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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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81.修羅の軍勢


(そういえば、プライベートジェットで来たって言ってたけど、あの五人が一緒に乗ってたってことだよな)

 彈は、ジンゴメンの二人と裏世界の用心棒三人が、所狭しと機内に搭乗しているところを想像した。

 あまりにおかしい光景に、思わず吹き出しそうになる。気を張り詰めている中、少し、気が和んだ。

(今考えるのはやめておこう……)

 再び感覚を研ぎ澄まし、先へ進む。


 最後の大きな空間への扉。

 記憶していた二つの大部屋を遥かに超える広さの場所。それが最後の最後に待ち構えていた筈だ。深呼吸をし、腹を括る。どれだけの敵がいようと、自分のすることはただ一つ。

 彈が扉を開けると同時に、銃弾の雨が降り注いだ。

 扉の左端に隠れ、直撃を避ける。程なくして轟音が鳴り止む。

「ははっ、もうおっ()んだんじゃねえか?」

 インプレグネブル・ゴッズ構成員達の笑い声で部屋が満たされる。その空間に喝を入れるように、天井端にあるスピーカーから声が流れる。

「随分と余裕だな。君達」

 ぴたり、と静けさが取り戻される。

「油断はするな。全力でかかれ。……成果への対価は保証しよう」

 構成員達は俄然やる気を出し、ラプトルの抹殺を遂行する為、猛る。

 その声は、振動として床や壁から彈に伝わる。ボロボロに壊れた扉を横に、入り口に立つ彈。

 彈一人の目の前には、百人は下らない構成員達。百五十〜二百くらいは居るだろうか。銃、機関銃、ナイフ、金属バットに鉄パイプ、バールといったものまで多岐に見受けられる。完全武装と言えた。

 一対多の極致。

「ふーっ……」

 前屈みになり、集中力を限界まで高める。怒号にも似た雄叫びが、広間に充満した。

 抗争。

 そう表現しても間違いではないだろう。たった一人が組織に戦いを挑む異様な光景。弾丸を躱すだけでも必要以上のエネルギー消費が伴う。

 彈の瞳は目まぐるしく動き回る。

 弾道、引鉄にかける指、発砲の予備動作、敵の急所、最短ルートの構築。加えて、耳栓で聴覚を仲間からの通信に限定している彈にとって、両目が休まる暇が無いのは必然といえた。

「はぁぁ!!」

 拳、掌底、肘、膝、脚、足、頭突きといった頭まで。五体の全てを武器とする彈にとっては、僅かな隙が致命的となる。スーツはあくまで補助。可能ならば無傷のまま、少ない回数で一人一人を無力化する。

「ぐぇっ!」「このっ!!」「死ねぇっ!」「ごはぁっ!」「ぶっ!」「うわっ!!」

 立体的に動く。その中で四方八方から襲いかかる敵の攻撃を避け、殴り、蹴る。動体視力・反射神経・三半規管。彈の“超人的”とも言えるその度合い。重ねて、基礎的な筋力と柔軟性も一般人のそれを凌駕する。

 レッドスプレーからの教えを怠った日は無い。唯一といえば、(ロン)に捕まり、香港で監禁されていた時くらいのものだ。もちろん、日本へ戻り、療養を終え活動を再開してからは、より一層の鍛錬に励んだ。

 持てる力を最大限、発揮する。気力を振り絞る。

(いだ)っ!!」「お前どこ見てっ!」「うっ!」

 これだけの数の戦闘。

 相手が彈一人とはいえ、混戦と言えるに相応しい状況が作り上げられている。

 故に、仲間同士の弾丸が当たることも少なくない。機関銃などを用いていれば尚更だ。事前にアイギャレットから細心の注意を払うよう言われていたが、思い通りにはいかない。交錯する射線にいる以上、被弾は免れない。

「!?」

 だが、彈は目の前での“死”を容認しない。

 自分のことだけでも神経が削がれる程の労力を使っている最中であるにも関わらず、構成員同士の弾が顔や心臓部へ当たりそうになるや否や、その危険を阻止する。

 近くに撃たれそうな人間が居れば、蹴るなどして射線上から外す。近くに仲間を撃ちそうな人間が居れば、その手元の銃を蹴り上げ、宙に舞わせる。

「なっ!?」「こいつバカかっ!? ぐっ!」

 そのまま即座に肘鉄砲を鳩尾にくらわし、気絶させた彈。

「はあっ、はあっ……!」

(クソ……流石にしんどいな……けど、このままいけば、なんとかやれる……!!)


