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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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85.渇望した平穏


 話はトントン拍子で進み、彈は小春家の営むhavre(アーヴル)de(ドゥ)paix()で働く運びとなった。

 カフェエプロン姿は様になっていると評判の彈だったが、極力素肌を見せないようアンダーシャツを着込み、手袋とマスクを着用している。秋前である今だからこそいいものの、来年の夏以降のことはまだ考えていない。我慢出来るならそうするところと漠然とした思いでいた。

 一週間程経ち、ここの仕事にも慣れてきた。軽快な足取りと爽やかな笑顔で接客をする彈。

 からん、とドアチャイムの音が鳴る。

「いらっしゃいませ」

 いつも通り挨拶をした時だった。彈は意外な人物の姿をそこに見た。

「おっと」

 随分と久しぶりに見た顔。互いに自己紹介は済ませたが、“都合上”特段関係を持ってはいなかった。むしろ、どこかで避けていたのかもしれない。“厄介事が常に付き纏う生き方をしているから”。

「なんでここに……?」

 上下デニムのセットアップを着た男は眉を顰めつつも笑った。

「スイーツ店だぞ? 食べる以外に理由があるか?」

 ごく自然な返しに戸惑う彈。当然だろう。鉢合わせたことのある店に彼が通うなどとは思ってもいなかったからだ。

 彼、武燈習碁は、“血の鎧の男”と称される超人である。

 レッドスプレーに警戒され、辻本亜莉紗に警戒され、真宮寺雅隆、マキビシ、アイギャレット・シェルシャルルなど“裏”の重役達に警戒されていた人物。一級の有名人だ。

 その力は、異常で未知数と言えた。ただ確かなのは、シングウジインダストリーが一番に捕獲対象に挙げ、総力をもって捕らえに臨んでいたというのにも拘らず、その全てを真正面から切り抜けていたということだ。

 彼が今まで人を殺したりなどといった記録は無く、そもそも面倒を嫌うという性格から、悪人ではないと彈は感じていた。

 二度、遭遇したときの猫を愛でる表情も強く覚えている。

「あ! 武燈さんっ」

 彈の刹那の熟考を切り裂くように暖かな声が耳に入る。

「あ、どうも。この間おすすめしてくれた抹茶のロールケーキ、すごい美味しかったよ。カフェラテとも合った」

 円環は嬉しそうに笑う。

「良かった。一週間? くらいは来てなかったから心配したんですよ。お仕事忙しかったんですか?」

「毎日通ってたらお金無くなっちゃうよ」

「あはっ、たしかに」

 良好な関係を築いているようで、仲の良さが見てとれた。

「円環」

 彈の表情を見てすぐに口を開く円環。

「あ! そうだよね、びっくりした? だいぶ前だけど、お店の前で荷物溢してたのを彈が手伝ったでしょ。その時のっ」

 習碁は円環に同調するように穏やかな視線を彈に向ける。

 超人という危険な存在が、大切な人に近づいていることに彈はひどく動揺していた。あるいは、円環という存在と親しげにしている男性を見た、という理由もあるやもしれない。

「丁度、今その時のお礼を言ってたんだ。いやあ驚いたよ、まさかここで働いてるなんて。一瞬、マスクをしてたから気づかなかった。いや……“その方がらしくはあるけど”」

 彈は一瞬表情を翳らせた後、円環に訊ねる。

「常連さん、てこと?」

「そうそう、彈の居なかった六月くらいからここに来てくれてるの」

 円環の何気ない一言が習碁には引っかかった。

「居なかった?」

 彈をヒーロー、ラプトルと認識している男。その言葉と彈の表情を見るに、言えない理由なのは察しがついた。

「あ……ちょっと、遠出してて……」

「帰省かい? だからか、前回来たあたりから店員さんの表情が一段明るくなっていたのは」

「え」

 円環が恥ずかしそうに下を向く。

 自分のいないところの話を聞くのはなんだかむず痒い気持ちになる。しかし空白の時間がこうプラスに作用しているように聞こえるのは悪い気はしなかった。

「二人は?」

 習碁のニヤついた顔が鼻についた。

「付き合ってます」

 恥ずかしげもなく言う彈に、円環は声を殺して彼の肩を叩く。

「〜〜っっ」

 半目の視線を向けたまま腕を組む習碁。

「ふーん……いいねえ、若いねえ。ここのスイーツくらい甘くて素敵だ」


 人気情報番組、ユーガタプレスの討論に熱が入る。話題は、専ら首都のヒーローで持ちきりだった。

 俯瞰の視点で私見を述べているのはジャーナリストの縦ヶ澤だ。

「アメリカ、ロサンゼルスを拠点とする超巨大犯罪組織をまとめていた人物、アイギャレット・シェルシャルルが先日日本にて逮捕された一件。公には発表されていませんが、こちらはラプトルの仕業だという声が多くあります。日本のヒーローはとうとう海外にまで進出したと考えていいのでしょうか」

