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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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77.面会


「……ちっ。やっぱし、マズいことになってきやがったな」

 斉藤の予感は好ましくない方へと的中した。

 ある日を境に、各所で仕事に当たっていたジンゴメンが次々と戦闘不能に追いやられているのだ。それもあまりに不可解な、“同士討ちという形で”。

 七件目の被害現場に立った今、その凄惨さに改めて驚愕する。ジンゴメンはその圧倒的な膂力にて、“一方的に”対象を制圧することが可能な組織だ。そう作られている。

 もしその力が、拮抗した互いに向けられれば、こうも辺りを破壊しうるのか。一度に二人以上が狙われる為、実にジンゴメンの半数弱が“あの男”の毒牙にかかっていた。

「超人、御門悠乃と同じ、または同種の能力とはかなり厄介ですね」

 現在収監中の女の名を口にする流。

 詳しいことは後日聞いた話だが、斉藤と燦護はどこまでも“問題”と隣り合わせで生きている人間なのだと、御門悠乃と二人の遺体のあった事件で再確認したことを思い出す。

 思えばあの騒動の後からラプトルは消え去った。片方の遺体は彼の友人だったと斉藤から聞いたが、それが空白の期間を生み出したのは言うまでもない。

「ああ。時任さんや胎田さんも頭にきてるみたいでな。さっきは『早くしろ!』だとか『一刻も早く完成を!』とかなんとか言ってたな」

「ジンゴメンの実績は目を見張るものがありますからね。こうも戦力を削がれちゃたまったもんじゃないんでしょう」

「んー、それだけじゃないようにも見えたけどな……」

 インプレグネブル・ゴッズのボスが来ているとなれば警戒も最大限にまで引き上がる。そんな中で筆頭の戦力に数えられる組織が半壊しているのは痛手でしかない。

 近づく足音、バリケードテープを潜る影があった。

「お疲れ様です。お二人とも」

 スーツ姿で現れたのは、ジンゴメンの一人であり、ラプトルが失踪する以前、斉藤と共に最後に顔を合わせた男。常良燦護であった。

「常良くん」

「おう。お前はまだ狙われてないんだな」

「ええ。なんとか」

 神妙な面持ちで現場を見回す。

「俺達の力がこんなことに使われるなんて……。奏屋先輩の言ってたあの奇妙な力の使い手ですか。人を操る能力。こうも短期間で“二人”も会うなんて。怖い、ですね」

 正直な感想を直に発する。

「ああ。奴の性質上、後手に回っていてはまず勝ち目は無い。知見も多く必要になる。……胎田さんの意見が聞きたい。頼めるか?」

「もちろん、それくらいなら」

「それと……」

 斉藤は胸元からメモを取り出し、その中身を眺める。

 斉藤はベテランとなった今でも、ケータイで済みそうなことを物理メモにとっている。アナログなその習慣は、流牽政が常にメモ帳を持参する理由にもなっている。

 直面する危険はこれだけではない。インプレグネブル・ゴッズ。その名はある男を起点に加速的に聞き始めた単語だ。警察が懸念する大きなもう一つの問題。“カイアス・エヴォルソンが日本に降り立っている可能性”。

 以前、これでもかと被害を齎し、警察を掻き回した男。能力の凶悪さではアイギャレット・シェルシャルルだが、文字通り物理的広範囲な被害の大きさではカイアスはアイギャレットの比ではない。

