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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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88.趨勢


 あれから、チキンが家庭の画面に映る日が続いた。もちろん食材のことではない。

 容姿からして、まるでコミックの中から出てきたようなスーパーヒーロー。超人的な肉体を駆使し、空こそ飛べないものの、殆ど飛行に近い跳躍や疾走で駆けつける。

 数々の問題を立て続けに解決するその様は主人公そのもの。子供を電車から助けたあの日はまるで物語の第一話と形容するに相応しかった。

 現場での犯罪の取り締まりや人助け。それが成される毎にチキンの好感度は上がっていった。今やシンボルとしての機能を果たし、名称からの親しみやすさも相まって多数のメディア進出を果たしていた。

 雑誌の表紙にコマーシャル。駅やビルの看板広告にバラエティ番組。活躍の場は多岐に渡っている。特に鶏に関連した食品などの広告には持ってこいのキャラクターだった。ニュース番組やゴシップ誌にばかり名を連ねていたラプトルとは大違いだ。陰と陽。この表現が最もしっくりくる。

 ヒーローという特殊な存在が民衆に受け入れられるのに時間が掛からなかったのは、ラプトルの前例があったからと言える。そこに国の認可が加われば、新たなる偶像が誕生する。それは必然だっただろう。


 彈は自宅で晩酌をしていた。普段はあまり飲まないアルコールを喉に流し落とす。

 夜にこうやってニュース番組から明るい内容を見聞きするのは悪い気はしない。悪人が捕まるのはスカッとするし、人の安堵している表情や感謝している様子は心を穏やかにする。

 ただ一つ、彈には懸念されることがあった。

 “やけに事件や事故が続き過ぎではないか”。日々ラプトルとして街を警邏している彈だからこそ、引っかかる部分があった。

 連日、チキンの活躍が報道される。まるで用意されたもののように。事実として死者や負傷者、犠牲者が出たりしているわけではない。しかし、ごく個人的な彈の統計上ここまでの事象が起こりうるか。自分と違い移動の速さは桁違いだろう。それを加味しても出来過ぎな気はする。

 捕まる悪人やニュースに映し出される犯行グループが無名の一般人ばかりなのも不思議だ。彼ほどの超人なら、“裏”の世界での名高い実力者を捕らえることも容易な筈。明るみになっていないだけで、脅威はまだたくさんすぐ近くに蔓延っている。

「ふう……」

 杞憂を願い、もう一つのことを浮かべる。彼女は今も“目的”の為に動いているのだろうか。


 新居。

 ラプトルは仲間と共に時間を過ごした拠点を変えるに至った。マキビシに乗り込まれ、その後のごたごたでそれどころではなかったが、落ち着きを取り戻した今、居場所が割れている可能性のある場所に留まるのは悪手だ。こうして、新たな住処を構えることが出来て一安心というところだった。

 彈の自宅からは、以前の廃墟より随分遠くなった。目ぼしい立地がそこにしかなかったのだ。

 そこには彈に亜莉紗に愛夏、そして新顔とも表現出来るダニエル・シェーンウッドが居た。

「いや〜っ、いいわねっ新しい家ってのは!」

 大きく伸びをする亜莉沙によってその空間の広さが再認識させられる。既に室内には“二人”が使う機械や工具、ありとあらゆる物が運ばれ設置されている。

「ダニエル。実際に会うのは初めてだけど、そんな気がしない。君が了承してくれて、助かった」

「……うん。ダンの言うことは正しいし、僕もここに居た方が何かと便利だしね。安全面は……僕の仕事かな」

 そう言って微笑み返すダニエル。雲隠れをしている危険性の殆どが消えてなくなった今、仕事仲間とも言える彈達と共に居るということはダニエルにとっても利になる。それに、共に大義とも呼べることを行ってきた運命共同体の彼らは、家族同然の存在にまでなっていた。

「う〜あっ!」

「アイカっ!? よすんだっ」

 ダニエルに飛びつき癖っ毛の頭をわしゃわしゃと弄ぶ愛夏。

「すっかり気に入られたわねっ。坊やと一緒」

 四人の生活は盤石を整えてスタートした。


 亜莉紗のコンピュータルーム。五つにもなる大画面にはそれぞれチキンについての情報が映し出されていた。テレビ番組から引っ張ってきた映像もある。

「ラプトル……もう必要ないかもね〜」

 亜莉紗の言う通りだった。彈の動機が犯罪者や悪人に対する苛立ちや嫌悪から来ている以上、社会からその原因が取り除かれていけば、彼から“意味”は消え、彼の“役目”も終わる。

