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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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番外編. One red of blood, Two white of emptiness -episode of ソード-


 少年は、物心がついた頃には刃を握り、人を殺めていた。


 捨て子のその少年に名は無く、拾われた“ならず者”達と共に人を殺すことで生計を立てていた。

 恐らく本来ならば中学に通う頃合いの少年。今日も今日とて武器のナイフを磨いている。その“集団”は、裏社会、表舞台から外れた一角のアジトにて、酒に溺れていた。

「昨日の俺はキレッキレだったなあ〜」「まあ一番強え奴を倒したのは俺だがな」「お前ら一人に手こずり過ぎだっての、俺は七人殺したぜ」

 日々の”仕事”の話題がいつもの肴だ。

「ベア! あんたがやった力自慢の格闘家はどうだった?」

 男の一人が、集団の頭目である大柄で恰幅の良い男に尋ねる。ベアと言われるその男は大らかで実力も高く、皆からの信頼や人望はそれなりに厚かった。

「ん〜? 強かったぞ。まあ、たまたま俺が勝ったけど」

 青い顎髭を触りながらにやりと答えるベア。

「そらそうかー」

 ベアは体中に銃創や刀疵が多く、歴戦の戦士であるが故に彼が死ぬ姿を想像することは難しい。

 血の匂いをアルコールで消すように仕事終わりの飲みは長引く。

 ベアが角で静かにナイフを触る仲間のところへ行く。

「どうした? 相変わらず飲まないのか? ソード」

 ナイフを磨いていた手を止める。

「……俺は未成年だぞ」

 ベアは大笑いをする。

「はははっ。人を殺してる奴が何を言う」

「ふんっ」

 ベアはその大きい身体をソードの横に、腰を下ろす。ずっしりとした衝撃で周りの物が少しかたつく。

「ソード、お前もそろそろ飲めやー!」「そんなところで武器ばっか触ってるとオタクになっちまうぞー」「女も抱かず、酒も煙草もしないなんて何が楽しいんだか」「違えねえ」

 仲間の野次を無視し、再びナイフを取ろうとする。

「おおっと、ほれやめんか。もうピカピカじゃろう。こういうときくらいは楽しむもんだ。……そのナイフ、まだ使っておるのか。手入れを怠らんとはいえ、よくもまあダメにならんもんだ」

 ベアに初めて拾われたとき貰った初めての武器。特別な物でもない、柄の黒いただのバタフライナイフ。

 ソードは周りの仲間には心を開くことはなかったが、ベアだけは例外であった。

「俺はそこそこ強いから。人の肉以外がこのナイフに触れることは無いんだ。だから手入れさえしていればこの先もまだ使える」

「ほうか……」

「あんたは“目利き”だ。こいつは俺に合ってた」

 ベアは鼻で笑う。

「お前は銃がてんで駄目だったからな。対して刃物の扱いは見事だった。誰にでも得手不得手はある。それを上手く見つけることが大切だ」

 何やら向こうの仲間達が騒がしい。

「そういえば聞いたか? またレッドの奴、大物を仕留めたらしいぜ」

 時たまに聞く名前。確か、以前ベア達が一緒に仕事をしていた仲間だったとか。

 なんでも、その腕を買われ、大金持ちの依頼人に取られてしまったという。以来、会う事は無くなったそうで、こうして名前だけが風の噂となって耳に入ってくる。

 ベアの話では、連中は受け渡した際に貰った金額で初めは満足し、遊び呆けていたらしいが、金が尽きると嫉妬の情が芽生え初め、今では糾弾の的になってしまっている。

 情けない話だ、定期的にこちらに分け前をくれているというのに。とベアは言っていた。

「もう雲の上の人間だな」「アイツを鍛えたのは俺だぜ?」「やめろよ、みっともない」「天狗になってんだろうなあ」「今やハーレム築いてんな、ありゃ」「いや札束の風呂だろ」

 それがお世辞にも綺麗な感情ではないことはソードにも分かった。

「キラーもむかつくぜ。身を固めときゃいいのによ」

 聞き慣れない名だった。

「キラー?」

 ベアにその名の主を訊ねる。

「ん? ああ、レッドと仲が良くてな。同じく一時期一緒にいたことのある殺し屋だ。いや、用心棒か」

「ふーん、初めて聞く」

「キラーが居たのは初めの一ヶ月くらいで、ここには常駐しておらず、転々と依頼を受けて自分の身一つで生活していたからな。あいつらも分け前を欲しがる性分だから邪険にしてるだろう」

