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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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72.修羅と人間


「ぐっ、ぐはっ!」

 口から飛び散る鮮血。手も足も出ない。

 薊瞰の経験で久しい“快感”。パラサイトキラーと拳を交えた時以来の昂ぶり。全身の血潮が湧き上がり、震えているのが解る。

 現れるや否や拳を交えてきたそのオールバックの小柄な男は、手袋をつけ直しながら未だ無傷で立っている。

 薊瞰の使う喧嘩殺法とは一番といっていいほど相性の悪い、卓越した格闘技術。ゴロツキのように“同じ部類”の動きではなく、ペスティサイドの信徒のように素人の動きでも当然なく、トーマス・グリットのように力任せでもない。

 格闘技、戦闘技術を熟知している。それでいて初戦時のラプトル程動揺もしていない。

トンファー野郎(アイツ)ラプトル(アイツ)並みかァ? なら、絶好の機会だ。ようやくこのレベルを……“殺せる”)

 再度拳を振る。続けて蹴り。ぶんっ、と虚空を切る音だけが大きく鳴る。その全ての挙動に男のカウンターが飛んでくる。

「ぶっ……!」

 カウンターを皮切りに、怒涛の連撃を畳み掛ける男。

 ありとあらゆる“種類”の攻撃。多種多様なジャンルの格闘技を一身に受けるそのダメージは想像がつかない。拳、掌底、肘、膝、脛、爪先、足底。打撃だけではない。投げも使用し、薊瞰を苦しめる。

 だが、“極め”や“締め”を使ってはいない。関節を破壊すれば、意識を断てば、すぐにでも勝利出来るだろうに。

 接近し過ぎれば、力の勝負になる。そうなれば薊瞰に分があると考えているのか。

 しかしそれだけでは理由にならない。殺すのなら、一瞬で首を捻転させれば良いからだ。

 決まり手を出さず、じりじりと薊瞰を嬲る男。それはまるで、『反撃をしてみろ』という挑発のようにも思えた。薊瞰の“本気”はトーマス・グリットの件でインプレグネブル・ゴッズには共有されてある。

 ある種の矜持のようなものなのか。男は目の前の戦闘狂の枷が外れるのを待った。

(口ん中切りすぎたなー……鉄臭え)

 頭からの出血で視界も悪い。

 赤黒い髪に赤い全身のタトゥー。それを覆うような流血で、その“境目”はやはり分からなくなっていた。

 赤い塊。

 まるで伝説の殺し屋、レッドスプレーのようだった。彼がいなければ、その名はこの荒くれ者にこそ与えられていただろう。

 鷸水薊瞰の異名は叩きのめす者(ビーター)。彼自身の見た目の恐ろしさよりも、薊瞰を相手にした際の被害や結果のインパクトの大きさから付けられたものである。完膚なきまでに敵を撲殺する。ことこの一点において、薊瞰の右に出るものは居ないだろう。

 同じく徒手で戦うものは彈やパラサイトキラー、ザ・クレイが居る。だが、彼らは殺すという手段を取らない。それ故に導き出した答え。ジンゴメンだってそうだろう。

 だが薊瞰は違う。あくまで人を殺しているという純然たる事実は変わらないのにも拘らず、素手。そのスタイルを貫いている。比肩するのは(ロン)くらいだろうが、彼も体を改造し、アイデンティティは消え去った。弥岳黎一のように強化スーツを着ているわけでも無く、トーマス・グリットのように化け物の如く体をいじっているわけでもない。

 天然の狂気。

 それは人の世に自然発生した小さな“(ひず)み”。死ぬまで死合いを楽しむ。それがこの鷸水薊瞰という人間の生涯であり、生き甲斐なのだ。

「……いいぜ。ここらで“詰め”だ」

 薊瞰は腰にぶら下がる得物を取り、握る。

「ナックルダスター……?」

 武器を持たない男が嵌めた唯一の“武器”。あんなもので多少攻撃力が上がったところで、たかが知れている。

闘駆躰(ソルジャーボディ)』。そう呼ばれる男は、それでも警戒を緩めない。

 他のメンバーとは違い、特別な武器は持たない。言うなれば極限までに鍛え上げられたその五体が武器。格闘に特化した知能もそうと言える。

 そう“造られた”。

 情報に聞いていた通りだった。だが本当にあれを着けてボクシングのスタイルになったからといって、あのトーマス・グリットを屠れるのか。

 その思考の間に、薊瞰が両拳を目の前に持ってくる。ガードを上げたオーソドックスな構えだ。その構えを取ると同時に、気配が変わる。空気が一変する。“あの時と同じ”。

 男の心から猜疑や油断は消えた。

「これが、ビーターの本領……!」

 一人の人間と相対してるとは思えない迫力。一つの軍隊でも前にしているかのような圧力。

 薊瞰の瞳から光は消えていた。男は思わず生唾を飲む。

(一気に距離を詰めるか? いや、ゆっくりと……。ジャブから繋げるか? フック? あえてのストレート? 蹴りのような大振りは賭けか。発勁を打ち込んで挙動を乱すか? それとも)

