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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第3章.墜落
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67.呉越同舟


 日を空け、再度潜入を試みる。

 あの後、尾行は中止し、その後の動向を見て場所を突き止めるつもりだったが、龍がバーサトゥルコーポレーションから出てくることは無かった。

 恐らく裏口の通路などから出たのであろう。一番力を入れているのが日本支部ということの裏付け。警備体制もそれなり、侵入も難しそうだった。

 落ち着いて社員に紛れ込めば、なんら問題は無い筈だ。

 前回の女性の社員証を隅々まで撮り、画像スキャン。ここに入れる社員証を偽造・複製した。社員の多い会社だ。溶け込むのも難しくは無い。

 慎重を期したのだ。龍に警戒はされていないだろう。尾行にも細心の注意を払う。再度、あの時と同じ場所まで辿りつく。今回もあの時の男と一緒だ。

 二人は室内に入った。流石に中に入れば怪しまれるだろう。廊下で電話をする振りをして、カメラを部屋側の壁に向ける。これもダニエルと亜莉紗が作った透視アプリだ。カメラを向けた先の映像がサーモグラフィーや赤外線のように映し出される。もちろん、集音機能も兼ねてある。

 CTのような検査台の上に寝転がる龍。

「ふむ……概ね良好だな。まあ、さしたる問題もなかろう」

 ここはメンテナンスルームのようなものらしい。雷人間というくらいだ、こういった体の検査は適時必要なのだろう。

「ええ、調子はいいですよ。正直、“敵無し”に拍車がかかったのは否めませんが」

(軽口を叩きやがる……)

 つまり、この二人は“そういう関係”ということになる。男は龍の手術に関わったのだろうか。

 九六部が引き続き聞いていると、思いもよらない言葉が聞こえてくる。

「おっと、電話だ。はいはい、私だ」

「いやはや私に集中して欲しいですね……」

(誰だ? 誰と話してる?)

 九六部はより聞き耳を立てる。

「おお! あんたか! うん、ああ。今のところ順調だよ。ラプトル、は〜適当に働かせているらしい。ああ、あんたが日本に? お礼参り? ふ〜ん、まあよく分からんが、何かあったら言ってくれ! いつでも力になるっ!」

 電話を終える男。

「相手は?」

「ああ、“アイギャレット”だ」

「あの男か……そう言えば確か、バーサトゥルコーポレーションは彼とは取引しないのではなかったですか?」

「それは日本の本社の話だろう。ここは香港社。私の城だ。私は私の好きなようにやる。それだけだ」

「なるほど」

 アイギャレット。聞き覚えがある。確か、インプレグネブル・ゴッズのボスがそんな名だった。そんな奴とこいつらが繋がっていると……?

 程なくして、メンテナンスは終わり、龍はその場を移動し始めた。それだけの用だからか、すたすたと裏の通路らしきところを進んでいく。ビルを抜けた先、隠し地下駐車場のようなところに出る。

「お、おい。地下駐車場に出たぞ。車がわんさかあるが、これで逃げられたら本末転倒だろ」

 小声で亜莉紗に話しかける。

「どれか一つでもパクリなさいよ。ロック解除アプリだって入ってるでしょ?」

 この女はラプトルとは全く考えが合わなそうな人間だ。九六部はそう思った。

 龍が歩いた先には二人の部下が車のドアを開けて待っていた。

(居た。あいつのメモでは、このバーサトゥルコーポレーションを訪れた後はいつも消息不明になると書いてあった。……日本支部に行くに違いない)

 ここで逃すわけにはいかない。

 車を出した龍の後を追うように、九六部も盗んだ車を走らせた。


 地下闘技日本支部。

 繁華街のど真ん中、乱立する店々の地下に“それ”はあった。

 場所が分かれば簡単だ。龍と部下が中に入る姿を確認してから九六部は一旦戻ることとなった。


 スーツに着替え、光学迷彩をオンにする。敢えてハイテクな設備を入れていないのか、それともこんな隠し場にそんなもの必要ないのか。およそセキュリティと言えるようなものは無く、護衛が数多く配置されているだけであった。ならば、視界に入らない自分が侵入するのは簡単なことだった。

