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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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76.侵攻


 灯台下暗し。

 なんとなく気が引ける為、そのままにしておいたレッドの部屋。何かヒントはないかと、彈は部屋の物色を試みていた。

 残留思念。そんなものが本当に実在するのか、自分にそれを感じ取るようなことが出来るのか。甚だ疑問ではあるが、この部屋はまるで、レッド本人がこの場にいるようにさえ思えた。

 生活感が色濃く残る程、誰も手をつけていない状況。それ故か、一度も入った事の無い部屋ではあったが、少し、懐かしさを感じる彈。机の上に置かれた埃の被った本を撫でる。

「……」

 こうしてはいられない。

 彼女、御門悠乃と共に過ごしたレッドなら詳しいことを知っていた筈だ。そもそも、“依頼”という点にも引っ掛かる。

 当てずっぽうではある。だが、他にアテが無い以上、この部屋に懸かけるしかない。彈は必死に書類を漁った。

「これは? 違う。こいつは……関係ないか。これは……シングウジインダストリー。懐かしい名だな」

 まるで広大な砂漠から自力で一本の針を見つけ出すかのような感覚だった。殺しの標的に関する膨大な情報の数々。その中には亜莉紗が手伝ったものも数知れないだろう。

「……〜っっ!」

 中々お目当てのものが見つからない。気疲れから、苛立ち、頭を掻く。そんなとき、丁度背後から声がかかる。

「見つかりそう?」

 かつて伝説の殺し屋の相棒だった女だ。

「亜莉紗」

 胸元から取り出した煙草に火をつける亜莉紗。

 こんな廃墟に火災報知器などという物は無い。だが換気に関してはしっかりとしている為、いつも室内でもお構い無しにこうやって吸っている。

「あれだけの有名人、現役にいくつの仕事をこなしたのか……そりゃ大変よね」

「だな」

 だが彼が真面目できっちりとした性格で良かった。この分なら必ずどこかに資料はある筈だ。時間をかける価値はある。

「……手伝うわ」

「頼む」

 煙草を加えたまま書類に次々と目を通していく。二人は、超人・人智を超えた力・御門悠乃、あらゆるキーワードを手がかりに捜索する。

「ん〜?」

 目を擦りながら、眠たそうな声で愛夏が姿を見せる。

「あ、起こしちゃいました?」

「う〜……」

 作業をしている二人を見て、レッドの棚に触れ、書類を落とす愛夏。

「あっ」

「あらあら」

 頭の上に、埃とともに雪崩のように紙が舞う。

「ああっ……う〜っ?」

「大丈夫ですかっ?」

 その中で、一際視線を釘付けにするファイルがあった。一見、なんの変哲もないファイルだったが、偶然開いた部分が気になる。

 書類を整理して入れているわけではなく、シートの中に“封筒”が入っていたのだ。

「これは……」

 彈はそれを手に取り、中の手紙を外に出す。愛夏の身を案じた後、亜莉紗も彈の手元を除く。

 ゆっくりと手紙の中身を開いていく。そこには、裏の世界の人間の書いたものとは思えない、まるで“子供が記したような”文字が連ねてあった。


 二日後。

 斉藤は自らのデスクに腰を掛け、冷たい麦茶を片手に仕事をしている。

 仕事場は涼しい場所ではあるが、節電の為そこまで低い温度ではない。冷えた飲み物が欲しくなる程度には、首元に汗を滲ませていた。

「ふう。ったく、刑事ってのは年中頭が痛えな」

 こめかみを抑え、自分でマッサージしながらマウスのホイールを回す。

 つい先日、ラプトルや美波野誠が襲われた一件。

 同時に、もう二箇所で同じ組織・部隊とみられる男の遺体が二人分ずつ見つかった。殺害の方法から、それらの実行者が処刑人(モノクローム)怪物(ビーター)の仕業であることは容易に推測出来た。

