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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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73.黒蟻は数で勝つ


 夜空の下、黒装の警察と狙撃手のギャングが相対する。

 状況は覆ることの無い窮地に見える。よしんば一人を殺せたとして、狙撃手である青年に逃走の成功率は極めて低い。

「僕に勝てるとでも? まあ“見てないなら”仕方ないか」

 虚勢にしか聞こえない青年の物言いに山下は呆れ果てる。

「おいおい強がっても無駄だぞ? ガキィ」

「不用意に近づくな」

 数の有利に甘んじてか、悠々と近づいていく山下を牽制する沢渡。

「構いやしねえよっ。こんな状況で何が出来るってんだ」

 しかし沢渡は不思議に思う。山下の言う通り、好転のしようの無いであろう中で、青年の瞳には、僅かながら今だ勝機を見出そうとしているのが窺えた。

「あんたらが大勢居て、一人一人がそこそこ強いのは知ってる。僕を逃す気が無いってことも。けどさあ、逆に聞くけど、僕の攻撃手段を知ってる? “何故狙撃に成功したか”」

「?」

 山下は、沢渡に顔を合わせ笑って見せる。


 一方、美波野誠宅。

 奏屋と女が睨み合っている。

「はっ! 男が加勢に来たところで状況は変わんねえぞ! なんなら、これだけの足手纏いがいて、あたしに勝てるってーの?」

 奏屋は表情を崩さず淡々と口を開く。

「お前何者だ? 何故彼を?」

 至極当然の疑問をぶつける敵に対して、包み隠さずに答える女。

「あァ? 決まってんだろ。超人だからだよ! “上”が欲しがってんだ、力づくでも連れ去る」

 女はまともな回答をしただろう。

 それこそ警戒は張り巡らしてはいるが、銃口は向けず、会話の最中に発砲するようなこともなかった。遠距離武器故ゆえの余裕だろうか。だが、奏屋はそれに対し、不満気な様子をみせる。

「その“上”ってのが気になるんだよな。超人と知ってるだろうってのは予測がついても、お前らが何なのかが知りたいんだよ」

 こんな状況でそう何度も質問出来るような立場では無い筈だが、奏屋は悪びれもなく問いを重ねる。

「そんなに組織のことが気になるのかよ。まあ、隠すようなものでもねえし、“バレたところでお前らにはどうすることも出来ねえ”だろうから教えてやるよ。インプレグネブル・ゴッズ……覚えときな」

 聞き及んだことはある。その程度の認識。

 実しやかに囁かれてきたものが真実味を帯びた。

「インプレグネブル・ゴッズ……たしか、海外のギャングだったか?」

 流暢な日本語に気取られていたが、たしかに日本人ではない。

(時任さんや胎田さんの方が知ってるだろうな……)

