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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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90.浮き彫り


 彈は自分の考えを余すことなく仲間に共有していた。

「この力を“手に入れて”って言ってた……つまり、幼い頃から超人だったわけじゃないんだ」

 亜莉紗は白衣を摩りながら答える。

「妻と子供の為、ね……。その為なら自作自演も厭わないと。大きなバックがいる確信が持てただけで良しとしましょう。危険な接触にならずに済んでよかったわ」

 横のダニエルも首を縦に振っている。しかし、当の彈本人はその怪訝な表情を崩してはいない。

 はじめ、ダニエルはチキンに対しての怒りと同情の入り混じった故の葛藤なのだろうと解釈していた。だがそれにしては少し上の空のようにも見え、まるで別の用件を抱えているようだった。

「チキンが明確な敵になるなら、中々に厳しい戦いよ。勝てる見込みが常人とあの超人じゃゼロだもの。弱みを握るくらいしか攻撃の手段が思いつかない。まあ既に、大金を確約している影のフィクサーに握られてるでしょうけど」

 その通りだ。今さらあの化け物に太刀打ち出来るのか、そもそも対抗馬は存在するのか、亜莉紗とダニエルがそう思うのも無理はなかった。

 彈は亜莉紗を真っ直ぐに見据えている。

「考えがあるって顔ね。無茶な独断だけはよしなさいよ?」

 黙ったまま頷く彈。確率は五分といった顔だ。

 当てがあると言わんばかりの彈に驚きつつ、彼への信頼が二人をそれ以上喋らせることはしなかった。


「時任さんが?」

 鑑に聞き込み紛いのことをしているのは斉藤文重だ。

 きな臭いと感じた自らの直感のままに動く。決して震条彈から相談を受けたからというわけではない。

「いやっ時任さんだけってわけじゃない。ジンゴメンの責任者である二人がって話だ。チキンのゲリラ会見。あれで政府直属のヒーローとして認可されてるってのは周知されたろ? あの時説明をしていたのは他でもない館端俠也だ。同期なんだろ? 胎田宗近の右腕がなんでってのはお前らも気になってた筈。今まで多くの人間に聞かれても、はぐらかすか贈賄でもして口封じしてたんだろうが、いよいよ真剣に探らねえといけなくなった」

 それは鑑にとって、実に規模の大きい話であった。

 無断でインプレグネブル・ゴッズに攻め入る助力をしたのも記憶に新しい。本来の彼女なら、身の丈に合わないと踏むことばかりだろう。

「時任さんに限ってそんな……。でも確かに、胎田さんの独断なら……あり得ます」

 胎田宗近。

 斉藤は前々から心の奥底を常に隠しているような人間だと思っていた。侮れない人物だと。

 彼なら暗躍に勤しんでいると言われても不思議ではない。

「やはり胎田さんか」

「ジンゴメンの会議室や胎田さんの自室に、外部の人間が出入りしているのは事実です。規志摩重工に大竜製薬、とか」

 斉藤はあまりの大企業の名に刹那の喫驚を見せるが、同時にその納得がいくことも事実だった。

「今思えば、ジンゴメンスーツのように、話題のチキンのスーツを作っていてもおかしくはないですね。あんな頑丈なスーツ、いくら費用が嵩んでも胎田さん以外には作れそうにない」

 その鑑の言葉に偽りは無かった。対して斉藤は、ジンゴメンスーツの元であるペスティサイド信徒用のスーツを作った人物。そして、四箇所襲撃のARMORYが用いていた兵器を作ったD.S.Tec。この二つを思い浮かべた。

 技術的にはどちらも可能だろう。しかし、彈達の情報によって片方は死亡、片方はラプトルのメカニックだと分かっている。

 いい聞き込みが出来た。

「……ありがとな。お前も気をつけろよ」

 斉藤の去り際の言葉に頷く鑑。その表情を見たかどうか、斉藤は足早にその場を後にしてしまった。


 歓楽街を外れた裏道。

 燦護は以前と変わることなく、仕事に勤しんでいた。

「神妙にお縄につきやがれ……!」

 男を押さえつける。“スーツ”が無い以上、己の身一つでどこまでやれるか。その点だけを懸念していたが、現状なんとかなっている。組織自体が瓦解しかけている中で、実直に仕事に没頭するのは燦護くらいのものであった。

