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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第3章.墜落
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60.鳥を墜とすは雷か、空を制するは人か妖か


 初撃に決まり手並みの一発をもらったのは大きい。小さな針程の勝機が遠のき、大きく不利に傾いただろう。

 彈は、途切れぬ自らの意識に安堵した。自分のぶつかった壁は半壊している。だが思ったほどの損傷ではない。目を凝らせば会場がいつもより補強されているのが分かる。

 龍がじりじりと歩み、距離を詰めてくる。少しでも触れれば感電するのか、まずは攻撃の手段を確かめなければならない。初撃と今の様子から察するに、すぐに殺すつもりは無いのだろう。積年の恨みを晴らす機会、そう簡単には終わらせたくないのだ。

「さあ! もっと敵意を持って! 殺意を持って!!」

 両手を広げ、無防備な姿を見せる。

 あれから相当の鍛錬を積んだに違いない。とは言え徒手だけならまだこちらにも勝機はあったのだが。

「……? ああ、感電を危惧しているのですね。心配入りませんよ、任意で雷を放出することが出来るんです、常に体に纏って鎧のようにしているわけではありません。“それならあなたの勝ち目が無くなってしまう”。ほら、攻撃して見せなさい。全力を出しなさい!」

 望み通り、全力で龍に突進する彈。瞳を上方に、僅かに膝の屈曲を見せる。

(上かっ!)

 ジャンプからの上段攻撃を警戒する龍。反して、そのまま膝をさらに曲げ、深く体を落とす彈。勢いづいた状態で体を回転させ、下段への足払いを狙う。

 若干の反応の遅れはあったが、即座に対応し、“震脚”にて重心を落とし、土台の強度を増加させ防御する龍。大きな肉の打撃音とは裏腹に龍へのダメージは期待できなかった。

「“ちゃち”な視線誘導など、小細工も甚しいっ」

 龍の連撃。攻撃を受けて分かる。拳を肌で感じ、静電気程度のぴりぴりと痺れるような感覚はあるが、確かに感電の危険性は抑えられているようだった。

 龍の横蹴りが腹部に刺さる。

「ぐっ……!」

 思わず膝をつく彈。会場から落胆を孕んだ心配の声が上がる。

「おやおや、もっとあの日のような実力を見せて下さい!」

 全力で戦ってはいる。だが、無意識下で電撃を恐れて挙動に迷いや乱れが生じてしまっている。加えて先のダメージ。

 勇希や聡が応援している。『立て、負けるな』、と。

 ここで倒れては謝罪も顔向けも出来ない。どうでも良い。そう思っていたが、時間が考えを改めさせた。兎にも角にも、ここで斃れるわけにはいかないのだ。

 己を律し、再度攻撃を試みる。

 躱される。同時に龍のカウンター。裡門への頂肘。鉄の肘の威力は絶大。並の人間ではここでノックアウトだ。だが、怯んでいる時間さえ惜しい。即座に次の手に移行する彈。アクセルキック。躱され、体の側面での体当たり、貼山靠をくらう。

「まだ、まだだっ……!」

 更なる追撃。

「くっ、止まりなさいっ!」

 龍の電撃。体を地面と平行にまで跳躍。スレスレで回避する彈。そのまま着地と同時に龍の頭部に蹴りをお見舞いする。

「なっ……!」

 蹌踉めく龍にざわつく場内。

「マジかっ」「一撃入れやがったぞ……!」「これ……ホントに“ある”かも知れねえな」

 龍が対応出来なければ、つまり“意識の外を突かれれば”、雷を纏う前に攻撃をくらう。言葉にするのは簡単でも、実際にこの状況下でそれを可能にした。

(ラプトル……やはり生半可な男では無いですね……)

 そう考えている一瞬を彈は逃さなかった。

 頭を上げた龍の視界をすぐに彈の膝が埋める。顔面への膝蹴り。畳みかけ、後方に周り、蹴りを入れる。前面ばかりの攻撃に集中しては、いつ電撃が襲ってくるか分からないからだ。

