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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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55.瓦解


 体の節々が痛む。ひどい倦怠感だ。

 頭の奥を鈍痛が走る。誰かが呼んでいたような……。

「…………はっ!」

 意識を取り戻すと同時にベッドから勢いよく起き上がる彈。

 見知らぬ部屋に居た。

 だが不思議と心地良い。ふと、右側に人の気配を感じる。看病をしていた円環が目を丸くしている。

「円、環、さん……?」

 円環の手元には濡れたタオルが。横の机には水の入った容器、そして、”ラプトル”のマスクとジャケットが畳んで置かれていた。

「!?」

 彈は自分の体を見渡す。理解するのにそう時間は掛からなかった。

(見られて……知られて、しまったのか……)

「ご、ごめんなさい。脱がせないと手当て出来なかったから」

「い、いえ、そんな。……ありがとうございます。何と言っていいか」

 二人の間に沈黙が流れる。

 軽蔑されただろう。自分の知り合った人物が、好き好んで悪党を痛めつけるイカレ野郎だったのだから。

「……っ!」

 痛み。

「まだ寝ていて下さいっ。安静にしていないと!」

 知られたくはなかった。

 ただ隠していたかったという思いもあるが、何より少しでも巻き込んでしまわないか、そこが心配になる。

 “巻き込んで”……?

 記憶を整理しよう。何故こんなにボロボロなのか。

 深鈴さんや美波野くんと帰ってる中、男の子に会って……でもそれは御門悠乃が操っていたわけで、見事に敵の罠に引っかかった。

 二人は中で、自分は外で交戦。その後は、あのマキビシと戦ったり、警察の常良さんが来たりで色々あった気がする。

 それで皆で力を合わせて、確かマキビシの秘密兵器である殺人マシーンを壊して……。


『もうこれ以上、知り合いを死なせたくないだろう?』


 頭によぎる鮮明な映像。突然、抑えきれない吐き気に襲われ、そのままえずく。

「うぷっ、おえっ! かはっ!」

「し、震条さんっ!?」円環は彈の背中を摩る。

 記憶がはっきりとしてくる。

 この手で聡を殺した。しっかりと感触が残っている。たった一人の親友を、自分勝手な活動の一環で、失うことになったのだ。

「……ははっ、ははははは!!」

 大きく口を開け、高笑う彈。

「震条さん? 落ち着いて下さいっ」

「落ち着く? 無理ですよ」

 そう答える彈の瞳は明らかに正常ではなかった。その暗い瞳で、まるで心の奥底まで覗かれているような寒気に襲われる。

「ひっ……」

「ははっ。恐ろしいですよね。暴力に身を任せ、黒い血に塗れた人間なんて……くくっ」

 彈は右手で顔を覆う。

「そんな……私はラプトル、のことはあまり詳しくありません。もちろん、ラプトルとしての震条さんも。けれど、今私の目の前に居るのはウチの常連さん。優しくて、繊細な、震条彈っていう一人の男の人です。今はそれでいいじゃないですか」

 そう言って円環は彈の右手を下ろし、ボサボサの前髪をかき分ける。円環の真剣な眼差しが飛び込んでくる。こちらを恐れている様子は全くなかった。

「……俺の手は血に染まっている。正義だとかの大義の為じゃあない。怒りに任せて悪者(わるもの)を殴ってるんだ。それでも、誰に何と言われようとやめる気は無い。もちろん、あなたに言われても。……軽蔑するだろ?」

 円環は一呼吸おいた。

「野蛮で怖い行いだとは思います。……事情があるんですよね? 震条さんの正体を知って、今やっと、あの時の涙の理由が分かった気がします。きっと辛い思いをしただろうって。でも大丈夫……”あなたの気持ちは分かるから”」

「! ……分からないさ」

 円環は彈の手を両手で包み込む。

「分かります! でも……前を向きましょう。難しいかもしれないけど、私も協力します! 一緒に乗り越えましょう」

 縁深き人間を次々に殺してしまう。そんな気持ち、他人になど分かりっこない。

「…………簡単に言うなよ」

「! それでも」

「俺は大切な人を亡くした! 見るも無惨に殺された!」

「!」

 語気は言葉を増すごとに強まる。

「端的に言えば復讐さ! こんな馬鹿な真似を始めたのは! ムカついたからだっ、どうしようもなく! そして続け様にもう一人、大切な人を失った。目の前で救えない人を見てきたのだって少なくない。そして、挙げ句の果てには……親友を……この手で……あんたに何が分かる!!」