 そんな時、近づいてくる足音があった。

「流さん?」

 見知った顔に驚くも、その手が緩むことは無い。

「はあっ、はあっ」

 息を切らしている。毎日ハードトレーニングをこなしているわけではない流にとって、多少急ぐだけでも運動不足が垣間見えた。

「ここに向かったって聞いたから」

「どうしたんです?」

 ここにもう一つ、国の危機を伝える影があった。

「少し聞きたいことがあるんだ」


「最後の一人、そいつがリーダー格……」

 長い茶色の髪が夜風に揺蕩う。女は片耳にスマートフォンを当てていた。

「ああ。メインディッシュは取って置いた方がいいだろう?」

 電話先の男が言う。

 人気の無い廃ビル。何やら先程まで活発に動きを見せていた形跡がある。現に、多くの死体が床に散らかされていた。女の両腕は赤く染まっている。

「良かったら、今後もこういうクズ男達を片づけてあげてもいいわよ」

「それは遠慮しておくよ。それに、君の本分じゃない」

「用済みってわけ? あたしをこんな体にしておいて。使い道なんて他に無い」

 女は下唇を噛み締め、屠った者どもを見下ろす。眼光には確かな怒りが込められていた。

「あと二つ上の階だよ」

 電話先の指示に従い、上を目指す。


 景色が後ろに飛んでいく。

 最速で現場に向かう。その理念はいつ何時(なんどき)も揺らぐことはない。

 隣接したビルの屋上は、目的地の中腹に当たる。

「ふっ!」

 目一杯の勢いをつけ、そのままビルを飛び移る。両腕を交差し、膝で窓を割り侵入。衝撃を殺すよう前転を繰り返して受け身を取る。

 すぐさま体勢を整える彈。すると立ち込める鉄の匂いと同時に、一人の女性と目が合った。

「!」

 暫し、音が世界から姿を消した。

 睨み合っているわけではない。二人は静かに見つめ合い、幾重に連なる感情を巡らせる。女性の方も驚いているように見えたが、平静を装っている。

 先に口を開いたのは女性だった。

「お久しぶりですね、震条さん」

 冷たさを帯びた声だった。それもそのはず、目の前の光景が裏付ける。

 匂いの正体は十を超える死体から発されていた。受け入れ難い事実は、時間の猶予を与えずに襲ってくる。

 深呼吸をする。彈は最も自分を悩ませていた問題が、期せずして訪れたことに感謝した。

「ふーっ。……二度目だよ、みづきちゃん」

 彼女の名前を口にした途端、喉元に飴玉を飲み込んだ時のような不快感に見舞われた。

「そうでしたっけ」

 眉一つ動かさず、冷徹に答えるみづき。真意どころか感情の一つすら読み解くことは難しいだろう。

「……そうだよ」

 失礼極まりない。そう分かっていても、彼女を見るとあの凄惨な事件を思い出してしまう。

 三人の女子大生強姦致死事件。彈の幼馴染である芦川勇希、その友人である明星ひかり、佐々木果穂。犯行グループが逃亡のエキスパートだったということから未解決のまま音沙汰が無くなった。

 彈はその日、レッドスプレーと出会い、怒りの矛先を自警行為として発散させることとなる。ラプトル誕生の瞬間である。

 被害者の一人、明星ひかりの妹である明星みづきはこの事件への激しい憎悪を糧とし、自分のやり方で犯人を見つけるといって姿を消してしまった。彈が、ラプトルとして活動する上での危険から彼女を突き放したことは知る由も無い。

 諦観を嫌う者同士、たまたま道を(たが)えただけに過ぎないのだった。

「何してるの? 何……したの?」

 彈は問うた。惨状を雄弁に語る赤い景色を見ていながら、認めなくなかった。

「なんでもいいじゃないですか。てか、見て分かるでしょ」

 悲鳴の多さに駆けつけた。物音も大きく、亜莉紗の網にかかるのは必然と言えた。通信を静かに切る。

「なんでこんなこと……」

 視界を下に落とす。足元を見てふと気づく。“今はラプトルだ”。彼女はこの一年半の間、どこかで気づいたのだろうか。震条彈がラプトルであると。

 彼女の動機を考える。目的は初めから一つだった。実姉の仇討ち。

「もしかして、例の事件の犯人と関係が? でもこれは多すぎる。グループは七人だった筈だ」

 帳尻が合わない。

「……覚えてますか? あたしはあたしのやり方でやるって言いましたよね。犯人のうち六人はもう殺しました。今日はその最後の一人。リーダーの男です」

 淡々と並べられる自白。

「! なら、この死体の山は?」

「そいつに従って同じことを繰り返してたような人間達ですよ」

 当事者ではなくとも、同じ愚劣な行為を働く人間を処する。それは彈にとって、まるでレッドと出会うことのなかった自分を見ているようだった。

 そして、今一度冷静になって考える。その“やり方”というのも気になるが、そもそもこれだけの人間をどうやって殺害することが出来たのか。両腕は血に染まっているが、凶器らしきものが見当たらない。