 皮肉めいた言い方で問題を提起する。

「初めて彼の名が世に知れた頃、あの時の事件でラプトルが人を殺めたのは間違いで本当の殺人者は別にいる、そんなネット上の推論が話題を席巻しましたよね。裏付けも割としっかりしていて、今ではラプトルは人は殺さない、というのが国民の総意です。それはいいことかもしれない。ですが、ただの一人間が、ここまで有名になり、崇められていると言っても過言ではない状況というのは、褒められたことなんでしょうか。警察も頑張ってはいるようですけど……正直、ラプトルをさっさと捕まえたほうが良い気がしますけどね。法の効力の低下というか、社会の脆弱性が露見しているようで」

 縦ヶ澤の言葉に反論こそしないが、声を上げる人間もいた。

「しかし、ギャングのボスを引っ捕えたというのは感嘆せざるを得ませんな。麻薬や、口座を始めとした個人情報などの違法取引、殺人や人身売買といった人の命を奪うようなこともしていたというじゃないですか。そんな諸悪の根源を倒した。日本に来ていたのは全勢力のほんの一握りだったとはいえ、残りは頭を失った烏合の衆です。直に国内外ともに検挙の日々が続くと思いますよ」

 もう一人の男も意見を述べた。ラプトル肯定派の人間であることが分かる。

「やはりラプトルは、国にとって有益に働いている気がしますよね。“右”の者らも両手を挙げて喜んでいるに違いません。彼の今後に嘱望したいです」

 様々な問題が重なっているが、概ねラプトルは受け入れられている、というのが現状と言えた。

 しかし、糾弾の対象は移ろいゆく。過激派コメンテーターの八木が発言する。

「それにしても、警察にはしっかりして欲しいものだ。ジンゴメンなんて奇妙な連中も、成果だけが取り柄だったのに、今では問題も多く、“病院の襲撃も記憶に新しい”。相手は超人だったとも言われているが……いかんせん情報が錯綜している。真偽のほどは分からんが無能なのは事実だろう」

 嘲笑を交えた鋭い言葉は共感を誘った。

 情報の広がる速度は一瞬。一度根付いたものの根絶は難しい。

 真偽など重要ではない。話のタネになれば、欲求の吐き出す場所になり得れば、賞賛も批判も入り乱れて辺り一帯を巻き込むのだ。それも“社会”という規模で。

 このワイドショーに、ヒーローや警察の本質を探るものはいない。

 作り手にも。受け取り手にも。


「彼も、彼の仲間も優秀だ。これほど理想的に作用してくれるとは」

 胎田は上機嫌の中、時任に話しかける。

「……」

 個人経営のバーでカクテルを手に三人で飲んでいた。肴は仕事やヒーローが常というものだった。

「館端君。進んでいないようだけど、彼に遠慮することはないよ」

 胎田の右隣には時任、左隣には館端が座っている。

「いえ、遠慮など……」

 お世辞にも良い空気が流れているとは言い難かった。それもその筈、彼らジンゴメンには抱えている問題が数多くあったからだ。

 先日のインプレグネブル・ゴッズの船上での戦闘の場に、常良燦護と鑑灰寝が居たことは時任にも共有されていた。“例の副作用”の件が二人にばれてしまったことも。

 避けて通れぬ問題であったことは時任とて重々承知していた。

「ラプトル……のことは頭に無いようだね。海外とはいえ犯罪組織の壊滅は君にとって喜ばしいことと思っていたけど」

 時任の考えを待つような物言いだった。

「もちろん、吉報ではある。がしかし……」

 葛藤や罪悪感、逡巡がここまで分かりやすい男も居ないだろう。胎田はそう思っていた。

 時任を悩ませるのは裏で警察組織である常良と鑑がラプトルに手を貸したという事実ではない。

 彼らという部下を知っているからこそ、思想信条にとやかく言うつもりは毛頭なかった。憂慮すべきことなのだろうが、彼らなりにそれが“正義”へと繋がると信じての判断だろうと疑わなかった。