 衝撃の内容だった。

 嘘や誇張などではない。彈の表情から、抑揚から、尋常では無い気迫を感じとれる。

 ショック状態なのは明白。ひどく興奮している。彈の中の黒い感情が目に見え流れ込んでくるようだ。

「あ、わ、私、なんて言ったらいいか……」

「これでも、俺の気持ちが分かるなんて言うか?」

 こんなに気の立った彈を見るのは初めてのこと。普段とのあまりの違いように圧倒される。

 こんなにも怖い眼を。こんなにも恐ろしい声を。こんなにも重たく荒々しい雰囲気を纏った人だったか。

「……私は、あなたの味方です」

 彈の瞳孔が大きく開く。

「俺は親友を殺したんですよ?」

「私は……私だけは、いつまでも、あなたの味方で居たいんです」

 優しい眼をしていた。

 彈は勢いよくベッドから起き上がり、円環を壁際まで寄せる。唇を重ねる。舌が絡み合う。

「んっ……」

 体が火照る。それだけじゃない。熱い。まるで彈の感情が溶け合うように侵入してきた。怒り、悲しみ、憎しみ、後悔、葛藤、焦燥、そして、深い絶望。

 呼吸が出来ない程に二人は長く、唇を合わせた。

「ん……っ、はぁっ!」

 円環が強引に彈の体を押し除ける。

「はーっ、はーっ」

 彈は冷たい瞳で円環を見ていた。

「野蛮でしょう? 凶暴でしょう? 味方なんて軽々しく言うなよ。あなたはもう金輪際関わらないでくれ」

 他人にすらこんなに冷たい眼は向けないだろう。

 あれだけ一緒にいたのに? あなたほど馬が合う人はいなかった。

「…………嫌です」

「……は?」

 彈は聞き間違いの可能性のある言葉を再度尋ねる。

「何だって?」

「わた、しは、何をされても、平気です……それで震条さんの心が休まるなら。何があっても側に居続ける人というのは、きっと大きな力になるって信じてますから」

 そう言った円環の声は震えていた。

「……」

 彈は再び唇を重ね、円環の服の下に手を伸ばす。

「どこまでその虚勢を張れる? あなたには何も分からないし、分かってもらう必要もない……! どれだけ繕っても、俺みたいな屑は嫌いになるよ」

「んっ……! はぁ、はぁっ……っっ!」

 彈の舌は円環の首筋を伝い、一枚、また一枚と衣服を剥いでいく。

 乱雑にベッドに乗り、体を重ね合わせる。容器に入った水は溢れ、いつしか床を濡らしていた。

 情動に身を委ねる。

 二人の体は熱く、交わった。思考を放棄し、流れに任せ、快楽に溺れる。

「はぁっ! はぁっ!」

「んっ! んんっ! ……はぁっ」

 強く、互いの体を抱き寄せる。背中には、両の手の跡が付く程に。


 火照りが覚め、冷静さを取り戻していく彈。目の前の情景と頭の中のピースが合わさり合致していく。取り返しのつかないことをしてしまった。衝動的に。

「お、俺は……」

 それに、親友を殺した手で、彼女に触れるなんて。

「な、何で、こんな」

 円環は上体を起こし、彈を真っ直ぐと見つめる。

「それは、あなたの事が好きだからです。震条さん」

 まるで時が止まったかのよう。

 こんな状況で、しかも彼女から言わせてしまった。

「あ、ああ……」

 ぐうらんと頭を揺さぶられる。

 マスクとジャケットを取り、そそくさと部屋から出て行く。

 幸いにも家に沙世は居ないようだった。


 暗闇の中、自宅へと向かう。最悪の気分だ。

 到底、亜莉紗と愛夏の元へ行けるような心持ちではなかった。独りになりたかった。

 一秒でも速くベッドの上に伏したい。何も考えたくない。寝さえすれば意識は飛ぶ。たとえ一瞬で目が覚めようとも、少しでも時間が解決してくれればと思った。

 こんな格好で。今はヒーローでも私刑人でもない。いや、もはや死人のようなものだ。

 人の気配。同時に、戦闘の匂い。

「もう、勘弁してくれ……」

 高い臨戦態勢とは裏腹に足音は静かだ。指の骨を鳴らし、迫ってくる男。

「お前は」

 いつぞやの危険人物。一度は退けた筈だ。

「お久しぶりです———」

 壊し屋の(ロン)

