74.死闘
刃と刃がぶつかり、激しい金属音を鳴り響かせる。一縷の油断も出来ない。
モノクロームは武装の超振動カッターで応戦しているが、男の武器はそれに対応する程の強度を持ち合わせていた。
(こいつ……! クラゲ小僧の時ほどやり辛くは無えが、“タイマン”が強え……!!)
どんなものも切断出来る。そう思っていた鋭利な武装と渡り合えるものが存在するとは。持てる知識・技術の全てを総動員して男と対峙するモノクローム。
ぎりぎりと、人の嫌悪するような音が耳を劈く。回転と振動がその戦いの激しさを音に変換させているかのよう。
男の武器を脚で払い、モノクローム渾身の横蹴り。
「ぐっ!」
しかし、武器を握っていない手で蹴り足を掴まれる。
掴まれた足を軸にもう反対の踵で男の顔を蹴るモノクローム。なんとかエスケープに成功してみせた。男はにやにやと笑みを浮かべて余裕の表情だ。
「はっ、はっ、はっ……!」
息が上がっている。
断罪の大義を掲げ、自分が後手という普段の状況との違い。そして、ラプトルに匹敵する程の強敵。モノクロームが苦戦を強いられるのも当然のことであった。
各々が特殊な武器の名を冠する五人組、ARMOURY。そのリーダー格と言える人物はベレー帽を後ろに被った『電磁刃』と呼ばれる男だった。だが、それは実力を基準として選ばれたのではない。
五人の中で最たる実力者は、紛れもないこの男、『動力鋸剣』と言われる男だった。
男は大きな音で駆動する武器をぶんっと遊ぶかのように振り回しながら語り始めた。
「……稀代の処刑人、かのシャルルアンリサンソンは、死神、悪魔の一族と揶揄されながらも己が使命を全うした。そして万人に平等を、苦しみを少しでも与えぬよう画期的なやり方で刑を執行した。断頭台の上で大きな刃を落とすことだ。一瞬で死を与える事が出来る。……まあ彼とは違い、お前は殺人を正当化し、好んでやっているが」
「何をべらべらと……」
途端に饒舌になる男に嫌悪感を剥き出しにするモノクローム。男が口を止める気配は無い。
「そうカッカするなよ。お前はラプトルとよく比較される。当たり前だ。同類の私刑人なんだからな。お前は人を“殺す”分、世間には嫌われてる。だが、実際はどうだ? ラプトルはその怒りをぶつけ、犯罪者を痛めつけているのに対し、お前はいつも、出来る限り首を切断することに拘っている。……“慈悲や情け”をかけているつもりなのか?」
「何……?」
一通りの話を終えたと言わんばかりに男はモノクロームに斬りかかる。間一髪で避ける神業も、後何回続くことだろうか。
「はっ!」
男は愉しげに笑う。
大きなチェーンソー型の剣は、リーチ面でも、少しでも当たれば致命傷は必至という危険性でも、対峙する相手の神経を削ぐ。武器の剣先が瞳の僅か一センチメートル先を通過する。
「くっ!」
やがて攻防の末、男の牙はモノクロームのマントを捉える。繊維の千切れる音と共に、マントの一部が破れてしまう。巻き込まれるよう僅かに蹌踉けたところを狙われ、男の蹴りで吹き飛ばされる。
武装はボロボロ。蹴りで内臓をやられたのか、口からの出血も確認出来た。
「短気だな。そうすぐ頭に血を上らせちゃあ駄目だぜ?」
「……ふっ。くだらん会話をしにきたんじゃねえだろ」
「図星か?」
モノクロームは苛立つ中、会話の全てにのみ集中するのではなく、脳内で打開策を講じていた。
「もっと……もっとやれるだろ!? 自分が死の淵に立っている時の殺しが一番楽しいんだからよ、お前も人殺しの自覚を持って、俺を全力で殺りに来い!!」
豹柄のシャツを着てはいるが、このプレッシャーは豹などではない。巨大な熊や象を彷彿とさせる。
そして、男はぽつりとある言葉を呟いた。
「……混血野郎……」
聞き間違いかと感じた。
「何?」
「……お前、“韓国の父親”は元気か?」
「!」
モノクロームの刃が男の武器を捉える。金属音が二人を包む。
九六部徹は日本人の母親、そして韓国人の父親を持つハーフだった。
その情報を知っているということ。その情報を今この状況でちらつかせるということ。脅迫に他ならなかった。肉親へと向けられる殺意。モノクロームの火をつけ、最大にするには充分であった。
「オーケーオーケー。そんなに死にてえなら望み通りにしてやる」