「カイアス・エヴォルソン。奴が再び現れれば、総力を上げて戦う準備が必要だが、今の警察にそれだけの体力が残されているか……」

 抱える問題の巨大さ。さらには同時に出没し始めた、愉楽目的であろう“通り魔の連続殺人”も頭を悩ませる種となっていた。

「はあ……」

 三人が八月の暑さに辟易としている中、斉藤のスマートフォンが鳴り響く。

「?」

 表示された名前に一瞬目を丸くし、すぐに細める。また、厄介事が舞い込んできたのだろうか。


 ブラックコーヒーから立ち上る煙は、その香りの芳醇さを明確に脳に伝える一種の視覚効果とも言える。

 味の程は王前嵩久が入れたのだ、万が一にも、間違いは無い。

「……うん、香ばしい」

 ゆっくりと熱を帯びたままの液体を喉に触れされる。通り抜ける香りは鼻から。感触は、舌触りからの心地良さをそのままに胸元へと降りていく。

「っはあっ……やはり君の淹れるコーヒーは格別だな」

 感謝の意を軽い会釈で表し、微笑を浮かべる王前。

 アイギャレットは船の窓から海を眺める。静かな空間。ジュークボックスから流れる小さなピアノの音を背に、コーヒーを嗜みながらなだらかな水平線を一望する。

 気品溢れるその様は優雅で、まるで一枚の絵画のようだった。

「……こうも簡単だとは」

 開いた口からは事実だけが、流れる雲のように悠々と揺蕩っていく。

「ここ十数年は私に歯向かう存在すら居なかった。能力の行使は数える程度だ。故に、自分が至高の存在ということを忘れかけていたよ。やはり私がこの世界を統べることは、牛耳ることは、実に容易いことなのだと」

 その傲慢な口上を否定する者は居ない。たとえここに二人以外の人間が多数いたところで、それは変わらないだろう。

 アイギャレット・シェルシャルルを知っている人間なら、その言葉を実現出来る可能性を考え、可能性という言葉すら違うと吐き捨てる。“決定事項”や“スケジュール”という言葉にすげ替えるかもしれない。

「拡張者……初めから私がやるべきだった」

 数々の失敗を喫した。

 実験体を壊された。顔に泥を塗られた。恩を仇で返された。優秀な手駒を消し去られた。

 たった一つの小さな島国に。

 全てはこの島国の、日本人などという下等種の仕業。そしてここには、兼ねてから欲しかった、同じような“人の理を超えし者”や、自らが取り逃した人材が居る。

「そして、ラプトル」

 常に冷静沈着、そんなイメージの持たれるアイギャレットだが、現状彼が内包する怒りは、決して小さなものではなかった。

 だん、と大きく扉を開ける音が張り詰めた空気を引き裂く。

「……ボス。もう少し静かに入っては?」

 アイギャレットの様子を伺いながら、ソードに声をかける王前。二人のボスを前に、その態度は堂々としたものであり、ボスと呼称している方に対しては彼の手綱を握る稀有な存在と言える。

「ソード。調子はどうだい?」

 来日したからか、日本語での会話を投げかけるアイギャレット。特段怒っているような様子は無い。ムードを壊されたことは、かえって彼の気を宥めたようだ。

「最高。“辻斬”も皆楽しそうだ。そっちも色々と強そうなの狩ってるみたいだけど?」

 まさに水を得た魚。ソードは嬉々として人殺しを楽しんでいる最中だった。王前から渡された名刀も、彼の気分を上げる素材へと化している。

「憂さ晴らしには丁度いい。この国に我が組織の恐怖を植え付けるには最適だ。今後、搾取出来る益が大幅に増えると思うと、足取りは軽いものだよ」

 もはや敵、としてなど見てはいない。あくまでその先の利益に目線を置いている。

「ふ〜ん。俺は人を斬れればそれでいいけど」

 アイギャレットは再び窓に目を向ける。

「“彼”に名誉挽回のチャンスをと思ったが、出番は無さそうだ」


 開いた口が塞がらない。燦護はまさに、“そういう状態だった”。

 衝撃の度合いで言えば、それは同じ場に居た時任とて同様である。二人は今し方、胎田宗近から発せられた言葉の真意を図れずにいた。

「今、なんて……?」

 同じことを聞くなんて失礼なことだと理解してながらも、燦護は訊ねた。

「だから、放っておけばいいよ」

 警察の武力組織、最高責任者の片割れである男の発言とは思えない。あまりに大きい力を有した超人であるギャングの親玉が、隊員を次々と病院送りにしているというのに、やけに悠長なことだ。