「……正直、超人という存在はどれも個性的で、“互いが互いを倒すべき可能性を秘めている”。結果は相性次第、そんな考えを持っている。けど、あんな風にシンプルな“強さと頑丈さ”を併せ持っている人間っていうのは、万人がイメージする通りの“ヒーロー”になり得るんだね」

 ダニエルの言葉に、彈も亜莉紗も何も意見することはない。

 凶悪犯罪は確かに減った。組織的犯行も。しかし抱える懸念を黙っている必要もない。心を許した仲間だ、彈は正直に胸の内を明かすことにした。

「俺だって憤りの全く無い世界なら、納得してラプトルを消すことが出来る。……一つだけいいかな?」

「何? 嫉妬なら聞かないわよ」


 チキンと現在の風潮。その疑問を共有した彈。

 二人は真剣に耳を貸した。ラプトルと行動を共にしていた経験はもちろん、嘗ては裏の世界と密接に関わりその身を置いていた二人だからこそ合点のいく内容だったからだ。

「まあ、調べてみる価値はありそうね」

 腕を組んでいたダニエルが口を開ける。

「……実は、僕も気がかりな点はあるんだ」

 眼鏡を直し、画面の一つに映っているチキンの全身画像を見つめる。

「あのコスチューム、相当の強度だ。重さだって人が簡単には動かせない程だと思う。初めから彼用の特注品ということだろうね。つまり、一朝一夕で造れる物じゃない」

 彈は、メカニックであるダニエルのならではの視点だと思った。同時に、あれだけの装備がすぐに出来ないことは素人でも分かる。

「そりゃあそうだと思うけど」

 ダニエルは首を振った。表層しか受け取られていないと察知したのだ。

「いや、設計段階から考えると、相当練られて造られてる」

「?」

 要領を得ない彈。亜莉紗も意図を図りかねている。

「ここまで派手に動くような人間が、今まで知られていなかったのはおかしい。つまり、ヒーロースーツの完成を待っていた。これは、“助けられていた人間を助けていなかった”と言うことになる。だがここで矛盾点が生じる。最近力が発現したなら納得出来るがそうじゃない。ダンの話によれば“拡張者”ミナミノマコトを以前救ったことのある善良な人間だというじゃないか。ならば水面下で人助けをしていた可能性も捨てきれない。それに、超人は幼少時に力に覚醒することが多い」

「考えすぎじゃない? 急にヒーローに憧れたのかも。お金に困ってたとか」

 そう言う亜莉紗に二人の冷ややかな視線が注がれる。

「……悪かったわよ。そういう世間的な倫理観はあなた達二人の方が持ってそうだもんね」

 ダニエルは咳払いをし、やや語気を強めて言った。

「僕が出す結論は、本来目立つことを好まない人間を、“ヒーローに仕立てている人間が居る”という点だ。これも推測だけどね」

 目を見開く彈。感じていた違和感の正体が判明した。もしこのダニエルの仮説が本当なら、その裏で糸を引いている人物の真意を知る必要がある。

「そいつは、一体何の為に?」

 ダニエルは開いた両手を肩の横に持ってくる。

「さあね」

 彗星の如く現れた超人ヒーロー。ラプトルやモノクロームといった自警団ではなく、ただの人間でもない。

「表向きは警察とも協力関係にある、政府直属のスーパーヒーローという存在。その影にある不審な点。……急務ってトコね。オーケー、探ってみるわ」


 夜。

「うぐっ! ぐっ……ごほぉっ!」

 胸に大きな拳大の窪み。口から致死量の吐血をする男。背後の壁には幾つもの罅が入っている。穴の空いている箇所もあった。男が逃げ回った際に出来たものだ。

 力無く前方に倒れ落ちる。男の絶命を確認すると、女は耐えていた苦痛に身を委ねる。

「ざまぁみろ……つっっう! あと一人……」

 声を殺すように悶える。全身に走る激しい痛み。引き換えに手に入れた怪力。この手で報復が叶うなら、この痛みも耐えることが出来た。

 先をうねらせた長い茶髪が風の向きに従っている。

「やっと、やっとここまで来た……」

 明日も分からぬ身。それでも、“犯人達”の死が己の死を薄れさせた。


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