「そりゃありがてえ」
モノクロームはこのまま長期戦を許せば体力面でも、己の武装の面でも負けが近づくことを分かっていた。だからこそ、“ここで決める必要がある”。
(考えろ……純粋な身体能力は五分。技術なら僅かに俺。膂力ならあっちってとこか。なら、武装で上回るしかない。見たところ奴の武器はあの剣だけ。他を使う様子も無ければ、ジャケットの下も何も持っている様子は無かった。つまり、武器を除けばスーツを着ただけの生身の人間……余地はある)
男は再度スターターロープを引く。ぶるると大きな音・振動と共にマフラー部分から煙を放出。刃にさらなる激しい回転を加える。
「考えはまとまったか?」
意を決し、鋭い眼差しを送るモノクローム。
「……ああ」
男は大きく笑みを浮かべ、その刃を前方へ向け突進する。
「じゃ、終演だっ!!」
瞬間、男の視界からモノクロームの姿が消える。マントを翻し、まるで周りの風景に溶けていくように。
「逃げるのか!?」
消失した相手を探すように闇雲に武器を振る。すると衣類の破ける音が聞こえ、マントを失ったモノクロームが現れる。
「はっ! 所詮子供騙しじゃ俺からは逃げられねえってことだよ!!」
武器を振り翳す男。
同時に、モノクロームは腕を振り、“何か”を投げるような動作を取る。“脚技主体のモノクロームがだ”。
「ぐっ!? なっ……んだこりゃあ!?」
男は視界が塞がれ、振り上げた両腕の動きが取れなくなる。
(何だ!? 身動きが取れねえっ。これは……布? いや、奴のマントか!!)
男の武器はモノクロームのマントを切断するには至らず、モノクローム自身が破り、外していた。激しい戦闘の最中、音の詳細を見誤った。いや、“聞き誤った”。
光学迷彩をオンにした状態で片手に持ち、男の隙を突き、マントを投げて覆ったのだ。
(くそっ! 取れ……ねえっ!)
安易にもがく程マントは体に絡まっていく。
「悪いが、俺の勝ちだ」
そう言ってモノクロームは力の限り右脚を振り抜き、男の胴体を通過した。
「ばっ……かな……っ」
両断された上半身と下半身は、ゆっくりと正中線からずれていき、やがて地面に倒れた。
「……くっ」モノクロームも緊張の糸が切れたかのように、尻餅をついてしまう。
これ以上は無いというくらいに死力を尽くした。体のあちこちには打撲の跡。四肢の切断こそ無いものの、全身のスーツは見る影も無い程の破損が見られた。
とは言え、脅威の去ったことに一先ずの安心をするモノクロームであった。
夜の急な訪問。
恐る恐るインターホンを押す。何気ない一つの動作が、彈には重い扉を開くようでならなかった。
生唾を飲み込む。“彼女”を目の前にして何をどう話すべきか。幾度もシミュレーションした筈だ。がちゃりとドアを開ける音が聞こえる。祖母である沙世が姿を見せた。
「あら! 震条くん!? 随分と久しぶりじゃないっ。今までどこに?」
懐かしい顔に若干の戸惑いを見せつつ、沙世を見て言葉に詰まる彈。それを一瞬で察するように、沙世は後ろを振り返り大きな声で孫の名前を呼ぶ。
「円環〜! お客さんよ〜!!」
「えー?」
同じく大きな声の返事は、彈の心に染み渡るようだった。騒がしい足音を響かせ、やがて中から声の主が現れた。
「!」
彈は喉の奥がつっかえるようで、中々言葉が思うように出なかった。鉛を飲みこんでもこうはならないだろう。すぐに謝罪を述べるよう準備していたというのに。
先手は、意図せぬ形で円環へ許すこととなった。
「震条さんっ!」
罵倒されても、何を言われようとも、文句は言えない。その覚悟で来た。だが彈を待っていたのは、開口一番の“心配” であった。
まるで今日この日まで震条彈という男の身を常に案じていたかのような表情で、駆け足で抱き寄る。
「っっ! 円環さんっ!?」
「よかった……本当に……。ずっと、不安だったんですから……」
思いもよらない行動。いや、彼女ならこうしただろう。“誰かを叱るより先に涙を流す”。小春円環という女性はそういう女性だった筈だ。彈は、少しでも彼女を疑ってしまった自分を恥じた。
(俺は、強い女性にばかり守られてるな……)
彈もゆっくりと円環の背中に手を回し、その熱い抱擁に応えた。
「……私はお邪魔かしらね」