 二人とも腕が立ったそうだ。是非とも見てみたかったな。ソードはそう思った。また、ベアとどっちが強いのか。その点にも興味があった。


 翌日、連中は皆二日酔いのせいで、昼前まで寝ている者、体調の優れない者、傍で嘔吐している者までいる有様だった。まともなのは酒豪のベアと、飲むことのないソードの二人だけであった。

 いつものことと言えばいつものことである。ただ、“この日は運が悪かった”。

 朝の日課として外で柔軟をしているソード。そんな中、一人の見慣れない男がアジトに入っていくのが見える。

 特に凄みやオーラは感じなかった。依頼者だろう。直接頼みに来る人間は珍しいが、全く居ないというわけではなかったからだ。

 中まで歩みの速度を落とす様子のない姿を見て、入り口で仲間の一人が止める。

「ん? ちょいちょいちょい! あんた止まりな! 何用だい?」

 細身でトレンチコートにハットを被ったその男は、即座に仲間の背後に回り込み、左腕で首をへし折った。男はアジトの中に入っていき、入り口には首を折られた仲間が倒れていた。

 中から仲間達の怒号が聞こえてくる。ソードは汗を拭き、ナイフを握りしめ中へ向かう。


 入り口の垂れ幕を捲ると、すでに過半数の仲間がやられていた。男が先程右手に持っていたステッキ。その中に仕込み刀のような刀剣が姿を現していた。

 果敢に立ち向かう仲間も、また次々と倒れた。もはや残るはベアとソードだけであった。

「お、お前は何なんだ……! ソード! 丁度よかった、そこを動くなよ!?」

 追い詰められているベア。男の後ろには入り口から来たソードがいる。

「同業者だ。何、珍しくはないだろう。……挟み撃ちで勝てるなどとは思っているまいな」

 男は刃の鋒をベアに向ける。

「チッ……思って、ねえよ!」

 ベアは拳を大きく振りかぶり男に殴りかかる。

「素手、か」

 華麗に避けた男はベアの背中を斬りつける。幸いにも分厚い肉のおかげで、薄皮一枚を斬られるだけで済んだ。

「ぐっ!」

 ベアは転がり、ソードの近くへ倒れる。

「……」

 ソードは変わらず男から視線を外さずに睨み続けていた。まるで“獲物を見るように”。

「二人がかりで連携を試みるか? 格の違いを教えてやる」 

 突然ベアがソードを抱き寄せる。そう見せかけてナイフを持った右手を後ろに組み、自由を奪う。

「ベア?」

「お前を助けてやったのは誰だ? 育ててやったのは誰だ? こんなときこそ、役に立ってくれるよなァ!?」

「な……」

 ベアはソードの動きを封じたまま男にじりじりと詰め寄ろうとする。

「嘘だろ? やめろよこんなこと」

「うるさい! 黙れっ。レッドやキラーとは違い、“こちら側”の眼をしているお前なら判るだろ!?」

「…………はぁ、もういいや」

「えっ?」

 途端にソードは体を逆上がらせベアの手を振り解く。

 盾を失うまいとベアは恐ろしい形相で、ソードを捕まえるべく両手を向ける。二本の一撃必殺の巨腕を避け、ソードはベアの顎から脳天にかけナイフを突き刺す。

「ごぽっ!? ぐっ、ぐふっ」

 ソードはナイフをぐりぐりと捻りながら奥に刺していく。

「ん゛ん゛っ!!」

「お前ら、ずっと前から俺より弱いのによく生きてこれたな。いつだって殺せたが、それすら退屈だった。けど、“良いの”が見つかったからもういらないや。……前々からあんた、臭くて不快だったよ、デブ」

 男は最初こそ驚いたものの、その様子を静観していた。

「ふむ。お前は見込みがあるな。どうだ? 私と」

 ソードはナイフを抜き、男に襲いかかる。剣で応戦する男。だが、ソードの勢いはそれをものともしなかった。

「それ、頂戴よ」

 男の首をナイフで切り裂き、仕込み刀を我が物とする。

「うんっ、悪くない」


 成人をし、数えきれない人間を殺し、すっかり裏社会でも有名になったソード。彼の依頼者は後を絶たなかった。

 ある日、ソードの前に依頼者が現れた。男の提示する金額は過去最高の金額より二つ、桁が多かった。

「私の名前は王前嵩久。ソードさん、“我々の元で”働く気はありませんか?」

 そう言って笑顔を振り撒く王前。ソードはそれが気に入らなかった。

「俺は殺したい奴がいる復讐の代行だったり、邪魔者の排除をメインにやってる。大金で俺を丸め込もうって魂胆があんまり好きじゃあねえなあ」

 ソードが今まで関わってきた人物は皆、自己中心的、自分の生きたいように生きていた。目の前の男の表情はあくまで手段。取り繕っているようにしか見えず、ソードを不快にさせた。