「お前の仲間ももう終わりだ。降参したらどうだ」

 下らない提案に吹き出す女。

「あっははは! 笑わせんなよっ! あたしはお前のお仲間の女をやったんだぞ? 同じ戦力が増えたところで結果は目に見えてる」

 美波野親子、鑑灰寝が負傷し倒れている。女の言うことは尤もだった。

「それとも、この女はお前と、そこまで実力差があるのか?」

 奏屋は暫し沈黙した後、答えた。

「俺は灰寝より弱い……。そこの女の方が、俺なんかよりずっと強いよ」

 女は奏屋のふざけた物言いに面をくらう。

「は……? じ、じゃあ、さっさと死ねよっ!」

 女が銃口を向ける。

「だから……問答に付き合ってくれてありがとう」

 女の弾丸より速く、背後からの蹴りが当たる。

「うっ! な、なんで!?」

 入口玄関は一つ。女は一方通行の警察二人を視界に入れていた筈だった。残りの三人は負傷している。家の、“階段の方から攻撃が来るなんて”ありえない。

 女が振り向いた先には、またもや同じ装甲に身を包んだ警察が立っていた。

「大丈夫っすか! 皆さん! お前……観念しろよ」

 青年のレーザーライフルでは家を壊さず、女は入口から侵入した。窓を割ったりなどはしていない筈だ。女は混乱していた。

 今より少し前、誠は一階の不審な物音を聞いた際、窓の鍵を開けてきていたのであった。

 賭けのような選択であったが、それが功を奏し、大きな物音や衝撃を立てずに常良燦護が侵入することが出来た。そして、背後からの奇襲を成功させたのだ。

 予想だにしない“内側”からの攻撃。蹴りの衝撃で二丁の武器は飛ばされてしまった。すぐさま取ろうにも、床に抑えつけられる。ジンゴメンに、腕力で敵う筈もなく。

「灰寝!!」

 奏屋は急いで鑑の元へ近寄り、体を起こす。

「灰寝! 灰寝! 無事か!?」

「……しん、じ?」

 辛うじて意識を保っている状態の鑑。やがてサイレンの音が近づいてくる。

「燦護! そいつ、しっかり抑えておけよ!」

「了解っす!」

 女の歯軋りが強くなる。

「ちィ……! 離せっ! 殺してやる、殺してやんぞテメェら!!」


 通信機から情けない仲間の声が聞こえてくる。

「あーあ、駄目だ。チームメイトは捕まったみたい」

 青年は、まるで遊びの中のゲームオーバーだと言わんばかりの態度を示す。

「そうか。じゃあお前も大人しく捕まれ」

 山下が気怠そうに手錠を取り出す。それを取り付ける為、近づいていく。同時に沢渡が美波野誠の家の近くの仲間に連絡を取っている。

「何? ……全員の回線に共有するぞっ」

 全ジンゴメンの耳に、沢渡と隊員の声が響く。

「つまり、家の外壁には穴のようなものは見当たらないと?」

 沢渡の質問に、奏屋と燦護より後に着いた隊員が遠巻きに見ている状況をそのまま伝える。

「ええ。それだけの長距離狙撃、目に見える大穴があってもおかしくない……なのに、室内からの損壊しかみられないんですよね」

 ジンゴメンの皆が訝しむ。不可解な点に加え、青年の謎の余裕。山下が微かな油断を見せたその時、腹部に光の柱が通過する。

「山下!」

 一瞬の判断で山下を突き飛ばした沢渡。青年の攻撃は僅かにずれ、山下の右肋骨に被弾する。

「ぐわあぁぁ!!」

 走る激痛。のたうち回る山下を仲間が案じて駆け寄るが、装甲のどこにも“穴”や出血は見当たらない。

「!? どういうことだ……!」

 沢渡の視線の先、青年は特殊な形状のライフルを構えている。

「僕の武器はこのレーザーライフル。こいつに、“撃てないものは無い”」

「何……?」

 外傷が見つからない攻撃。まるでその“中身だけが撃たれている”かのよう。

「こいつから放たれる光線は、文字通り“全ての物質を通過する”。そして……そのレーザーの直線上、任意のポイントを指定して“撃つ”ことが出来る」

「なっ……!?」

 ありえない。人間の理解を超えた技術。まさに先手必勝。後手に回れば勝ちの目はまず無いだろう。

 装甲を無視し、中の脚を撃たれた。狙いの間にいくら隔たりがあろうとも、どんな堅牢な防御をしようとも、それらは無意味というわけだ。

「……っっ!」

 九人のジンゴメンが近づけない。

 挙動さえ見極めれば、対象から目を離さない限り、攻撃を避けることはそう難しくはないだろう。だが、接近して攻撃をするにはあまりにも危険すぎる。

(任意、というからにはあの青年がなんらかの手段で“撃つ場所”を指定する必要がある。それは“判断”の時間を要する筈だ。仮に、レーザーを照射したまま横薙ぎの攻撃をすればこちらは全滅だが、そんな素早さでポイントを指定するのは困難だろう。故に狙撃。その攻撃手段として任を任された。なら……)

「我々全員をその光の銃で射殺、いや焼き切り殺すか? 出来ないだろう」

 沢渡が大きな声で青年に語りかける。

「何だと?」

「出来ればすぐにでもやっている筈だ。だが特定の所を“撃つ”ような複雑な工程を必要とする武器に、脳の処理速度が追いつかないと言っているんだっ!」

 沢渡は身を屈めながら同時に閃光弾を上空に投げる。眩い光が夜空いっぱいに広がる。呼応するように仲間達は一斉に散らばり、個々の動きを取る。

「なっ!?」

(くそっ、同時は流石にマズイっ……!)

