う相手じゃない」

 そう言うと、習碁は踵を返した。

「待ってください! 何度もシングウジインダストリーの包囲網を抜けたあなたなら出来る筈! 実力の高さは“裏”では有名です!」

 立ち止まる習碁。

「裏……ねえ……。俺にメリットがあるのか? そんな危険を冒してまで」

 彈は沈黙の後、やがて言葉を紡ぎ出す。

「最近、事件や事故が多発してると思いませんか? チキンの出現以降、彼を立てるように増えている。被害こそ軽微で済んでいるものの、もしこの事態が仕組まれたものだとしたら?」

「!」

 ヒーローが事態を収集する。犯罪で弥漫した恐怖や不安も、吊り合うような安心感が今の世を辛うじて保たせている。

 その、俯瞰すれば異常事態とも言える状況に、弾の言葉で気がついた。

「あなたがチキンを止めるんだ。でなければ、取り返しがつかなくなる。事件や事故を起こしている以上、いずれ予測不能な動物にだって被害が及びます。プロパガンダを見過ごせるんですかっ」

 習碁という人間を知っての言葉だった。

「〜っっ! …………か、“可能性の話だろう”?」

「な……」

「邪推には付き合ってられない、証拠はあるのか? 俺は……静かに生きたいんだ……!」

 チキン本人の言質と言っても信用はしてくれないだろう。

「……」

 習碁本人も楽観してるわけではない。さりとてここで自らの平穏を手放してしまえば、今までが水泡に帰してしまうと思っていた。

 葛藤が、決断を鈍らせる。

「……済まないな」

 再び足を動かし出した習碁。しかし、最後の言葉が彈を奮わせた。

「“済まない”? は……良かった。その気持ちがある確認だけ取れれば」

 習碁は背後に圧力を感じた。それは殺意ではなくとも、肺を圧迫する程のものだった。

 音と共に頭上を影が通過する。目の前に降り、立ちはだかる脅威。“それ”は、まるで小鳥のような軽やかさと猛禽のような力強さを兼ね備えていた。

「何の真似だ」

 彈は腰を落とし、両足の幅を広く取った。

「力づくでも……了承を得ます……!!」


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