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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第3章.墜落
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58.格の違い


 龍の思惑に乗ることにした彈。

 無闇な抵抗はしないだろうという判断から、足枷を外されたまま牢に戻された。

 手枷はそのまま、両手を拘束されている。冷たい鉄の枷は、体温で温かくなることも無い。凍えるような独房で、自分の息だけが温度を感じさせた。

 準備運動、とでも言おうか。久しぶりに自らの意思で体を動かす。枷のついたままの掌で逆立ちをする彈。

 動かない。目を閉じ、静止した状態を維持する。

 やがてゆっくりと両の手を拳に握り変える。面積の少ない両拳で全体重を支え、一切のブレをみせないその姿は、まさに一本の柱のようだった。

 瞼を閉じた。その裏には、芦川勇希・刻守聡の姿。

 どちらも穏やかな顔をしている。罪悪感を拭う防衛本能のようなものなのか。逃避の表れとも表現できるそれは、彈の心を安定させた。幻覚や幻聴は己を苛むものが多いと言うが、これはその真逆であった。もう現実には存在しないものでも、縋るには充分な理由に成り得た。

 鍵を開ける音が聞こえる。目を閉じていたせいで明かりには気づかず、人の足音にすらも反応出来なかった。

 恐らく、試合だ。


 会場は相変わらず盛況。金持ちの道楽というものは、こんなものしかないのだろうか。

 控室で準備をしていると、龍が近づいてくる。彈の様子を見に来たようだ。

「楽しみにしています」

 口約束をした手前、やる気を見せるしかない。しっかりと身体は“起こした”。あとは、滞りなく相手をブチのめすのみ。

「……」

 体を伸ばし、入念に全身をほぐす。

「素っ気無い。構いませんが」

 龍は心を躍らせていた。万全と言えなくとも、あの日初めて自分を負かした相手の姿がもう一度拝めるのだ。冷静でいられるという方がおかしい。

「久しぶりに“ヒーロー”に会えるのが、待ち遠しいですよ」

 今日の相手は初日の相手、ジャルイと似た体格をしていた。

 身長は目測百八十前半、筋量はヘビー級のプロ選手程度、闘争心は文句無しといったふうだ。戦績は今までで一番の強者を用意したらしい。パワーは充分、凡人なら一発で昏倒させるだろう。

 ここは捕らえた人間を戦わせ見世物にしている。だが、到底戦いなど出来ないような位の人間が過半数。その為、そういった人間だけでなくジャルイを始めとした、裏の世界でしか生きていくことの出来ない社会の落ちこぼれを交えている。とても要人には見えない屈強な男が多いのはこれが理由である。

 龍は、彈の相手だけは選りすぐりの者どもを充てていた。

 入口で龍の部下が足枷を外す。続いて手枷に鍵を近づける。

「……いい」

「え?」

「これは外さなくていい」

 龍の指示から、初日とは違い彈の近くには日本語の理解できる部下が置かれていた。男は戸惑いながらも彈の言う通りにする。

 観客は連日同様、湧き上がっていた。

 続いて彈の入場。黄色い声とは程遠い罵詈雑言が飛び交う。会場にゴミを投げ捨てる輩も居た。

 当然のこと。試合を盛り上げるどころか挙動の一つすら見せない死に体のような身体。無論、一勝すらしたことは無い。しかし、試合数だけは多く、最低一日一回は対戦が行われる。そんな彈が糾弾の的になるのは、火を見るより明らかだった。