「やはり君の意識は、副作用の件に向いているんだね」

 カウンターテーブルに乗せ、組んでいる時任の両手に力が入る。胎田は続ける。

「……常良君のような使い方をしていれば、想像に難く無いことだったろう。現に彼の症状は隊の誰よりも重く、進行していると言える。寿命はどんどん削られ、四十まで生きられるかというところまで来ているね」

「!」

 改めて言葉にされた事実に驚愕する。後ろの館端も少なからず動揺しているように見えた。当の胎田に感情の揺れは微塵も見られない。

 マキビシが創り出したペスティサイド信徒用の身体強化パワードスーツ。それを押収の後、改良を施し軍事転用したのが現在のジンゴメンのものだ。実際、警察だけでなく、秘密裏に自衛隊への技術提供もされていた。

 “死を前提とした人間の使用する物”。全身に纏えば怪力や超人的身体能力を得る代わりに肉体を蝕む。

 一時的な弊害は、痛みとして脳へ信号が送られること。そして、スーツを着る上での最大の副作用。それは、“代償”として使用者の“寿命を削ること”。

 ジンゴメンの全員にひた隠しにしていたことが、ラプトルに手を貸した一戦で白日の下に晒された。

「あの二人にばれたんだ、抑えられるものではない。隊の全員に明かすべきときが来たのだよ。もう言ってるかも。責務と後ろめたさの鬩ぎ合いにて、事実を隠す共犯者となっていた君には辛いだろうけどね」

 やけに冷たい言い方だった。

 隊員に明かさないことを選んだのは時任だ。自責の念に苛まれながらも、額に青筋を浮かべている。

「……ああ、そうだな……」

 唾を飲み込むことさえ辛そうな時任に反して、カクテルを一気に飲み干す胎田。

「細かいことは考えるだけ無駄さ! 常良君なんかは志も高いし、きっと今までと変わらないでいてくれるよ。抜けるような人間は、放っておいておけばいい」

 その快活さは不気味ささえ感じるようだった。人の命に関わる問題、それを些細な事のように扱う。

 時任は昔からの仲である胎田に若干の怒りを覚えた。思えば、彼の心の内を真に理解したことなど無かった。

 前々から知りたかったことを聞いた。

「……胎田。……何やら、以前からこそこそと動いているようだが、一体お前の目下の企みはなんだ? 随分と力を入れているだろう。しかし、金だって無限に湧くわけじゃない」

 胎田が大竜製薬や規志摩重工の人間と関わっていたことは勘づいていた。しかし彼の判断に間違いがあったところなど見たことのなかった時任は、あえて聞くようなことはしてこなかった。以前ラプトルを捕らえた際に解放したのは、今回のような犯罪組織壊滅という副産物を予見していたのだろう。先の口ぶりからもそれは間違いない。

 そもそも、ジンゴメンのスーツを改良した時から規志摩重工を経由しており、時任右衛の戦闘手段を製造するという名目でも名前は予てから聞いていた。

 時任は胎田の後ろに見える館端を観察した。二人が主従関係と言えるほどに内密な仲であることは知っていた。館端に変わった反応は見られなかった。つまり、企業と繋がっているのを知っている。補佐のような形で胎田の右腕と化している、そう判断した。

 胎田が口を開く。

「もうすぐさ……もうすぐ、驚くべき新時代の幕開けを目にすることになる」

 あまりに壮大な表現に時任は訝しむ。

「何? 一体何が目的なんだ、お前は」

 胎田の真意を図りかねる時任。

「君の装備がまだなことに怒っているのかい? 無理もないし、申し訳ないと思っているけど、それを僕への不信に繋げないで欲しいな」

「茶化すな」

 時任は話のすり替えを容認しなかった。胎田はにやついた口角を下げ、静謐な瞳を向ける。

「……実のところ、僕は犯罪の撲滅にはあまり興味が無い」

「……」

 時任は無言で続きを待った。

「まあ、強大な力を持ちつつ自己中心的にそれを振り翳すような輩は淘汰したいけどね。……問題は“外敵”だ。以前言った、“ラプトルが必要になる局面”というのは、自由に動ける彼だからこそこうして役に立つと思っていたからだよ。インプレグネブル・ゴッズだけじゃない。あれは彼の功績のほんの氷山の一角さ」

 警察。その組織に属しているというのは信念に従っているわけではない。胎田宗近は“ただ属しているだけ”とも言えた。

 あくまで私情を挟んでいる。私情の為に今の地位を確立し、使用している。

「僕の目的は何かと聞いたね。端的に言おう。———大日本帝国の再興だよ」


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