62.臨時編成
「テッちゃん。あたし今日はそっち行けないかも。残業するし、普通に家に帰るね」
「わかった。仕事も程々にな」
「テッちゃんに言われなくないなあ」
「ふっ……今度は俺が夜作るよ。腕を振るうから楽しみにしててくれ」
「んふっ、はーい」
通話を切る。夜風が口元に当たり、胸下のマントを靡かせる。
ビルの屋上から新宿を見渡す。
処刑人であり断罪者。これまで自分は、醜い心を持った悪魔を裁いてきた。いったい何人の首を刎ねたろう。汚染源を排除し、世界は幾分か綺麗になった。そう思っていた。
だがこうして、ラプトルが居ないだけでも溢れんばかりの犯罪が起こっている。一人を殺しても、また次の罪人が出てくる。反動からか、以前より激化しているようにも思えた。哀れな奴らだ。傍迷惑にも程がある。
(ラプトル。お前は今どこで何をしている? こんなところで途中下車なんて無責任だ。どんな理由があるかは知らないが、結局、一人を殺したというのは、お前の罪を裏付けるのか? お前の奔走はただの自己満足だったんだろう。だが、今こんな現状を見て満足している筈が無い。そんな程度で、あれだけ自身の命を懸けれる筈が無い)
屋上の扉が勢いよく開く。
「……?」
白衣の女性が息を切らし、近づいてくる。
一歩、また一歩と。明確な目的がある者の歩み。こんな異な場所で、恐怖すら覚える“見てくれ”の自分に、臆せず向かってくる。
「何者だ」
「さあ、何者でしょうっ」
僅か二メートル程の距離に来た。
「当ててみて」
「皆目見当もつかねえな」
九六部は考える素振りすら見せない。時間が惜しい。
「モノクローム。あなた、今の現状をどう考えてる?」
女はやけに核心的な話から切り出した。
「現状……とは?」
イライラとした様子を見せる女。
「あ〜もう! せっかく私が外に出て足を運んだんだから、ちゃっちゃと用件を済ませるわよ!」
「そうしてくれ」
小うるさい女だ、そう思った。
「っ! はあ……端的に言うわ。あなたは悪人を裁く“ヒーロー”なんでしょ? 今の東京。やけに“以前”のように犯罪が増えてるって思わない?」
「そうかもな」
「その原因はなんだと思う?」
答えに困るモノクローム。
「渋ってないで!」
「……ラプトル。奴が消えたことだと言えばいいのか?」
ようやく本題に入ることが出来る。亜莉紗はにやりと口角を上げる。
「最近の犯罪増加。拍車をかけている現状。裏で糸引いてるのは、海外ギャングの“インプレグネブル・ゴッズ”、諸悪の根源よ。……ラプトルが居ない今を好機と見て活動を活発化させてるわ。元々日本にも勢力はあったけど、この国を“喰う”気よ」
初めて聞く名。いや、“ヤツ”から聞いたことがあったか。
「……そいつらも殺す。居場所でも知ってるのか? 俺に“裁き”の依頼でもする気か?」
「それよりもまず、“ラプトルを助けて欲しいの”」
「は?」
ラプトルとモノクローム。
両者の存在を認識しているなら、二人が敵対関係にあることは知っている筈だ。わざわざそんなおかしな話をしに来たのか。
「今は訳あって拉致されているの。だから彼を連れ帰って欲しい。彼はこの国に必要よ」
「……奴と俺は相容れない。ラプトルは人を殺している。言えないような理由でだ。それに、あいつはレッドとか言う殺し屋とも繋がってたって聞いたぜ。そんな奴を信用出来るか」
やけに邪険にしている。かなり意識しているのだろう。何せ単純な“人気”では雲泥の差だ。
「彼は“もう”殺さないわ。不殺を信条としているから。……あなたはどうなの?」
モノクロームが鼻で笑う。
一人殺しておいて、今更殺しはしないだと? 贖罪でヒーローをやっているとでも云うのか。
理由を話さないのは何故か。疚しいことがあるからだろう。でなければ何故、明確な目的も無くこんな活動をしているのかの説明がつかない。
「ラプトルは私刑人、俺は処刑人。私刑は私欲や私情であっても、処刑は大義の元、大衆や世界の為に行われる。故に……“正義”だ」
(正義、ねえ。幾度となく聞き飽きた言葉だわ)
「そうは言っても、世間から見ればあなたとラプトルは“同類”。むしろ大量に人を手にかけるあなたの方がよっぽど野蛮で凶悪な、“悪”に映ってるわ。それと、“殺し屋紛いの人間と関わりがあったのはあなたも一緒でしょ”?」
「!!」
何故そんなことを知っている。
「いい加減認めたら? ラプトルもあなたも同じ。ヒーローは助け合ってこそって習わなかった?」
マキビシとのことを知っているだと。
不思議なことばかりだ。こんなところに来ている時点でそうだが、場所をどう突き止めた?
