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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第3章.墜落
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64.モノクローム・スクワッド


 その景色のせいか、少し肌寒く感じた。

「まずは素性を明かしてくれ。僕は顧客(クライアント)も知らずに仕事を受けるほど、傲慢でも勇猛でもないからね。それに、“個人”のお客は久しぶりで」

「……名乗る程でも無い。しがないサラリーマンさ」

 身元を明かす必要は無い。

 九六部徹という本名を言えば身辺に危険が及ぶ。モノクロームという名前を使えば、それこそ交渉など無理な話だ。

「怪しいなあ、信用して欲しくないのかい?」

「黙れ。そもそも用件とて暗殺の依頼なんかではない。中国拳法の(ロン)。壊し屋だか燃やし屋だか知らんが、そいつの居場所を知っているなら教えろ」

「……」

 マスクの下の顔色は窺えない。

 耳にこそ着けてはいないが、ポケットに通信機を“繋げた”まま入れている。

 暗号を知っているような人間にはボディチェックなど必要無いという笊なセキュリティには助かった。だが、反対に亜莉紗は冷や汗を掻いていた。

(あんの馬鹿っ、もう少し下手(したて)に出れないの……!?)

「何やらワケあり? 困るなあ、問題を持ち込まれても。そういうのに関わると、いざ君が死の危機に瀕したとき、僕の名前を出すんだよね」

「龍が怖いのか?」

 またも一呼吸、間が空く。

「安い挑発だね。そんなに情報が欲しいのかあ。居場所を知ってどうする?」

 九六部は意を決する。

「推論の域を出ないが……“ラプトル”は龍に捕らえられている。俺は奴を探しているんでな」

「!」

 ジェリーフィッシュは前のめりになり、話を続ける。

「興味深いね。こちらの世界では忌み嫌われているあのクソ野郎の名前が出てきた。大方、自分の手で殺したいけど、龍、奴に横取りされたってクチかい?」

 やけに饒舌になる。やはり、ヒーローの名の影響力は弱く無いということらしい。

「君も殺し屋なんだ」

「いや、聞き出したいことがある。その為に行方知らずなのは不都合でね」

「……」

 何度も薄気味悪い沈黙を作るジェリーフィッシュ。

 会話から、表情から、九六部のことを吟味しているようだった。失言は出来ない。

「そうか。なら良かった。……うん、手を貸そう。僕もラプトルが嫌いでね。でもそれ以上に、龍が嫌いなんだ。前にあったときに、本体が弱いだの、機械任せの木偶だの、あまりにもひどい言われ方をされたもんだよ。…………許せない。殺してやる、絶対に殺してやるっ! 服を剥いで、腸をぶち撒けて、苦痛と恥辱と後悔の中で殺してやるんだっ!!」

 子供ではない。

 息を荒立てる目の前のそれは——“大人”だった。いや、———“悪魔”か。

「……いい機会になりそうだ。“奴は今、香港に居るよ”」

 香港。近く、想定していた範囲内で助かった。

「どういう理由かは分からないが、奴は今、ラプトルをビジネスの道具として使っていると聞いた。香港で、龍の殺しや用心棒ではないもう一つの仕事について調べれば、ラプトルを見つけ出すのはそう難しいことではないと思うよ」

 情報は得た。迅速にこの場を去るのが吉だろう。

「助かった。だが、協力は要らない」

 踵を返し、部屋を退室しようとする九六部。

「待て。龍は僕が殺す。止めは刺すなよ?」

「……わかった」

「それと、前金だ。流石に無料(タダ)で返すわけにはいかない。無一文てわけじゃないんだろ?」

 ぴりついた空気が伝わってくる。抵抗すれば殺されるだろう。振り返り、テーブルへと近づく。九六部は胸元から一枚の紙を取り出す。

「小切手? おいおい正気か? キャッシュが常識だろう」

 続けて財布を取り出し、カードを三枚放り投げる。

「……言い値でいい」

 ジェリーフィッシュはテーブルを見つめ、カードの一枚を手に取る。

(本物、か。急拵えの品ではあるだろうが……)