「またあいつか」「”まぐろ”が何の用だっ」「帰れ帰れっ」「相手変えろっ」「ジジイや“いかれ”の方がまだマシだっ」

 相手の選手はニヤニヤと彈の様子を観察している。

 会場上、観客席の端の通りから弾を見据える龍。

「ついに、ついに奴が見れる……勿体ぶりおって……“能ある鷹は爪をひけらかすものですよ”。ふふっ。……ん?」

 会場がざわつく。

 彈が手枷をつけたその状態で、今にも試合が始まろうとしていたからだ。

「オイオイ、そいつの準備がまだだぜ」

 相手の男を嘲笑うかのように彈が答える。

「“ハンデだよ”。遠慮なくかかって来い」

 ハッタリで言っているわけでは無い。その事実が男を憤らせた。観客からも罵倒が続く。だが彈が枷を外すことは無かった。

 昂った相手を前に、いよいよ試合が始まる。

 弾の心は落ち着いていた。ここで龍の言うことに従い、奴がリベンジを挑んでくるまで戦うのか。万全の復活での戦いを望んでいるなら、こちらも真剣にやり調子を取り戻さなければならない。頭では分かっている。こんなところにズルズル居ていいわけがないと。しかし、どうにも気が入らないのは何とかする必要がある。

「“下がってろ、二人とも”」

 男は目にも止まらぬ速さで右の大振りを仕掛けてくる。それを彈は後方へのバク転で避け、その際の足先で相手の顎を蹴り上げた。

「ぐ……っ?」

 数歩蹌踉めき、後ろに倒れる。ほんの一瞬の出来事であった。

 審判の男が近づき、相手選手の様子を伺う。大きく両手を振っている。静寂の後、会場は歓声に包まれた。

(開始の合図が聞こえなかったな。ボーっとしすぎた)

 圧勝。瞬殺。

 比喩ではない事実、圧倒的な身のこなし、まるで映画の中のワンシーン。初めて見るその光景に、観客は歓喜した。

『何かのまぐれだっ』

 そんな言葉はほんの一握りの戯言として掻き消された。

「早まるな……成熟を待て……まだ“戴く”には早い……」

 興奮冷めやらぬ身体を沈めるように、握る拳に力が入る。龍は眼前に迫る復讐に身を焦がしていた。


 控室に戻る。当然の如く、龍が待ち構えていた。

「流石です、素晴らしい“デビュー戦”だ。正直、シビれましたよ」

 かつてない程の強者の出現により、控室からも止まない会場の声が聞こえてくる。

「これで皆、あなたを認めたでしょう。だが、これは“始まり”に過ぎません。幾人の相手を倒し、万全を整えて下さい。そして、……私と戦って下さい」

 とうとう本音を吐き出した。

「私を殺せばそのまま逃げ去ることが出来ます。あなたなら難しくはない筈。反対に、私が勝てば、あなたは母国の地を再び踏むことなく命を終えますし、これに協力しなければあなたの友人を殺します」

 そう言って龍は一枚の写真を取り出す。

「!」

 そこには、かけがえの無い存在であり、自らの手で傷つけ、日本で最後に会った人物、小春円環の姿があった。

「有無は……言えませんよね?」


 翌日。

(確か、“こんな感じか”? やっぱり脚だけで戦うなんてやりにくい他ないな)

 戦歴は劣るが、前日の選手より遥かに耐久力の高いタフネスな相手を選んだ龍。強さも申し分ない。しかしそれは試合時間をほんの僅かに引き伸ばすだけであった。

 身軽な体捌きは健在。攻撃の全てを躱し、次々と繰り出す脚技で体力を削る。前蹴りに回し蹴り、膝蹴りに変化球のドロップキック。手枷がついていようと、攻撃を掻い潜り抜けるのに大した支障は無い。背後に回り込み、敵を翻弄する。相手の拳も、彈へ届くことなく蹴りではたき落とされる。

 お得意の後ろ蹴りが鳩尾に決まったところで試合は決した。

(脚だけで……! 五体を巧みに操り、卓越した格闘技術を持つ。加えて、どんな武器でも使いこなし、その道のプロとも渡り合う。ラプトル。“武芸百般”と渾名されるのも頷ける強さだ。やはり、私に相応しい強敵であり……好敵手!!)

 感情の高揚と共に瞳から雷が“漏れ出る”。龍は、来たる日の為、肉体に最大容量の雷を溜め込んでいた。


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