 彈と斉藤が、互いの情報共有をしていることが活きたのだ。ラプトルを含めた三者の交戦の影響による被害は、そこそこに大きかった。修繕や整備に頭を抱えた者も多いかもしれない。

 さらに美波野誠に関しては、警察が居ながらも、大きな失態をおかしたという点が大打撃となり、組織、そして斉藤の心に深い影を落とした。

 本人と保護者については、致命傷は避け、病院にて治療及び療養中である。

「インプレグネブル・ゴッズ。厄介な組織が本腰を入れてきましたね……」

 流がシャツの胸元をパタパタをさせてやってくる。

「ああ」

「それ、何見てるんです?」

 斉藤のパソコンに映る画像と文の情報の数々。

ARMORY(アーマリー)とかいう奴らの所持品やら、聞き出したことやらだよ」

 確保出来たのは三人。相対した相手の性質上、どれも重傷を負った者はおらず、取り調べはスムーズに行われた。

 亡くなった二人を含めた五人全員の所持品も事細かに調べられた。五人の衣服は全てアメリカで販売されているものだった。組織の拠点先と一致する。

「D.S.Tec……?」

 彼らの内、四人が使っていた凶器は全て同じメーカーのようだった。こちらは聞き慣れない名称。

「今はもう無え企業だ。調べたが、不可解なくらいに情報が少ねえ。まあ、(やっこ)さんがインプレグネブル・ゴッズだって言ってんだから、そうなんだろうけどよ。武器に関しては『興味深い』とか言ってな、ジンゴメンの胎田さんが持って行きやがった」

「技術の活用、戦力強化、ですか……?」

 押収品の譲渡の手続きの速さは流石と言わざるを得なく、胎田は斉藤と殆ど言葉を交わすことのないままその場を去ったという。

「さあな。で、気になるのはこいつらは密入国者だってことだ」

 五人の身元を調べたが、入国の記録がみられなかった。流の頭に悪い予感がよぎる。

「それって……」

 大きくため息を吐く斉藤。

「はあ、虫が入ったことにも気付かねえんだぞ? その数なんて……把握できるわけがねえ」

 密入国者。大きな問題ではあるが昨今の殺人事件や超人の暴動に比べれば、些細なことと言わざるを得なかっただろう。

 しかし、それが超人にも関連する、世界でも有数のギャングとなると話は別だ。五人の精鋭部隊の全てがこちらの手にあるとはいえ、親玉が黙っていない筈。それに、その脅威の程は、先の由眼家吉質の件で把握している。