 商談が長引くのを嫌うと聞いている。ここらで手を打ってくれるのを願う九六部。

「……良いだろうっ。今日のところはこれで勘弁してやる。金額はテキトーなところで我慢してやろう。顔は覚えた。もし変なことがあっても、僕からは逃れられないからね」

 変装の一つでもしてくるべきだったか。そんなことを考えながら、扉へと向かう。すると帰りの背中に声が振り返る。

「最近はインプレグネブル・ゴッズとかいう奴らが幅を利かせてる、気をつけろよ。ははっ。“僕が愉しむガキの母数が減るのは、腹立たしいからなあ”」

 九六部の足が止まる。ジェリーフィッシュは子供だ。そこは念頭に置いていた。だが、頭のどこかで“大人を殺している”と錯覚していた。自然と目を逸らしていたのだ。

 平然と、子供が子供を殺しているという事実に。

 亜莉紗が叫ぶ。「馬鹿! 聞き流しなさいっ! って聞こえてないかっ。頼むから堪えて……!」

「全く、金好きのジジイと麻薬王が消えたと思ったらこのザマだ。僕の羽が伸ばせなくなるのは勘弁」

 動揺で視界が揺れる。

 同時に、感覚は鋭敏になった。この地下には、ほんの僅かにだが“血”の匂いが染み付いている。

「……ここの魚や生き物達を飼育するのには、手間をかけているのではないか?」

 背を向けながらそう質問する。

「? 僕を訪ねてきたのに、あまり僕のことを知らないんだね。当然、こいつらの維持費で一番嵩むのは食費。だから僕は、いつもその場で調達した、新鮮な肉をあげてるのさ」

「……!」

「たまには生きたまま“やる”こともある。そういう時は、顧客(クライアント)の要望に合わせて見せたり、あとは集客してイベントを開いたことだってあるよ。解体ショーみたいにね。……興味を唆られたかい?」

 九六部は限界まで拳を握りしめる。

「? どうかした?」

「いや、何でもない。失礼した」

 そのままその場を後にする。顎に手を当て、その様子を眺めるジェリーフィッシュ。

「…………尾行しろ」

 そう言って扉付近の男に指示した。


 店を出た。

 少し歩く。九六部はポケットの通信機を耳につける。

「……あ! 聞こえる? よく耐えたわねっ。これで情報は手に入った。すぐに香港について調べるわ。広い場所じゃなくて助かった。ビジネスっていうのも分かりやすい」

 九六部は歌舞伎町の裏側、人気の少ないところに辿り着いた。そして、立ち止まる。背後にはジェリーフィッシュの手下。胸のピンマイクで現状を報告していた。

「止まりました。ポケットから何かを耳につけたようですが、連絡機器でしょうか。それ以外に、今のところ不審な動きはありませ……っっ!?」

 一瞬、目を逸らした間、男の目の前に“尾行対象”が現れる。

「なっ!?」

 腹部に思い切り拳を食らわせる。

「ちょっと何!? どうしたの!?」

 判断材料は音声と位置情報のみの中、亜莉紗は困惑していた。

「“予定変更”だ……いつかじゃない。今、殺す」


「あれ? どうしたの? ねえ! はぁ〜あ、こういうの困るよなあ。プロ意識が足りないっていうか」

 暫し、熟考する。

(……気づかれたか? それなら撒くだけで充分な筈だ。僕の部下に牙を向けば、僕の怒りを正面から買うことになるし……まさか、“そういう気”なのか?)

 小切手やカードに意味は無い。ジェリーフィッシュは机上のパソコンを開き、設置してある監視カメラの映像を見る。

「確か、やり方は」

 九六部の姿を確認し、映像にスキャンをかける。

 マキビシの置き土産。このパソコンにはこちらの界隈の人間のデータが莫大に入っている。一度(ひとたび)このスキャンをかければ、裏社会の人間かどうかが分かり、身元が割れる。

 ゲージがゆっくりと溜まっていく。ジェリーフィッシュはフルフェイスのマスクをがりがりと爪を立てて掻いている。

(遅い……。最近はジンゴメンとかいうハイテクポリ公どもに摘発された知り合いも多い。まさか警察(サツ)か? いや、何かもっと別の……」

 眼前の扉が思い切り開く。大きな破壊音を立てて。

 埃だった中、扉を護っていた部下の一人が後ろのアクリルガラスに叩きつけられる。

 スキャンは今しがた完了したところだった。マスクとマントに身を包んだ、灰色の処刑人が立っていた。まるで、“自分を見ているようだった”。

「今日は来客が多いね。……いや、さっきのリーマンか」

 モノクロームは首を鳴らす。

「部下の人間達には殺人は確認出来ず、目立った前科も罪も無かった。だからそのくらいで赦してやる。お前の手伝いをしていたくらいだったからな。しかも強制と見た。だが、お前は別だ。未成年だろうが、ガキの皮を被った悪魔だ。……俺が断罪する」

 近くの裏道に置いていたアタッシュケース内のスーツに着替え、地下まで一目散に乗り込んだ。ここまでの敵は全て気絶させてきた。風俗嬢達は逃げ惑っていたと記憶している。

 いつか必ず殺す相手。だが、その未知数の危険さゆえ亜莉紗からは今回は見逃してラプトルを救出した後好きにしてくれ、その際の協力は惜しまない、とのことだった。それで承諾した。筈だった。