 あの時は“黒いマスクではなかった気がするが”……。

「私はパワーアップして帰ってきましたよ。もうあなたなど目ではありません」

 執着心の強い男だ。

「ふふふ……今度こそは、壊して差し上げますっ!」

 龍の攻撃。掌底が彈の顎に命中する。

「っ!」

 二撃、三撃。次々と被弾する。しかし、彈に反撃の様子はない。ふらふらと攻撃を受けているだけだ。

「……何故、反撃をしないのです? ふざけているのですか?」

「もう、”好きにしてくれ”」

「な……!」

 期待外れにも過ぎる言葉だった。

 虚ろな表情の彈。生気は宿っていない。恋慕にも似た長く深く根付いたこの憎悪は、簡単には晴れない。

「なんですかその態度は……それでは、リベンジマッチにならないでしょう……!」小声で怒りを洩らす龍。

 指を鳴らす。すると、横にある電柱の上の電線が切れ、火花を散らしながら地面にだらりと垂れ下がった。

「……」

「ふっ、見ていなさい。いくらそのスーツが万能だろうと……」

 龍は千切れた電線を右手で掴む。激しい音とともに近く数世帯の明かりが消える。

(何だ……?)

 感電している筈の龍の肉体は、黒く焦げることなくまるでその身に“吸収している”ように見えた。

「不思議でしょう? 驚くのはまだ早いですよっ!」

 電線を離した龍の体にはぱりぱりと電流のようなものが走っている。まるで”雷を帯びているかのようだ”。

 ゆらりと右手を前方に差し出す龍。

「はっ!」

 龍の掛け声と同時に右手から閃光の如く稲妻が走り、彈の胴体に命中する。その衝撃は凄まじく、後方に吹き飛んだ彈はしばらく動けないでいた。

 威力を相殺することも出来ず、加えて連戦で使いっぱなしの彈のスーツはボロボロであった為、普段以上にその威力を通してしまった。

「あのラプトルが! いやはやまるで蚊蜻蛉だ。帯電体質・蓄電体質とでも言いましょうか。古来より伝わる黒魔術にて、私はこの肉体を手に入れました。あなたに負けた雪辱を晴らす為にね……! 秘めたる奥義に取っておくつもりだったのですが、あなたの腑抜けた姿に嫌気が差しましてね」

「ぐっ……もう、何があっても、驚かねえよ。な、にが、黒魔術だ……どうせ、特殊な改造手術、みてえな、モンだろ? ぐはっ! ……はぁ」

 もはや瀕死状態の彈。

「この衣装は完璧な絶縁体で出来ていましてね」

「ざっけんな……」

 段々と遠のく意識。自宅まで数十メートルという距離で、彈はそのまま気を失った。背後の闇から二人の龍の部下らしき男が現れる。

「こんな呆気ない終わり、認めません。連れて行け。……不会轻易杀了你。猛禽」

 彈は二人に抱えられ、その場から連れ去られた。

 その様子を、フードを深く被った男が遠巻きから眺めていた。


「遅いわねえ、坊や。電話にも出ないし。何も無ければいいけど……」

 あの一件以来、無理はしないと誓わされた。もし彈から連絡の無い時でも無闇に探したり、手を出そうとしない、と。

「大丈夫よね」

 愛夏は亜莉紗の膝の上で寝転がりながら、彈の帰りを待っていた。


 日本が誇る三大企業が一角、バーサトゥルコーポレーション。その一室。

 胎田は、もう一角の規志摩重工、代表園崎尚と共にいた。二人はガラスの向こうに並び飾られたジンゴメンのスーツを見ている。

「“スーツ”もここで管理するようになってから随分と調子が良いな」

「ええ。あなた方の技術力をさらに飛躍させる最高の環境ですよ」

「しかし、よく鍛えられた人達だ。並の人間ならもうそろそろ……」

「まあ、こればかりは”仕方がない”ですね」

 胎田の後ろには館端が護衛として立っている。

「して、用件は? たしか、新しいスーツということだったか?」

 胎田は目的のページを開き、手元の資料を渡す。

「はい。今回作って欲しいのは、”絶対に壊れない”スーツです。重量や使いやすさは度外視して構いません。とにかくとことん耐久力に優れたモノを所望する。まずはそのベースから作り始めて欲しいのです。デザインや詳細は追って伝えます」

 園崎は眉間に皺を寄せ、顔を顰める。

「そんな置き物のようなものを作ってどうする?」

 館端も率直な疑問をぶつける。

「それは……いよいよ本腰を入れる、ということですか?」

 胎田はゆっくりと口角を上げ、微笑んだ。

「害虫駆除のような些事はラプトルにやらせればいい。こちらは牙を研ぐ。いや、“爪”、か」

 そして続けた。

「———綺坂情一郎と接触する」


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