「私も……行かねばなるまいな」

 モニターでの劣勢にも見える状況に痺れを切らし、歩く音の劇毒は、部屋を出て大広間へ足を進め始めた。


 一番上の広間。

 ジンゴメンの二人とカイアス・エヴォルソンによる、激しい戦いが繰り広げられていた。

 カイアスによる、周りの損害を考慮しない乱射。一見、為す術のない戦況に聞こえるが、その殆どを躱し、強化された身体能力によって、攻撃を試みる燦護と鑑。

 大広間を穴だらけにするカイアスと、負けじと床やテーブル・椅子を粉々に壊す二人。椅子にある四つ脚の一つを持ち、体を回転させ、勢いよくカイアスに向かって投擲する燦護。

 ジンゴメンによる全力の投擲。弾丸にも近い速度でカイアスに直撃する。

「ぐっっ!!」

 そのまま後方に転がり込む。鑑が決めに入ろうと近づく。が、目の前に現れた手榴弾。

 カイアスは同時に、大きな鉄製の特注ライオット・シールドに身を隠していた。燦護に“あの時”の記憶が甦る。

「鑑さんっ!!」

 だがその心配は杞憂に終わった。一瞬の判断にて手榴弾を左側に弾き、爆発を免れた鑑。

「……」

 冷静にカイアスを睨みつける。カイアスは盾を放り、苛立った様子で二人を見る。

「なんなんだお前ら……。その全身アーマーもムカつくけどなあ! なんで前殺した奴らよりこんな強えんだよ!?」

 癇癪を起こす子供のようだった。怒号をあげるその様子から言葉を予想し、鼻で笑い、鑑は応える。

「一応、こっちもそれなりの面子で来てるってわけ。教えてあげようか? 私はこのジンゴメンて部隊の中での徒手で一番強い。格闘適性が高いの。んでもって、こいつは練習バカだから、誰よりもこのスーツを使い込んでて、扱いも上手い」

 主張がハッタリでないことは、二人の出すプレッシャーからもよく分かる。額に脂汗を滲ませ、カイアスは下唇を噛む。

「鑑さん、傷の具合はどうですか?」

「大丈夫。こんな奴にはハンデってもんよ」

 以前の襲撃時に受けた傷は七割ほどが治っているが、鑑は万全というよりは無理をしている状態と言えた。

 しかし状況はジンゴメンの優勢。そんな時だった。

「んっ? くっ……がっっ!?」

 突如、燦護がその場に倒れ込む。

「あ?」

「燦護っ!?」

 軽い立ちくらみの後、燦護の全身を痛みが襲う。

「なんっだっ……これ……!?」

 息が荒くなる。駆け寄る鑑。燦護が苦しむ中、ある通信が入る。“それは亜莉紗ではなかった”。

「———“副作用”だよ」

「!!」

 聞き間違える筈はない。それは、上官の声。

「何、驚いているのかい? 当たり前だろう。組織の所有物(モノ)だよ? GPSなり、通信の傍受なり、事の詳細の把握は、僕が知らないわけにはいかないだろう」

 淡々と紡がれる言葉。叱責というニュアンスではない。幸い、彈との通信にかかりきりで、亜莉紗はこの会話を聞いてはいなかった。

「胎田、さん……っっ」

 胎田は現場で起きている不可解な事態についての説明を始める。

「いずれ言わなければならなかったことだが時任に止められていてね。いい機会だ、教えよう。……君らの使っているそのスーツは、君らの体に害を及ぼす」

「は!?」

 まるで聞いていなかったデメリットに声を荒げる鑑。

「どういうことですか!?」

 胎田に質問を投げかけると同時に、カイアスの弾丸の雨が降り注ぐ。

「うわっ!」

 燦護を抱え、自らの背をカイアスに向け守る。

「なんだか知んねえが……ラッキー。そのまま蜂の巣だっ」

 ぎりぎりとスーツの装甲が削れていく。

「くっ……!」

 胎田は鑑のことなど気にもかけないように言葉を続ける。

「そのスーツは、あの“ペスティサイド”から押収したスーツを改良した物なのは聞いてるだろう? つまりそれは、“死を前提とした者”が着る物なんだ。そんな簡単に超人的な力を得るなんてうまい話は無い。驚くべきパワーやスピードを得る代わりに、“体を蝕む”のさ。むしろ、今まで体を酷使してきてよく発作や疼痛が起きなかった」

