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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第3章.墜落
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59.暗雲立ち込めし異国の地で


 連戦を難無く制していく彈。もはや、ここの一番人気へとなっていた。独房に戻っても近くの囚人達が絶え間なく話しかけてくる。能天気な程に。自分の立場が分かっているのだろうか。

 ともかく、今は龍との一戦が最重要課題だ。彼のリベンジマッチの為に、体の感覚を取り戻し調整する必要がある。

 正直、生身であの化け物と化した男に勝てるかは分からないが、今のままでは勝機の一つすらない。環境を活かし、頭を使えば、活路は開ける筈だ。幸い、次々と戦わされる相手は、“鈍り”を解くのに丁度良い。

 自分のような人間が生きていていいのか。そうなんども自問自答を繰り返した。だがどんな理由があったにしろ、円環を見殺しには出来ない。

 奴を倒して、ここを脱出する。その後は……その後考えれば良い。


 来る日も来る日も戦い続けた。

 回数をこなし、徐々に勘を取り戻すと、手枷を外し、上半身の感覚も整えていくことに集中した。

 毎日の食事はしっかりと摂り、柔軟や簡単な鍛錬も欠かさなかった。それもこれも自分の為ではない。小春円環を始めとした、知人に被害が及ぶのを防ぐ為。

 自分勝手に始めた私刑。もしかしたら、自分が最たる罪人なのかもしれない。そんな考えが頭から消えることはなかった。

 “二人”の姿も同様、毎日のように現れ続けた。


 あれからもう二ヶ月程は経っただろうか。

 少しでも時間を把握するよう、情報をかき集めることは怠らなかった。

 こんな精神状態と頭のおかしくなるような環境の中、どこまで正確かは不明だったが、計算では現在はもう七月前、夏頃ということになる。

 肉体はほぼ完全に調子を取り戻したといっていい。意識、気分の方も良好だ。不思議と体を動かしていると少しだけ楽になった。陽の光を浴びなかったり運動を全くしなかったりすれば気が沈むというのは本当らしい。今日の試合も滞りなく終わった。

 最近は、より強い選手を充てているようだったが、これまで彈が戦ってきた殺し屋や裏の世界の住人には遠く及ばなかった。中には二人がかりが相手の時や、恐らくドーピングをされている者、トンでいる者もなども居た。

 控室から独房へ戻る。牢の前には龍が立っていた。

「やあ」

 あの条件を呑み、一戦を見据えてから、龍は一度足りとも彈の前に姿を見せることは無かった。こうして顔を見せた以上、それが意味するものは一つ。刻が来た。そういうことだ。

 その考えに疑いの持ちようが無い程、龍の気迫は強く大きいものになっていた。

 電気を溜め込むことの出来る龍。その光景を見ている彈。今の龍は以前戦った時の数倍の“量”を蓄えているに違いない。恐らく、十数世帯ではきかないだろう。一つの区画が丸々停電しかねない量だ。

 瞳が黄色く、光って見えた。


 三日の猶予が与えられた。

 しっかりと最終調整を見越してのことらしい。

 食事も今までより遥かに量・栄養共に優れたものを提供してきた。たったの九食で全てが変わるわけでは無いが、徐々に仕上げてきていた彈にとっては大きな効力を発揮する。

 目の届く範囲、捕らえられた囚人達は弛んだ口を開いたまま、涎を垂らし、物欲しそうな目でじっと眺めてくる。抵抗することをやめ、拷問に啜り泣き、龍やその部下・看守達に媚びを諂う。そうして守ってきた最低限の体裁と尊厳。もはや彈に分け前を乞うような事すらしようとする者はいなかった。

 三日間、彈は無言で食べ物を胃に流し込んだ。


 当日。

 会場は過去に類を見ない大盛況を見せている。満員御礼。必要以上のチップを払い、席の無いまま押し入っている客も居た。

 “纏雷”燃やし屋の龍vs彗星の如く現れた若い日本人。

 ここでは出自や詳細を気にする人間はおらず、“日本人を戦わせる”ということに重きを置いていた。そのため、ラプトルや震条彈という呼称はされず、いつしか“茶髪野郎(ブラウンガイ)”と呼ばれるようになった。

「俺はブラウンガイに賭けるぜ!」「いやいやそれは大穴過ぎるだろっ」「相手はあの龍だぞ? ただの“人”じゃあねえ」「知ったことか。番狂わせが醍醐味だろ」「そうだそうだっ。あのガキの戦績はまだ大したこと無いかもしれんが、勝率なら龍より上だ。何せ百パーセントなんだからな」「いやいや、人間落雷で助かる奴なんて居ねえだろ? そういうことだよ」「何だと?」「やんのか? あ?」

