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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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70.帰還


「ラプトル! ラプトル!」各地の画面の向こう、ヒーローを称賛する声が止むことは無かった。

 それはまるで、陰る大地に差す陽光のようだった。


 ザ・クレイを含めた十一人をものの数十秒で制圧した彈。

 上は報道陣が、下や隣のビルなどには警察が包囲していたなかで、亜莉紗はビルの内部と警察の配置を分析・把握。誰にも気付かれずに会場の階へ到着。そのまま犯人グループを縛り上げるまでに至った。

「何故です!? 私達は同じ穴の狢の筈です! “裁ききれない法に辟易し、自らの私刑にて悪を滅する”! 違いますか!?」

 必死に己が主張を訴えるザ・クレイ。報道を見た彈は、彼の名前・大方の動機・現場の状況は頭に入れていた。

「そうか。……なら、“共喰いってことで”」

 賛同するどころか、同情の欠片すら見せない彈。

「私が跡を継ぐ! 見た目だって、戦い方だって、思想だって貴方を真似たんだ!! ラプトル!」

 その後も、狂信者の声がラプトルに届くことは無かった。


 駆けつけた警察に身柄を引き渡し、そのまま去ろうとする。

 周りの警察はそれを止めようとはしない。もはや国の認識は、社会を席巻しているヒーロー。警察の中にも、ラプトルの存在を待ち侘びていた人間も少なくない。

 そんな中、悠々と歩いていた彈の前を、一人の男が阻む。辺りがざわついた。

「……あなたは?」

 その存在感は、逞しい体格や大きい背丈だけに因るものではなかった。

「特殊犯災対処精鋭部隊ジンゴメン、技術顧問であり現場指揮官。時任右衛だ」

「時任技術顧問」

 反応から見るに、相当に位の高い人間だと窺える。

(この人……強い)