「本気ですか!?」

 時任も燦護と同じ意見といった眼差しを向ける。

「……アイギャレット・シェルシャルル。彼は今までの動きからみるに、完全なるビジネスマンだ。この国を破滅させたり、崩壊させようなどとは思ってないよ。乗っ取るような気もないんじゃないかな?」

 ペスティサイドのようなことを懸念しているのだろうか。国民の大虐殺などそう起こることではない。そう、高を括っているのか。

 そこまで来てようやく“危機”というものを認識するのか。

「最大級のギャングが侵攻してるんですよ!? 今の被害だけでも早急な対処に値するのに、このまま野放しにすれば犯罪はさらに跋扈します!」燦護の言葉にも熱がこもる。

 彼にとって、近年のこの国は異常と言えた。

 常識を覆す輩が次々と現れているからだ。世俗的な意味でも、人の理解を超えた存在という意味でも。だからこそ、取り締まる側がその目的を見失ってはならない。

 その怒号にも似た声に対し、胎田はため息で返答する。

「実際、被害にあったウチのメンバーも誰一人死んではいないのだろう? 恐怖心を煽っているだけという見方も出来るがそうじゃない。事を大きくし、誰かを誘き出している……簡単だ。“ラプトルだよ”」

 幾度となく耳にする名前。今再び現れた、国民にとっての正義のシンボル。

「これは僕の推測に過ぎないけど、ね」

 時任は耐えきれず割って入る。

「目的がどうあれ、部下がやられている。黙ってはいられない」

 仁義を重んずる男は、友の楽観的な態度に感情を露わにする。胎田は変わらず私見を淡々と述べる。

「時任。以前、彼を捕らえそして解放した時、いずれ役に立つという旨の話をしたのを覚えているか?」

 麻薬王・由眼家吉質のビルでの一件にて、結果としてラプトルを捕まえるに至った。この時に初めて、警察はアイギャレット・シェルシャルルの名と力を耳にしたのだ。

 ラプトルを釈放したのは胎田の独断。その後に理由を説明されたのは確かに記憶している時任。

「……ああ」

 燦護は当時重傷を負っていた為、この事は後に奏屋達から聞いていた。

「あれから何人もの犯罪者や悪人が、彼と関わった末、死体となったり、拘束されたりしている。……“有用だろう”? 何もしなくても現にこうやって邪魔者を排除してくれてる。“殺虫剤”のようにね。あはっ、この喩えはあまりよろしくないかなっ?」

 悪い冗談だ。考えというより、何か決定的に根底が違う。

 似たような感性を持っているからこそ、燦護と時任はそう感じた。


 翌日。

 面会室には、今現在五人の人間がいた。

 一人、連絡を受け、場をセッティング。話の内容から見張りの警備二人を無理矢理外に出させた刑事。

 一人、刑事と共に、二つに分かたれた部屋の一方ずつに警備の代わりとして立つ若き相棒。

 一人、連絡を送った張本人であり、ある面では今最も有名といっても過言ではない優男。

 一人、優男のサポート役であり、刑事と知り合いでありながら直接の対面は初めての女。

 一人、収監中であり、その力を警戒されつつも、黒い目隠しをされただけの超人。

 会うのはあの惨劇以来だろう。御門悠乃はこの面会の目的も分かりかねるが、何より、震条彈という男が立ち直っていたということに驚いていた。

 斉藤は彈の行動を己の直感に委ね、任せた。亜莉紗がノートパソコンを持ってきているが、何に使うかは聞いていない。ハッキングなんてことはしないから安心して、と言っていた。当たり前だ。こんな警察のいる建物のど真ん中でそんな真似出来る筈もない。