 巡らせた思考よりも速く、薊瞰の足が動く。ほんの僅かな動きであったが、それは男の“反射”を引き起こすに足り得た。

「!」

 男は四〜五メートルはあろう間合いを一瞬で詰め、最速の拳を叩き込む。

(相手は一流のボクサー! ガードが上がったままなら崩すのは難しい! なら、上段と鳩尾を同時に狙う!)

 男は左右の拳を上下縦一列に並べ、頭部と腹部への同時攻撃を試みる。

(いけっ!)

 途端、視界が揺れる。

「え……?」

 たった一発。

 男の意識の外。遥か理解を超えた速度で、横方向からの顎を振り抜く一撃。薊瞰の“刃”は躊躇なく男に向かう。

 右ボディ。顔面への左フック。肋骨は数本が粉々に砕け、顔への一撃は頬骨と頸椎を破壊した。

 力無く倒れる男の体。

「……」

 風の音が静寂を引き立てる。

 “本気”は、戦いの“味”を掻き消す最悪の調味料。陶酔と揶揄されかねないその考えが、薊瞰の中から消えることはなかった。


 鑑の拳が壁に穴を開ける。

「あっ……ごめんっ!」

 特殊な環境下での戦闘。

「大、丈夫です……」誠はなんとか声を振り絞り答える。

 軽快な身のこなしの女。鑑の攻撃を避けながら、手に持つ銃を発砲する。連射された銃弾は周りの家具や壁を粉々にしていく。

 女の手に握られるのは拳を覆う程度の、ハンドガンと呼んでもよさそうなサイズ感の銃。到底その大きさから放たれる量の弾数(たまかず)ではないことに違和感を覚える鑑。

(あんな小さな銃から何故こんな量の弾が?)

 ふと落ちた弾の残骸を見る。

(これは、BB弾……!?)

 エアガンで使われるプラスチック製の遊戯用弾丸。それを模していながら、強度や威力はその比にならない。通常の機関銃を二丁持っていると同義の状況だった。

 ジンゴメンのスーツさえも、掠る程度なら問題は無いが、直撃すれば装甲は欠けていく。誠や母親を巻き込まないよう、戦いながら場所を移動する鑑。

「ちょこまかと……!」

 小さな弾丸が大量に入ったその銃は、再装填(リロード)の隙を中々見せない。物を盾にし、体を回転させ、その銃撃の雨を回避する。

 その時だった。鑑の片脚を光線が貫く。

「ッ……!?」

 たまらず床に倒れる。混乱する脳内。目の前の女以外に敵は居ない筈。

 しかし今ならば冷静さを欠いていたと分かる。よく見れば美波野誠が受けた肩の傷は、所謂銃創というものとは程遠く、ましてや連射される銃によって出来る傷の数でも無かった。

 “敵は二人居る”。

 だがここは屋内。ここに到着した時、開いている窓は無く、大きな穴なども無かった。

 ふと、撃たれた脚の装甲を見る。“何の損傷も無かった”。密室殺人のような不可解さ。

(一体どういう仕組み……!?)

 鑑は、ジンゴメンのスーツに付いた自動肉体補助システムを作動させ、撃たれた脚を支え・補強し、立ち上がる。

「へえ……中々奮闘するね。声色とか戦い方からして、あたしと同じタイプと思ってたけど、割りと熱血! ってカンジ?」

 女の言葉など聞こえていないかのように熟考する鑑。

「ちょっと聞いてンの?」

「……ええ。あんたのお仲間のこと教えてくれるなら話してあげるけど?」

 何とも真正面から敵に質問をするものだ。女は、意外性の高い展開は嫌いではなかった。

「んふ、脚イタイでしょお? 不思議よねえ、あたしとあんたが“おっぱじめる”までは、どこもおかしい点なんて無かったんだから。狙撃手を気にしながら子どもを守るのはさぞ大変でしょうねえ? ゆっくり悩んで苦しんでいいわよっ!」