 青年は目を細めながらなりふり構わずライフルの引き金にかけた指に力を入れる。

(何キロ被害が出ても知らないぞっ)

 その瞬間。ライフルが強い力で弾かれる。

「いっ!?」

 重さ十五キログラムは越えようライフルが、ビルの下へと落ちていく。

「なっ……!」

 光が収まっていく最中、青年は反対のビルにいる男の影を見る。

「捕獲」

 男の合図とともにジンゴメン二人に拘束される青年。

「くっ、くそっ!」

 沢渡は向こうの男に通信をする。

「……お見事です。時任さん」

 ライフル銃を下げ、特殊ゴーグルを外す時任。

「任務完了。美波野親子は病院へ搬送、負傷者はコンテナに戻り治療を受けろ。刺客どもは……ブタ箱にぶち込め」

「はっ!!」

 この戦いにおいて命を落とした者は無く、無事、皆が一命を取り留めた。

 インプレグネブル・ゴッズ、ARMORY(アーマリー)による超人“拡張者”の捕縛は失敗に終わった。このことが組織のボスにどういった影響を及ぼすか、今はまだ定かではない。


 モノクロームの問いに対し、嘲るように笑う男。

「俺か? 俺は『動力鋸剣(チェーンソード)』。……つっても分かんねえよな。まあ、ヤリあえば分かると思うぜ?」

 スーツ下の豹柄のシャツをちらつかせながら、右手に握られた大きな“剣”のような武器の鋒をモノクロームに向ける。

 男の持つ武器。全体は剣のような構成になっている。刃の部分は平たく幅広で、先は丸い。鍔にあたる部分には車やバイクのマフラーのようなパーツが付いており、さらに柄頭にあたる部分には、指先をかけれる持ち手のような形状の“何か”が付いている。全体を見て表現するなら、それは剣のような“チェーンソー”であった。

(何故俺を……いや、狙われない理由が無いか)

 思い当たる節しかない、などと考えているモノクロームをよそに、男は有無を言わさず斬りかかる。

「っ!?」

 重い一振り。

 剣の形状、チェーンソーの形状をしているが、振り下ろされた先の地面が少し抉れている。強度や殺傷力は普通の“それ”とは比べ物にならないだろう。

「逃げんなよ……」

 にっと笑う男はこの状況を娯しんでいるようだった。

 背丈はモノクロームと同じくらいだろうか。体格は一回り程大きく見える。にも関わらず動きは俊敏で、回避するのも一苦労といった風だ。

 風切り音が夜闇に弥漫する。男の連撃は止まらない。この攻撃を絶え間なく、“僅か一呼吸でやってのけているのだ”。

「くっ……!」

 思わず脛で攻撃を受けるモノクローム。その膂力に思わず蹌踉めく。男は攻撃を止め、武器を肩に担ぐ。

「おいおい、キレが無えなァ。“狙われるのは初めてか”? イマイチ死の実感が薄いと見える」

 男は本気で殺意を芽生えさせるに至っていない状況に憤りを覚える。

「……常に先んじるタイプでな。こうして後攻になるのはあまり無いから動揺してるのかもしれん」

 体を動かしほぐすモノクローム。脛から刃を出現させる。

(ふむ……そういうのもあるのか。今後は正々堂々予告してから殺す方が楽しめそうだな)

 男はそんなことを思いながら、モノクロームを見つめていた。

「さて、やるか? どうせお前も今まで散々人を殺してきたんだろ? ……断罪してやる」

 殺意を剥き出しにするモノクローム。男の肌がピリピリと刺激され、軋むようだった。

「ほォ……いい殺気出せるじゃねえか。ならよぉ、コッチも本気で行くぜ」

 男は武器の柄頭についた、もう一つの持ち手に指をかける。さながらチェーンソーのスターターロープ。力いっぱい持ち手を引くと、刃の部分が勢いよく回転し始めた。

 加えて二回程引いた後、見るも残虐な“兵器”と化したそれをモノクロームに向ける。大きな駆動音が、その危険性・凶暴性を明確に伝える。

「じゃ、殺し合いの第二幕、開演といこうか……!!」


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