 彈は、ぴりついた睨み合いも程々に、口を開き始めた。

「お久しぶりですね、御門悠乃さん。調子は?」

 心にもない言葉だと誰もが思うだろう。現に悠乃は何も答えない。この挨拶に返答は不要だからだ。

「……単刀直入に言います。あなたの力を貸してほしい」

「!」

 親友を殺す原因の一端になった者に対し、助力を希望する。斉藤も驚いてはいたが、悠乃はその何倍も納得出来ていないような表情だ。瞳は布で隠れている。

「お前……マジで言ってんのか? あたしはお前にレッドを殺された。お前はあたしに殺されかけた。挙げ句の果てにはお前の友達だって……正気か? あたしを頼るなんて」

 至極当然な言い分だ。このような関係でまともに会話出来ているだけでも“有り得ない”ことだろう。

「……」

 だが、彈とて何の考えも無しにこんなところに足を運んでいるわけではない。互いにそれは分かっている。だから、訝しむ。

「今、アイギャレット・シェルシャルルという男が来日しています」

 面持ちは真剣だ。ことの重大さはこの場にいる全員が理解している。もっとも、今の悠乃にそれを“見る”ことは出来ない。

「知っているかと思います。俺を含めた数々の要注意人物をファイリングしたものを、マキビシのその後の身辺調査にて発見してますから。そこで俺のことも知った筈だ。……彼はロサンゼルスを拠点とする巨大な反社会的勢力のボス。そして、“あなたと似た能力”を有する超人です」

 厳密には異なるが、敢えてこう言った方が彼女の気を引くには良い。

「……チラッとは見たかも知れねえ。能力どうたらは見てなかったかもな」

 悠乃の言葉に嘘は無いだろう。

「この力は強大です。そしてもっと厄介なのは、あなたとは違い“声”で人を操れる。つまり、全く姿を見せずとも、あちらの術中にはまりうるということです。そのせいで、今現在警察には多大な被害が出ています」

「ちっ」

 自分の能力と比較されたようで気分を害する悠乃。劣ってなどいないというのに。

「一刻も速く捕まえる必要がある。言いたいことは分かります。……現段階で判明している情報を今から伝えさせてください」

 彈側と斉藤側で擦り合わせ共有した事項をそのまま伝える。

 御門悠乃が左目を用い、視線を合わせることで人を意のままに操るという力を持つのに対し、アイギャレット・シェルシャルルは声を用い、人に恐怖心を植え付け人心を掌握する。

 御門悠乃の操り方では、まるでゾンビのように自我の介在する余地が無くなる。しかしアイギャレットでは、あくまで本人の意思は消えない。服従する形になるのだ。余計にタチが悪いと言える。

 人を従わせる能力と人を逆らえなくさせる能力。

 人を操る能力と人を縛る能力。

 彼はこの力で組織を大きくし、世界を思い通りに動かしてきたということだ。

 太刀打ち出来るのか? そう疑問符を浮かべる流。

「そこで、聞きたいことは一つ。……あなたはどうやってレッドスプレーに何度も“行為”を迫ったのか」

「はァ!?」

 デリケートな話題を恥ずかしげも無く聞いてくる彈に、悠乃そして流が面を食らう。それに、今の話と関係があるとは思えない。

 答えあぐねている悠乃に対し、彈は重ねて催促する。

「レッドが何度も同じ手に引っかかるとは思えない。あなたはあの時、“力を使った”と言っていた。一体どうやって?」

(そんなことを疑問に思ってたのかよコイツ……てかよく覚えてるな……きも)

 悠乃は観念したように肩をすくませ、大きく息を吐いた。

「レッドをなぜ操れたか? いいぜ、教えてやるよ。……初めはもちろんそのまま操ることに成功した。だが、二回目以降は警戒されて無理。だからこそ、どうしてもと“左目を隠して”近づいた。これなら力は使えない。ゆっくりと話がしたいと」