 再び銃が火を吹く。

 腕をクロスさせ防御する。このままでは埒が開かない。是が非でも女を先に仕留める。ガードを上げたまま、己を弾頭として突進する。

「捨て身!?」

「いっけえええええ!!」

 よしんば自分が致命傷を食らったとて、時間を稼げばいいのはきっと、“あとほんの少し”だ。そして、“あと少し”拳が届けば、敵の一人を戦闘不能に出来る。

 床を蹴り、最後の加速をつける。生身の人間へ、強化スーツの打撃をお見舞いするのだ。

 だがそれは叶わなかった。腹部を再び通り抜ける光の柱。

「っっ……ぐふっ!」

 間一髪、女は攻撃を避ける。青年は照準器から瞳を外す。

(なっ!? 頭を外した? 最後の最後、手前で踏み込みに力を入れたのか……)

 とはいえ、一先ずは対象を沈黙させたことに胸を撫で下ろす。

「ふう。……増援が来る前に離脱してね」と青年が言う。

 大きな音を立て、向かいの壁へと倒れ込む鑑。

「そん……な……」

 誠は鑑に近づこうとする。

「あー、こいつ殺すからさ。下がっててよ」

 全身を硬い装甲で覆われているジンゴメン。その外し方は分からない。誠は鑑に寄り添い、どうにか呼吸を見ようと、脈を測ろうとする。

「……はあ。邪魔だって言ってんの!」

 銃口を向ける女。苛立ちは引き金に掛けた指に力を入れさせる。

「ったく……」

 その瞬間(とき)、女の髪が揺れる。

「?」

 横を見る。“風が入ってきていたのだ”。

「……は、離れろっ」

「!」

 刑事の一人が拳銃を構えていた。

 眠らされていた刑事は、あまりに大きい銃撃と戦闘の音に目覚め、今こうしてピストルの銃口を向けている。

 捜査三課に所属している三崎というこの男。最近は恋人も出来、順風満帆な日々を送っていた。そんな中、実しやかに囁かれていた超人の監視・護衛を担当する一人に選ばれた。

 引ったくりや空き巣などを担当する三課でありながら、何故彼に白羽の矢が立ったのか。それは敢えて方々の部署や立場から無作為に選ぶことにより、各々に機密任務と伝え、余計な噂が蔓延するのを防ぐ為だった。

 ジンゴメン設立の時と同じように、あらゆる基準から、信頼の厚い人間・任務遂行能力の高い人間に重きを置き、指名。

 危険な事と前置かれてはいたが、なんて事はない。交代制の順番が何順しようが、特に内容の無い楽な仕事だった。

 “今日までは”。

 状況から見て、判断の時間が残されているとは思えなかった三崎は真っ先に発砲した。恐怖でブレた手元でありながら、弾丸は真っ直ぐ飛び、皮肉にも誠と同じ位置に被弾を許す女。

「っっ!! 流石に起きやがったか……忘れてたぜっ!」

 怒りのままに反撃する女。壁を抉りながら放たれる銃撃に三崎は後方へ吹き飛んだ。

「へっ、ザマぁ見ろ!」

 もう一度引き金を引く。しかしカチカチと引き金の音のみが聞こえる。

「あ? もう切れたか。……っっ!」

 肩に走る激痛。小口径のピストルと言えど、己の実力の高さから普段攻撃を受けることの少ない女にとって、集中が乱れるのには充分な程の痛みを伴った。

 同時に、遠くから男の声が聞こえる。

「いっつつ……」

 三崎はと言うと、ほんの少し腕や肩、頬から血を流してはいるが、女よりも軽傷に見えた。

「はァ!?」

 目を見開き、頭に浮かんだ疑問の答え合わせをするように後ろを振り返る。

「はあ……っ、はあ……っ」

 涎を垂らし、意識の朦朧としている誠。

「テメェか! ちまちま手助けに熱心なことだなァ!」

 女は慣れた手つきで銃の弾倉を換え、誠の腹部を蹴り、声を荒げる。

「はっ! さっさと気絶しろっての!」

 その時、通信が入る。

「———やられた……」

「はァ? まだもう少し大丈夫よっ」

 女の視界と青年の視界は、置かれるその状況が余りにも乖離していた。


 青年の目の前に、十人の黒づくめの国家権力が立ちはだかる。

「ポイントは変えていたつもりだけど、やっぱり僕の武器は光で注目を集めちゃうから“対組織”の長期戦には向かないんだよね」


「ウッソ……ジンゴメンの等間隔配置から考えてもちょっと速くない!?」

 仲間の返事より先に“足音”は近づいてくる。三崎と同じく、律儀に玄関から歩み寄ってくるその影は、まさにその性格を表しているようだった。

「それがこのスーツの性能であり、警察の、底力だ。……“灰寝”をやったのはお前か?」


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