犯罪、そういった世界に詳しいようだ。戦闘能力があるようには見えないが、安易に推し量れる人間ではない。
「女、何モンだ」
女は髪を、白衣を風に靡かせ、こう言った。
「情報屋よ。そして……“ラプトルの相棒の一人”」
「にしても、驚、いたよ。はたっ、初めまして……ダニエルです……」
モノクロームは亜莉紗と共に拠点である廃墟に来ていた。まさかラプトルの活動拠点に訪れることがあろうとは夢にも思っていなかった。
自己紹介を無視するモノクローム。ダニエルは画面越しにショックを受けていた。
「返してあげてよ。あ、そこのお菓子とか食べていいわよ」
拍子抜けするような空間だった。
改造を施している。そう聞いていたからある程度の壁や床のハイテクそうな作りには驚かなかった。だが、地下を降りてみれば、ただごく普通な部屋が広がっている。
ラプトルが使っていたであろうトレーニンググッズは確かに目を引く。だが、凶器のようなものは一切なく、かつて殺し屋レッドスプレーが使っていた一室だそうだが、とてもそうは見えなかったのだ。
「……辻本亜莉紗。要件を早くしろ」
「そんなせっかちにならないでよ。年齢も多分近いんだし、気楽にいきましょ」
調子が狂う。
亜莉紗はかたかたとパソコンを動かしている。すると、ダニエルが話しかけてきた。
「その……“前”のことは聞かないけど、今の活動では、逃走手段はどうしている……のかな。僕らは、ダ……ラプトルに最良の逃走経路を指示して、なんとかしている。もちろん、ラプトルの超人的な機動力があってこそのものだけど。で、でも、そっちは……?」
ラプトルのスーツや機器を作っているメカニックの外国人。おどおどしててムカっ腹の立つ奴だ。まるで自分を見ているようで。
「このスーツはお前みたいに一人じゃあなく、かなりの人員を割いて作られたものだ。最高峰技術である、“超光学迷彩”を搭載してある」
「えっ。すごいね、是非触ってみたいな……!」
「っ!? ふざけたことを言うなっ。蹴るぞっ」
「はいそこ、イチャイチャうるさい」亜莉紗が画面を見ながら注意する。
「……それにしても、口元が開いているけど、そこはどうするの?」ダニエルが恐る恐る続ける。
「そのままだろ」
「? 周りから見れば、口元だけ浮いているように見えない……かな……」
「マントや他の部分でも隠せるし、第一そんな重要か?」
「????(いや、重要でしょ!)」
亜莉紗のキーボードを打つ音が少なくなっていく。
「辻本亜莉紗、まだか」
「はいはい。ってかフルネーム呼びやめてよ。気持ち悪い」
「ふんっ。仮にも犯罪者、馴れ合う気は無い」
「あっそ」
亜莉紗がエンターキーを押し、数枚の紙を印刷する。それらを束ね、モノクロームに手渡す。
「これ。インプレグネブル・ゴッズの概要。それと、今日本でどんな事をしているか・どんな根回しをしているか。詳細に記しておいたわ」
犯罪組織の資料をプレゼント。これに時間が掛かったのか。
「あなたの活動に役立てて。私は別にあなた否定派ってわけじゃないしね。そんでもって、その情報や場所が正しければ、あたし達の“力”の証明にもなるでしょ」
信用されるためにここまでするのか。そうまでしてラプトルという男を助けたいのか。
出会ってまだ一年程と聞いた。家族でも無い、恋人でも無い男の為にここまで尽力出来るのか。
「これで終わりか?」
「あともう一件。ラプトルを助け出して欲しいのはもちろんだけど、そう簡単にも行かないわ。とりあえず、当面はそれを使って活動を続けて欲しい。それに加えて、情報を掻き集めて欲しいの。その為に今からある人に電話をかけるわ」
ラプトルの知人だろうか。また同じ界隈の人間?
「モノクローム。ここからはあなた、一言も喋らないように」
亜莉紗はパソコンから電話をかける。スピーカーはオンに、カメラはオフにしてある。
「もしもし」
「二度目まして。斉藤文重刑事」
刑事だと。この女、囮捜査だとでもいうのか。いや、“二度目まして”?
「指定した場所での、何か手掛かりはあったかしら」
斉藤に協力を仰いでいた亜莉紗。斉藤は咳払いを一つしてから口を開ける。
「その日、現場付近では一時的な小規模停電があったらしい」
「停電?」
「それと、近くに落雷が落ちたような音がしたと近隣住民からの声が。話通り、地面には焼け跡があった。だが、この日には落雷の予報も記録も無い。不可解な事象だって言われてるな」
「なるほど……助かったわっ、感謝します刑事さんっ」
「お前さんみたいなラプトルの協力者から直接連絡があったことには驚いたが、あいつがヤバイ状況ならいくらでも手を貸す。信用に足るかどうかは、俺の“直感”で充分な理由になるしな」
刑事と情報屋の会話とは思えない。これを汚職と切り捨てるには早計だが、二人の声色から、どれだけラプトルの存在が大きいかが分かる。
「ありがとう。必ず無事に連れ戻しましょう」
通話は終わった。
モノクロームとダニエルは神妙な面持ちで話を聞いていた。
「中国マフィア関係で、最近そんな話を聞いたわ。……分かったわね。聞いた通り、彼は刑事さんと顔見知りでね。簡単なことなら協力してくれたってわけ。あなたは活動の一環として、『中国』『雷』この二つの情報から何かを聞き出して。どんな些細なことでも良いから。私も今日から全力で情報を集めるわ」
中国だと。奴は国外にまで喧嘩を売っているのか。
全く……世話の焼ける奴だ。
「分かった。奴がむざむざ殺されて、悪人どもが付け上がるのは許せねえからな」
(あら、その悪人に坊やのことは入れてないのかしら)
亜莉紗は黙っておいた。
「これは一時的な協力関係だ。ラプトルをここに連れてくれば、それで終わりだ」
(この男、意外と扱い易いかも……?)
「承知したわ」
「よろしく」