 だが今の所業を耳にして、おめおめと帰れる九六部ではなかった。

 “モノクロームを纏い”、今ここでこのクラゲの悪魔を、裁く。

「なんだか少しだけ見覚えがあるなあ……ラプトルの二番煎じの“ヒーロー”さん? はっ。笑わせるね」

「笑いを楽しむ時間は無えさ」

 正面から駆け寄り、テーブルを踏み越え、渾身の蹴りを浴びせる。が、“何か”に足を掴まれ、壁に投げ飛ばされる。

「ぐっ!?」

 ジェリーフィッシュの暗殺方法及び戦闘手段は明瞭にはなっていなかった。

 故の戸惑い。

 彼がフルフェイスマスクを被っているだけの只の人間でないことは明らかだ。椅子から腰を上げ、立った今だから分かる。少しだけ、学生服の背中が隆起していた。

 モノクロームは体勢を整える。たった今、目の前の脅威を再認識させられる。随分と、“手強そうな”相手だった。

 ジェリーフィッシュの左手の袖の下から、蛇腹状に畝りをみせる、十本の鉄製の“触手”がこちらを警戒していた。とても、一人を相手しているようには思えなかった。

「随分と驚いているね。まあ、ひけらかしているわけでも無いから当然か。いいだろう? あの“マキビシ”に造って貰ったんだ」

 ———嫌な名前だ。

 触手が襲いかかる。一本一本の出力は相当のもので、一本につき、手練れの人間一人を相手しているかのようだった。

 躱すことで精一杯。尾を引くマントに触手の先が引っかかり、地面に叩きつけられる。

「がはっ……!」

「制作には、巨額の費用と長い期間を設けたからね。それなりの相手にも負けないよ。まあ、これの作り手はつい最近、死んでしまったと噂されてるけどね」

 ジェリーフィッシュは余裕そうに語っている。

(くそ、これも……“あいつ”の呪縛か……!)

「マキ、ビシ……」

 互いがあの男の産物で戦っている。

 その事実を差し引いても、こんなところで、自分の人生を終わらせるのが奴の発明品であって良いわけが無い。

「本人曰く、彼一番の出来さ……!」

 両手を広げ、嬉々としている。ジェリーフィッシュにとって、ここまでの大物・強者との対峙は、久しぶりだったのだ。

(この間の一件でのヴィーナスとかいうやつは、恐らくラプトルの友人を殺す為に、“ある程度のレベル”で作っていた。対処が可能なレベルで。つまり、目の前のこれこそが、正真正銘、あいつの“最高傑作”……!!)

 絶望的な状況。

 触手が蠢いている。まだ、何か力を隠している可能性も充分にある。モノクロームは今までの“相手”を思い返していた。ラプトル、ペスティサイドの信徒、ジンゴメン、ソード、数々の罪人……そして、マキビシ。

 道半ばで斃れるような覚悟で、“モノクローム”を始めてはいない。人を殺すなんて悪意に満ちた“罪”は時間では償えない。懺悔や贖罪など、人を殺したような人間に出来るわけが無い。人の命は、人の命でしか贖えない。ならば人生の全てを懸けて、罪人を裁く“天使(神の代理)”になろう。

 モノクロームは足の武装を展開し、刃を出す。

「ふーっ」

 向かいくる触手を避け、斬る。すると、思い描いた以上の動きが出来た。

「!?」

「なっ……! い、一本くらいで調子に乗るな!!」

 九本が同時に迫る。瞬時に目の前にフィルターのようなものが掛かり、触手の動き・距離の把握、そして回避ルートが表示される。即座に従い、それを避ける。

「な、なんなんだっ」

 亜莉紗からの通信が入る。

「……目の部分に改良を施したわ」

「は!?」

 亜莉紗は続ける。

「もちろん、ダニエルがね。……初めにウチに来た時の監視カメラの録画映像から、全身のスーツを隈なく見て、互換性のある部品を拵えたの」

「何、だと……!?」

「レンズを取り付けたわ。迫り来る対象から危険度の高いものを優先的に表示する。敵が敵で良かったわね。相性抜群じゃない。それと、足の武装。近くで見ないと分からないけど、微細な振動を活かした高周波ブレードになってるのね。何もしなくても大抵のものは切れる。あなたなら、鬼に金棒ね。でもその分、足周りの違和感というか負担が少しだけ増えたでしょ? ダニエルは、下肢の神経・ツボの刺激により負担の軽減・パフォーマンスの向上、さらには足底面の反発性能も加えたわ。そのスーツを来た状態で、以前の百二十パーセントの動きが可能になったってわけ」

「いつの間に……」

(この間少しだけ触らせた時か……! 不用意に用を足しに行ったのが間違いだったか)

 とはいえ性能は上がった。モノクロームは何も言わず、スーツの具合を確認する。

 “これ”は、今やマキビシとダニエル・シェーンウッドの“共作”となった。奴は顔を顰めるだろうと、そう思った。

「……黙って聞いてたけど、マキビシが何? 一番の出来が何? あなたには私とダニエルが付いてる。それこそ、そんじょそこらの相手には負けないわよ。坊やくらいかしら。……ごめん。とにかく! そんなガキンチョやっつけちゃいなさい! 前にも言ったけど、あたしは坊やと違ってあなたのやり方にとやかく言うつもりは無いわ。けど、そんなのにやられたら、承知しないわよっ!!」

 喝を入れたつもりなのだろうか。モノクロームは少しだけ、笑った。


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