 熱狂する会場とは打って変わって、閑静な控室。龍とは朝、ほんの一瞬顔を合わせてから合っていない。

 試合、もとい決闘は夕過ぎに行う。そう部下の男から告げられた。時間の把握も儘ならない環境だったが、早めに移動させられた控室には古びたデジタル時計があった為、日時の確認が出来た。

 今日は六月二十日。もう少し経過していると思っていたが、存外、時間はゆっくりと過ぎているようだった。

 腹も満たし、程よく時間も経過し、体調は万全。手足の枷を外し、ゆっくりと柔軟をしながら全身を温め、“起こしていく”。痛みを伴う箇所は無い。無傷ならば落雷に耐えられる、というわけではないが。

 ラプトルのスーツは処分されていた。もちろんそんなところに希望を見出してはいないが、やはり無謀な戦いにも思える。

 それでも龍との戦いを引き受けたのは、単に他に道が無かったからではない。幾度も強敵と戦って来た。幾度も死線を潜り抜けて来た。それは龍も同じだろう。勝機があるとするなら、自らが最も得意とするヒットアンドアウェーな戦法。持ち前の機動力を活かして確実に体力を削る必要がある。

 ここにしばらく居れば分かる。そんな消極的とも取れる戦法を観客がずっと許す筈は無いだろう。ある程度の塩梅で攻撃を受け、場を“盛り上げる”必要がある。

 ……死なない程度に。


「さあさあ、皆さんお待ちかねっ。今宵は稀代の一戦! 我らが界隈で知らぬ者は居ない、壊し屋の……いや、今はこっちの名前の方が有名かっ。全く新しい未知なる面妖な力を手に入れてさらなる躍進を果たした、“燃やし屋の〜龍”〜!!」

 多大な歓声。

 どうやら彼に怯える必要の無い、位の高い人間達にとって、龍はサーカスのスター団員のようなものなのだ。悠々と自信の塊のような出立ちで会場に入る龍。

 彈を殺すことだけを考えてきた。絶望する姿、苦しむ姿、死ぬまでの労働の強制。色んなことを考えたがそれでは無駄だった。震条彈は絶望しない。“自分”のことでは。

 やはり感情を揺さぶるよう知り合いを殺すのが一番だったがそれでは単に壊れ、リベンジは果たせない。こうして最高の舞台に持ち込めたことが奇跡に近い。

(漸く、この手で……)

「対して! 龍自らが直々に連れてきたという若い日本人の青年! あちらの国では割と有名人らしいが、ここではそんなローカルじゃあ通用しないぞっ! しかしその実力は本物っ。初めは動かない木偶だった彼だが、一度闘志を燃やせばあら不思議。とてつもない戦士じゃないか! 今やブラウンガイなんて名前で皆のお気に入りっ。もはや龍に立ち向かえるのなんて君しか居ないんじゃないか!? 今日は手枷を外しても勝てるか分からないぞ! シンジョウ〜ダン〜!!」

 今までとは比較にならない会場の空気の熱量。

 恐らく誰であれ、この場にいればアドレナリンやドーパミンが存分に分泌されるだろう。好都合だ。痛みも軽減されるというもの。今ならカイアスの銃弾も全て避けきれる。

 お互いに睨みを効かせる。

「いよいよ、この瞬間(とき)が来ました。待ちわびましたよ。……黒コゲにして差し上げます」

 殺意を剥き出しにしている。だが、勝利への確信のせいか、人と対話しているようには見えない。まるで蟻と向かっているようだ。万一油断をしているなら、そこを突きたいところだ。

 蟻を全力で殺すようならそこまでだが。

「俺は戻るよ、自分の国に。……謝らなきゃ行けないことがたくさんある。“二人”も言ってる。俺はもう休んでいいって」

 一つの汚点を付けられた屈辱。龍の脳内が殺意で黒く塗り潰されていく。

 目の前の日本人は、未だ自分という至高の存在を前にして、別のことを考え戦いに臨むと言う。それが無性に腹立たしい。

「お二方、準備はいいか?」

 二人の視線が外れる事は無い。

「そんじゃまァ、開始と行こうかっ!!」

 大きなゴングの音が耳を突く。先手必勝。龍は構えてすらいない。全速で攻撃をしかける彈。ぴりりとした衝撃が全身に走る。視界を白が埋めていった。

 刹那、彈の体は壁に叩きつけられていた。

 ノーモーションでの寸勁と電気放出の融合。格闘技全般をレッドから教わったとはいえ、実践のみで練り上げた彈では出来ぬ、武術の達人だからこその芸当。

 吐血をする彈。腹部の火傷、背中の打撲、内臓もやられただろう。

 かなりの威力にも関わらず、少しも“消耗”した様子の無い龍。

(これはっ、骨が折れそうだ……)


「どうしました? 私はまだ、力の一割も出していませんよ」


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