 渾身の力を入れた。三発とはいえど、龍のダメージは少なくない筈だ。

「なるっ、ほど……。これはラプトル完全復活と認めざるを得ない。だが、ここはあなたが主役ではない。私がお膳立てした、“私の舞台だっっ”!」

 後ろへ距離を取り、再度電撃を放つ。

 雷速。一定の距離がある以上、人間の彈に防ぐ手立ては、無い。

 会場をまたしても白い光が包む。落雷程では無いにしろ、耳を塞ぎたくなるような轟音が響く。

「……少し、出力を上げました」

 彈の剥き出しの上半身には電撃の影響から、枝分かれした紋様のような雷撃傷の跡が見られた。

「ぐ……こほっ、っっ……」

 全身に焼けるような痛みが走る。熱い。かなりの量・威力の攻撃を受けた。龍の瞳には雷がばちばちと迸っている。もう全てを吐き出していて欲しかったが、半分の電気も失っていないように見える。

「猛禽ごときが、雷纏いし龍に勝てる筈が無いでしょうっ!」

 公開処刑。先程までの観客の期待と裏腹に、もう逆転の可能性は無かった。視界が朦朧としてくる。体温の調節もままならなく、熱さ・痛み・動悸が収まらない。

 ここまでか。ここまでなのか。

 自分のやってきたことは褒められたことじゃない。それでも、“終わり”がこんな形でいい筈がない。

 彈はゆっくりと左右に顔を振る。“こんなでは、あっちで二人に顔向け出来ない”。

 もちろん、———レッドにも。


 突然場内が揺れる。

 どよめき。

 歓声で地面や空気が震えるのとはワケが違う。明らかに異常事態が起こったかのような揺れ。

「なんだ!?」「地震か!?」「おいおい、勘弁してくれよっ。折角いいとこなのに」「もう勝敗は見えてんだろ」

 頭上からぱらぱらと埃が落ちてくる。

「耐震はある程度しっかりしていますよ。ご心配なく」

 皆に声を掛ける龍。中の一人が異を唱える。

「もうあんたの勝ちだ! さっさと片付けろっ」

 逆鱗に触れた。

 男を視界に入れることなく、電撃を放つ龍。轟音と共に男は後方に吹き飛び、全身を黒くした後、ぴくりとも動かなくなる。

「五月蝿い小虫が……この聖戦を邪魔することは何人(なんぴと)たりとも許しません」

 龍の言葉に、一応は従う観客達。彈に意識を向ける。

「ほら! まだ立てるのでしょう? 立ち向かいなさい! 私との差を歴然としてあげますっ」

 震える膝を叩く。顔を振り、視界を整える。大きく深呼吸をしながら立ち上がる。

 こんな窮地は何度も味わったじゃないか。しかも守るべき人も居ない。“足手纏い”を気にせず戦える。

 ならば、正面から死力を尽くせ。

「龍。お前、俺に負けたのが悔しくて今回のリベンジマッチを仕組んだんだろ? 聞いたぜ、素手での最強を謳ってるって。それで無類の強さを手に入れていた頃に、素手の俺に負けた。だからそれが屈辱だった。違うか?」

 マスク越しでも分かる。鬼のような形相で聞いている。そのまま言葉を続ける彈。

「変な手術受けてまで別の能力(ちから)手に入れて。でもそんなんで勝ったところで、俺を気の済むまで痛ぶったところで、気は晴れるのか? さっきは体に電気を常時纏いはせず、俺に勝つ機会をくれたろ。つまりお前は、素手での格闘技術、こと、この一点において、俺を完膚なきまでに叩き潰して“上”を証明したいわけだ。なら……望み叶えてやるから、素手で喧嘩しようぜ!」

 安い挑発。そう捨て置くのは容易い。だが、龍のプライドがこれを許さなかった。

 一度は既に敗北を喫している。徒手最強を確信していた己の腕に疑いを持つこととなった。それに、大衆の面前。恥を捨てこの電撃(ちから)を手に入れた。そしてここを完全に牛耳るまでに至った。