 驚愕の事実に面を食らう鑑。だが、悠長なことをいっている暇は無い。

「嘘でしょ……はあ、とにかく今はあいつを倒す……! その後で私から胎田さんに直接話を伺いに行きます!」

「どうぞ」

 鑑はなんとか立ち上がり、カイアスの方を向く。

「ははっ、よかった! お前らの苦しむ顔を見ずに殺すのは、趣に欠けるからなあっ!」

 鑑が突撃の体勢をとる。すると横にいる燦護も立ち上がった。

「! あんた!」

「大、丈夫です……俺も最後までやりきります!」

 意識の朦朧とする中、闘志だけは絶やさない男。それを知っているからこそ、鑑は野暮なことは言わなかった。

「……わかった。後で胎田さんに色々聞きに行くわよっ」

「はいっ」

 水を差すように、もう一人の声が聞こえた。

「こちらも聞きたいことはある。お前達がラプトルと繋がっていたとはな」

 これまた聞き馴染んだ知り合いの声。

「館端っ!? あんたまで居んの」

「大変そうだな。生きて帰ってくれば、話し合いをしよう」

 憎まれ口のような物言いに、若干の怒りを覚えながら、カイアスを見る。

「はいはいじゃあ後でねっ!!」

 燦護と鑑は尽きた力を振り絞り、攻めに転じた。


 船内真ん中に当たる広間。

 交戦中、パラサイトキラーとソード、実力者であり一騎討ちとして戦闘を繰り広げている二人。

 大きく振りかぶった武器の衝突により、二人の間に距離が出来る。

「“新生辻斬”……か……」

 パラサイトキラーが呟く。ソードは刀を肩にコツコツと当て、気怠げにも見える視線を向ける。

「知ってくれてるんだ」

 何かを喋ったように見えるソードを挑発するように言う。

「ああ悪い。そっちは聞こえていないんだ。船内放送で、アイギャレット・シェルシャルルの声を聞きたくはないからな」

 一方的になってしまう言葉。ソードの部下が近づき、目の前の男のことを教える。

「ソードさん。見たことあります、奴、パラサイトキラーですよっ」

 どこかで耳にした名だった。

「? 聞いたことあるな。……そうだ。真宮寺のじいさんが言ってた殺し屋だっけ?」

 合点がいった。道理で強いわけだ。ソードは嬉々として刀の鋒を向ける。

「ははっ! 強いヤツとヤんのはやっぱし最高だよっ! ラプトルかどうかなんてもうどうでもいいや! 殺しが好きな人間同士、ヤリあおう!!」

 心外な言葉を投げかけられ、パラサイトキラーは眉間に皺を寄せた。

「俺は殺し屋じゃない。用心棒だ」


(あと、どれくらい居るんだ……!?)

 半分は削ったかというところ、彈の体は悲鳴を上げていた。

 流石に常に無傷とはいかない。いくら防弾防刃とはいえ、痛みとしての衝撃はある。

 もちろん、衝撃吸収も低くはない。むしろ高い性能を誇っていると言えるが、この状況下では、ダメージは無限に蓄積され続ける。加えての疲労困憊。

「はあっ……! はあぁっっ……!」

 気を緩めれば、意識の混濁、視界の歪曲が起こる。

 残る人数を数えるのも一苦労。彈を支えるのは両脚というよりも、気力のみと言えた。

 扉が開く。彈の背では無い。向かい側だ。

「……いらっしゃったのですね」一人、戦いを扉の前で傍観していた王前がそう言った。

 肌で感じた。

 空気が張り詰めた。

 虚無が充満した。

 畏れが辺りを埋めた。

 恐怖が飽和した。

 まるでレッドカーペットの上でも歩くように、悠々とこちらに近づく男。真っ黒のスーツには緑色の斑点の水玉模様が。猛毒を有する動物のよう。それを警戒させるよう一目で教えてくれている。