 時任は刺すような瞳で彈を見る。

「……お前に絆されている人間が多いようだ」

 その視線をゆっくりと周囲の人間へと向けていく。

「別に取って食おうというわけじゃあない。ただ、こちらにも立場がある。メディアも居る前でこうも堂々とされては、沽券に関わる」

 僅かに足元が詰め寄るのを確認する彈。

「傷害罪、住居侵入罪、公務執行妨害、etc.……挙げればキリが無い。言いたいことは分かるな?」

「以前は、解放してもらえたと記憶してますが」

「俺は、胎田とは違うっ!」

 下からの蹴り上げ。顎を狙った足先は、彈の鼻先を掠めた。

 一瞬の攻防。最適ルートを脳内に構築し、時任を横切る。

「捕まえろ!!」

 並の警察が幾ら束になろうと、彈の敵ではなかった。パルクールでその場を脱する彈。

 ラプトル久々の活動は、順調な滑り出しと言えた。


「アイギャレットが明後日着くってさ」

「いよいよか。じゃあ明日、ヤッちまうか!?」

 とあるビリヤード場で、五人の男女が一堂に会している。

「ああ。多忙なあの人がわざわざ日本(こんなトコ)で時間を無駄にする必要もないだろう。俺達が“仕事”を終わらせておけば、ボーナスだってかなり貰えるんじゃないか?」

 そう言うのは、黒いベレー帽を後ろに被り、スーツの下にゼブラ柄のシャツを着たリーダーらしき男。長い袖で手を覆っている。

「そりゃあ景気良い話だなァ! 歯応えのある奴相手にすんのは久々だぜ! 強ェと良いなァ……」

 頭部の右側を刈り上げ、口の端にピアスを開けた大柄な男が、ビリヤード台の上に足を乗せながら笑っている。

「ちょっとあたしの番なんだけど! 足どかしてよねっ」

 キューを持ちながら怒っているのは、髪をコーンロウに編んだ、シャツにタイトスカートの女性。

「対象ってそこそこ居たよね。分散して狙うってことで良いの?」

 間を取り持つように割って入ったのは、肩までの長いウルフカットの髪と首につけたチョーカーが特徴的な、女性と見間違える程に端正な顔立ちの青年。

「そうなる。明日までにテキトーに決めるぞ。アイギャレットがこっちに来る程の事態だ。全員かなりの猛者だろう。油断するなよ」

 ベレー帽の男は、そう言って皆に念を押した。

「楽しみだ」「はーい」「分かった」

 端にもたれ掛かって缶コーヒーを飲んでいる男にも声をかけた。

「お前もだぞ。“ソルジャー”」

「……」

 スーツ姿に黒い手袋。オールバックに眉の無い小柄な男は、視線を合わせ、黙ったまま頷いた。


 同時刻。

「あんなのがラプトル様の仲間なわけないじゃん」

「やっぱそうですよね」

 光子は誠の部屋に来ていた。誠の通う活伸高校は現在、夏休みに入っていたからだ。テレビでラプトルの一連の報道を見ていた。

 二人は交際を始めていた。

 共に死線を乗り越え、高まっていた絆が、互いの存在の大切さを再認識させた。

「ともかく、ラプトル様が無事で良かった……。どれだけ警察の人に止められても、心配な思いはどうしようもないもんね」

「はい……」

 胸に重くのしかかった感情。目の前で友人を亡くした彈の姿が頭から離れない日々が続いた。そんな中で、常良燦護の言っていた“普通の生活”など送れるわけがなかった。

「誠くんもようやく日常に戻れるって感じかな? 良かったねっ」

 光子が誠に微笑む。

「深鈴先輩……」

「だ〜か〜ら〜、光子っ! 何度言ったら慣れるの?」

「あっ、すっすいません。光子さん」

 しょぼくれる誠。

「けど、俺はこうやって光子さんと一緒に居られるだけで幸せですよ」

 本心だった。誠にこれ以上の幸せは無かった。

「まあ、家デートばっかりってのは悪いと思ってますけど……」

 誠はあまり積極的に外でのデートを提案することは無かった。

 “拡張者”としての顔。それが悪い方に働く懸念が拭えないからだ。ましてや、ラプトルが居なくなり、犯罪が増加した期間は、より危険と言えた。

「……大丈夫だよ。こうしてラプトル様が戻った以上、すぐに平和になるって」

 いつも光子に励まされている。まただ。

 誠は三度(みたび)自分の思考を反省する。

「っと……そろそろ時間かな。じゃ、また次の休みまでサイナラっ!」

 束の間の至福の時間も、終わりを迎えた。


 翌日。

 久方ぶりに以前働いていたアルバイト先の工事現場に顔を出し、長期間の無断欠勤を謝罪した彈。

 当然そのまま解雇。謝礼品を渡し、その場を後にした。

 その間際、一番仲を良くしていた先輩の武田に引き止められた。

「震条。お前、なんか吹っ切れたか? 良い顔してる。社会人として、やっちゃいけねえ事はしたが、なんか困ったらいつでも顔見せろよ?」

 彈は、深く頭を下げ、最大限の感謝と敬意を(ひょう)した。


 カフェ店内。

「手を貸してくれたみたいで。ありがとうございます」

 彈は斉藤と会っていた。

「おう。まあ大したことはしちゃいねえがな」

 久しぶりの対面。

 最後に言葉を交わしたのはマキビシとの交戦時。斉藤が友である凌木市架の犯罪・死を知り、彈が親友の刻守聡を自らの手にかけた日。

「……脚。もう大分歩けるようになったんですね」

「ん? ああ、これか」

 斉藤は解体マンこと下々森北斗の手によって膝から下を無くし、両義足となった。今ではリハビリも終え、通常の生活を難無く送れる程になっていた。

「慣れてみりゃあ、案外気になんねえもんだ」

「そう、ですか」

 彈の表情は暗い。今だ罪悪感に苛まれている様子にやきもきする斉藤。

「お互い色々あったんだ。そう申し訳なさそうな顔ばっかすんじゃねえ。俺はお前が元気そうで、立ち直ってそうで安心したぜ」

 あれから色々なことがあった。

(また斉藤さんに迷惑をかけるようなことが無いようにしないとな……)

「話せば長くなるんですが、おかげさまで」

「おいおい、俺だって手を貸したんだ。停電やらなんやらでな。はしょらせねえぞ? 事細かく共有しろ」

「え」

 刑事らしい物言いで彈を捕まえる斉藤。ばつの悪い表情の中、彈は逃げれないと悟り諦める。

 想像より長く、カフェに滞在することとなった。


 すっかり日も暮れてしまった。

 体を万全にし、動けるようになった。そうしてから、すぐにでも会いたい人が居た。

 一通りの用事を済ませ、大切な人の元へ向かう。その足取りは、とても軽かった。

「———見つけたっ」

 正面、道の真ん中に立つ男が居た。

 男はスーツ姿で、ベレー帽を被っている。暗い夜道で、街灯が二人を照らす。

「?」

「あんたが震条彈。……ラプトルだな?」

「!」

 男は後ろに隠した右手から、徐にクナイのような形状の機械的なナイフを取り出す。持ち手後部に付いた輪の部分に指を入れ、くるくると回している。ゆっくりと近づいてくる男。

「その身柄、拘束させて貰うぜ? 抵抗するなら……生死は問わねえっ!」

 反対の左手から小さな球のようなものを出し、彈目掛けて思い切り放り投げる。彈の頭上へと位置取ったタイミングで、右のクナイを球目掛けて投げると、大きな破裂音と共に、その場を爆炎が包んだ。

「っはあ! まさかこれで終わりじゃないよなァ!?」

 煙が晴れていく。目を凝らし対象の状態を確認する。

「……?」

 刹那。煙を抜け、男の左へと現れる。

「!! っラプトル……!」

 そのまま体を回し、下方からの後ろ蹴りで男を突き飛ばす。

「……ぐうっっ!」

 たまらず男は民家の塀へと叩きつけられる。ヒーロー、ラプトルの両眼が男を睨みつける。

「下のタイツだけでも着ていてよかった。けどリュックが台無しだ」

 男は咳き込みながら、ジャケットの内側へと手を伸ばす。そして、両手に先程と同じナイフを携える。ナイフの刃先には明滅する電流が走っていた。

「早着替えとは面白い芸当だ……。サーカスのスターだったらこうして命を狙われずに済んだってのになァ!!」

 男は片方のナイフを彈の足元に投げる。バク転で躱し、後方へ跳ぶ彈。ジャケットを広げ、何本ものナイフのスペアを見せる男。

「確かに楽しめそうだ。俺は電磁刃(エレクトロナイフ)。あんたを殺す男の名だ、覚えておいて損は無いぜ」

 彈は拳の骨を鳴らし、首をぐるりと回す。

「退け。会わなきゃならない人がいるんだ」

 その脅威は、奇しくも同時刻にて“三人”の元にも及んでいた。


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