 今日のところは何か大きなアクションを起こす必要は無い。亜莉紗に言われた通り、モノクロームは一目散に“電気室”を目指す。

「っと……」

 地下で大きいビジネスを行なっている場所とは言えど、通路が広いわけではない。選手や運営が通るだけの道。護衛が並ぶ中ではその空間は更に(せば)まる。

 光学迷彩のおかげで気づかれはしない。だが、気配を隠すのは別。目の前に現れれば誰でも気付くというもの。慎重に、最低限の動作で護衛の目を掻い潜っていく。ダニエルが光学迷彩の精度を少し上げたと言っていたので、それもあるかもしれない。

 護衛を気絶させることが出来ればそれが一番手っ取り早いのだが、今回は侵入者が居たという形跡を残してはいけない。警戒を避ける為にも、何事も無かったかのようにここを出るのがベストとなる。

 かなり奥まで進んだ。

 やはりここは大規模な施設だ。そもそも目的としていないというのもあるが、囚人の姿が見えず、会場にも辿りつかない。恐らく、更に“下の階”ということなのだろう。

 電気室は地下一階にある筈とのこと。それらしいものを見つけるのにも一苦労だ。

「!」

 機械の駆動音が聞こえて来る。

(見つけた……!)

 扉の前には護衛の男が一人立っている。大きな欠伸をしているようだ。

(邪魔だな)

 モノクロームは腰元からコインを取り出す。

(どっか行きやがれ)

 護衛の向こう、自分の対角線にある曲がり角上の配管目掛け、コインを指で弾く。

 小さな金属音が響いた。

「?」

 不審に思った護衛の男は音の方向へと向かう。

(よしっ)

 足音を殺し、そのまま電気室へ忍び込む。

 中には大きな機械が小綺麗に並んでいた。少し肌寒い地下であったが、ここは常温のように感じられた。

「入ったぞ。それで?」

「OK。ざっと全体を見渡して。そこの見取り図が貼ってある筈よ」

 室内を隈なく探す。それらしきものを発見した。

「あったぞ。これを撮ればいいのか」

「お願い」

 これで作戦が立てられる。

 目的を果たしたモノクロームは誰一人にも勘づかれぬよう、迅速にその場を離脱した。


 再び、亜莉紗との話し合いを設ける。

「もう少しデータが欲しいから後二、三回は龍の動向を探る必要があるわね。ルーティン化してるようだけど、油断は出来ないもの。ま、一応は今日の動きを元に進めるわね」

「頼む」

 九六部はビールの缶を開け、ソファーに座る。

「彼は夕方の六時に日本支部に向かってたわね。つまり実行は夜になるわ。香港のこの繁華街は眠らない街よ。騒ぎになれば面倒ということも頭に入れておいて。……かなり広いわね。地下五階まであるわ。地下一階は彼ら主催側のエリアってとこね。地下二階が賭けの本会場。三階から五階は囚人の牢や拷問場所なんかが広がってるわ」

 かなり儲けているのか、数箇所の支部がある場所のサイドビジネスの広さとは思えない。堕落した富豪の金の落とし所であり、龍の懐を厚くさせる最高のシステムとなっている。

「護衛もかなりいたし坊やを探し出して連れ出すのは困難を極めそうね……第一、坊や自体が歩けるような状態なのかも気になる……」

「やはりもう一度くらい侵入して会場の様子を見るか? その方が早いだろう。そこでラプトルの安否を見れば」

 こき使われているというからには高頻度で出場しているに違いない。九六部の意見は尤もだった。

「そうね……。公にされていないとはいえ、あの子の強さなら、このジャンルで話題にならないワケがないもの」

 震条彈が、今どういう状況にあるのか。それが今後の脱出の鍵になってくる。


 翌日。

(ここが、会場……)

 むせ返るような熱気に包まれている。

 ぼろぼろの格好の男達が血塗れで戦う様を狂喜乱舞で愉しんでいる。正規の格闘技のような美学があるわけでもない。ルールは無く、気絶のような形で一方が戦えなくなる以外は、“最後まで”試合は続く。

 既に何人もの死人が運ばれていた。

(“地獄”……だな)

 翻訳アプリをオンにし、会場方向に向ける。

「さてさて、お次は大目玉! ここの稼ぎ頭、ブラウンガイの登場だ〜!」

 観客が沸く。

(ブラウンガイ?)

 先程までは、ろくに個人の紹介もしていなかったのに、急に変わった呼称が叫ばれたのだ。

 名を呼ばれ、奥から出てきたのは、変わり果てたヒーローの姿だった。

(!! ……ラプトル!)