 男は彈の十メートル程前で、足を止めた。

「———初めまして」

 この船のトップであり、アメリカを拠点とする超巨大犯罪組織、インプレグネブル・ゴッズのボス。

 アイギャレット・シェルシャルル。

 言葉で、声で、人に恐怖を植え付け支配する、“超人”。アイギャレットの姿を確認したのは、病院襲撃時の監視カメラ映像のみ。

 震条彈。日本の東京で自警団としてラプトルと呼ばれる彈と、初めての邂逅であった。

「な……あ……」

 あまりの圧力に、言葉を失う彈。

 通信が入る。ダニエルからだった。今まで沈黙していた彼は、ただ一言、こう添えた。

「ダン……頑張って」

 亜莉紗を通して彈の姿を見ているダニエル。彈は気を引き締め直した。

「おや? 聞こえていないんだったかな?」

 自らの“声対策”に、耳栓をしてきた彈に向かい、アイギャレットは考えた。

「せっかく日本語で話しているのに、話が出来ないのは良くない。それに、気分もいいものではないからね。……君達。『全力で彼を無力化し、その耳栓を取ってあげてくれ』」

 能力の発動。

 それは声の聞こえていない彈でも理解した。明らかに構成員達の様子がおかしい。瞳孔も開いている。

「あ、あ、ああああああああ!!!」

 一人、発狂したかのように向かってくる。ナイフを持っていたが、それを避け、腹部に蹴りを入れる。

「ぐっ! ああああああ!!」

 痛みで悶えてもおかしくはない。なのに、意に介さず攻撃をしてくる。まるで痛覚を失ったかのようにも見える。

 他の構成員達もそれに続いた。その瞳には、答えがあった。

 “恐怖だ”。恐怖で全身が埋め尽くされている。負ければ殺されるのか。殺されるよりも苦痛な拷問をされるのか。親族や大切な人に危害が及ぶのか。それとも、特に理由はなく、漠然とした恐怖に抗えず彈を攻撃しているのか。

 きっと、そのどれもが正解なのだろう。それを裏付けるだけの、鬼気迫る様相で迫ってくる。手数は増え、脅威は増した。

「ぐっ! クソっ……!」

 必死の抵抗をする彈。

 それも虚しく、まるで助けを求めるような、狂気にも似た瞳で、彈を追い詰める。

「まっ……! ちょっ! ちっ、だ、駄目だっ……!!」

 拳やナイフ。銃口が体に触れそうなほどの近距離での発砲。

「うっ……!」

 やがて、鉄パイプによる頭部への攻撃は、彈の付けていた通信機に及んだ。

「なっ!?」

 片方の通信機が床に落ちた。

 スローモーションのようにゆっくりと時が流れた。

 四方から飛んでくる攻撃を避けることすらせず、最優先で床へ手を伸ばす。彈の手が到達するより先に、“音”の速さは耳に届いた。

「『止まれ』」

 ぴたり、と彈の体は硬直した。

 自由を完全に奪われた。四肢の主導権を握られた。これ以上無い絶望が彈を襲った。

 亜莉紗は直前で彈側の音声を遮断した。

「坊や……っっ」

 アイギャレットは僅かに口角を上げ、ゆっくりと彈へ歩み寄る。

「……ぎっ、るぁっ!」

 全身に極限まで力を入れ、拳を振るう。まるで亀のようと形容されるであろう速度。

 目を丸くし、驚くアイギャレット。もちろん当たってはいない。

「まだ歯向かうのか? “イエローは学習しないらしい”。……『恐れろ』」

 再び、大きな衝撃が走り、彈の思考を停止させた。呪縛とも言える言葉の鎖は、身動きの一切を禁じた。

 気を取り直したように、アイギャレットは彈へ、“会話”を始める。

「ラプトル。口は利けるようにしてやろう。……君のことは海を越えて伝わっていたよ。私もこの国にビジネスとして介入や調査をしていたからね」

 せっかくの努力が水泡に帰した。

 アイギャレットの能力にかかった記憶を消し、耳栓をして乗り込んだ。その全てが意味を為さなかった。

 絶望に打ちひしがれる彈。お構いなしに、アイギャレットは続ける。

「済まないね。この先、最奥にある私の部屋が目的だったようだが。まあ、私自身が赴いたんだ。構わないだろう?」

 彈は答えた。

「……違う。俺の最たる目的は……美波野誠(人質)だっ!!」

 囚われた誠の奪還。それも今となっては不可能と言える。

「ああ、拡張者(そっち)か。確かに、国に持って帰ってから解剖などされたら困ると。そりゃあ助けようとするか。ヒーローだものな」

「……」

 事実を受け入れたくはないのだろう。沈黙する彈。それが面白くないアイギャレットは、ある話題を提供した。

「たった一人で、武装した半数以上を昏倒もしくは負傷させている……凄まじい“個の強さ”だ。聞き及んでいたとはいえ、実際に目にするのとでは違う。まるであの、“レッドスプレーを彷彿とさせる”……」