「みづきちゃん。理由もそうだけど、方法が分からない。一体どうやって君がこれを?」

「……」

 みづきは黙ったまま、下に散らばっている瓦礫のうちの一つを手に取る。そして彼女は拳大のそれを、いとも簡単に握り砕いた。

「!」

 人の成せる技ではない。怪力。そう形容するに相応しい所業だった。

「どうやって、そんな力を……っっ」

 彈の脳裏に、一人のスーパーヒーローがフラッシュバックする。怪力を有する超人だから? 違う。

 背後にいる人間の影を感じたからだ。

「誰かから、支援を受けている……それで体をイジったのか」

 みづきは変わらず沈黙を貫くと思っていた。つん、とした態度はこちらと論争をする気はないのだと。

 しかし、返答は返ってきた。

「二人で」

「……?」

「前に二人で行ったカフェ。あそこで良い“縁”に巡り会えたんです。それで、こんなカラダに」

 カフェ。彼女と食事をした場所だ。活動初期のラプトルについての彼女の私見は今でも覚えている。

 あそこは彼女が指定した場所であった。行きつけになっていてもおかしくは無い。そして行きつけと言えば、あそこは警察関係者に人気の店だと以前耳にしたことがある。

「もしかして、警察や政府の人間……?」

 彈は半信半疑を声にした。みづきはそのまま独白を続けた。

「……取引をしました。私は事件の犯人を探してくださいと。そして相応しい罰を、と。代わりに“あちら”から要求されたのは、“検体としての体の提供”」

「な……!」

 非人道的な内容だった。

「二つ返事で従いました。長期間に渡って体を明け渡し、この力を得たんです。『きっと、君も自分の手で仇を裁けた方がいいだろう』って」

 みづきの力は人を優に超えている。そんなことを可能にする改造技術、恐らく数える程度しか日本には居ないだろう。

「後から分かったことですけど、あたしはあくまで試作品。本物を完成させる為の前段階だったんです。ラプトル(震条さん)なら知ってますよね? ジンゴメン。あれって反動として体を蝕むらしいじゃないですか。あたしのは、あれより強い性能の代わりに副作用も大きい。今じゃ、末期の癌症状と同じって聞きました」

 ジンゴメンスーツよりも遥かに重い代償。みづきの肉体は危篤と表現するに近かった。彼女は、日々襲われる死の恐怖に直面しつつも、犯人の死に喜んでいた。

「どうして、そこまで……」

 自分にそんな言葉をかける資格が無いのは、彈が一番分かっていた。

「あんな、最底辺の人間がのうのうと生きてるなんて許せない……もう何も出来ないのは嫌なんですっ……!!」

 血濡れた腕に血管が走る。額に浮かべた青筋は、みづきの激昂を示した。

「震条さんは、自警活動(そんなこと)までしてるのに、どうして殺さないんですか?」

 みづきはあの時、同じ目的だと歓喜し接近した彈に突き放された。まるで昨日のように思い出す。

 彈は、その質問にモノクロームを重ねた。

「……確かに、放っておけばあいつら犯人は死刑にも終身刑にもならないかもしれない。だから殺してやりたいって気持ちは分かる……。それでも、“あいつらと同じ側には立ちたくないんだ”」

 あれから流れた月日は二年にも満たないが、世界中の誰よりも濃密な時間を過ごしてきた。そんな自負が、経験が、彈をここまで押し上げた。

 明星みづき。彈が心に残してしまっていた疵にカタをつける時が来たのだ。真正面から向き合う時が。

「命は惜しくありません。考えだって変わらない。あなたに絆されるくらいなら、初めからやってない」

「……君と取引をした人が知りたい」

「知ってどうするんですか」

「目的を問い質す。そして、君を助ける」

 細かいことは今はいい。彈は直情的な人間らしい言葉を吐いた。

「警察の個人情報は吐けませんよ。ま、最近は、違う実験対象? にご執心なようですけど」

「!!」

 チキンだ。そう確信した。

 つまり、“二人の支援者は同じ”。それは、彈の決意を確たるものにした。

 その人物の目的は分からないが、止める必要がある。そうなれば必ず、チキンと対峙することになるだろう。衝突は避けられない。

「助けが……要る」

「え?」

 彈の考えは、至ってシンプルなものだった。


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