 力の作用する左目を隠す。

 油断を誘う為とは言え、それでは何も出来ない。場にいる斉藤と流の二人は、話の着地が見えず、続く言葉を待った。

「その左目でレッドを操ったんじゃないのか?」

 彈は率直な感想を挟む。

「違う。この左目にそんな力は無い」

「そんな……」

 わざとらしい言葉を漏らす彈。自分の予想が当たっていると確信したからだ。

「“この左目にはな”」

 含みを持たせる言い方をする悠乃。

 彈から話を聞いていた亜莉紗はにやりと笑い、斉藤は未知なる力についての話が繰り広げられることに興味を持っていた。

「あたしは、“両目で異なる力を持ってる”。左目は人を操る力。そして……“右目には記憶を消す力がある”」

 いかに予測が出来ようと、実際に耳にするのとは衝撃の度合いは異なる。

 四人全員が目の前の女の警戒レベルを最大限まで引き上げる。危険な存在だと用心していたが、その程度の認識が通用する問題ではなかったのだ。

(やっぱり……)

 皆、目隠しがあることにこんなにも感謝したことはないだろう。

「誰にも明かした事はない」

 今後さらに彼女の警備は強まる。

 目を隠せば、という点では変わることは無いが、“記憶を消す”という能力は前科をも無かったことにできる。今までの彼女の過去を洗い出す上で重要なファクターとなりえた。

「だから、右目の能力を知らなかったレッドを毎日のように“振り出しに戻す”ことで、行為に及んでいた、と」

「ああ、そうだよ! いちいち説明すんな! 大体それがさっきの話と何の関係があンだよ!?」

 彈は亜莉紗と目を合わせ、言葉を続ける。

「……俺はアイギャレットに、一度軽くだが“力”をかけられてます。つまり、恐怖を植えられている。このままではいざという時、彼に手を出すことが出来ないかもしれない」

 彈の考えが手に取るように理解出来た悠乃。

「ああ〜……」

「そこで、以前俺がアイギャレットに能力を使われた瞬間の記憶を消してもらいたい」

 それが望み。

 いいように能力を使わせ、有益な存在として浪費するのか。悠乃は下らない懇願に笑って見せた。

「ははっ、手を貸すとでも?」

 当然の帰結だ。

「そりゃそうだよな……」

 頭を掻き、期待外れだと諦めの表情を浮かべる斉藤。

 彈は交渉の手段として、隠し持っていた秘策を胸元から取り出す。一通の手紙を机の上に置き、ガラスの下方へと滑り込ませる。そして驚きの一言を添えた。

「目隠しを外して下さい」

「なっ!?」「おい」

 同様する流。それと同じタイミングで斉藤が彈の腕を掴む。

「正気か?」

「……ええ。お願いします」

 自殺行為とも取れる彈の言葉。流石に見て見ぬふりをして受け流すことは出来なかった。

 だが、見つめる彈の瞳の意思は固いようだった。

「……はあ。ったく、俺と牽政は背を向けておくぞ。お前らだけを見ておく。変なことがあったらすぐに気づく」

「はい」

「……」

 返事を聞いた斉藤はゆっくりと彈から手を離す。

「よく出来ました♪」

 煽るような亜莉紗の言葉を無視する斉藤。

「斉藤さん、いいんですか……?」

 不安げな流に斉藤は無言で答える。

 布の擦れる音が鮮明に聞こえていた悠乃にとって、久しぶりの光はやけに眩しく、今の今まで話していた相手の顔ですら懐かしく思えた。

 仲の深い関係でもないというのに。

「……」

 光に耐えかね目線を落とすと、手紙が目に入る。

「はっ、これがお前の隠し球か!?」

 目隠しを取らせるなんて馬鹿な野郎だ、そう優位に立っていた悠乃。

 しかし、彈は能力など気に留めていないかのように真っ直ぐな瞳で悠乃を見つめていた。

「なん……」

「それを読んでください」

「はあ?」

 訳もわからない手紙に目を通せ。それが震条彈の、ラプトルの交渉術なのか。

 いざ、どれほどの内容が記されているのか。協力に対する報酬? 同情を煽る身の上話? 糊付けされているわけでもない封を開け、中の折りたたまれた紙を広げる。

 文章よりも先に、末尾の名前が目を引いた。

 それは反射とも言える速度で、悠乃の脳を貫いた。

「……依頼人、御門悠気———」


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