 ボスは、只者ではない。


「通報があったのはこの辺か?」

「はい。そのようですが……」

 近くで銃声や大きな物音がすると通報が入り、警戒を強めていたこともありジンゴメンが出動するに至った。

「きな臭い中でのお呼ばれはなんだかなあ」

「でもまあ仮にインプレグネブル・ゴッズ? の構成員だったら、そこそこの手柄になるんじゃないですか?」

 ジンゴメンのメンバーである男二人は気怠そうに目的地へと歩いている。

「常良とかにやらせときゃいいだろ。あいつは?」

「由眼家の顧客の取り締まりですよ。今だ半分程度しか進んでいないみたいで。氷山は警察の想像より、遥かに大きかったとか」

 話している内に通報のあった、住宅街の近くにあるコインランドリーに着く。今日は営業日、さらには日中であるにも拘らず、電気はついていないようで、薄暗い。

「? 誰かー……」

 後輩の男が先陣をきる。

「おい、気をつけろよ」

 センサーの自動ドアは正常に作動している。厳かな静寂にドアの開く音が響く。中に荒らされた様子は無い。

「……」

 ふと、人の気配に気づく。

「!」「誰だ!」

 奥の暗がりから数人の影。

「……?」

 スーツの男が二人。片方は普通の地味なスーツだが、“何か”を持っているもう一人はやけに変わった水玉模様の見た目をしている。

「驚かせて済まない。少し、日本の警察と話したくてね」

 やけに落ち着いた声。腹部に響くような、まるでオルガンの重低音。

 その男の左手から、徐々に黒い装甲が見えてくる。

「!?」

 それは仲間。強化スーツを纏った同じジンゴメンの姿だった。強固な全身の装甲が破損している。

「に……げろ……」

 襟首を掴まれた隊員は、振り絞った声で仲間の逃走を促す。

「その声、佐山か? 何があった!? ……お前! 動くな!! 横のお前もだ!」

 後ろにいる先輩の男が声を荒げる。

「どうしますか?」

「いい。……ジンゴメン、だったかな? 日本人にしては、中々良い“モノ”をつくる」

 ゆっくりと歩み寄ってくる水玉模様の男。

「止まれと言っている!」

「自己紹介が遅れたね。私はアイギャレット、アイギャレット・シェルシャルル。君達の調べているインプレグネブル・ゴッズのまとめ役だ」

「!」

 名乗りを終えると共に、戦闘不能状態のジンゴメン、佐山を粗雑に放り投げる。

「ぐっ!! ごほっごほっ!」

 ジンゴメンの二人は状況が掴めずにいた。というより、目の前の状況に納得がいってない様子だ。

 傷どころか、埃一つ被っていないスーツの二人組。一人とは言え、仮にもジンゴメンのメンバーが、こうも一方的にやられるのだろうか。それに、あの装甲を壊すにはある程度の膂力が必要となる。

 “ただの人間”では不可能の筈だ。

「何をしやがった。いや、この国に来て、何を企んでやがる!?」

 アイギャレットは不敵な笑みを浮かべ、静かに口を開く。

「……“拡張者”や“血の鎧の男”の居場所を知りたいんだ。他にも、さしたる興味は無いが“御礼参り”したい人間も居てね」

 やはり超人の捕獲。

 共有されていた情報と同じ。超人のような理解を超えた存在は目の届く範囲に置いておきたい、さらには従わせたいというところか。

 超人の考えそうなことだ。問題は部下らしき男も“そうなのか”どうか。

「へっ、報告じゃあ電話越しの声を聞いた途端体が硬直したって聞いてるぜ。身動きがとれなくなったところをリンチか? そんな暇も無くやってやるよっ」

 二人は息を合わせ、警戒しながらアイギャレットに詰め寄る。

「いいか、連絡は通信でやるぞ。外部からの音は遮断しろ」

「分かってますっ」

 マスクからの通信音声以外の音の取り込みをシャットアウトする。先程の問答で能力をかけられた気配は無い。これで有利に立った。そう、確信していた。

「いくぞっ!」「はいっ!」

 アイギャレットに殴りかかろうとしたその時、“同じ力”がそれを阻む。

「!?」

「佐山さん!?」

 行く手を阻むは瀕死の同僚。

「はあっ! はあっ……!」

 何が起きているのか。

「佐山! お前何してる!?」

「悪い……けど、彼に攻撃はさせない」

 そう答える佐山の声は震えていた。

「ぐっ!」

 佐山の猛攻が二人を襲う。仲間相手に全力は出せない。加えて、佐山のその動きは瀕死の人間のものではなかった。アドレナリンの分泌が過剰と言える程、動けている。

 よく目を凝らせば、佐山のスーツの拳部分がやけに壊れているのに気づく。店内は綺麗なまま。二人組もそうだ。

 まるで、“自分で自分の装甲を殴ったように見える”。

「うわっ!」

 その俊敏さは、やがて後輩の頭部を捉えた。

「君。彼のマスクを取るんだ」

「……はい」

 佐山は強引に頭を覆うマスクを剥ぎ取る。

「くっ……!」

「おい、やめろ! 佐山!」

 アイギャレットは倒れた後輩の男に目線を合わせ、先輩の男を指差しながら、耳元で囁く。

「『彼をやっつけてくれるかな?』」

 言葉は後輩の男の全身を包み、瞳孔を開かせた。


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