 素顔を初めて見たモノクローム。

 顔は汚れ、傷だらけの上半身に、ぼろぼろのズボン。そして何より、酷い眼をしていた。

「一発を狙って、オッズの高い相手側を選ぶ奴は居るのか〜?」

 MCをやっている男が声高々に叫ぶ。

(あんな状態で戦えるのか……?)

「ブラウンガイ、今日もいつも通りの圧勝を見せてくれよ? それとも今回の相手は強いかもっ!」

 無言のまま、早くやれと言わんばかりの目線を向けている。

「はいはい、じゃあお待ちかねっ! 試合……開始だっ!!」

 ゴングとともに相手の男が襲いかかっていく。ふと、モノクロームが気付く。

(あいつ、手に枷が付いたままだぞ!? どういう)

 男の攻撃を難無く避け、足で思い切り蹴る。

(!)

 脚技。

 相手はなす術なく攻撃を受けていた。

 男を滅多打ちにしたところで踵を返す。同時に歓声が溢れ出した。

「流石ブラウンガイ! その妙技に勝てる者未だ無し!」

 驚きを隠せない。

 まるで、“自分が真似られている”ようだった。どういう意図があるのかは分からないが、ここの観客を虜にしていることは分かった。

 ひとまずラプトルの現状確認は出来た。モノクロームはその場を後にしようとした。隣の話し声がたまたまスマートフォンのマイクに入り、表示された会話には、気になる内容があった。

「あの日本人はとても強いな。やつとの一戦が楽しみでならないなっ」

「ああ、確か二週間弱先だったか……? 本当にオッズは同じくらいにまでなるんじゃあないのか。ははっ」

 “やつとの一戦”。

 ここで、それが龍を指すことは容易に想像できた。

(龍と一対一で戦うつもりなのか? 今日見た限りではラプトルは確かにピンピンしていた。龍……復讐の可能性があると聞いてはいたが、まさか日にちまで決めて試合をやるとは)

「聞こえたか? そっちにもリアルタイムで届いてるとは思うが」

「ええ……上出来よ。帰ってらっしゃい」


 ホテルに帰る。

「二週間先か……具体的な日程は要確認。作戦については、“爆発”で行くわ」

 物騒な作戦名だと思った。

「爆発?」

「この見取り図で配管の場所もあらかた分かったわ。“各所に爆弾を設置して爆発させるの”。決行はもちろん、坊やと龍の戦う日。あそこが一発で崩落するようなことがあってはならないから、小規模の破壊力を持つ遠隔式の爆発を幾つも用意するわ。龍が来る夕方六時より前に侵入し、爆弾を設置する。そして……爆発で中の人間を煽り、中から“あぶり出す”。恐らく龍は一番最適なルートを知っている筈だから、そこを狙うの。地上にさえ出てしまえば、後は逃げるのはそう難しくないわ」

「確かに、今の奴の体なら出て来られるだろうな」

「よしっ、方向性は決まった。後は来たる日まで細かいところを詰めていくわよっ」

 “とうとうここまで来た”。後はラプトルを無事に連れて帰ればお仕舞いだ。

 あの魂の抜けたような顔には腸が煮えくり返るようだった。だが、それも奴の話を聞けば多少は仕方のないところもあるのだろうが。

「あう……っ?」

 画面から何か人の声が聞こえた。ダニエルの声では無かった。

「……誰か居るのか?」

「ええ!?」

 取り乱した様子の亜莉紗。

「ね、猫じゃない!? 何でも無いから気にしないで!!」明らかにドタバタとしている亜莉紗。

 夜……そう言えばまだ九時前。何かあるのだろうか。

 さしたる興味も無い九六部はそのまま無視することにした。


 そして、決行日。

 香港、繁華街。乱立した雑居ビルの屋上に立つ。

「爆弾の設置は全て完了した。後は、任せたぞ。辻本亜莉紗」

「了解。さあ、坊やを救うわよ……!」

 亜莉紗の操作により、爆弾は順を追って爆発していく。外に居ても、静かな揺れは感じ取れた。

 時を待つ。着々と爆破が続いている。大きな声を上げ、醜く逃げ惑う富豪どもが出てくるのが見えた。

「あれか……てことは恐らく隠し通路っつーのは反対側か?」

 モノクロームはその反対の方向に目を凝らす。少しして、僅かにどよめきが起きているのを見つける。

「居たわ! その方向で合ってる!」

 亜莉紗の声とほぼ同時に、モノクロームは騒ぎの方へ走り出した。


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