「最高の環境を提供しますよ。ここで断るのは賢い判断とは言えません」

 瞬時に王前の瞳にハサミの先端を突きつけるソード。

「殺されたいのか?」

 王前は瞬き一つしなかったが、体は僅かに震え、その頬にはじわりと汗が滲み出ていた。

 ソードは王前をじっと見つめ、品定めをする。

 両者の間に暫しの沈黙が流れる。

「……やっぱし帰れ」

 ソードは振り返り背中を見せる。

「い、今よりスリルある生活をしてみませんか!? あなたは人を切ることが好きなのでしょう!? 我々なら人数はより多く、好敵手なら優れた戦士と戦いの場を設けることも出来ます! あの、レッドスプレーですら!」

 勢いよく振り返り、王前の脇腹に鋏を突き刺す。ソードの眼光にも怯まず睨み返し続ける王前。

「……へえ。口だけじゃあないんだ」

 鋏を抜くソード。痛みのあまり膝をつく王前。

「痛みほど出血はひどくないと思うよ。あとそれから、別にレッドスプレーを特別視なんかしてないから」

「そ、それはどうも」

 王前は自らの交渉が上手くいったことに耐えきれず、少し、笑った。


 ソードのアジト。ここはベア達仲間がいた場所をそのまま使っている。

「レッドスプレーはお前達のところに居るのか? 奴は多額で買収されたと聞いているが。ここまでの大企業、そうは無いだろ」

 王前は不思議そうな顔をする。

「? レッドスプレーは自営業として依頼を待つスタンスで、それは長らく変わっていませんよ」

 話が違う。

「何? そんな筈は……いや、あれも“嘘”ってことか。あんな屑、見切りつけて当然だわな」

 話題を変え、興味のある部分に切り込む。

「それにしても雑な交渉だな。そうまでして俺を説得するなんて、よっぽど特別な見返りがあるのか?」

 王前は手当てされた包帯の上から脇腹を触る。

「別に。単に金ですよ、仕事なのでね」

「それだけ?」

 驚いた。あまりにもシンプルな答えだったものだから。

「ええ。もちろん金額は大きいですよ」

「それなら普通に仕事していればそれなりの額が入るだろう。あんなに身を危険に晒してまですることじゃあない」

 王前は傷を押さえながら立ち上がる。

「社会において通貨はあって困らないですから。女性も抱けますし、酒も煙草も出来ます。それが人間の本懐でしょう?」

 どこかで聞いたようなフレーズだ。ただ、こっちの方が随分と面白おかしく……好きだった。

「お前、変わってるな」

「どこがですか!? あなたに言われたらおしまいですよ」

 ソードは正式にシングウジインダストリーと契約することとなった。

 彼の部隊”辻斬”が発足するのはもう少し後のこと。

「名前、聞いていい?」

「王前嵩久ですって。言いましたよ」

「あれ、そだっけ」



 そして時は流れ。

「ボス。黄昏ているところ申し訳ないのですが、これ、言われていたものです」

 インプレグネブル・ゴッズのビルの窓際で外を眺めていたソード。王前は布袋の中から、一本の刀を取り出す。

 ソードは何でも扱うが故に、これといった武器が無かったが、“今回は良い武器を用意してよ”、とのことだった。

「長ドス?」

 王前は刀を抜いて見せる。

「まだ白鞘に入ったままですが、名刀ですよ。以前、ボスが壊滅に追い込んだ鬼鷲会一の宝物(ほうもつ)です」

 その刀身の輝きは見るだけで切れ味・耐久力・扱い易さをソードに伝える。王前はソードに刀を渡す。

「ふーん……。拵えはいいや、この見た目が気に入った」

「左様ですか? 壊れても知りませんよ」

「俺を誰だと思ってる」

 王前は笑って星空に目を向ける。

「……ですね」


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