 師の名称に、彈はぴくりと反応を見せる。横目でそれを確認したアイギャレットはさらに続けた。

「そういえば、彼と君は知り合いだったとか? 推測するに師弟関係かな? つまり君は……彼の遺した“遺産”というわけか」

「黙れ……」

 能力を受けて尚、暴言を吐く彈に、構成員達は騒然とする。

「ふむ……」

 もう一つ、面白いことがあったとアイギャレットは思いつくも、それが何か思い出せない。

「嵩久。彼、ラプトルはレッドスプレー以外にも誰かと関わりがあったと記憶しているが、誰だったかな」

 王前は流石の補佐力で、すぐさま要望の答えを述べる。

「ダニエル・シェーンウッドですよ。そのせいで、彼に固執していた武器商人のマキビシという男にも狙われた」

「!」

 通信機からの声は無い。だが確実にこの空間の声は亜莉紗やダニエルに届いている。通信を切っていなければ。

 事実、亜莉紗と違い、ダニエルは聞いていた。アイギャレットの危険性をわかっているからこそ、亜莉紗にわざわざ言い、自分の通信は切らなかった。

 アイギャレットは微笑んだ。

「そうだ。ウチに随分と貢献してくれていた彼だ。協力関係だと聞いている。通信機を付けている以上、私の声も届いていると思うが……ダニエル、私は君を買っていたんだぞ?」

 アイギャレットの言う通り、ダニエルにも聞こえている。返事がなくとも、アイギャレットは続けた。

ARMORY(アーマリー)。私の部下達が世話になったね。彼らの持つ武器、いや……兵器は素晴らしいものだったろう?」

 彈を含め、同時に四箇所で彈達を襲ったインプレグネブル・ゴッズの精鋭部隊。

 アイギャレットの能力を逃れている程、評価されていた人物であり、その各々が特異な武器を携帯していた。

「あれは他では見たことがないものだった筈だ。

そう。“君の案”だ。当時では技術的に作ることが不可能だった図面を使って、長年かけて作り上げたのだ。君が不様に逃げた後にね。“未完の逸品”をそのままには出来ないだろう」

 圧倒的な技術力。

 怪物を生み出し、兵器を生み出し、それをまとめるは恐怖を司る超人。野放しには出来ない。

 上では、ジンゴメンの二人、用心棒の三人が助力して戦ってくれている。彈は抑えられない焦りに、動悸を感じる。

 覆ることの無い状況に青ざめている彈を見て、アイギャレットは笑った。

「ふふっ。はははっ! 君はヒーローなんだろ? そんな顔をしていては、日本国民に呆れられてしまうぞ? 不安を煽ってどうする。君は希望や平和の象徴となっているのだから! ……いずれこうなることは分かっていた筈。それを理解していながら、こんな馬鹿げた、一銭にもならない慈善活動を続けていた。違うかい?」

 かつてない危機。

 思えば、彈がこの活動を始めてこれほど手の打ちようが無い場面というのは初めてであった。

 苦戦はあれど、身動き一つとれず、犯罪者の口上を聞くだけの時間。苦痛でしかなかった。

「汝ら、人を裁くな、裁かれざらん為なり。己が、裁く裁きにて、己も裁かれ。己が謀る謀りにて、己も謀らるべし。……新約聖書の一節だ」

 ただ床を見つめ、呆然としている。

「『こっちを見ろ』」

 彈の視線はアイギャレットに向く。先程の文句は知り得ないか、ぴんときてはいないらしかった。

「君は聖書を読まないのか? “聖書や叙事詩、伝記を引用するのは、カッコイイ悪役の常套句だろう”?」

 アイギャレット・シェルシャルル。

 誰の目から見ても明らかに、彼の表情は高揚をしていた。


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