 紆余曲折。今、彈の挑発に乗らなければ、裏の仕事の請負人である自分の最後の砦を自ら裏切ることとなる。

 彈の要求に応じ、素手のみで戦うべく、腰を落とし構える。やがて、二人の耳に観客の声の一切は届かなくなり、揺れを感じることもなくなった。

 同時に前へ出る。

 真っ向からのド付き合い。お互いが最低限の防御すらせず、攻撃することのみを考えた。

 殴る。蹴る。彈の複合的格闘技術と龍の生粋の中国拳法。連撃に次ぐ連撃。骨折・打撲・裂傷。苦痛(いたみ)を忘れる程の猛攻。お互いの鼓動が止まるまで続くだろう。昏倒必至の一撃も、即座の反撃に転ずる。努力。才能。執念。どういった言葉が相応しいのか。どれもが相応しく、どれも相応しくないのかもしれない。数分に及ぶ打ち合いは、思わぬ形で中断される。

 轟音。またしても轟音。大轟音。

 その大きな音と揺れは二人の足元を狂わせた。

「うっ!?」

「なっ!?」

 これは地震ではない。———爆発だ。

 地下であるここは埋もれかねない。耐震構造など役に立たない程に想定外の振動。

「何、事です……!」

 倒壊を恐れ、我先と外へ地上へ出ようとする観客達。会場内はパニックに陥った。

 壁に走る亀裂。

 これ以上はもたない。だが、すぐに決着をつけるのは不可能だ。

 部下の男達が近寄ってくる。

「逃げましょう!」「裏からならまだ十分間に合います!」

 龍は部下の一人を躊躇なく焼いた。そして、次々に手にかけ、全員を焼き殺した。

「これは私の戦い……。ラプトルっ。裏口はこちらです、着いてきなさいっ」

 考えてる時間は無い。彈は龍に着いていくことにした。


 薄暗い中、階段を登り、ビル間の裏路地を抜けた先には煌びやかな世界が一面に広がっていた。

 街の真ん中。

 ネオンひしめく繁華街。こんな都心の下にあんな施設があったのか。彈は驚きを隠せなかった。

「他の出入り口も複数ありますが、一番安全なのは私達運営側のみが知る今の裏口だけ。観客の方々は大半が生き埋め、くたばったのではないでしょうか」笑い半分でそう答える龍。

 彈の意識はそこにはなかった。

 何せ、今この場には、先程よりも遥かに多い人の群れ、野次馬で溢れかえっていたからだ。

 上半身裸の男と中華服にマスク姿の男が、二人して全身血だらけで飛び出てきた。人だかりからは奇異の目で見られ、皆一様にスマートフォンを向けている。

「撮影?」「やばいやばい」「抗争か?」「あれ血糊でしょ」「面白れー、やれやれ!」

 聖戦の横槍。

 龍の怒りは頂点に達しようとしていた。瞳には雷の光り。数回見た彈は、それが“予備動作”のようなものであることを確信した。

「させないっ!」

 電光石火。雷より速く、龍に飛び蹴りを入れる。

「おおっ!?」観衆の声。

 直撃は免れ、後ろへ転がった龍は、即座に止められた電撃を彈に向けて放つ。

 ここに来ての電撃はまずい。もう負けるかもしれない。いや、もうここが会場でない以上、訪れるのは……単なる死。

 白んだ視界。今度こそか。


 駆けつけるのがヒーロー。

 間に合うのがヒーロー。

 “死神”の足音は、思ったより早く、速く———疾く、彈の耳に届いた。

「!?」

 彈を覆う灰色のマント。まさかあの電撃が防がれたのか。

 眼前に立つは自らを断罪者(ヒーロー)と称する“同業者”の姿だった。

「辻本亜莉紗ァ……絶縁体仕様ってのは、すげえんだな」


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